それぞれの悩み
今回は視点がころころ変わるので読みにくいかとは思いますが。すみません。
どうしようか……俺は自室のベッドに腰をかけたまま、心の中でため息を漏らした。
隣には男が座っている。男の右手はさりげなく、とても自然に俺の腰に回っている。
俺の計画は、自分でも驚く程うまくいった。
携帯のメールでまわってきた演劇部の召集が、罠だという事はすぐに分かった。いつもの演劇部のメールなら、部員全員に一斉に送信されるはずなのに、あのメールは俺にしか送られて来ていない。そんな事少し調べれば、すぐにばれる事なのに。
でも、敵の顔を知る事も大切だと考えた。これから三十万も集めるなら、なおさらだ。もし相手が運良くただの変態なら、女装して現金三万という事も有得るかもしれないし。
吉野に代わりに行ってもらう事を考え付いた俺は、さっそく若竹に相談した。吉野なら足も速いし、俺と違って力もあるし、何かあってもうまく逃げれるだろう。それに女装も似合いそうだし。
若竹は、吉野が代わりに行くなんて納得するはずがないと言っていたが、納得させるくらい簡単だった。
吉野に、俺と誰かが抱き合っている所でも見せ付けてやればいい。あいつの性格なら、勝手に勘違いした上に気を使って、演劇部の活動に自分が行くとか言い出すに決まっている。
場所は保健室でいいだろう。情報処理の時間に寝に行くなら、絶対に保健室の様子を窓から確認するに違いない。
抱き合う相手は、同室の松尾にしよう。吉野は松尾が生徒会委員だって事も知ってるし、余計にビビッて好都合だろう。
俺は、吉野のクラスで情報処理の授業が始まる前から、松尾を保健室に呼び出しておいた。そしてチャイムが鳴ってから、自分も保健室へ向った。
保健室へ入ると、松尾はどういうつもりだと言って怒鳴ったが、俺が目薬を使って涙目にしておいたせいで、急に神妙な面持ちになった。
俺は松尾の首に抱きつき、窓から上を覗いた。吉野がこちらを見ているのを確認しながら、松尾の耳元で囁いた。
「俺、先輩が生徒会委員だって事知ってるんです。みんなにばらされたくなかったら、少しの間、俺に合わせてもらえませんか」
その後、話は俺の計画通りに進み、先程吉野は演劇部の集まりと称す罠に飛び込むように、ラウンジを後にした。
吉野を見送って部屋に帰ってくると「なあ舞木、これどうする?」と松尾が隣に座ってきた。
膝の上に置かれたプリントには「高専祭前掃除分担表」と書いてある。そういえば高専祭前に、各部屋ごとに掃除の担当を決めるって張り紙してあったな。
気がつけば「どこの掃除に希望出そうか」などと言って、俺の腰に何故か松尾の手が回っていた。
保健室での出来事以来、俺と松尾の間はギクシャクしていた。学生内で噂になる事や、最悪松尾に無視されるくらいの事は想定していた。現に、部屋の鍵をかけ忘れても、文句の一つも言ってこなくなったので、相当嫌われたのかと思っていたが、事態は俺が想像していたのとは全く逆の方向へ動いている。
「松尾先輩はどこがいいんですか?」
俺は戸惑いながら、今までに無く後輩らしい口調で聞いた。
「う――ん。俺は舞木の好きなところでいいよ」
今まで見た事の無い、優しい顔で松尾が微笑んだので、俺は余計戸惑った。
そういう気はありませんと怪訝に扱う事は簡単だが、今くらいの距離が自分にとって一番都合が良いような気もする。
これ以上の関係が深くなる事さえ阻止出来れば、生徒会委員の恋人という立場は、かなり利用できるはずである。
そんな事を考えていたら、良いタイミングで携帯が鳴った。
俺は「すみません」と言って、部屋を出た。着信は若竹からだった。
「もしもし、舞木? ちょっとパソコン使いに薬剤準備室に行って来るから、シノ帰って来たら連絡くれる?」
「え、今から?」
「ちょっと調べたい事があるの」
「うん。わかった――」
俺は部屋のドアから「ちょっと友達に呼ばれたので」と適当に嘘をついて、ラウンジで吉野の帰りを待つ事にした。
松尾は少し残念そうに「じゃあ、掃除の分担どこがいいか考えといてくれよ」とまた微笑んだ。
松尾が俺に微笑むなんて、今までは考えられなかったせいで、まだまだあの笑顔には慣れない。
俺はラウンジに向かいながら、メールを打った。
―― 若竹が今から準備室に行くそうです ――
送信先は……松原っと。
どうしようか……私はパソコンの画面を見つめたまま、心の中でため息をついた。
先程から、松原先輩の右手が私の腰に回っている。
私が薬剤準備室でパソコンの電源を入れて、画面が立ち上がるのを待っていると、突然ドアが開いた。
「あれ。レポート?」
出た。松原先輩。
こうやって松原先輩の登場に驚くのは何回目だろう。こいつはこの部屋に住み着いているのだろうか。
「先輩もレポートですか?」
「うん。電気工学のね」
そう言って、先輩は私が立ち上げたパソコンの、隣のパソコンの電源を入れてしまった。隣に座られると、調べものが出来ないんですけど。
「そうなんですか!? 私も電気工学の課題なんです」
私はしかたなく、裏サイトから解答集をダウンロードするつもりでいた、電気工学課題のファイルを開いて、作り笑いをした。
松原先輩は頭が良い。
先輩は私のパソコン画面の回路図を指差しながら、問題を一つ一つ解りやすく説明してくれた。
その間ずっと、先輩のもう片方の手が、私の腰に回っている。
この間二人で京都へ行って以来、松原先輩は私に急接近してきている。
私にその気が無い事を示す事も考えたが、こんなにいろいろと私の問題を解決してくれる人間を、突き放してしまうのも勿体無い。現に今も、電気工学の課題が一つ終わろうとしている。
そんな事を考えていたら、携帯が鳴ってメールの着信を知らせた。
―― 吉野からもうすぐ帰って来るってメールあったよ ――
舞木からだった。
私が寮に帰る事を伝えると、先輩は少し寂しそうな顔をした。
「残りの二問は、自分で解けそう?」
残り二問のために、解答集を買うのは勿体無すぎる。かといって、作成者の余力を全て注ぎ込んだ、ガチのラスト二問が、私に解けるはずも無い。
「メアド教えてくれたら、時間空いてる時にまた教えるけど?」
悩んでいる私に、先輩が心配そうに言った。私は自分のメアドを生贄として、赤外線で先輩の携帯に送った。たかが学内使用の携帯に、赤外線なんて要らない機能付けやがって……
俺は走って階段を駆け上り、ラウンジのドアをすごい勢いで開けた。
舞木と若竹が驚いてこちらを見上げた。
しばらくラウンジの空気が止まった。二人は俺の姿を見て、口が半開きの状態だ。
いきなり女子高生に女装した男が、弓と矢筒を持って部屋に入って来た時の反応としては、正解だと俺は思う。
「あのメール、やっぱり罠だったぞ! 見ての通りだ!」
俺はあがった息を抑えながら、両手を軽く広げて言った。
「う……うん。やっぱ……何かあった?」
若竹は、俺が椅子にに座るのを凝視しながら聞いた。
こんな格好をしておきながら、何も無かったはずが無い。
俺は掻い摘んで、襲われそうになったことや、弓道部が出てきたこと、リュウグウノツカイの話を二人に話した。
もちろん、変態弓道部員に初キスを捧げそうになった部分は、ザックリと掻い摘んだ。
舞木と若竹は下を向き、俺から目をそらしながら頷いた。
「犬夜叉にああいう人出てきたよな?」などと、コソコソと二人で話していたが、俺の口からリュウグウノツカイという言葉が出ると、こちらを向いて真剣な顔つきになった。
「つまり、評議委員会 対 高専祭実行委員会で、それぞれの下にいろんな部がついて、リュウグウノツカイを奪い合ってるわけか」
「まさか、評議委員会まで出てくるなんてね……」
俺は、まだ二人がリュウグウノツカイを諦めていない事を知っていた。
俺達はとりあえず今日あった事だけを確認して、解散する事にした。
俺は自分の服に着替えて、制服を若竹に返した。
明日は四年がテストらしく、もう十二時をすぎるというのに寮内は騒がしく、テスト前独特の壊れた空気が充満していた。
こういう日は早く部屋に帰るに限る。下手にテスト前でテンションの上がった連中に見つかって、校歌なんぞを歌わされるはめになったら厄介だ。
さっき女装のまま帰って来た時も、壊れた連中に結婚してくれだの、俺と戦えだの、訳の分からない事を言われて、走って逃げてきた。
俺が部屋に帰ってみると、珍しくもう電気が消えていた。
いつもなら夜中の1時までは明るいが、同室の秋名先輩はテスト前だけ何故か早く寝る。だからといって、朝早く起きて勉強する訳でもないのだが。
部屋に入るとやはり秋名先輩は、またトランクス一枚で、作りかけのガンプラを握り締めたまま眠っていた。この先輩が勉強をしている姿を見た事がない。それでも四年にまで上がれたのだから、一応テストは出来ているんだろう。
俺は弓と矢筒を机の隣に立てかけた。明日にでもオークションにかけよう。こんな所にいつまでも弓と矢筒があっては、邪魔で仕方が無い。
外が騒がしいので、窓を少し開けて見ると、中庭の池で何人かの男達が裸で泳いで、大はしゃぎしていた。池の鯉も、テスト前は眠れない日々を過ごすのだろう。
窓を閉めて、パジャマに着替え、ベッドに横になった。
リュウグウノツカイ。この言葉が頭から離れなかった。
更新予定が大幅に遅れてしまいました。すみません。
読んで下さった方ありがとうございます。
ピュアな恋愛とか、まっすぐな青春とかとはほど遠い話になってきていますね(汗)こんな話でも読んで下さる方がいるので、頑張って書いていけます。
前回の後書きで書いた通り、更新のペースが少し遅くなる予定です。週に1〜2回の更新を目指します。
続けて読んで下さると幸いです。