11話
「くそっ油断した!!」
学校が終わり俺は1人で家に帰った。自分の部屋に入ると乱暴にドアを閉め、カバンを投げ飛ばした。教科書やノートが辺りに散乱する。
「落ち着いてくださいマスター、茜様は生きています」
イコがなだめるように言葉をかけてきた。
「どうして止められなかったんだ?あれだけ警戒するって決めていたのに!」
俺は思いっきり机に拳を叩きつけた。鈍い音と共にジンジンと手に痛みが走る。
「なぁ利樹の目的は一体何だ?どうして茜を狙うんだ?」
「これはあくまでも私の勝手な予想ですが……」
イコは少し戸惑いがちな様子で話し始めた。
「マスターを精神的に追い込んで弱らせて私を奪いたいのでしょう」
「俺を追い込んでイコを奪う?どう言うことだ?」
いまいち意味が理解できず俺は聞き返した。
「人間のことですし、どうせこの力を独り占めしたいのでしょう」
「それだったら俺を殺して奪えばいいじゃないか?どうして茜を巻き込むんだ?」
「マスターが死ぬと私も消滅します」
イコは特に怖がる素振りも見せずにサラッと答えた。
「俺が死ぬとイコも消える……だったら、お前を他のスマホに移していたらどうなる?」
「移す?」
「前言ってたよな?他のスマホにかざせば簡単に移動できるって」
「はい、言いました。ただしマスターの場合は私とパソコンをリンクしてありますからわざわざかざす必要はありません。いつでも好きなタイミングでパソコンに移すことが出来ます」
「そんなことは今聞いてない。それでどうなんだ?他のスマホやパソコンにお前を移しても俺が死んだら消えるのか?」
「はい、その場合でもマスターが死ぬと私は消えます」
「そうか……なぁイコ、やっぱり利樹は危険だ!もうこれ以上好きにはさせない」
「と言いますと?」
「初めてお前と出会った日の夜、試しに茜の未来を調べさせただろ?覚えているか?」
「はいもちろんです」
「あの時言ったよな、茜の未来が無い。つまり近い将来に茜が死ぬ。それを阻止するには転校生を殺すしかないって」
「はい、言いました」
俺はスマホを睨みつけた。覚悟はもうとっくに出来ている。
自分でもこれから何をしようとしているのかくらい分かる。だけどもう後には引けない。これ以上あいつを野放しにしていたら取り返しのつかないことになる。茜と利樹、助けられるのはどちらか1人。だったら俺は……
2日後茜が学校に来た。容態は軽症だったらしく命に別状はないとのことだ。早速利樹が茜に謝罪をしている。俺はそんな光景を横目にどうすればこいつを殺せるかを考えていた。
授業はいつも通り進みいつも通り3人で家に帰った。けれど俺は一言も話さずに黙り込んでいた。気づいた時にはもう利樹とは別れて俺と茜の2人きりになっていた。
「どうしたの秋斗?なんだかずっと怖い顔をしているけど…」
茜が心配そうな顔で俺のことを見てくる
「いや、別に何も……そんなことよりもう身体はいいのか?」
「うん、大丈夫だよ、だから心配しないで」
茜は自分の手で髪を撫ぜながら答えた。けど俺には分かる。今言ったことは嘘だ。茜は昔から嘘をつく時は自分の髪を触る。本当は辛かったのだろう……
「ごめん、俺がもっと注意していればこんなことには……」
「秋斗は悪くないよ」
茜はそう言うがそんなことはない。俺が利樹から目を離したせいでこんなことに……
「なぁ、こんなこと言ったら変だと思うだろうけどさ……」
俺は一呼吸おくと茜の目を見て説明を始めた。
「利樹には気をつけろ!あいつは危険だ!」
俺は分かりやすく説明できるよう言葉を選んだ。
「利樹君が危険?どういうこと?」
「あいつはな、茜のことを狙っている。実際に体育の時あいつが打ったボールが頭に当たって怪我をしただろ?それに今回に至っては下手をしたら死んでいたかもしれない。だからあいつからは離れろ」
「流石に考え過ぎだと思うけど……」
茜は困惑した表情を浮かべて眉をひそめる。
「だってボールが当たったのもナッツを食べちゃったのも私がしっかりしていなかったせいだよ。だから利樹君は関係ないと思うよ」
「これは警告だ!あいつはお前の命を狙っている。あいつは殺人者だ!!」
そう、あいつは殺人者、野放しにはできない。
「ひどい!!友達にそんなこと言うなんて!!」
茜が声を荒げて反論する。自分でもひどいことを言っているのは分かる。でもはっきり言っておかないとダメなんだ!
「あんなやつ友達でなんでもない……」
俺は吐き捨てるように答えた。
「そんな……」
茜は悲しそうな顔で俯く、
「まさか秋斗がそんなことを言う人だなんて思ってもいなかった。ショックだよ……さようなら……」
茜は振り返りもせずに俺の元から走り去って行った。
ショックなのは俺の方だ。できることなら利樹を殺さずに茜を救いたい。でもそんな余裕はなさそうだ。早く蹴りを付けないと取り返しのつかないことになる。
(利樹、どうしてそんなにいい奴なんだよ。お前がもっと嫌な奴だったら良かったのに……)
俺はため息をつくと重い足取りで家に帰った。
「随分と雑な説明でしたねマスター、それでは言いたいことも伝わりませんよ」
イコは俺が部屋に入った途端早速話しかけてきた。
「仕方ないだろ、これが事実なんだからさ。そんなことはいいから教えてくれないか?どうしたら利樹を殺すことができるんだ?」
俺はどかっと椅子にもたれかかると、早速本題に入った。
「その質問が来ると思ってあらかじめ調べておきました。やり方は至ってシンプルです。利樹を交通事故の現場に居合わせます。うまくいけば今度は利樹がトラックに轢かれるでしょう」
「2度目のトラック事故か……」
「現場は以前5人の小学生が交通事故にあいかけたあの交差点です。前回はマスターのおかげで茜様と小学生が助かりました。代わりにドライバーが亡くなりましたが、今回は……」
「利樹が死ぬ。そして茜を助ける」
俺は自分に言い聞かせるように答えた。
「マスター、未来を変える行為はとてもシビアなことです。よく私の説明を聞いて忠実に再現してください」
その日は夜遅くまで作戦会議が行われた。明日の放課後、利樹を交通事故に巻き込む。これでようやくあいつとの戦いも終わるだろう。だけどこの時の俺はまだ何も知らなかった。望んでいた未来からかけ離れ、全く予想だにしない事態が起きるということを……