13話
(嘘だろ?どうしてこんなことに?)
あたりは瓦礫やガラスが散乱し、騒ぎを聞きつけた周辺住民たちがぞろぞろと出てきた。遠くからはサイレンが聞こえる。誰かが救急車を呼んでくれたのだろうか?そんな中、茜が利樹に寄り添って泣いていた。
あれは本当に一瞬の出来事だった。俺達はコーヒー屋を出ていつも通り雑談をしながら家に向かっていた。異変に気づいたのは例の交差点に着いた時だった。そう、イコと俺が利樹を交通事故に合わせようとした交差点である。
「あの赤い車スピード出し過ぎじゃないか?」
利樹が遠くの方からやってくる車を指さした。
「急いでるんだろ、そんなことよりも……」
そんなことよりも肝心のトラックはまだか?全然来る気配がないのだが……
俺は腕を組んで辺りを見回していると、黒い何かが足元を通り過ぎた。
「おっと、猫か……」
全身が真っ黒な野良猫が俺の足元を通り過ぎて交差点のほうに駆け出していく。
「待って、危ないよ!」
茜は後を追うように駆け出すが、黒猫は交差点を横断した。どうやら待つ気はないようだ。その時だった、
「茜さん、行っちゃだめだ!!」
赤い乗用車が黒猫に気付くと急ハンドルを切った。タイヤの擦れる音と共に車は急転回し、その先には猫を追う茜の姿が……!!
「危ない!!」
俺は全力で駆け出して手を伸ばした。
何故だろう?全てがスローモーションに見える。走ってるはずなのに全然距離が縮まらない。それでも俺は必死に手を伸ばした。その時何かが俺の前を物凄いスピードで横切って茜を突き飛ばした。
時間にしたらほんの数秒の出来事だ。瞬きも許されないほんのわずかな時間に俺は確かに見た。利樹だ!利樹が茜を助けたんだ。
目の前を赤い鉄の塊が通り過ぎていく。そして鼓膜が破れるほどの衝撃音が響き地面が揺れる。
「おい!大丈夫か!?」
あたりは土煙に覆われて視界が悪い、目を細めてあたりを探索すると、道路に倒れている茜の姿を見つけた。
「大丈夫か!?」
「うん、私は大丈夫。でも利樹君が!」
茜の隣には、横たわったまま動かない利樹の姿があった。
「おい、どうして茜を助けたんだ?」
俺は利樹の肩を揺すった。すると少しだけ目を開いた。何故か口元は笑っている。
「よかった……間に合って……」
利樹はホッとした表情でボソッと呟いた。
「なんでだよ!お前の目的は一体なんだ?茜を殺すことじゃなかったのか?」
「殺す?そんなわけないだろ」
その声にはどこか悲しみが含まれている。
「お前は一体何がしたかったんだ?」
利樹は一瞬間を置くと、ゆっくりと口を開いた。
「友達になりたかった。ただそれだけだよ。でも茜さんをいっぱい危険な目に合わせちゃったから友達失格だよね……」
「私はそんなふうには思っていないよ、だからしっかりして!」
茜の目からは涙がぽたぽたと溢れる。
「秋斗、ちゃんと茜さんと仲直りしろよ、2人はすごく仲がいいんだからさ……」
遠くの方から救急車のサイレンが聞こえてくる。誰かが呼んでくれたのだろうか?すぐに利樹は運ばれ、茜も付き添いで一緒について行った。
俺は1人呆然とその場に立ち尽くした。あいつの目的は茜を殺すことではなかった。じゃあ俺は一方的に何の罪もない利樹を殺そうとしていたのか?
(何だよ?何だよそれ!)
不安、焦り、後悔、そして自身への怒りが沸き起こる。色んなことが浮かんでは消え頭の中がボーッとする。だけど1つだけ確かなことがある。俺はとんでもないミスを犯していた。何も悪くない利樹を殺そうとしていたんだ……
俺は1人トボトボと重い足取りで家に向かった。
「やっぱり苦いじゃないか……」
さっき買ったブレンドコーヒーを飲んでみると渋い苦味が口の中に広がった。一気に飲み干したがいつまでもその苦味が消えることはなかった………
???
日も沈み騒然としていた現場も落ち着きを取り戻していた。そんな中、1人の男が地面に這いつくばって何かを探していた。
「多分この辺にあると思うんだけどな……お!あったあった!ミキ、聞こえるか?」
男は画面の割れたスマホを手に取ると誰かに喋り始めた。
「早く私を元のスマホに戻して下さいマスター」
突然そのスマホから機械声で返事が返ってくる。
「そう慌てるなって」
男はポケットからもう一つのスマホを取り出すと画面の割れたスマホをかざした
「おかえりミキ」
「ただいま戻りましたマスター」
マスターと呼ばれた男は自分のスマホに戻って来たことを確認すると、用済みとなった画面の割れたスマホを道端に放り投げた。
「便利だね、かざすだけて簡単に君を移せのは。どうだった?ボクの予想は見事的中したわけだけど」
「まぁあ確かにそうね」
「最初この交差点では小学生5人が死ぬはずだった。だけど何故か犠牲は1人で済んだ。あの高校生がトラックに向かってカバンを投げたせいでね。ただの偶然にしては違和感があった。おそらく彼もボクと同じ力を持ってる」
「それを調べるために利樹のスマホに私を移したのね。転校初日に遅刻しそうになっている所を狙って」
「その通り!曲がり角でぶつかった時ボクと利樹のスマホが落ちたでしょ?あの時2台重ねて拾って渡したからね。もうその時点で無事に君を利樹のスマホの中に忍ばせることができた。完璧だと思わない?」
男はどこか楽しげな声で笑みを浮かべる
「ミキには本当によく働いてもらったよ。利樹を上手く誘導してくれた事には感謝してるよ」
「ほんとよ、占いアプリを装って利樹を都合よく動かしてあげたのだから」
「本当に助かったよ。でもあんなにやたらと当たる不気味な占いアプリが勝手に入っていたらもう少し警戒すると思ったけどね……」
男は冷ややかな笑みを浮かべてた。
「それで、これからどうする気?」
「そうだね……ようやく下準備が終わったから乗り込もうと思う。標的はもちろん秋斗君さ」
「分かっていると思うけど殺すと彼が持っている未来を見る力もなくなるわよ」
「知ってる殺さないよ。だから奪おうと思うんだ。この力は僕1人だけのものにするのさ」
「そう、ならいいんだけど」
「だからまた働いてもらうけどいいかなミキ?」
「私はマスターに従うのが仕事です。信彦様」
信彦と呼ばれた男は、ボサボサの髪をかきむしり不気味な笑みを浮かべた。どこか体調の悪そうなその顔には酷いクマができていた。