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七里高専  作者: 16
4/8

午後の保健室

「私男の人には興味無いので分かりません」

 窓の外ではニワトリの鳴き声がする。

 朝一なら誰もいないだろうと思い、薬剤準備室に来てみると「やあ、若竹。おはよう」とパソコンに向っている松原先輩に出くわしてしまった。

 早起きするのが好きなんだ、と私にはどうやっても理解できない理由から、授業前にレポートを仕上げに、ここのパソコンを使いに来たらしい。

 私は薬剤室の合鍵を作ったので、盗んでいた元の鍵を返しに来ました、とは言えず「私もなんです」とさわりたくも無いパソコンの電源を入れ、ソリティアを始めた。

 しばらくどうでもいい世間話が続いたが、急に

「若竹ってどういう男が好みなの?」

 と聞かれたので、一番私から興味をそらしてくれるであろう言葉を返した。


「それって、女の人には興味あるってこと?」

「そう捉えてもらって構いません」

「そうなんだ……」 

 先輩の引きつった声だけが準備室に響く。

 さらさらの前髪と眼鏡の淵で見えずらい優しそうな瞳を、私は嫌いでは無かったし、騙したくも無かったのだが、出来るだけ今は先輩を私から遠ざけたい。

 案の定先輩は五分も立たない内にパソコンの電源を切って「それじゃあ」と言って出て行った。

 私はホッと息を吐いてから、先週力ずくで開けた鍵保管庫に鍵をしまった。


 

 授業開始のチャイムで俺は席に着いた。

 しばらくすると、ドアから久しぶりに見る情報処理工学の講師が入ってきた。顔を見るのは何ヶ月ぶりだろうか。もう殆んど初対面に近い。

 いつもなら俺はあそこでぬくぬくと眠っているのに……そう思いながら窓から見える保健室に目をやった。いつもこの時間なら誰もいないはずの保健室に、今日は先客がいた。出て行かないか休み時間からチェックしていたが、結局その学生らしき先客はチャイムが鳴ると同時にソファーに腰を下ろしてしまった。

 俺が全く理解不能な黒板の内容を横目に、保健室をチラチラと見ていると、急にその男子学生が立ち上がった。保健室のドアが開き、もう一人学生が入って来たからだ。

「あれ。舞木じゃん」

 遠くからでも少しきゃしゃで小柄な体格は、見慣れているせいもあってすぐに舞木と分かった。舞木に向って、先程から待っていたもう一人の学生が何やら怒鳴っている。横顔をよく見れば、それは舞木の同室の松尾先輩だった。

 松尾先輩と舞木は仲が悪く、よく言い合いをしている。今朝も寮の食堂で、部屋の鍵をこまめにかけない舞木に、松尾先輩が部屋の鍵を投げつけて怒鳴っていた。舞木も舞木で、そんな事にはひるみもせず、舌打ちをして先輩を睨み返したりしていた。よくも先輩に対してあんな強気に出れると関心するが、舞木は松尾先輩が生徒会委員であるという重要機密を何故か知っていて、そのせいだろうと俺は勝手に考えている。

 この学校には生徒会は存在せず、代わりに学生評議委員会というのが生徒会の役割を果たしている。しかし、本当は生徒会は存在していて、裏ではかなりの権力を持っているというのが学生内での共通認識で、不都合があれば学生の一人や二人くらい、すぐ消せるといったような都市伝説のような噂まで飛び交っている。よって、生徒会の真相を知りたい学生は多く、裏サイトでは生徒会に関する情報はかなり高額で取引されているが、報復を恐れて真実は滅多に表には出てこないというのが現状らしい。この噂がもし本当なら、生徒会委員である事を舞木のような一年に知られてしまって松尾先輩の身は大丈夫なのだろうか。

 

 新たなバトルが始まるのだろうかと、俺は内心ちょっとわくわくして保健室を凝視していたが、舞木の様子がいつもと違う気がしてハッとした。顔を下に向けて泣いているように見えたからだ。

「いっ……」

 次の瞬間、俺は授業中にも関わらずと声を上げてしまった。

 舞木が松尾先輩に抱きついたのだ。二人はそのままソファーに倒れ込むかたちになった。松尾先輩は戸惑った様子にも見えたが、舞木に抱きつかれたまま上半身を起こし、舞木の頭を二三度撫でた。

 完全に見てはいけないものを見てしまった。俺はかなりの衝撃を受けたが「カチャッ」という音に目をやると、前の席の北川も保健室の方を凝視して口を半開きにしていた。あまりの驚きにシャーペンが手から落ちたらしい。

「ばれない様にしてあげるのが友情でしょ!」という、いつか若竹に怒鳴られた言葉が俺の頭をよぎり、俺は急いでカーテンを引いた。

 カーテンを引く時、舞木は松尾先輩とキスをしていた……ようにも見えた。

 その後、その授業で手も挙げていないのに何回か当てられたが、俺はもう何も考えられず正直に「ずっと前から分かりません」とだけ答えた。

 

 夕食後、ラウンジのソファーでスナック菓子を食べるジャージの上下に俺は聞いた。

「なあ、おまえ舞木の恋人の話とかって聞いた事ある?」

 深緑のジャージは手を止めて振り向いた。ジャージの左胸には三中という桜マークの校章が入っており、背中には堂々と「3-B 若竹」とゼッケンが縫い付けてある。学生寮では、よくこうやって中学時代のジャージを部屋着に変身させて、聞いてもいないのに周りに名前を大々的に発表してしまう輩がいる。

「え――舞木彼女いるんだ。知らな――い」

 若竹は興味無さそうに返事した。

 恋人であって、彼女とは限らないんだけどな。

「ここの学生? んなわけ無いか。それだったら私が知ってるもんね」

 ここは高専なので女子の数は極端に少なく、舞木の彼女がここの学生なら若竹の情報網に掛からないはずがない。女子の情報網は、この学校のインターネットなんかより、各段に通信速度が速い。

「いや、俺もよく分からないんだけどさ。なんか恋人いそうな気配みたいなさ……」

 今日学校で見た事は若竹には黙っておこう。若竹は女だし、舞木が同室の先輩と付き合ってると知ったら、ちょっと引くかもしれないしな……

「ふ――ん。じゃあ舞木はそのうち先輩人気ナンバー1から脱落か。あ――あ、レポートなんかよりずっとお金になったのにな。まあその分シノに頑張ってもらいましょうか」

「いや、俺は頑張らないよ。ってか頑張る時は言ってくれよな! 舞木みたいに知らないうちに頑張らせたりしないでくれよ……聞いてる?」

 携帯を触り始めた若竹の肩をつかもうと手を伸ばした時、勢いよくドアが開いて舞木が入ってきたので慌てた。

「若竹――。前のドイツ語の和訳ってデータ化できた? そろそろ売りたいんだけど」

「出来てるよ――。取って来る」

 そう言って、舞木と入れ替わりに若竹がラウンジを出て行った。

 

 俺は舞木とラウンジで二人きりになった。俺は昼間の保健室での光景が頭に浮かび、ちょっと戸惑ったが、今まで通り接しようと努力する事を心に誓った。

 ところが舞木も二人になると神妙な面持ちになった。

「なあ、吉野……。おまえ若竹がレズだって知ってた?」

 この日二回目の衝撃が俺を襲った。どちらの衝撃も、上半期ビックリ大賞上位5位以内にはくい込んでくる大物だったので、俺はもうそれが普通なのかとか思い始めた。

「マジで……?」

「松原っていう3年の保健委員がいてさ――。若竹がそいつにそう言ったらしいんだ」

 だからあんなジャージを恥ずかし気も無く男の前で着れるのか……

「そうか……まあ最近じゃ別に特別変わった事でもないよな」

 俺は何気にそういう偏見は持っていない事を舞木にアピールしておいた。

「でも舞木。どうして3年の保健委員から情報入ってくるんだよ」

「ああ、そうだそうだ。若竹の事でちょっと頼まれ事してさ――。吉野お前も手伝えよ。うまくいけば機械実習のレポートが手に入る」

 俺は先程の衝撃を引きずったまま「はいよ」とだけ返事した。

読んで頂きありがとうございました。

やっと第4話終わりました。

だらだらとしちゃってますが、作者としては気が楽なので、ほぼ毎日更新出来てうれしいです。読者様には申し訳ない限りです。

完結したら、きちんとまとめ直したい作品です。

あっ、サブタイトル変更しました。第1部とかで寂しかったので……あと数字がいつも全角か半角かで悩んでいたので……ちゃんと付けたほうが楽でした。

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