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OVERCOMING そして俺は読心術で少女を救う  作者: 星の旅人
プロローグ
1/2

第1話 鬼殺し

「諦めるな!」


 ――振り向くことなくそう叫んだ。

 後方で座り込む幼い少女、恐怖のあまり涙を流して震えている彼女の心に響くように。。


「お姉さんを助けるためにここまで頑張って来たんだろ。

 だったらお姉さんを助けてここから無事に脱出するまで、歯を食いしばってでも頑張り切れ!」


「っ、でも……」


「大丈夫、道は俺が切り開く。 少しの間、そこで見ていてくれるか?」


「う、うん。 ススム……さん、ぜったい死なないでね、ぜったいだよ!」


「ああ、俺は死なないよ。 まだまだやりたいことが沢山あるからな」


 言っておいてなんだけどカッコつけ過ぎてしまった。

 性にも実力にも見合ってないのにな。

 ああ、何よりクサ過ぎてちょっと恥ずかしさと後悔が……。


 ……まあでも、この状況だとそのカッコつけが必要な気がしたのだ。

 少女を安心させるためだけでなく、自分自身を奮い立たせるために。


 ――憧れたあの日のヒーローはここには居ない。


 この場で戦えるのは俺一人。

 それに俺はヒーローではなく、ただのありふれた冒険者でしかない。

 だが、だからこそ、受けた依頼は全力でこなす。

 消息の途絶えた姉を探し出して助けてほしい、なけなしのお金を握りしめ色んな人に必死に頭を下げて周っていた少女からの依頼おねがいを受けて、約束したのだから。


 さて、とっとと依頼を終わらせて、笑い合う美少女姉妹の日常を取り戻すとしよう。

 あわよくばその絶対に尊い光景を、遠目で、一目だけでも、絶対に見て和んでやる。


 決意を固めた俺は武器を構え、一息吐いて集中を高めていく。

 全身に流れる魔力はまだまだ潤沢、戦闘に問題ない。

 前方に見据えた巨大な敵の懐に潜り込むべく、俺は力強く足を踏み込んだ。



 ――夜より暗き闇の中、激しい轟音が洞窟内に木霊する。

 巨大な蜘蛛の怪物(モンスター)が一人の男に二振りの大鎌を振り下ろした。

 しかし、大型トラック程もある巨体が繰り出す一撃は空を切り地面を抉るのみに終わる。


 その男、つまり俺がギリギリの所で攻撃を躱したからだ。


 それでも、大蜘蛛の猛攻が止まることはない。

 接近すれば鋭利な前脚が、下がれば蜘蛛の糸が瞬時に迫ってくる。

 故に、絶えず体に魔力を巡らせることで身体強化の魔法を行使&維持し、跳んだりローリングしたり弾いて攻撃を逸らしたりと回避や防御主体での対応を強いられていた。

 

 だが、自分の魔力量にも限界はある、ずっと避けてはいられない。

 それに元々悠長に戦っている時間もない。

 

 だからこそ、今度はこちらから攻める。


 右からの殺人的な振り下ろしをバックステップで躱して軽く距離を取り、すぐさま下半身の身体強化の段階を引き上げていく。

 3倍強化から4倍強化の限界まで。

 足の筋肉、腱、骨の全てに魔力を流し込んで強化していくイメージだ、更に強靭なバネをイメージして……。

 並行して姿勢を低く構え、右手にダガーを握りしめる。


 奴が次に俺に攻撃する瞬間、……今っ!!


 足に力と魔力を込め、俺は射られた矢の如き速度で大蜘蛛に向かって突っ込んだ。

 ――真っ直ぐ進んでぶった切る!

 ごく普通で単純な攻撃、だが、渾身の力と速度を乗せることで必殺と呼べる領域に達した一撃は見事相手に命中した……が。


「ちっ!!」


 ――ガキンッ! 金属が打ち合ったような音が鼓膜を震わす。

 交差された二本の足が間に割って入り、俺の渾身の攻撃が防がれたのだ。

 そして、その防御の速さは俺への攻撃時よりも遥かに迅速だった。


「やっぱり遊んでやがったな」


 かち合ったダガーからはね返ってくる衝撃は手を伝って全身に響き渡り、確かな痛みとなって手を痺れさせた。

 痛い、それでもすぐさまダガーを握り直して深く息を吐いた。

 これではどっちが攻撃したのか分かったもんじゃない。

 

 大蜘蛛はそんな俺のことを嘲笑うかのように下衆な視線を送りぶるりと震えた。

 コイツは今、確実に俺を下と見て油断しているのだろう。

 

 だが、不快ではあるものの、その油断は俺にとって好都合だ。


「っと、危なっ!」


 ダガーと前足が激しく火花を散らしながらもせめぎ合う中、こっそり横方向から魔法をぶつけるべく、左手で魔法を練り上げていたところ、大蜘蛛は口から緑の液体を発射してきた。

 咄嗟に横に転がり回避して難を逃れたが、流石に発射を完璧には避けきれず防具の端に数滴だけ液体が付着してしまっている、


 また、視線を下に落とすと、床に落ちた大部分の緑色の液体がマグマのようにグツグツと煮えたぎり泡を立てながら触れた地面をジュッと溶かしているのが見えた。

 

 ――酸だ。

 

 慌てて付着した部分を見れば、防具の端も嫌な臭いを出して少しだけ溶けている。

だが肌には届いていないみたいでホッとした。

 念のため液体が付着した個所を氷の魔法で凍らせて風の魔法で削り落としておく。


 ふう、もろに浴びていたら確実にドロドロに体が溶けてご臨終コースだっただろうな。

 そんな死に方御免被る。

 至近距離で放たれると流石に不味いので、俺はさっと後ろに跳び退いて距離を取った。


 うーん、どうしたものか。

 今一度注意深く周囲の環境と相手を観察して打開の糸口を探ってみるべきか。

 

 ――ここは洞窟の奥の別れ道を進んだ先、半球状の大空洞。

 しかもおそらく、卵の産卵部屋。

 ドームの壁面にびっしりとランドセル大の卵が蜘蛛の糸で張り付けられているのが見える。


 で、それを守っているのが眼前の大蜘蛛。

 鎧のような硬くしなやかな八本足、獲物を嘲るような色を灯す血のように真っ赤な複眼、会敵早々のタイミングで俺が牽制に放った魔法を尽く弱めた魔力を散らせる性質を持つ黒い体毛に全身を覆われた体。

 そして何より一番目を引く特徴は、背中の独特な模様だ。

 黒い背に赤い体毛で描かれた顔をしかめて泣く鬼のような模様。


 その分かりやすい特徴からして、あれは鬼殺し《オーガキラー》なのだろう。

 オーガを弄んで楽しんだ後に殺して喰ったという強烈な逸話と背中の模様からそう名付けられたらしい。

 狡猾で獰猛、人知れず洞窟に住み着き、番を成して大量の子蜘蛛をばら蒔き、巣を拡張して短期間で難攻不落の糸の要塞を築き周囲一帯を脅かす存在になる。

 多くの冒険者を喰らった魔物ではあるものの、知能の高さを除けば鬼殺し自体は比較的そこまで強い魔物ではない。

 対策さえしっかり取って挑めば割と楽に討伐可能というのがギルドの認識だったはず。


 そういや……酒場でおっさん冒険者が何か語っていたような……?

 

 そうそう、思い出した。

 あれはある日、酒場で夕食をとっていた時のことだ。

 騒がしい店内であっても一際煩かったおっさんが酒を片手に新人に絡み「俺はソロで鬼殺しを倒したんだぜ」と自慢しつつも何やらアドバイスを言っていたのを覚えている、たしか……。


「そもそもなぁ、硬い虫の類に斬撃は余程の達人か魔剣でもなけりゃ分が悪い!

 だから俺らみたいな普通の冒険者はよぉ、ハンマーやら棍棒やらで頭をぶん殴るのさ。

 そうすりゃあ、相手の中身は衝撃でぐちゃぐちゃのミンチになるか、ならなくとも脳がグラついて動けなくなるからよ、後は目なり口なりの柔らかい部位に攻撃ぶち込めば倒すなんざ余裕よ、余裕、がっはっはっ!!

 あー、後、お前ら俺のありがたーいアドバイス覚えとけよ、そして役立ったら俺に酒を奢れ、分かったな!」


 うん、ありがとう見知らぬオッサン!

 思い出したアドバイスと自分の持ち札を考慮しつつ、頭の中で自分なりに鬼殺しの攻略法を組み上げていく。


「仕方ない、魔力ガッツリ使うがやってやる!」


 右手に握っていたダガーを腰のベルトの鞘に戻し、深く呼吸しながら濃密な魔力を練り上げていく。

 心臓の隣、魔臓に意識を集中させて。

 魔臓で生成された魔力を左手の動脈から指先の毛細血管まで身体強化用の魔力の上から更に流し込み、魔力漲る手のひらを天に掲げる。


 ――イメージするのは氷の槍、それを複数本、上空に。

 確固たる結果を想像しながら緻密に過程を紡ぐ。

 水を氷に、鋭く、そして硬く。

 手のひらから空中に広がる俺の魔力が望んだ結果を空想から引っ張り出す。


「――氷槍連射アイシクルガトリング展開セット!」


 魔法という物理法則を超えた超常の力によって、掲げた左手の先に氷の槍が次々と現出した。

 それらは標的に矛先を向け、二重の円上に16本展開され発射待機状態に移行する。

 

 そして、掲げた左手を前に倒して氷槍に号令をかける。

 

「――発射ショットッ!!」


 正にガトリング砲が如く、回る二重円上に展開された氷槍はドリルのように回転しながら一本ずつ正確に射出され始めた。

 回転する鋭い穂先で空を裂き、凄まじい速度で突き進む氷槍達は、二本の前足に阻まれ標的を穿つことには失敗し続けている。

 しかし、どこか小気味良い破砕音と激しい振動、大蜘蛛の複眼の視界を遮るほど大小様々な大きさの結晶の数々が空間に散らばることで本当の役目は全うしている。


 ――10本目が発射されるタイミング、ここだ!

 俺は全力で駆け出した、身体強化マシマシの文字通りの全力で。。

 複眼の視線に射抜かれるより早く、残りの六本が撃ち終わるより先に事を終えるために。

 

 さっきの突撃と同等かそれ以上に加速した体で少し左から回り込み、蜘蛛の右から前足と脇のアーチをくぐり抜けて頭部の右側面斜め下に到達した。

 

 気付かれずここまで接近出来ればこっちのものだ。


「――唸れ、岩人形の剛腕ゴーレムガンドレットッ!」


 俺は素早く右手の腕甲ガントレットにはめ込まれたオパール色の魔石に魔力を送りながら少し屈んで地面を思いっきり殴った。


 地面が唸る、すると魔石を核として右腕に地面からせり上がった岩を纏う形で巨大な岩石の剛腕があっという間に形成された。

 かつて戦ったストーンゴーレムを模したその腕の拳を力強く握りしめる。


「こいつは痛いぞ! オラァッッッーー!!」


 巨腕の重みにミシミシと全身の筋肉が悲鳴をあげるのを感じながら、

 俺は地面を強く踏みしめ、腰を捻って後ろに引いた剛腕を奴の顎目掛けて、思いっきり拳を振り上げた。


「ギシャァァァァァッ!!」


 ドガッ!! 鈍く重い爆音と共に確実な手応えがあった。


 それに続き、耳を塞ぎたくなるような絶叫が大空洞に響き渡る。

 俺の拳は正確に奴の顎に命中して綺麗なアッパーカットを決め、様々な器官を砕きながら見事、大型トラックほどもある蜘蛛の巨体をズドンとひっくり返すことに成功した。

 

 大蜘蛛はあまりの衝撃で起き上がるどころではなく、助けを求めるように懸命に八本の足を動かし蠢いている。

 

 その反応もだがあれだけの手応えだ、受けたダメージ的にもはや何もせずともあの大蜘蛛は高確率で死ぬに違いない。


 しかし、相手は怪物(オーガ)すら狩る怪物(モンスター)だ、決して油断してはならない。

 すぐに追撃して止めを刺すべきだろう。


 アッパーの衝撃で砕け、激痛と共に血が滴り落ちる右腕に回復魔法をかけると俺は、同じく数度の酷使で悲鳴を上げている両足に力を込めて裏返った大蜘蛛の腹の上に飛び乗った。

 目当ては蜘蛛の糸の発射口、それは腹部後方のお尻のような位置に大体六つ。

 オーガキラーもここに来る道中で戦った子蜘蛛達と同様にほぼ同じ個所にそれらはあった。


 背中の鞘からショートソードを抜く。

 そして剣先を六つの穴の一つに突き刺し、柄を握る手に魔力を込めていく。

 幾重にも走る稲妻をイメージすれば、剣に流れた魔六が空想から生じた稲光で刀身を照らし出した。


「――奔れ、雷撃ライトニング


 俺は稲妻を纏った刀身をより深く突き刺し、更に魔力を流すことで魔法の範囲と威力を高める。

 いくら鬼殺しの怪物であっても生物である限り、体内への直接攻撃は防げまい。

 故に剣を通して直接電撃を体内に流すことで内部を雷で焼き尽す。


 絶叫、鼓膜を激しく揺さぶるその形容しがたい絶叫は大空洞すら揺らしている。


 体内を雷で焼かれて甲高く叫びながらも、激しく暴れ腹を揺らすことで俺を振り落とそうと決死の抵抗していた……が、それも長続きはしなかった。

 それもそうだ、雷の魔法の初歩である雷撃(ライトニング)と言えど、流石に体内に直接浴びせられて無事ですむ魔物は居ない……だえおう、というか居ないでほしい、切実に。


 数十秒も経過すると、眼前のオーガキラーの体の各所から焦げ臭い黒煙立ち上り始めた。


 すると、口からもモクモクと黒い煙を吐き出しながらも、鬼殺しは口を大きく開け断末魔の叫び、いや、咆哮と呼ぶべき怒りと痛みの籠もった一際大きな絶叫を放った。

 

 それはもはや攻撃だ。

 鼓膜が破れそうなほどの音の嵐を受けて反射的に耳を押さえたくなったが、それを何とか堪えながらも動きが鈍くなっていく蜘蛛の中に雷撃を流し続ける……と、突然、剣を刺していない五つの穴から白い液状に近い何かが噴出してきた。

 おそらくは糸の出来損ない、差し詰め最後の悪足掻きといった所か……、――ッ!?


 違う、そうじゃない!!

 スキルを通じて脳内に奴の意思が、叫びが、アラートが如くけたたましく響いてくる。

 奴はまだ俺を殺すつもりだ、それも確固たる自信を持った一撃で!


 でもどうやって!


「ススムお兄ちゃん、うしろっ!!」


 悲鳴に近い呼びかけを聞き、俺が横に跳躍したのと奴が酸を放ったのは同時だった。

 咄嗟だったため、ショートソードを回収することもせず瞬時に動いたのはどうやら正解だったらしい。

 何故ならさっきまで自身が居た位置を目を向ければ、音もなく背後から放たれた酸によって、残っていたショートソードがもうドロドロの液体状に溶かされていたからだ。

 少しでも遅れていたら俺もああして溶けていたことだろう。

 

「すまん、助かった! もう少しだけそこでじっと待っていてくれ」

 

「うん、わかった」


 声をかけながらも目を離すことなく視界に相手を捉えたままで軽く間合いを取る。

 自身の体すら溶かす最後の一撃を放ち、既に事切れたようにも見えるほどピクリとも動かないが、また演技の可能性がある、警戒は続けるべきだ。


 ……それにしても、あの内部の器官すら破壊したと確信するほどの手応えから、もう酸は吐けないと侮っていた。

 また、いくら瀕死とはいえ自分の体にかかるのを構わず強力な酸を発射するとは。


 油断を誘い、瀕死であっても敵を欺く狡猾さと執念、頭を起こして気付かれず静かに必殺の一撃を放つ技術。

 噂通り、オーガキラーの名は伊達ではないようだ。


 やっぱり、魔物は死亡を確認するまで一切隙を見せてはならないな。


 スキルを通しても、もう完全に奴の意思は聞こえてこなくなったが、ちゃんと死亡確認はするべきだろう。

 しかし、まだ油断を誘ってこちらが接近するのを待っている可能性がある。

 ここで近付くのは危険かもしれない。


 ならここは、遠くから魔法を撃ってみるか。


 ……いや、今までの戦闘で魔力の大半を使用したためもう残存魔力が少ない。

 もはや身体強化の魔法も切れかかっているくらいだ。

 体も結構疲れているため集中が要の魔法は効果が多少下がっているだろう。


 ここは別の手段で攻めるべきだ……が、その前に。

 俺は腰のポーチから三本の試験官に似た形状の瓶を掴んで取り出し、ふたを開けて三本まとめて一気に飲み干した。

 身体回復薬ヒールポーション状態回復薬キュアポーション魔力回復薬マジックポーションを摂取すると、体に染み渡っていく感覚と共に全身の活力が徐々に戻ってくる。


 三種の回復薬が残り2本ずつあるのを確認し、俺は自分の背にあるもう一つの武器に手を伸ばした。

 クロスボウ、俺がこの世界に来てずっと愛用しているお気に入りの一つ。

 連射性は無いがこういうときかなり役に立つ。

 しっかりと魔法をかけて放てば、あの硬い甲殻を貫くこともおそらく可能。


 クロスボウを構えて狙い、そして撃つ。

 風の魔法をかけて撃った矢は前脚に防がれることなく頭部のひび割れた殻を貫くも、見た目、スキル共に反応はなく微動だにしていない。

 結果としては死体撃ちになってボルトを無駄にしてしまったが、これで一安心だろう。


「…………よし、もう大丈夫だ、あの大きな蜘蛛はもう襲ってこない」


「すごい、すごいよ、ススムお兄ちゃん! あんな大きくてこわいクモをやっつけちゃうなんて!」


「あ、ああ。 ありがとな、ミリアのおかげで何とか無事に済んだよ」


「うん!」


 幼い少女、ミリアが目をキラキラ輝かせてこいらを見つめてくるが、こういうときどう返せば良いのか思いつかず、どこかぎこちない返事しか返せなかった。

 うーん、戦闘もそうだが、こういう時にカッコよく決められないからモテないんだろうな……まったく、


 とにかく、これでようやく先に進める。

 巨大な死骸の奥に見える横穴、ここからでは暗く見えにくいが通路で間違いない。

 そしてその先には、構造的に捕まった人達が居る空間が存在しているはずだ。

 そこに目的の人物が居て、かつ無事に生きていれば良いのだが……。


 ……残念ながらその望みは薄いと言わざるを得ない。

 何故ならそこは十中八九、獲物の保管場所だからだ。

 今までの経験上、きっと凄惨な現場が広がっている。


 だとしても、依頼を受けた以上、諦めるつもりも悲観するつもりもない!


 急ごう、状況は一刻を争う。


 思考を止め、激しい戦闘で荒くなった呼吸を整え、倒した死骸とその奥の横穴を見つめたまま俺はミリアへ話しかけた。


「さあ、ミリア、早く進もう」


「うん! ――――あっ……え?」


 唇から空気が漏れたような微かな声が気になり振り向くと、ミリアの首元に拳大の蜘蛛が張り付いている。

 しかもだ、二本の鎌状の黒い前脚、その鋭い切っ先を少女の細く傷一つない首に押し付け、こちらに見せつけていた。


 落ち着け! 落ち着け!

 今すぐにでも動こうと逸る心と体を無理矢理抑えつけ、どうにか冷静に様子をと隙を伺う。


「たす……けて……」


 ――脅しだ。


 あの蜘蛛は俺が動けばこの娘を殺すと、切っ先をより押し付けたことで流れる一筋液体を見せ、ビー玉のような赤い複眼でまっすぐこちらを見ている。

 これでは下手に動けない。

 

 ……それにしても、あの蜘蛛はいったいどこから来た?

 スキルに新しい敵が来たなんて反応はなかった。


 ……あれか。

 ミリアからほんの少し離れた壁面の卵が割れている。

 そこから滴り落ちる白い液体、ちっ、今さっき生まれたのか。

 音も気配も鬼殺しとの戦闘で掻き消え、迂闊なことに気付かなかった。


 全く想定していなかったわけではないが、今このタイミングで孵化するなんて最悪にも程がある。


 いずれにしろ、一番の失敗は勝利して気が緩み、ミリアをさっさと呼ばず目を離して考え事に耽っていたことだ。

 依頼を受けておいてこれは冒険者として致命的な失態だ。

 

 ……今更後悔して現状は変わらない。

 だからこそ、ここから挽回する。

 子蜘蛛が一匹しか居ない今なら、多少時間はかかるがまだいくらでもやりようが……。



 ――ピキッ!

 天井から何かがひび割れる音が聞こえる。


 ――ピキピキピキッ!

 今度はこの空間の至る所から数多の音が続く。


[ウソ……だろ……?」


 見上げるべきではなかったかもしれない。

 いや、そうした所で事実は変わらない。

 壁、天井、この大空洞に張り付いている全ての卵の殻が割れ、もう……生まれてしまった。

 子蜘蛛の大群は白濁した液体を纏いながら次々と地面に降り注ぎ出してしまった。


 クソッ! 狙いはこれか!

 人質が居る中、こんな多勢に無勢は手に余るってレベルじゃない。

 しかも、こっちは満身創痍一歩手前。

 ポーションも即効性があるわけではない、回復までしばらく時間がかかる。


 鬼殺しの幼体。

 ここに来るまでの道中、何度も相手したから分かるが、幼体だけあって単体ならあまり脅威ではない。

 だが複数となると話が変わる。

 集団で連携して囲い込みつつ一斉に糸を発射して襲ってくるなど飛躍的に脅威度は上がり、結構厄介な相手になるのだ。


 それでも10体までならミリアを連れながら同時に相手しても勝てる自信はある。

 だが、この数と状況は無理だ。


 洞窟の中ゆえに崩落の危険がある広範囲の魔法攻撃は出来ず、広い大空洞ゆえに狭い通路の強みである同時に相手する数を少なく抑える戦法もここでは出来ない。

 あげく、10メートル以上離れた位置にミリアは今も捕まっている。

 これではどう動こうとも無事では済まない。


 それに……もう包囲されてしまった、――詰みだ。


 あれだけ啖呵を切っておいてこの様は、情けな過ぎて泣けてくる。

 ああ、俺にもっと力があれば、……せめて、もう少しだけでも万全に近い状態ならば今すぐ状況を打破してミリアを救い出せるというのに。


 身動きの取れないまま、未だ孵化し続け降り注ぐ鬼殺しの幼体は溢れんばかりに地面を埋め尽くしていく。


 その内の数体が、獲物を見つけたとばかりに俺に向かって殺到し、足を伝って登り俺の体のあちこちを這いまわり始めた。


 気持ち悪いって次元の話じゃない!

 感触が、状況が、とてつもなく悍ましい!

 これは、この不快感は人間が到底我慢出来るものか!。


 一生のトラウマ確定の嫌悪感とストレスが心に満ちていく。

 今すぐこの蜘蛛共を剥がして消し去ってやる!


 ……出来ない、それをしたらミリアはきっと今ここで殺される。

 だから我慢するんだ、動くタイミングは今じゃない。

 じっと耐え、動かず、今はされるがまま機を窺うんだ。


 もはや今の俺には現状を打開するだけの策も力も残っていない、戦うことも逃げることも出来ず、ただじっと奴らが下す審判を待っている状態だ。


 ――――だとしても、まだだ、まだチャンスはある!


 満身創痍で何も出来ず動けない、……そして諦めた、と相手に思わせること。

 それこそが俺が最後に逆転するための勝利の鍵だ。


 勿論賭けにはなる、でも分の悪い賭けでもない。

 そもそも虫系の魔物は蟻や蜂のような習性を持ち、抵抗が無くなった相手なら高確率で餌の保管場に持っていき、まず巣の主に献上して判断を仰ぐのが普通だ


 …………懸念事項があるとすれば、鬼殺しの幼体が生まれて即食事を取るタイプだったり、一般的な虫系の魔物と行動が異なれば俺は終わる。


 それがあるからもしもの場合に自身もミリアも守れないというこの賭けに、依頼人でかつ幼い少女であるミリアを巻き込むのは人として最低で可能なら避けたいのだが、仕方ない。

 他に策はない。


 もし俺がここで死んでも一応ミリアが助かる可能性は残っているわけだし、いい加減腹を括るとしよう。


 ――――チクッ。

 直後、何か液体が流し込まれた。

 体に這いまわっていた蜘蛛達が一斉に俺の肌に噛みつき、尖った牙の管から毒を流し込んでいるようだ。

 

 悪寒がする、吐き気がする、体が痺れ、弱っていく。

 眩暈が酷くなって視界までぼやけてきた。


 ああ、いま、俺の体の血管を通って全身を巡るこの毒がどちらなのだろうか?

 殺すためか、運ぶためか。


 ……どちらにしろ、もう賽は投げられたんだ。

 後は自分の悪運の強さを信じるしかないか。


「……怖い思いをさせてごめんな、諦めず信じてくれ――」


 ――――毒で徐々に薄れゆく意識の中、視界に映る涙を溢れさして叫ぶミリアに向かって何とか言葉を呟き、無事を祈ると共に俺の意識は闇に溶けていった………………。


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