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七里高専  作者: 16
6/8

リュウグウノツカイ

「よし」

 俺は、若竹に借りた制服を詰めたボストンバッグを肩にかけて、深呼吸した。

「大丈夫! 何かあったらすぐに逃げてくるよ。元バスケ部エースの脚力をなめるな!」

 心配そうに見つめる若竹と舞木を安心させようと、俺はニコリと笑ってそう言った。

「シノ……一番大切なのは自分の命だって事、忘れちゃだめだよ」

 涙目で両肩に手を置いてきた若竹の言葉で、俺は少し怖気付きそうになった。

 こうして俺は、二人に見送られて戦場へ向った。


 狸が入るのでドアを閉めて下さい、と書かれた寮の出口を開けると、ひんやりとした秋の風が顔を撫でる。

 俺はこの学校に入学して、初めて匂いで季節を感じるという事を実感した。学校の周りは、日本にもまだこんなに自然が残っているんだ、と安心させられるほどの大自然が広がっている。人よりも、圧倒的に野生動物の方が大多数を占め、寮生達はその動物達と共存し、学生寮自体が野生の王国と化していた。狸なんかは野良猫レベルで姿を現すし、運が良ければ鹿や猿にまで遭遇できる。

 俺は第二体育館に面した坂を、学校の方へ向って、早足で下っていった。

 

 第三会議室の前に着くと、そこには予想外に誰もいなかった。

 携帯を確認すると、ちょうど21時半を表示していた。もしかして、もう人数が集まったから行ってしまったとか?

 俺は不安になりながらも、その場でもう少し待つ事にした。

 しばらくすると、Tシャツに金髪の、いかにも年上に見える男が現れた。

「あの……演劇部の集まりってここですか?」

 おそらく関係者であろうと、俺は思い切って尋ねてみた。

「あれ? 君、舞木君……じゃないよね?」

 そいつの口から舞木の名前が出てくるとは思わなかったので、驚いた。

「あの、舞木はちょっと体調悪くて、代わりに来たんですけど。俺じゃ……だめですか?」

 男は、俺の事を上から下までざっと見てから、ニコリと笑った。

「別にいいよ」


「そっちの教室に、去年のパクパクの服置いてあるから、着替えてくれる」

「あ!女子の制服、持って来ました」

 俺は持ってきたボストンバックに手を当てた。

「じゃあ、それに着替えて。後で迎えに来るから教室で待ってて」

「あの……他の人は?」

 男は「もう着替えて、他の部屋で待ってるよ」と、またニコリと微笑んだ。


 若竹の制服に着替えて、置いてあったカツラを適当にかぶった。教室の窓に自分の姿を映してみると、想像以上に可愛く変身できていた。

 これはなかなか金になるかもしれない……そう思って窓を見つめていると、後ろでドアがガラガラと開いた。

 三四人の男達が教室に入って来た。

「へえ――いいじゃん」

 振り返った俺を眺めて、スウェットの上下を着た男は言った。

 すると、そいつは電気のスイッチに手をやった。

 教室が真っ暗になった。


 俺は状況が呑み込めず、その場で立ち尽くした。

 暗闇の中で、ガタっと近くの机が動く音がしたので、一歩後ずさると、同時にすごい力で右腕をつかまれた。

 体中に衝撃が走り、気がつくと廊下の電灯に照らされた教室の天井が、ぼんやりと映っていた。やっと、自分が床に押し倒されたとのだと気付いた。

 「ごめんな――恨むんなら、実行委員会を恨めよ」と顔も分からない男が耳元で囁いた。

 はめられた……俺は一気に教室の空気が薄くなるのを感じた。


 なるほどな。売春なら報酬三万は妥当だ。

 俺はそんな事を考えながら、とりあえずこの場から逃げ出すべく、自分の上に覆いかぶさっていた男を何とか暴れて、足で蹴り上げた。

 男の「うおっ」という声と共に、押さえられていた両手が自由になり、俺は急いで立ち上がった。


 次の瞬間、ガラスの割れるひどい音で教室は静まりかえった。


 いくつかの足音が窓の方に向かった。

「マジかよ。弓道部が出て来やがった……」

「弓道部か! ちくしょう、ツカイの価値も知らねえ奴等が……」

 窓際で騒ぐ男達と共に外を覗くと、向かいの校舎の屋上から、パーカーを着た男が弓を構えてこちらを狙っている姿が見えた。その男が右手を離した瞬間、もう一枚窓のガラスが割れる音がした。本格的に教室は戦場と化してきた。

 俺はまさか必要になると思わなかった「一番大切なのは自分の命だって事、忘れちゃだめだよ」という若竹の言葉を頭の中で連呼し、窓を開けて、思い切ってベランダから飛び降りた。


 しばらく中庭に隠れていた俺は、自分を襲おうとした男達が校舎から出て行くのを確認して、さっきの教室に戻った。

 さすがにこんな格好では寮に戻れないし、自分の服も教室に置きっぱなしだ。

 俺は飛び降りる前、男達が口にした言葉が、ずっと引っ掛かっていた。

―― ちくしょう、ツカイの価値もしらねえ奴等が ――

 ツカイとは、あのツカイのことだろうか。俺は夏休み前の苦い記憶を思い出した。

 

 若竹・舞木と仲良くなってすぐ、俺達は三人で協力すれば、裏サイトを利用して結構な金が稼げると、遊び半分で浮かれていた。

 そして俺達は大きな山に手を出した。

 俺がたまたま情報処理室のパソコンで、ハッキング行為を繰り返して拾ったもので、リュウグウノツカイの情報提供者に報酬三十万というものだった。

 リュウグウノツカイ自体何なのか意味不明だったが、それはかなり極秘扱いされているということが、そのサイトが何重ものセキュリティーを張っていたことからも分かった。これだけなら手のつけようが無く、俺達も諦めたのだが、奇跡的にリュウグウノツカイに関係ありそうな情報を手に入れてしまったのだ。

 一般的にリュウグウノツカイといえば、体長五メートルはある深海魚だが、たまたま若竹が図書館の書庫で見つけた、古い学内新聞にもその名前とよく似た単語が載っていた。

―― 初代生徒会長 龍宮寺達也 ――

 ペンで塗りつぶされた下には、確かにこの文字があった。偶然かとも思い、学校のデーターベースで調べてみると、数年前に解散となった生徒会の初代会長の名前だけが、故意的に消されているようだった。

 これに確信をもった俺達は、その日から徹底的に龍宮寺達也という人間を調べ始めた。

 しかし、この詮索が良くなかったのか、気がつけば次の日会計室へ持っていくはずだった来年の授業料、三人合わせて現金三十六万が丸ごと消えていた。

 それ以来、俺達は年末までに、その分の金を稼がなくてはならなくなった。もし、それが無理なら最終的には親に頼むしかないが、舞木は両親が死んでいないと言うし、若竹も家出同然でこの学校に入学している。もちろん俺も、自分の油断が招いた事で両親に迷惑は掛けたくない。だから今こうやって死にもの狂いで頑張っている。

 しかし、今回は失敗に終わった。

 あのまま抵抗せずに、現金3万を手にするという選択肢が無かったわけでは無いが、考えるだけでも背筋が凍りつくし、吐き気がする。


 教室に着いてみると先客があった。

 先程弓矢でこっちを狙ってきた、パーカーの男が矢を拾っていた。

「さっきは助かりました。ありがとうございました」

 俺は恐る恐る言った。

 男はビックリして振り向いたが

「別に。助けたわけじゃないけど。報酬に目がくらむから、ああいう事になるんだ」と俺をにらみつけた。

 俺は女の格好のままだったので、にらまれても恥ずかしいだけかったが「すみません」と軽く頭を下げた。

 矢を拾い終わって帰ろうとする男に、俺は思い切って聞いた。

「あの、何で弓道部が出てくるんですか? あいつ等が言ってたツカイって何の事ですか?」

 男は振り向いた。

 そして「一万円」と右手を差し伸べてきた。

 まあ想像できる反応だったが。

「ありません。そんなお金」と俺は正直に言った。

 男はしばらく考えた。

「じゃあ、ホッペチューでいいよ」

 俺はまさかと思った。

「……すみません。俺男なんです」

 すると「知ってる」と男が無表情のまま答えた。


 俺はかなり悩んだが、体を張ってくれた舞木の元に、手ぶらで帰るのは辛かったし、せめてリュウグウノツカイに関する情報を手に入れようと決心した。

 それに、ホッペにキスで一万円分の情報を手に入れれると思えば安いものだ。

 俺は意を決して、男に近づき背伸びした。

 唇が付きそうになった瞬間、男がこちらを向いたので、危うく唇同士が付きそうになり、俺は後ろに仰け反った。

 

 一瞬目の前が真っ白に光った。

 男が廊下の方を見つめているので、俺もそちらを振り返る。

 誰かが廊下を逃げていく足音だけが聞こえる。

「映研だろ。これで俺もスクープ欄デビューだな――」

 男はニヤニヤと笑いながら携帯を取り出した。

 バカかこいつ。何考えてるんだよ。おかげで俺は変態弓道部員に初キスを捧げるところだった。

 映研こと映画研究部は、その名前とは程遠く、隠し撮りを主な活動とする部で、校内には映研が設置した隠しカメラがいくもあるという噂だ。

 にらみ付ける俺に男は「報酬に目がくらむから、こういう事になるんだ」と鼻で笑った。


「で、何なんだよ! ツカイって。やっぱリュウグウノツカイ?」

 俺は、開き直って敬語で話す事を放棄した。

 俺の口から出てきた言葉に驚いたらしく、男は携帯から顔を上げた。

「へ――そこまで知ってるんだ」

 男は、またさっきまでの無表情に戻った。


「リュウグウノツカイが具体的に何かは言えないけど……とにかくそれを巡って、今この学校は二つに割れてんだよ。

 さっきお前を襲った奴等。あれはハゲ部の三年さ」

「ハゲ部って……野球部?」

 あの中にハゲは一人もいなかったが。

「恨むんなら、実行委員会を恨めって言ってたけど……実行委員会って、高専祭の?」

「そう。野球部にとって実行委員会は敵ってことだ。それで実行委員会の名を語ってお前を襲ったんだろ。

 ちなみに実行委員会だけじゃなく、あっち側にとっては演劇部も、俺の所属する弓道部も敵だ。今回俺は演劇部に頼まれて、ここに来たんだ。おかげで野球部があっち側に付いたって事がわかった」

「つまり、野球部VS実行委員会と演劇部と弓道部ってこと?」

「あっち側は、野球部だけじゃないさ。他の部も沢山ついてる。それにこっち側も、演劇部とうちの部だけじゃない。学校が二つに割れてるって言っただろ」 

 俺は自分の知らないところで、リュウグウノツカイを巡ってそんな大きな争いがある事に驚いた。

 そりゃ俺達一年がどうにかできる訳ないか。

「でも、こんなあからさまに攻撃しあって、評議委員会がよく黙ってるな」

 教室中に散らばったガラスの破片を眺めて言った。

 評議委員会は、生徒会の代わりに、学内の秩序を保つ事を活動の目的としている。そのため、学内の揉め事や、規則を乱す行為に対しては、圧倒的な権力を持って潰しにかかってくる。

 すると、男はまた鼻で笑って言った。

「何言ってんだよ。評議委員会は……あっち側さ」


「で、リュウグウノツカイって具体的に何なんですか?」

 俺は出来るだけ笑顔で、敬語を使った。

「だから言えないって。それとも、何か俺の得になるような事してくれる訳?」

 そう男に聞かれて、思春期の俺は、キス以上の事が頭に浮かんでしまったので、おとなしく引き下がる事にした。

 着替えを入れたボストンバッグを肩にかけて、男の前で立ち止まった。


 それから俺は、男が持っていた弓と矢筒を、素早く奪って逃げた。

 驚いた顔の男に「ば――――か!!」とだけ叫び、ひたすら廊下を走った。

やっと一つキーワードを出す事ができました。

どうだったでしょうか?

ややBLに傾きましたが。苦手なのに読んで下さった方には申し訳無いです。今以上には傾く予定はありませんのでお許し願いたいです。

次回は一応明日更新予定です。ホームページ作りに取り掛かるので、来週は更新スペースが少し遅くなるかもしれませんが。

暇つぶしに読んで頂けると幸いです。

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