17話
「もう未来が見えない君に何ができるんだ?」
「気になるなら試しに俺の未来を見てみろよ」
俺は余裕の笑みを浮かべながら信彦を挑発した。
「それがお望みならそうしてあげるよ。イコ、秋斗君の未来を教えてくれ、まぁ大体予想はつくけどね」
信彦は俺のスマホに向かって語りかけた。しかし返事がない。
「聞こえなかったのか?イコ、早く秋斗の未来を教えてくれ」
信彦がもう一度俺のスマホに向かってイコを呼んだ。
「俺のスマホにはもうイコはいない。今はこのパソコンの中さ。イコ返事をしてくれ」
俺はパソコンの画面を開いて話しかけた。すると……
「お呼びでしょうかマスター」
いつもの機械声がパソコンから聞こえてきた。
「一体いつパソコンに?移動させるにはかざす必要があるのに……」
信彦は困惑した様子だ。
「簡単な事だよ、随分前にイコとパソコンをリンクしたんだ。だからいつでも俺のパソコンに戻すことが出来た」
「なんだよそれ……でも今朝は確かにイコミキが揃っていたはずなのに……一体いつ移したんだ?」
「お前が茜と下校している時さ」
なぜ俺が危険を承知で茜と信彦を一緒に帰らせたのか?それは信彦にバレる事なく確実にイコを回収するためだ。もしスマホを見られたら異変に気づかれるかもしれない。
「くそっ!さっさと家に帰っていればよかった!」
信彦が俺のスマホを睨みつける。
「イコがいないスマホは必要ない!これは返す!!」
怒りに任せて投げ捨てたスマホは、地面を滑り俺の足にぶつかって止まった。
「本当にいらないのかい?」
俺はもう一度たずねた。
「いらないと言ってるだろ!」
荒々しい口調で返事が帰ってきた。
「そうか……ダメじゃないか物を大切に使わないと、そう思うだろミキ?」
「はい、全くです、さようなら信彦様」
信彦が投げ飛ばした俺のスマホからあの感情のない機械声が発せられた。
「おい!どういうことだ?どうして君のスマホの中にミキがいる?」
信彦は声を荒げて俺を睨みつける、
「忘れたのか?スマホをかざすだけで簡単に移動できることを、俺を騙して交通事故に合わせた時、俺が最後の力を振り絞ってお前の首根っこを掴もうとしたあの瞬間、二台のスマホが地面に落ちで重なったじゃないか」
「もしやあの時……」
……4日前……
信彦が指を刺した方を見てみると、そこには5人の小学生が並んで横断歩道を渡っている。そして車道には大型のトラックが……
「まさかお前!!」
「そのまさかさ」
俺は無我夢中で走った。もう2度と罪のない人を傷つけたくない!
ドゴーーーンッ
すぐ近くで衝撃音が聞こえた。どうやら間に合わなかったようだ…
俺は状況を確認するために近づこうとしたが、なぜか足が動かない。
「ダメじゃないか秋斗君、赤信号はちゃんと止まらないと」
信彦のバカにしたような声が聞こえてくる。
(なるほどそう言うことか…)
どうやら車に轢かれたのは小学生ではなく俺のようだった。
「君が死ぬとイコも消えてしまう。だから命は助けてあげる。でもこれはもらっていくね」
信彦はそう言うと俺のスマホを拾い上げた。
「今日から僕がマスターだよイコ」
「はいマスター」
イコの機械声がぼんやりと聞こえる。
「お前は、俺が持っている未来を見る力も欲しい、という私利私欲のために俺達を危険な目に合わせたのか?」
「そうだよ」
俺は最後の力を振り絞り体を持ち上げて信彦の首根っこを掴んだ。信彦が持っているスマホと俺のスマホが地面に落ちて重なる。
「あまり動かない方がいいと思うよ?もうすぐ救急車が来るから大人しくしてたらどうかな?」
信彦は2台のスマホを拾いあげる。
「今日から僕が2人のマスターだ、しっかりと働いてもらうよ」
「「はい、分かりましたマスター」」
イコとミキの声が重なる。その声はあまりにも似ているせいで区別がつかなかった。それを最後に俺の意識は完全になくなった。
「思い出したか?あの時点で俺のスマホに入っているイコとお前のスマホに入っているミキは入れ替わったのさ」
俺は一呼吸置いて信彦を睨みつけた。
「イコはパソコンとリンクしてあったから無事に回収できた。そしてミキは俺のスマホの中に入っている。もう未来が見えない君に何ができるんだ?」
信彦の顔が怒りから青ざめた表情に変わっていく、さっきまでの威勢は完全になくなった。
「……分かったよボクの負けでいいよ。だけど君に何が出来るって言うんだい?」
信彦はため息混じりに質問してきた。どうやら本当に負けを認めたようだ。だけど俺にとってはここからが本当の勝負だ、
「誰も傷つかない世界を作ることだ。誰かを助けるために誰かを犠牲にするのはごめんだ。だからお前も助ける」
「ボクも助ける?何を言ってるんだ?」
信彦は眉を顰め首を傾げる。怒ったり困惑したり忙しいやつだな……
「お前は医者の子なんだろ?もしお前を殺すと後に救われる人も死ぬらしい。だからお前を助けるよ。だからもう茜や利樹を危険な目に巻き込まないでくれ!正直お前がしたことを思い出すと今でも腹が立つ。でももうやめないか?こんなことをして何になる?一体お前はこの力を使って何をする気だったんだ?」
(正直それが一番気になる。利樹を利用して茜を殺そうとしてまでやりたかったことは何なんだ?)
「いいかい、この世界には必要な人間とそうじゃない人間がいる。実際ボクの父さんは1人の患者のせいで辞めさせられた。それをきっかけに鬱になり自ら命を絶った。父さんが手術をしたあの日、母さんが交通事故に遭っていなければ未来は変わっていたかもしれないのに……」
「母親が交通事故?どういうことだ?」
「そのままの意味だよ。母親はトラックにはねられたんだ。あの交差点で……」
「交差点……」
「優秀な人間が死んでそうじゃない奴らが貪るこんな世界は間違っている。だからボクはこの力を使って人間を選別する。無駄のない合理的な世界にみんなを先導するのさ」
(なるほど、これが信彦の本心か、でも……)
「必要じゃない人間なんて1人もいない。どんな人にも大切な未来がある。それを先導するのがこの力の本当の使い方なんじゃないのか?」
「綺麗事だな……そんなことできるはずがない!」
「やってみないと分からないだろ?」
沈黙が2人の間に訪れる。どれくらい経ったのだろうか?側から見たら数秒かもしれないが体感ではかなり時間が経過した気がする。そんな長い沈黙のなか最初に折れたのは信彦の方だった。
「分かったよ……そんなに言うのならやってみたらいい、ただしイコと君の2人でね」
信彦は不気味な笑みを浮かべるとマンションから地面を見下ろした。
「おい!何をする気だ!?」
「忘れたのかい?マスターが死ぬと未来を見る力もなくなるってことを」
「まさか!!」
「さようなら秋斗君。そしてミキ」
それが信彦の最後の言葉となった。信彦はなんの躊躇いもなくマンションから飛び降りた。慌てて下を確認したがもう手遅れのようだ。
その後俺のスマホに入っていたミキが話しかけてくることは一度もなかった。