14話
「みんなおはよう、出席とるよ」
いつも通りチャイムがなると同時に担任の先生が教室に来て、いつも通り名簿を開いてクラスを見渡した。だけど今日はいつもとは違う。俺は誰も座っていない隣の席を見てため息をついた。
「先生!茜さんと利樹くんが来ていません」
クラスの誰かが手をあげて報告した。
「宮島さんは今日はお休みと聞いています。杉浦君については……これから説明します…」
なんとなく不吉な予感を感じ取ったのか、教室に重い空気が流れる。
「杉浦君は昨日交通事故に遭いました。心配な気持ちはわかりますが、命に別状はないとのことです。今は面談できないのでもう少し落ち着いたら会いに行ってあげてください」
教室がざわつきみんな心配そうな顔をしている。
「どうして、どうして利樹が事故に遭わなきゃいけないんだよ!」
利樹と仲が良かった男子生徒が悔しそうに嘆く。その言葉が胸に深く突き刺さる。
(あれは事故ではない、俺が殺そうとしたんだ。悪いのは全て俺だ……)
担任の先生は黙って頷くと名簿に目を落として何かを確認し始めた。
「話は変わりますがもう1つ大事なお知らせがあります。悲しい報告の後にこんなことを言うのも何ですが、うちのクラスに転校生が1人やって来ました」
これまた急な大ニュースに生徒達はいまいち状況が読み込めていないようだ。
「では入ってきて下さい」
教室のドアが開き廊下から一人の男子生徒が入ってきた。ひょろりとした体型にボサボサの髪型、そして目には酷いクマができている。
俺はは思わず目を擦って凝視した。見間違えるはずもない、サーカスショーの時も昨日のコーヒー屋にもいた奴だ。ついに俺の学校に現れたか……
「では自己紹介をお願いします」
そいつはチョークを取ると黒板に自分の名前を書き、クラスを見渡した。一瞬俺と目が合った気がするけど気のせいか?
「はじめまして倉田信彦と言います。廊下で聞いていたのですが、クラスの1人が交通事故にあったようですね。こんなタイミングで見知らぬ人が来てさぞ混乱するかもしれませんがよろしくお願いします」
自己紹介が終わると教室からまばらな拍手が起きた。
「それじゃあこの列の一番後ろの席に座ってもらえるかな?」
「はい、わかりました」
信彦は俺の斜め後ろの席に座ると不気味な笑みを浮かべて俺の顔を覗いた。
「南秋斗君だよね?なんだか顔色が悪いよ。まるで誰かを殺そうとした顔だね」
信彦が俺にしか聞こえないような小声で話しかけてきた。
(何を言ってるんだこいつは?やっぱりこいつには何かがある!)
「はい、じゃあこれで朝礼は終わります。1時間目の日本史は視聴覚室で何か見るみたいだから早めに移動するように」
担任の先生は名簿を片付けると教室を出て行った。
「さぁ起きろ!今からプリントを配る。この時間に今見た内容をまとめるように。あまり出来が悪いようだと放課後残ってもらうぞ!」
真っ暗だった視聴覚室が突然明るくなり目がくらむ。変な姿勢で見ていたせいで首と背中が痛い。
「ねぇ秋斗くん今見た内容どう思う?」
隣の席に座っていた信彦が俺を試すような言い方で聞いてきた。
「どうと言われてもほとんど寝ていたから覚えていない。確か歴代の有名武将の話だったっけ?」
「あってるよ。ちなみに君にとって理想的なリーダーってどんな人?」
「リーダー?そうだな……やっぱり先を見通せる人かな?他の人よりも一歩、二歩先が見えていてみんなを導くような先導者がリーダーになるべきだと思う」
「なるほど確かに先を見通せる力が重要なのは同感さ。でもね……」
信彦が意味ありげな笑みを浮かべて俺を見た。
「そんな凄い力を持っている人は1人で十分さ。2人もいらない」
「それってどういう……」
「ねぇ秋斗くん、今話したようなことをプリントにまとめて、どちらが良い評価がもらえるか勝負しようよ」
俺の質問には答える気がないのか一方的な提案をしてきた。
「別にいいけど……」
俺と信彦は理想的なリーダーについてまとめて提出したのだが、結果は2人とも不合格だった
「やっと終わった……」
放課後俺達は視聴覚室に呼ばれ同じ内容を見せられた。こんな事をして一体なんの意味があるのだろう?
「ねぇ秋斗君、一緒に帰らない?」
できることならさっさと家に帰りたいが信彦の事も知りたいからな……
「いいよ」
他人が見たら仲が良く見えるかもしれないがそんなことはない。これは俺とこいつの探り合いだ。俺たちは校門をでて並んで帰ることにした。
「ねぇ秋斗君、バタフライ効果って知ってる?」
俺が黙って歩いていると信彦の方から話しかけてきた。
「なんだそれ?聞いたことがないな」
「アメリカの気象学者が言った言葉さ。その人は気候を予測するため複雑な計算をしていた。ある日、計算を簡潔にするために細かい数字を切り捨てたらしい。誤差なんてほんのわずかだけど予想はどうなったと思う?」
「別に少し切り捨てるくらいなら大したズレにはならないと思うけど」
「そう思うでしょ?でもそんな事はなかった。当初の予想は大きく外れてしまったらしい。この事からもし蝶が羽ばたいたような些細な出来事でも竜巻が起きるかもしれない、と言ったのが有名になりバタフライ効果というものが広まったのさ」
「それは知らなかったな……」
「でも考えてみてほしい、もし未来を完璧に予想できてその未来を実現させるための些細な出来事まで分かったらどうだろう?」
「………未来が操作できる?」
「その通り!未来が見えると言うことは未来を操れる事と同じさ」
信彦は興奮気味な様子で声を張り上げる。
「お前やっぱり未来を見る力を持っているのか?」
「うん、持っているよ」
信彦は特に隠す様子もなくサラッと答えた。
「でもそう思い通りに未来は操れないと思うけどな……」
「イコミキが揃えばきっとうまくいく」
「ミキ?誰だそいつは?」
「イコと同じで未来を見る力を持っている。ボクの相棒さ。やっと全ての準備が整った。利樹君を利用して茜君の命を狙い、君に疑心を植え付ける。君を精神的に追い込んで今日ボクと一緒に帰る。長かった下準備だったけど順調に進んでよかったよ。さぁこの後どうなると思う?ヒントはあそこにいる小学生達を見てごらん」
信彦が指を刺した方を見てみるとそこには5人の小学生が並んであの横断歩道を渡っていた。そして車道には大型のトラックが……
「まさかお前!!」
「そのまさかさ」
利樹が車に轢かれた嫌な記憶が蘇る。1回目この交差点でトラックが事故を起こした。2回目は利樹が赤い乗用車に跳ねられた。そしてこれが3回目……
俺はカバンを放り投げて駆け出した。目の前の歩道は赤信号だがそんなのは関係ない。
「間に合え!!」
俺は無我夢中で走った。俺のせいで利樹が事故にあった。もう2度と罪のない人を傷つけたくない!
ドゴーーーンッ!!
すぐ近くで衝撃音が聞こえた。どうやら間に合わなかったようだ……
俺は状況を確認するために近づこうとしたのだが……
(おかしいな……足が動かない)
「ダメじゃないか秋斗君、赤信号はちゃんと止まらないと」
信彦のバカにしたような声が聞こえてくる。
(なるほどそういうことか……)
どうやら車に轢かれたのは小学生ではなく俺のようだった……