16話
「イコ、聞こえているだろ?」
真っ暗だった画面は何もしていないのに突然起動した。
「マスターですか?」
パソコンの向こうから懐かしい機械声が聞こえてくる。
「君とパソコンをリンクさせておいたのは正解だったね」
そう、まだイコと出会って間もない頃はスマホをかざすだけで移動できるなんて知らなかった。だからわざわざ手間と時間をかけてパソコンとイコをリンクさせたのだが、まさか役に立つ日が来るとは……
「何だか随分と昔の事のように思えますね」
「そうだな。なぁイコ、一つ確認したいのだけどさ……」
俺は一旦言葉を切って呼吸を整えた。
「茜を殺そうとしたやつは利樹じゃないよな?」
「はい、裏で彼を操っていた信彦こそが真の敵でしょう」
「そうか…」
俺はパソコンの前で腕を組んで次に切り出す言葉を考えた。
「じゃあさぁ、どうして利樹を殺さないと茜が助からないと言ったの?」
「………」
「どうして信彦の存在を教えてくれなかったの?もしその事について知っていれば利樹を殺そうとは考えなかったのに……」
「………」
「まぁ今は時間がないからこれくらいにしておくけどさ、信彦をどうにかしないと茜が死ぬのは確かなのか?」
「はい、それは間違いありません」
「そうか……」
「どうしますか?」
俺は一瞬躊躇った後画面の向こうにいるイコを見つめた
「ここまできたらもう後には引けない。俺が言いたい事は分かるよな?」
「信彦を殺すのですね。では数千人規模の人々が亡くなりますがよろしいですか?」
「数千人の命がなくなる!?」
想定外の事態に頭が混乱する。一体どう言う意味だ?
「少し信彦の事について調べてみました。それでわかったのですが彼は医者の子です。私の予想では名医となるでしょう。もしここで殺してしまったら、後に救えたであろう人々は助かりません、それでもよろしいですか?」
「それは……」
「どうしますか?たった一人の幼馴染か?それと数千人の赤の他人、マスターはどちらを救う未来にレールを切り替えるのですか?」
感情のない機械声が病室に響く、俺は意を決してパソコンの画面を見つめた。
「たとえ数多くの他人が死んだとしても、俺は茜を救いたい!俺にとってかけがいのないたった一人の大切な存在なんだ!!」
「では信彦を殺すのですね?」
「いや、待ってくれ、俺にとっては赤の他人でもその人達にだって大切な家族や友達いる。見殺しになんかできない!」
「ではどうするのですか?」
「両方救う、今度こそ誰も悲しまない未来を作る。イコ、作戦があるからよく聞いてくれ」
未来は些細なことで変わる。そのことは利樹の事故でよく分かった。今夜は念入りに作戦会議をして明日の放課後には蹴りをつける。そして今度こそ俺が誰も悲しまない未来に先導するんだ!!
「2人とも起きているかい?」
「「はい、おはようございます信彦様」」
ボク以外誰もいないマンションの一室によく似た声の機械声の返事が返ってきた。
「君たちはよく似ているね見分けがつかないよ。とりあえずどっちでもいいから秋斗のことを詳しく調べておいてくれ」
「もう彼は私たちの敵ではないと思いますが?」
「その油断が命取りだ、彼ならこんなことでは諦めない。だから念入りに調べておいてくれ。幸い今の彼には未来を見る力がないから調べ放題だしね」
「わかりました。今日の放課後には彼の情報をまとめて提出します」
「頼んだよ」
荷物をカバンにまとめ2台のスマホをポケット入れボクはマンションを出た。もう慣れた事だけど見送ってくれる人は1人もいなかった。
秋斗も利樹君もいない学校は退屈だった。つまらない授業を聞き流してようやく長かった1日が終わる。
放課後のチャイムが鳴ると同時にクラスのみんなが一斉に席を立った。部活に行く人、家に帰る人、委員会に行く人たちが入り乱れる。そんなごった返した教室をかき分けて私は転校生の元に向かった。
(昨日病室で秋斗から聞いた話によると、全ての黒幕は信彦らしい……油断は出来ない)
「初めまして宮島茜です。秋斗が交通事故に巻き込まれた時、救急車を呼んでくれてありがとうございました」
目の前の男子生徒はボサッとした髪をかき分けてチラッと私の顔を見た。
「あれくらいお安い御用ですよ」
さも当たり前の事をしたかのように答えたけどこの人が秋斗を傷つけた犯人だと思うと腹が立つ。でもここで取り乱すわけにはいかない。
「あの……お礼がしたいので一緒に帰りませんか?実は美味しいコーヒー屋さんがあるのでご馳走しますよ」
「う〜ん……家に帰ってちょっと確認したいことがありましたが、まぁいいですよ」
一瞬迷う素振りをしたけど無事に誘いには乗ってくれた。その後私は信彦君を連れていつもの場所に向かった。
「秋斗君はこの交差点で事故に遭ったんだ。でも彼はラッキーだよ」
私達はカフェオレを飲みながら下校していると、隣で信彦君ががボソッと呟やいた。
「ラッキー?どういうこと?秋斗は死んでいたかもしれないんだよ!」
自分でもびっくりするような強い口調に思わず口に手を当てた。
「ボクのお父さんは昔医者だったんだ。救命の方法は子どもの時に教わった。もし素人だったらあの場面でテンパってそれこそ彼は死んでいたかもしれない」
「医者?だけどやめてしまったの?」
「辞めたというよりは辞めざるを得なかった。父さんは腕のいい医者だった。だけど一度だけ失敗してしまったんだ」
信彦は悔しそうに俯く。
「たまたまその日、母さんが交通事故に遭ったんだ。多分それで動揺したのだろうね……だけどその日行われる手術は待ってくれないし、父さんの代わりが務まる人もいない。予定通り手術が行われたけど結果は失敗してしまった。その事を遺族は責め立て、父親はすっかり衰退しついに自ら命をたった。1人の命が助からなかっただけで医者を辞めさせられ、のちに救えたであろう大勢の人の命が救えなくなった。こんなバカみたいな話ボクは許せない!」
信彦は体を振るわせて忌々しそうに語る。
「いいかい、この世界には必要な人とそうでない人の2種類がいる。父さんは間違いなく必要な人間だった。それなのに……まぁ今更文句を言ってもしょうがないか、過ぎたことはもうどうしようもない、変えられるのは未来だけ、それじゃあボクの家はこっちだから」
「わかった。さようなら」
私は信彦君と別れ自分の家に向かった。
(これでいいんだよね秋斗?)
(やれやれ、とんだ邪魔が入ったな…)
茜と別れてさっさとマンションの一室に向かった。
「お待たせ、さっそく彼の未来を教えてもらうよイキ」
秋斗から盗んだスマホに話しかけながら鞄からマンションの鍵を取り出した。
「イキではない、イコだ!」
いつもの機械声とは違う男性の声が背後から聞こえてきた。
「どうして君がここにいるんだ!?」
驚いて後ろを振りかってみるとそこには……
「お前と決着をつけに来た」
そこには秋斗君がいた。右脇にはパソコンを挟んで……