15話
「君が死ぬとイコも消えてしまう。だから命は助けてあげる。でもこれはもらっていくね」
信彦はそう言うと俺のスマホを拾い上げた。
「今日からボクがマスターだよイコ」
「はいマスター」
イコの機械声がぼんやりと聞こえる。
「イコ、確認だけど秋斗君は他のスマホに君を移したことはあるかい?」
「いえ、ありません」
「一度も?」
「はい。他のスマホにかざしたことは一度もありません」
「君は馬鹿だね、サブスマホにでも移しておけばよかったのに。ボクが利樹君にやったように」
信彦はスマホの電源を落とすと俺を見下ろした。
「利樹にやったように?どう言うことだ!!」
俺は信彦を睨みつけてなんとか声を絞り出した。
「彼のスマホにボクの持っている未来を見る力、ミキをこっそり忍ばせておいたのさ」
「じゃあ利樹の未来が見えなかったのは……」
「ボクが一時的に利樹君のスマホにミキを移しておいたからさ。未来が見えるもの同士は互いの未来が見えないからね」
信彦は楽しそうな笑みを浮かべて俺を見下ろす。
「あの変な占いは何だったんだ?利樹がよく見ていた……まさかあれもお前の仕業か?」
「察しがいいね。あれもミキがやったことさ。占いと偽って彼を操作する為にね」
信彦は悪びれた様子もなくサラッと答えた。自分の中に怒りが込み上げてくるのがわかる。こいつが全ての黒幕だったのか!
「お前は俺の未来を見る力も欲しいという私利私欲のために俺達を危険な目に合わせたのか?」
「そうだよ」
俺は最後の力を振り絞り体を持ち上げて信彦の首根っこを掴んだ。信彦が持っているスマホと俺のスマホが地面に落ちて重なる。
「あまり動かない方がいいと思うよ?もうすぐ救急車が来るから大人しくしてたらどうかな?」
信彦は2台のスマホを拾いあげる。
「今日から僕が2人のマスターだ、しっかりと働いてもらうよ」
「「はい、分かりましたマスター」」
2台のスマホから機械声が重なる。その声はあまりにも似ていたせいでどちらがイコなのか分からなかった。それを最後に俺の意識は完全になくなった。
(ここはどこだ?)
見慣れない部屋、知らない天井、そして何とも言えない薬の匂い、ここは一体?
「秋斗?」
誰かに呼ばれて体を起こすと、そこには茜がいた。
「茜?ここはどこだ?」
「病院だよ、秋斗何があったのか覚えてないの?」
「うん……」
「車にはねられて運ばれたんだよ」
「車に……」
「でも近くにいた信彦君がすぐに救急車を呼んでくれたんだ。後でお礼を言わなくちゃね」
そうだ思い出した。信彦にはめられてスマホを奪われたんだ!救急車を呼んだのは俺に死なれると困るからだろうな……
「俺今まで何してたんだ?」
「2日間も眠っていたよ。医者からは奇跡的に脳震盪だけで済んだと言われたけど……」
「そうだったのか……」
なんとなく茜の喋り方が冷たい気がする。そういえば最後に会ったのは喧嘩した後だったな……
「茜、その……ひとつ謝らないといけないことがある。利樹のこと悪く言ってごめん」
俺はベットのシーツを強く握りしめた。もし過去に戻れたらあの時の俺をぶん殴ってやりたい。
「私の方こそ強く言い過ぎてごめんなさい」
茜はペコリと頭を下げで俺に謝った。
「利樹は無事なんだよな?」
「うん。命に別状はないよ。でも安静にするようにって医者から言われていたけど……」
「そうか、よかった」
俺は安渡のため息を漏らす。けれど茜の表情はまだ冷たい。
「茜、その……色々と心配かけてごめん……」
たぶん最近の俺はおかしかったと思う。利樹のことを疑い、いつも警戒していた。今となってはもう遅いけど誤解だった。あいつは誰かを傷つけるような奴じゃない
罪悪感と後悔に挟まれて思わず俯いたその時、茜が俺の胸へと飛び込んできた。
「よかった!もう目覚めないかと心配したんだよ!!」
茜の細い腕が俺の背中にまわされしっかりと抱きしめられた。サラサラした髪が鼻に当たってくすぐったい。何だか爽やかなシャンプーの香りがする。俺は一瞬ためらったあと優しく抱きしめた。
今まで感じていた不安や焦りが和らぎ、暖かな安心感が俺を包み込む。
「南さん、ご気分の方はよろしいですか?」
女性看護師がドアをノックすると同時に入ってきた。
「あっ、これは違います!!」
茜が慌てて俺から離れ何やら言い訳を始めたが、看護師はにっこり微笑んで隣の病室へ行ってしまった。
「ごめん秋斗、嬉しくってつい……」
「いや別に……」
気まずい空気が2人の間に流れる。
「ねぇ秋斗、一体何が起きているの?」
茜はベットの横にある椅子に座ると表情を変え、真剣な顔で俺を見つめる。そろそろ真実を伝えるべきか……
「多分信じてはくれないと思うけど……」
俺は今までの出来事を包み隠さず話すことにした。最初にイコと出会ったこと、信彦が利樹を利用して茜を危険な目に合わせた事、そしてそれを止めるために俺がやったこと全てを話した。
「そんなことがあったのね……」
「信じてくれるのか?こんなバカみたいな話を?」
「もちろん!だって秋斗は嘘つけないでしょ?でもこれからどうするの?」
「作戦がある。でも全てが片付くまではおとなしくしていてほしい。もうこれ以上茜を危険な目に合わせたくない」
「嫌っ!!」
茜は首を横に振る。それにつられてさらさらした髪も揺れる。
「どうしてだよ?」
「今まで秋斗は必死になって私を守ってくれたでしょ?だったら今度は私が秋斗を守る番だよ!」
茜がニコッと笑みを浮かべる。言い返しても無駄だと悟り俺は渋々頷いた。
「わかったよ……じゃあちょっと頼みたいことがある。とりあえず俺の部屋にあるパソコンを取ってきて欲しい。それともし無理だったら断ってくれてもいいけど……」
「何?聞かせて?」
「明日信彦と一緒に下校してほしい。もちろん無理なら……」
「うん、分かったやってみる!」
茜は力強くうなづいた。
「大丈夫、心配しないで。とりあえずパソコンを持ってくるからちょっと待ってて」
茜は俺に手を振ると部屋を出て行った。
(これで駄目だったらもう打つ手はないな。上手くいけばいいけのだけど……)
しばらくすると俺のパソコンを抱えて茜が戻ってきた。
「持ってきたよ」
「ありがとう助かる」
「どういたしまして、秋斗も無理をしたらダメだからね」
茜はそう言い残すとカバンを肩にかけて部屋を出た。俺は1人になった事を確認するとパソコンを開き何も映っていない画面を見つめた。
「なぁイコ、聞こえてるだろ?返事をしてくれ」