第2話 やくそく
――――星空の街スタール ポラリス通り――――
よく澄んだ青空。 手を伸ばしても決して届くことのない頂で今日も太陽が輝いている。
日本に居た頃とまるで変わらない清々しいほど綺麗な空が広がっている。
やっぱり、どっちの世界も見上げる空は変わらないな。
……いや、厳密にはどこか違うのかもしれない。
ただ、三年にも及ぶ異世界での濃密な日々が強烈過ぎたからか、あっちの空の記憶が薄れてしまっていて細かな差異などもう分からない。
まあ別に気にすることもなし、俺は今日もがむしゃらにただ進むだけだ。
いつもの如く様々な人で賑わう大通りを歩いていると一陣の風が吹いた。
頬に当たる涼しい風が僅かに残る眠気を吹き飛ばしていく。
それが心地良く、ついでに体のコリをほぐすべく、俺は両手を上に伸ばしグーッと伸びをした。
「よーっし、今日も稼ぐぞー!!」
徐々に固まった筋肉が解れると、ふいに口から言葉が漏れていた。
思ったまま、考えたまま、謎のテンションのよってそれなりの声量で意気込みを口走ったことによりどうやら周囲の注目を集めてしまったらしい。
やっちまった…………めっちゃ恥ずかしい…………。
幸い、すぐに興味を失ったのか人々は止めていた生活に戻っていった。
…………ちょっと浮かれ過ぎてるかもしれないな。
冒険者をやっている以上、こういう隙を突かれていつ足をすくわれる事態になるか分からないからな、今の内に気を引き締め直しておこう。
それにしてもやっぱり今日は一段と天気が良い。
絶好の冒険日和と言えるだろう。
昨日の特訓の疲労からいつもより起きるのが遅れたが、近場の依頼なら今からでもまだまだ日帰りで済むだろうし、行くか!
そうと決まれば、さっさとギルドで適当な依頼を受けてから手早く準備を済ませて町を出るとしよう。
俺は足早に歩き、辿り着いた二階建ての大きな建造物の前に立つと、その大きな両開きのドアを勢いよく開いた。
「おねがいします! どうかお姉ちゃんをたすけてください!」
ギルドに入った瞬間、よく響く少女の声を耳にした。
切羽詰まったその声色からはただごとではないことが伝わってくる。
声はあっちから聞こえたな。
声の方向に目を向けると、受付や依頼書の貼られるクエストボードのある冒険者ギルド一階に併設された広々とした酒場、この町の冒険者憩いの場 兼 溜まり場となったそのスペースの一角に今日は人だかりが出来ていた。
どうやら声を発した少女はあの中心に居るらしい。
受付に居るギルド職員達もいつもより慌ただしく動いてることからも何かあったのは間違いない。
まあ、このくらいの騒ぎなんてわりと日常茶飯事な気もするが……。
「簡便してくれよ、嬢ちゃん。 そりゃあ助けてやりてぇけどよ、残念だがその金額じゃ俺の命はかけらんねえ。
急ぎたい気持ちは分かるが、ギルドや領主様に報告して重要依頼にしてもらいな、そしたら受けてやるよ」
「いったよ! でも時間がかかるっていわれたもん!
そんなのまってたらお姉ちゃんが……お姉ちゃんが…………うわあぁぁぁん!!」
「…………すまねえが他当たってくれ」
「……………………ひっく、わかり…………ました…………」
好奇心に駆られ、人だかりを掻き分けて進み騒ぎの中心を覗いてみれば、そこにはフルプレートの鎧を着込んだ熟練冒険者トーマスと村娘風の装いをした10歳ほどの美少女の姿が
あった。
トーマスは酒場の椅子にどっしりと腰かけ、頭を掻きながら申し訳なさ気に否定の言葉を告げた。
それに対し少女は、涙を流しながらもを食いしばりコクンとそれに頷いている。
…………やっぱり、ここで大人しく頷いちゃうのがこの世界の子どもなのかもしれないな……いや、この子だからか。
きっと辛い経験をしてきたんだろう。
冷たい現実を知っているからこそ、下手に食い下がったりせず受け入れてしまう。
出来れば力になってあげたい。
周囲の表情を見るに、今ここに集まっている冒険者達の多くが同じ気持ちのようだ。
それでも名乗り出ないのは報酬の少なさ以外にも何か理由があるのだろう。
その理由が気になり、集団から少し離れた位置から頬に手を当て静観しているギルド職員のお姉さん、レイラさんに事情を聴くため、俺はスッとその人だかりから抜け出した。
「レイラさん、大体想像つきますが一体どういう騒ぎなんですか?」
「あっ、ススムさん。……それがですね、あの女の子が先日調査依頼を受け、行方不明になった冒険者パーティーの一人の妹さんらしくて」
「それで姉を探して助けてほしいと」
「はい、ギルドも出来るだけ早く重要依頼として発行しようとあちこちに掛け合っているのですが如何せんミゼル伯爵領との境界地域となると……」
ミゼル伯爵領はローゼンブルク伯爵領のお隣さんで、ここスタールからは馬車で半日ほどの距離にある。
また、その境界のある地域は複数の山脈が連なった広大な山岳地帯で、厳密な境界線となるものがなく管轄が色々とややこしいと聞く、
要するにそこで何かあるとどうしても向こうのギルドや役所と連絡、連携する必要があり時間がかかるのだ。
だから今回はそれがあって迅速に依頼を発行出来ていないみたいだ。
ちなみに俺はその山岳地帯に一度行ったことがある。
自然豊かで魔物の数や種類こそ多いが、山間にいくつか村があるくらい安定していて比較的暮らしやすい土地だった。
しかし、どうやら近頃は幾人かの村人か失踪しているらしく、その噂がこの町にまで届いていた。
それだけでなく……。
「加えて最近のミゼル伯爵領は凄くピリついてますからね」
「ええ、手続きは滞るし、情報は入ってこないし、もう大変なんですよ!
その上、こんなときなのにギルド長が一向に帰ってこないもんだから更に大変で!」
よほど仕事が大変だったのだろう。
声のトーンが上がり、握りしめた両手をブンブン振りながら前のめりに詰め寄り思いを主張してくるレイラさん。
というか、距離が近い、とても近い。
レイラさんは魅力的なプロポーションをしているので制服に包まれ押さえられてなお、近付かれると目のやり場に困るほど魅力的だ。
その上、顔も美人だから尚更直視出来ない。
ウェーブがかった金髪からフローラルな香りが……。
このままでは年上お姉さんの色香に呑まれてしまいそうだ。
「レイラさん、ちょっと落ち着いて」
「あっ、すいません」
数歩下がり手と言葉で静止を求めると、レイラさんはすぐに落ち着きを取り戻してくれた。
ふう、危ない、危ない。
とにかく空気が気まずくなる前に話を戻すとしよう。
「そ、それでその調査依頼の内容って噂の村人失踪の調査ですか?」
「主目的はそうです。 周辺の村々を巡り噂の真偽について村人への聞き込み、その結果、噂が事実であった場合は可能な範囲でその原因の特定までして頂き報告してもらう手筈でした。」
「主目的?」
思わずそのまま訊いてしまうと、彼女はニヤリと笑みを浮かべ……。
「――――そういえばススムさん、今日はいつもと香油変えてますね?」
「へ?」
ちょっ、近い近い!
レイナさんはにっこり微笑み、明るい声で俺にそう問いかけると、クンクンと鼻を鳴らしながら詰め寄ってきた。
さっきのことがあるので即座に俺は後ろに引いたのだが、それでもレイラさんは止まらず、数歩、数歩と後ろに下がっていた俺は徐々に壁際に追いやられていく。
ダメだ、逃げられない!
壁に背を預け、両手を上げて降伏するも効果なし。 今朝はシャワーを浴びたし、防具や服装にもしっかり匂い消しが出来ているはずで今の俺は決して臭くはないはずだと自分に言い聞かせながら観念して時を待つと…………。
遂に、彼女の鼻先が俺の首に触れ…………る寸前、レイラさんはピタリとそこで止まり、ヒソヒソと小声で「人に聞かれたくない秘密の会話ってこうやってする場合もあるんですよ……どうです? 何かドキドキしませんか?」と囁き。俺がごくりと唾を飲めば彼女は秘話を続けた。
「続けますね、ここだけの話、噂の調査に加えてミゼル伯爵の動向の調査も併せてお願いしていたんです。
あくまでそちらはおまけ、運良く調べて報告出来れば追加報酬という形で」
ん? 何故そこでミゼル伯爵の動向なんて言葉が出てくる?
ミゼル伯爵の動向が知りたいのなら伯爵の屋敷があるセラリスまで赴く方が都合がいいはずだ。
――まさか、ミゼル伯爵領全体を張り詰めさている原因が領境の山岳地帯にあるとギルドは既に掴んでいるのか?
いくら村人が失踪したからといって領全体が厳戒態勢にはならない。
なら村人が失踪した以外にもあそこで何かあったということになる。
それは一体…………?
うん、これ以上考えても俺には分かりそうにないな!
それよりも、だ! 俺は今、このシチュエーションに心がときめいている。
映画なんかで見たことあったが、まさか実際にする機会が訪れるとは。
面白そうなのでここはノリに合わせて聞いてみよう。
「そうなんですよ。何故かエステルさんからプレゼントされたので使ってみました。
――――もしかして何か知ってるんですか?」
ちなみにエステルさんに香油は貰ってない、それに変えるどころか今日は付けていない。
そもそも安くはない香油を使うなんて、連日ダンジョンや依頼で水浴び出来ない状況か、乾燥しやすい地域を移動するときくらいだ。
「もちろんです! …………実は、あそこには数か月前に建てられたミゼル伯爵の別荘がありまして、先日そこに宿泊されていた三女のディオナちゃんが消息を絶たれたらしく、表沙汰にはならないよう今も伯爵は裏で色々動かれているとか」
想像以上にヘビーな事態に陥っているみたいだな。
ディオナ嬢はたしかあの王都一番の学院に通っていると聞いていたが、今は日本でいうところの夏休み、ちょうど避暑地にピッタリな場所に出来た別荘でゆっくりするつもりだったのだろう。
そこを狙われ何者かに誘拐されたのか、それとも単純に魔物に襲われたのか。
どちらにせよ、結構な大事になるのは必然、表面上は隠していても必死に伯爵が動いているのならば領内全体が張り詰めるのも当然だ。
それにあの娘想いのミゼル伯爵のことだ、ほぼ確実に自ら現場近くの町に赴き、指揮を執って動いているはず。 それをこっちのギルドが掴んだのか。
なら、全てが表沙汰になるのも時間の問題かもしれない。
「なるほど、納得しました」
俺がそう言うとレイラさんはどこか名残惜し気にゆっくりと下がり元の位置に戻った。
「話は戻るんですけど、消息を絶ったパーティーからは出発以降、連絡はなかったんですか?」
他国だと違うのかもしれないが、この国の冒険者ギルドは依頼に合わせて支給品が出る。
支給品といってもレンタルで依頼が終われば返却する必要があり、壊せば弁償だったりするのだが、それはともかく。
今回のような調査依頼の場合は、伝書鳩……の役割をする小型の鳥類の魔物ポーターピジョンが一羽とインスタントカメラが一台支給される。
今回の場合だと村人への聞き込みを終えたタイミングで一度報告の手紙を伝書鳩に括り付けギルドへ送り、噂の原因の手がかりとなる写真、魔物なら足跡や痕跡などの写真を撮ってその場で現像される写真を戻ってきた伝書鳩に括り付け再度ギルドに送るだろう。
故に、よほどの事態でなければ少なくとも一度目の報告は入っているはずだ。
「二度ありました。 村人に聞き込みを行った結果、最近見知らぬ蜘蛛が出るという情報を得たというものと、痕跡を辿って巣穴の洞窟らしきものを見つけたというものです。
それから丸二日、一切連絡は届いていません」
「そうですか……」
二度目の報告から丸二日、一番考えられるのは慢心して巣穴の中まで入ってしまったパターンだ。
少し入って調査するだけなら大丈夫、と思ってしまい、巣の中で返り討ちに遭ったという事例は山ほどある話らしい。
特にパーティーのように人数が多いと、集団心理が働いて実際の戦力を見誤り、冷静な判断と行動が難しくなるからな。
その結果、一人であれば引き返す場所であっても、つい行ってしまうのは仕方ないのかもしれない。
あるいは、調査任務からの帰還途中に襲われたという可能性もあるが…………。
事実がどうであれ、二日だ。 既に二日経っている。 となると生存の可能性は限りなく低い。
仮に全滅せず運良く捕まっているにしろ、相手は魔物だ。 おそらく既に無事とは呼べない状態にされ、魔物蔓延る巣穴の奥底、いつ絶命してもおかしくないような環境で捕らえられているという非常に厄介な状況。
そんな状況に突っ込むのはかなり危険、というのもあるが、発見した時点で依頼対象が死んでいて依頼が失敗する可能性が高過ぎる。 いくら依頼料が多くても引き受ける冒険者はまず居ない。
お金が貰えないことや依頼失敗によるギルド評価の低下、そもそもの命の危険も辛いが、それよりも、救う対象の元まで命懸けで道を切り開き辿り着いて時に、もう死んでいましたと助けるはずだった人の無惨な遺体を突き付けられるのは想像するだけでも途轍もなくしんどい。
似たような依頼でそんな状況に遭い、徒労、虚無、無力感、それに依頼人に対しての申し訳なさがこみ上げて病んで冒険者をやめてしまった話も聞いたことがある。
…………にしても、蜘蛛かぁ……。
虫系の魔物は正直色んな意味で苦手だ。
そもそも虫のあの独特なビジュアルが苦手……というのは置いておいて、読心術スキルが虫相手だとほぼほぼ機能しないからだ。
――――読心術スキル、俺が授かったそのスキルは、厳密には心を読むというより近くの心の声を聞いたり触れた相手の過去を見たり出来る力だ。
戦闘においては、周囲の索敵や動きの先読み、生存確認に活用している。 ……といっても勿論万能ではない。
このスキルは有効範囲が限られているという点以外にもわりかし致命的な欠点が多いのだ。
まず、人間に近い知性のある生物以外には効果が薄い。 大まかなニュアンスや感情なんかは何となく分かるのだが、人間からかけ離れるほどノイズが酷く意味不明な単語になっていき相手によっては洒落にならない頭痛が襲い掛かってくる。
また、複数来られるのも駄目だ。 慣れのおかげか通常三人までならそこまで精度を下げずにスキルを行使出来るが、それ以上に数が増えていくと精度が格段に下がっていくからだ。
動きの先読みが難しくなるだけならいいが、個人的に一番肝心な索敵がざっくりした方向や数しか分からず当てにならない代物になってしまうのがヤバイ。
その上、脳にかかる負荷が半端ないのか数が多過ぎると頭が割れるような頭痛が襲ってきて動けなくなるので逆効果にすらなる。 その場合、もちろんスキルを切って戦うことになる。
つまり、読心術スキル使いの俺にとって重要なのは相手の種類と数。
相手が単体、ないし少人数の人に近い知性のある相手であればスキルを活かして有利に戦えるが…………。
蜘蛛はその真逆、しかも場所が巣穴ともなると最悪だ。
数が多過ぎてスキルの有効範囲であろうと正確な数や位置すら把握しきれないだけでなく蜘蛛の巣トラップまであることを踏まえると、うん。
きっと誰か心優しい冒険者が何とかしてくれることだろう。
生憎、今日は俺一人。 Cランクには昇格したといっても集団戦が苦手な俺がソロで挑むのは荷が重いってレベルじゃない。
そもそも俺は読心術スキル抜きにしても複数戦は苦手なんだよなぁ…………。。
そうやって俺が考えていた間にでも他の優秀な冒険者が引き受けてくれていないかと少女の方を見れば、ここからでも若干減ってきた人だかりの合間から少女があるパーティーと会話しているのが見えた。
「ごめんね、助けてあげたいけど私達には無理だわ」
「?ランクとはいえ4人パーティーが全滅したんだろ?
なら百歩譲っても2パーティー以上の?ランク、普通ならCランク以上が受ける依頼だ。
そいつら全員が納得する報酬、危険に対する対価が必要ってことは子どものお前さんでも分かってんだろ。
そんな子どもの小遣いで受けてくれるようなお人好しのCランクなんかいねえよ。
大人しくそこでギルドが依頼を発行するまで待ってるんだな」
「ちょっとマイク! やめなよ、そういうこと言うの!」
「ったく、分かった分かった! 俺が悪かったよ!」
少女に対し申し訳なさそうに謝る騎士風の女性とウンザリしたのか言いにくいことをズバッと突き付けた戦士風の男。
彼はある意味正論を言っているが、家族を心配する少女に告げるには酷だろう。
同じパーティーの女性に怒られるのも無理もない。
「…………待てよ、居るんじゃねえか? 子どもの小遣いでも引き受けてくれそうなCランクのお人好し?」
「流石にそんなアホでCまで生き残ってる奴なんていねえだろ」
「いや最近Cに上がった奴のことだろ、アイツならやるんじゃないか?」
ちなみにこの町で最近Cランクに上がったのは俺しかいない。
「あー、でもアイツ童貞だろ?」
おい、童貞の何が悪い! 何の問題があるってんだ!
そもそも何で俺が童貞であることを知っている?
「そうそう、でもアイツ童貞だけど良い奴だぜ」
童貞だけどってなんだ!
滅茶苦茶文句を言いに行きたいが、今ここで行けば自分から「俺は童貞です!」と女性陣に露呈することになる。 それは絶対に避けなければならない!
「そうなのか、俺は魔法で女にしばかれても感謝するようなドМだって聞いたぜ?」
「それもうドМってより変態だろ……、」
口々に言いたい放題言って騒ぐ男達、ちなみにその半数は顔が赤く酔っている。 相変わらず昼間っから酒を飲んで騒ぐのは勘弁してほしい。
それにしてもただ魔法障壁の特訓の礼を言っただけでドM呼ばわりは誤解にも程がある。
「でもアイツ、ドМで変態な童貞だけど良い奴なんだよ。
少し前のことなんだが……依頼からの帰り道、スタールまでもう少しってところで俺は疲労とケガでぶっ倒れて動けなくなってな、そんときにアイツは何も言わず無償でポーションと水食糧を分けてくれて、更にはおぶって町の治療院まで運んでくれたのよ
感動したなぁ、あんときは、礼をしに行っても金も受け取らず困ったときはお互い様だなんてサラッと言って去っちまうんだからよ」
小芝居を交えて熱心に語る男の言葉に皆が聞き入っている。
事実だけを並べるとそうだが、脚色が凄くて俺の記憶と全然違う。
俺はあの日、依頼の帰りにたまたま倒れている彼と出会い、俺を見るなり「あなたはとても心優しい人に見える、きっとタダでポーションをくださるに違いない!」と凄まじい圧で言い見つめてくるので、渋々ポーションを渡すと男は速攻で飲み干し。
更にじっと見つめながら「なんと! 水と食料まで別けてくださるなんて、あなたさまは聖人に違いない!」と大声で言い続けるので仕方なく残り少ない水と食料を渡し、それを貪り喰らう男からそっと離れようとすると、足をガッシリ捕まれ、「おお、神よ、あなた様が遣わしてくださったこの天使様は、ポーションや水と食料を恵んでくださるだけでなく、この弱り切って動けなくなった私を背負って町の治療院まで運んでくださるほどの素晴らしいお方です」などとのたまい、流石に付き合いきれず、「荷物もあるのでこれで」と俺が告げ終えるより先に、「まさか、こんな大ケガをして動けない人間を置いていかれるというのですか!? ああ、きっと私はここで抵抗も出来ず魔物に食べられて死ぬのでしょう!」と叫びながら足を掴んでいる手の力を強めてくるものだから観念して荷物と一緒に治療院まで運んだというのが実情である。
ちなみに、男から礼金を受け取らなかったのも似たような問答があったからであることは言うまでもない……。
というか、あれはもうほぼほぼ脅迫だった。
もし無視して帰ろうものならそれを今とは真逆に脚色して言い触らす気満々の顔だったからなアイツ。
というか、その手口流行ってるんだろうか?
何度か同じ手口を使ってくる奴に会った覚えがある。
「おおー、そいつはスゲェ、冒険者より聖職者のが向いてるんじゃねえか?」
「違いねえ」
更に好き放題ネタにしてガハハと馬鹿笑いする男共がやかましい!
顔を覚えておいて後々軽く復讐してやる!……いや、もう既に見知った顔しか居ないな。
「ならその人にお願いするのが一番良さそうね。
それで、その人って誰なの?」
話を聞いた一人の女性冒険者が話を収拾すべく疑問を投げかければ、笑っていた男達がニヤニヤと笑いながら一斉にある一点を見つめ、そこに立っている人物を人差し指で指示した。
――俺である。
ホント勘弁してくれ。
女性陣がめっちゃドン引きしている…………凄い冷たい視線、軽蔑の眼差しがとても痛い! 辛い!
「はじめまして、わたしはミリアっていいます
あの……その……えーっと、どえむ? で、へんたい? な、どうてい? のお兄さん、どうかおねえちゃんをたすけてください!」
助けてほしいのはこっちも同じだよ……ほら、女性陣まで吹き出して笑っちゃってるし。
タタッと駆け足で来るなりいきなり爆弾発言するミリアと名乗る少女。
意味が分かっていないのか、たどたどしくも真剣に言うもんだから余計来るものがある。 子どもの純真さは時に大人の弄りより刺さるからな。
…………まあ、それは、些事だから置いておくとして。
真摯で真剣なこの少女に何と答えるべきか…………。
「俺はススム、ドМでも変態でもないただの冒険者だ。
基本は好きに呼んでもいいけど、ドМだの変態だの童貞だのと呼ぶのは勘弁してくれ」
「じゃあススムさんってよびます」
軽い自己紹介を経て腕を伸ばし握手を求めるも、ミリアは首を傾げるだけ。
この世界、握手の文化がそこまで浸透していないから仕方ない。
「……?」
「同じように手を伸ばして手を握ってもらえるか?」
「う、うん、じゃなくて! はい!」
元気よく返事するとミリアは腕を伸ばして握手を返してくれた。
疑問が顔に出ているので事を成す前に握手について説明しておくとしよう。
「これは握手と言って初対面や一緒に仕事する相手にこれからよろしくと伝える時にする挨拶みたいなものかな」
「じゃあ、お姉ちゃんをたすけてくれるってこと!?」
引き受けてもらえると思ってなかったのか瞳に期待の光が籠り始める。
「いや、それを決める前にいくつか聞きたいことがある」
「…………なに? なんでもきいて!」
俺の返事に一瞬落ち込むもまだチャンスはあると思ったのかすぐさま元気を取り戻した。
俺の質問に応じてもらえるようで何よりだ。 これで俺のやりたい事が出来る。
冒険者ギルドは大きく、とても広い。
だから傍に居るミリアとレイラさん以外とは数メートル以上の距離があって邪魔になることはない。
戦闘以外に使うのは好きではない上にこの少女を疑うみたいで正直乗り気ではないが仕方ない。 流石に人となりを知らない見ず知らずの人間のために命を懸けられるほど俺はお人好しでもなければ馬鹿でもない。
――――読心術、起動!
頭の中で意識的に封じていたスキルの力を解放する。
準備完了だ。 これでミリアの心の声を聴けるだけでなく、握手したままの手を通してミリアが思い浮かべた記憶を視ることが出来る。
「君のお姉さんはどんな人なんだ?」
「『お姉ちゃんはね、やさしくて、かしこくて、きれいで、とってもかっこいい、わたしの自慢のお姉ちゃんなの!』」
心の声と実際の声が重なって聞こえる。 本心からそう思っている証拠だ。
悪いが少し思い出を覗かしてもらう。
深く集中して、ラジオの周波数を合わせるようにミリアの心の波長にスキルを合わせるイメージで、と…………。
――――視えた! この女の子がミリアのお姉さんか!
瞬き程の一瞬でミリアが思い浮かべた姉の姿が五感と感情を伴うVR映像となって俺の頭へと流れ込んでくる。
夜の一室、小さなランプで照らされたベッドに二人して寝転び、寝る前に本を読み聞かせてもらっている。
輝く金色の髪をツーサイドアップに結い、明るく暖かい笑顔でこちらの頭を撫で、本をパラリと捲りながらその耳心地の良い優しく綺麗な声でゆっくり読み聞かせてくれる姉の姿がそこにはあった。
年は中学生くらいの見た目からおそらく14歳くらいか、かなりの美少女だ。 しっかりお姉ちゃんとして頑張っているからか、幼さよりも大人びた落ち着きと安らぎを感じさせる雰囲気にちょっとドキッとしてしまう自分がいる。
他人の思い出を盗み見るという罪悪感はあるが、おねショタ感があってこれはこれで……………………駄目だ駄目だ! こんなの人として最低だし、そも楽しむのが目的ではない!
とっとと次の質問に移るとしよう!
――――数分後。
あれからいくつか質問してみた結果、返答と心の声、流れ込む思い出の数々を統合して整理すると、ミリアの姉のこと、家族のこと、ミリアが置かれている状況さえもおおよそ分かった。 いや、分かってしまったと言った方がいいのかもしれない。
ミリアは四人家族だった。
母クラウディアと父スティーブの間に生まれモニカという一人の姉を持つのどかな村に暮らす平民の女の子、それがミリアという少女。
父スティーブが兵士をやっていたこともあり暮らしは裕福とは行かずとも安定していて、家族仲も良く、絵に描いたような幸せな家庭。
ガサツだが家族思いでよく笑う父親、そんな夫を支える器用でしっかり者の母親、いつも一緒に外で遊んでくれる姉に囲まれてミリアはとても幸せに感じていたようだ。
しかしながら、その幸せは4年前に終わりを告げた。
ある日、村でよく一緒に遊ぶミリアの友人の一人が木の実を取ると言い森の奥に入り夜更けになっても帰って来なかった。
屈強な兵士として信頼されていたスティーブは、友人の両親と村長に頼まれ捜索のために深夜の森へと入っていった。
幸いなことに、ミリアの友人は森の奥深くで無事発見されスティーブに連れ帰ってもらえたものの、その際、遭遇した魔物の群れを追い払ったスティーブはかなりの深手を負い、子どもを親に届けて帰宅すると同時に倒れ、妻や村人達が手を尽くすも早朝に帰ってきたスティーブは陽が沈むのと共に永遠の眠りについてしまったのである。
そこからミリアを取り巻く環境は一変した。
母クラウディアは娘二人を養うために近くの小さな宿場町で住み込みの仕事に就き、姉モニカはそんなほとんど家に帰って来れない母の代わりにミリアの身の回りの世話をするようになった。
よくミリアと共に野原を駆け回って遊んでいた姉はそれらを一切止め、早朝に起きて密かに家を抜け出し、怪我をして引退した父の元同僚のおじさんの下で戦う術を習い、ミリアが起きる時間になると家に戻り家事全般を手早くこなしてミリアの相手、夜になれば毎晩父に買ってもらった数冊の本をミリアに読み聞かせて眠るまで見守り、そこからは父の部屋で魔法や学問の勉強を遅くまでやっていたらしい。
そんな姉の様子が気になり、ミリアは何度か様子を見に行っていたからここまで分かったが、モニカはかなりの苦労人である。
だが、更に状況は悪化する。
1年前、ほぼ働き詰めだった母クラウディアが倒れたのだ。
命に別状はないものの、弱りきった体では住み込みの仕事に復職出来そうになく、自宅で静養しながら花飾りを作る内職を始めるも到底3人分の生活費は稼げなかった。
そこで動いたのはやはり姉のモニカだった。
村に住む少し年上の知り合い3人とパーティーを結成して冒険者になったのだ。
スタールまで来れば冒険者ギルドがある。 冒険者は危険を相当伴うけどのし上がればかなり稼げるから母を治療院に連れていく事もできるし、ミリアを学校に通わせることだって出来る、と熱弁し、教本を頼りに独学で何とか習得した魔法を見せて泣いて止める母を無理矢理説得してスタールまで来たみたいだ。
そこからは早朝に村を出てスタールに赴き、雑貨屋で花飾りを売ってから日帰りの依頼をこなし、帰ってからも母の手伝いやミリアの世話、勉強、就寝…………というサイクルで生活していた。
また、そんな姉と母の役に少しでも立とうとミリアが一生懸命に家事など諸々のお手伝いをしていたらしい。
わずか数分の間にミリアの目や耳を通した人生のダイジェストを一気に見ることで、顔には絶対に出さないが、俺は今猛烈に泣きそうになっている。
――――なんて良い子なんだ…………。 この姉妹の笑顔が失われるのは勿体ない! そんなの世界の損失だ!
それに何より、ミリアにとってモニカは精神的だけでなく人生面に置いても絶対に失ってはならない存在だ。
…………もし……仮にモニカがいなく成ってしまえば、この家族はきっと崩壊する。
母クラウディアは性格的に絶対に無理をして働き体を壊す。
現状は多少マシになっているクラウディアも次に過労で倒れれば命が危ういだろう。
そうなれば、どう進んでも辛い未来が降りかかってくるのは必然だ。
それはこの10歳くらいの少女にはあまりにも過酷過ぎる…………。
――――あーもう、しょうがない。 知っちゃったんならしょうがない。
人となりだけでなく俺がやらないといけない理由まで知ってしまったんだからしょうがないよな。
「お姉ちゃんは好きか?」
「うん! だいすき!」
数分に渡っての握手を解き、答えが分かり切っていた質問を最後に投げかけてみると思った通りの答えがはっきり返ってきた。 やっぱりそうだよな…………俺もそうだ。
記憶を垣間見たこで俺は今、もう親近感ってレベルじゃないほどミリアを身近に感じている。
まるでどっぷりのめり込んだ小説やゲームの主人公と実際に話しているかのような感覚だろうか。
他人だけど自分のような、大体の思考も察せられるし、共感も感化もしている。
だから、俺自身もどうしようもないくらいモニカを助けに行きたいと思っている。
む…………、相性にもよるがやっぱり心を深く読むと思考が多少引っ張られるな。
まあ、このミリアに影響された気持ちとは別に、直接この目で姉妹が笑い合っている姿を見てみたい。
それはきっとハイパー尊い光景だろう。 そんな美少女の笑顔は高額報酬以上に命を懸ける価値がある。
――――なら、決まりだな。
「なら、その大好きなお姉ちゃんを助けないとな。 受けるよ、ミリアの依頼」
「ホント!?」
「ああ、これでも俺はCランク冒険者だからな。 救助依頼だって慣れたもんよ」
「やったぁ! これでやっとおねえちゃんを助けに行ける!」
まあここで冒険出来なきゃ冒険者じゃないよな。
何より女の子一人救えず世界を救うなんて出来っこないか。
正直不安ではある……が、ただやりようによっては不可能ではないはず。
だからこそ、時間が無くとも色々準備を済ませてから向かう。
まずは手短にレイラさんと話しておくべきだな。
いくら美少女の命や笑顔に価値があるとはいえ、各種ポーションなどの生命線となる消耗品や装備なんかの諸々の出費を考えるとミリアからの依頼料だけでは懐にかかるダメージが半端ない。 故にギルドには出発前に調査任務の引継ぎの手続きをしてもらいつつ調査報酬の増額なんかを交渉しておく……というのもあるにはあるが、単純に今の緊迫したミゼル伯爵領に入るための申請と根回し、念のための仲間への伝言&救援を頼むのが主な目的だ。
何かあった場合の保険とそもそも報告しておかないと後で何されるか分からないから欠かすわけにはいかない。
次にマリーメイアさんの薬屋に行ってポーション類を買い、ラオスのおっちゃんの店で蜘蛛の対策について相談しながら装備を整えるか。
「あっ、そうだ! ゆびきりしよう、ゆびきり!」
そう言ってミリアは小指を立てた右手を前に差し出した。
ゆびきり…………? リアルに指を切るとかでなく俺の知ってるやつなのだろうか?
様子を見るに、どうやらユビキリって名前のこっちの世界特有の儀式とかではなく、日本で小さい頃にやる約束するときのおまじないの方で合ってるっぽい。
「良いけど、どこで指切りなんて知ったんだ?」
「タケルくんに教えてもらったの。 なんかタケルくんはおじいちゃんから教わったって。
とっても大切なやくそくをするときのおまじない? なんでしょ?」
「間違っちゃないな」
おそらく、名前的にそのタケル君かその祖父が転移者なんだろうな。
それはともかく指切りなんていつ以来だろうか? 小学生の時だろうけどよく覚えていない。
ちょっと恥ずかしい気もするけど、こういうのは変に恥ずかしがらず手早くキッチリやっておくべきかもしれない。
俺も右手を出してミリアの小さな指と小指を絡めた。
「ススムさん! ぜったいお姉ちゃんをたすけてね! やくそくだよ?」
「ああ、約束だ」
「ゆびきりげんまーん、うそついたらはりせんぼんのーます! ゆびきった!」
俺はこのとき、ミリアの溌剌とした声で唄われる懐かしい歌に乗せて、ミリアに、そして自分自身に誓った。 俺の全力を尽くして絶対無事に姉妹を再開させると。
『――――……けて……』
コエガキコエル…………。
『――――たす……けて……!』
だれかが…………助けを呼んでいる。 誰が……誰に……?
『――――たすけて! ススムお兄ちゃん!』
闇を切り裂く一声が俺の意識を深い深海から現実へと引っ張り上げていく。
…………約束したからな、助けるって。
それに、女の子が助けを求めているんだ。 しんどかろうが無理してでも手を差し伸べるのが男ってもんだろう。
――――だったらここでゆっくり寝てるわけにはいかない。
俺は未だぼやけ意識のはっきりしない頭に活を入れ、重い瞼を上げて両目を開いた。