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七里高専  作者: 16
2/8

レンタル開始

若竹は携帯をたたんで、椅子から立ち上がった。

「さてと――」

 伸びをしながら言い、隣でテーブルに突っ伏して寝ている少年を見た。

 10分前までは、手に入れた数学の抜き打ちテストの解答がいくらで売れるかという話を俺としていたが

「あれだな。俗に言う……」

 この言葉を最後に舞木は動かなくなった。

 俗に言う……何だったのか。若竹と俺の策略により薬で眠らされてしまった以上、この答えを聞く時がこの行為が舞木本人にばれる時であろう。

 俺はそんな日が来ない事を切に願っている。

「やっぱ原液は効くわね――」

 舞木のコーヒーに入れられたのが何の原液だったのか。俺はその一言が聞けなかった。

 学内で唯一薬剤室の鍵に触れる事のできるのが、学年に一人選ばれる保健委員。その実力は計り知れない。

 俺達の学年は何故こいつを保健委員に選んでしまったのか。

 最終的にできない事は無いんじゃないのか。そんな、思春期を向えてからドラエモンを見た時の様な恐怖が俺を襲った。

 

「なんか……可哀想だな」

 俺はカップを流しに置きながら呟いた。

「じゃあ、あんたが代わる? 向こうは別にあんたでも良いって言ってんだから」

「いや、それは……」

 目を細めてこちらを睨みつける若竹の視線を、俺は蛇口をひねり水の音でかき消した。

「吉野。私達三人の将来がかかってんだよ? 時間だって限られてるんだし、悠長な事は言ってられない」

 張り詰めた声が背中に痛い。

 若竹は真剣な時だけ俺の事をシノではなく、吉野と本名で呼ぶ。

「年末までに30万。何しても絶対に掻き集める。三人でそう決めたじゃん! もしばれても舞木だって許してくれるよ」 

 女である若竹にここまで大変な思いをさせている。男である俺に実行力が無いために。

 不甲斐ない自分に言い聞かせるように、俺は手をタオルで拭いて言った。

「よし! ちゃちゃっと終わらすか」


 それからの行動は早かった。

 舞木を部屋に運び、昼間使っている制服に着替えさせた。

 留守に見せかけるため部屋の電気は消したままにし、ドアのすりガラスから差し込む廊下の明かりを頼りに、何とかブレザーに着替えさせる事ができた。

 部屋は暑かった。クーラーなんて物はあるはずもなく、俺等のやましい行動を邪魔するかのようにジメジメしている。

「なんか……思ったよりいやらしくなっちゃったね」

 若竹は額の汗を拭いながら真剣に呟いた。

 ベットに寝かされた制服の少年を、ぼんやりとした明かりが映し出す。

 漆黒の短髪が少し汗ばんだ肌をより白く見せている。幼さの残る顔の上部で、きゃしゃな両手が赤いネクタイで縛られている。

「汗ばんでるから? とか……?」

 若竹はそう言って舞木のシャツを第2ボタンまで外して肌蹴させた。

「……」

 余計いやらしくなった。

 しばらくの沈黙の後、「まあ、いいか」そう言って俺と若竹は額の前で両手を合わせて一分間の祈りを捧げた。

 許せ舞木。どうか明日の朝まで安らかに眠っていてくれ。そして起きたら何も無かったかのように、よく寝たとだけ言ってくれ。


 部屋から出た俺と若竹はラウンジへ戻った。

 俺はテレビの前のソファーに倒れこんだ。

 若竹は携帯で誰かに連絡をとっている。

「せんぱ――い。ご希望のもの用意できました」



「シノ――、悪いんだけど結衣先輩と一晩寝てくれない?」

「やだよ。何で男と寝んだよ」

「じゃあマイキーに頼むからいい」

 始まりは一週間ほど前のこんな会話だった。

 ―― 舞木一晩レンタル ――

 こんな絶対実現不可能そうな作戦も、〔システム制御工学1風車の設計と実験・考察レポート〕という、とてつもない大きな獲物を前に本日実現に至ってしまった。

 俺は今日ほど舞木が先輩人気ナンバー1に君臨する美少年である事を誇らしく思ったことはない。

 日頃俺が大浴場で感じる気持ち悪い視線を考えると、舞木の存在が無ければ今ベッドで両手を縛られて眠っているのは確実に俺だった。そう確信する。



「はい。じゃあ二階のラウンジで。はい……待ってます」

 そう言って若竹は携帯をたたんだ。

「舞木……途中で起きたりしないよな?」

 後ろに立つ若竹に、首だけを天井に向けて聞く。

 途中って何の? 何の途中? 俺は口に出してから後悔した。

 今から結衣先輩によって舞木の身に降りかかるであろうピンク色の災難は、思春期真っ只中の俺には、それはもう想像出来ない。むしろ明日は我が身の状態では想像もしたくはない。

「大丈夫。少々のオペにでも耐えれる薬よ」

 聞かなきゃよかった。俺は天井を仰いだまま更に後悔した。


 足音がしてドアが開いた。

 俺は体制をテレビの方へ向けなおした。この時間じゃもうテレビはつかないが。

 ニコニコと結衣先輩からA4サイズの茶封筒を受け取る若竹を、真っ黒なテレビの画面が映し出す。

「でもシステム制御なんて、君等まだ一年だろ? 関係あんの?」

 結衣先輩の鼻にかかった甘い声がする。

「このレポート欲しいって人が沢山いるんです!」

 若竹が封筒をぎゅっと抱きしめる動作をした。

「ふう――ん。稼ぐね――」

「稼ぎますよ――でも分け前はちゃんと三人で分けっこです」

「はは。若竹ちゃんは優しいね――」

 どの部分が優しいと判断されたのだろうか。俺はゆっくりと気づかれないように振り返ってみた。

 途端に結衣先輩とバチッと目があってもとの体制に戻った。背筋に違和感が走る。

「はい! じゃあ先輩、舞木君に変な事しないでくださいよ――」

 そう言って、舞木の部屋の鍵を渡す。

「うん。わかってる」

 ニッコリ笑って先輩が鍵を受け取る。

 俺には二人がホステスと客に見えた。嘘ってお互いが気付いてたら罪にならないんだな。

 

 結衣先輩がラウンジから消えて程なく、明日の打ち合わせだけ済ませて、俺達もすぐに退散する事にした。

 「じゃあね」

 若竹はセンサー避けのための傘を持って階段を上がって行った。

 五階の女子寮の入り口にはセンサーがあって、毎晩22時から朝の6時まで作動する。

 そのセンサーをどのように避けるのか定かではないが、若竹は帰りが遅くなる時はいつでも傘を持って階段を上がる。


 俺も自分の部屋に帰りドアを開けた。

 電気は既に消えていて、トランクス一枚の男が地べたに敷いた布団に寝ていた。

 第四学生寮では一つの部屋を上級生と下級生がペアで使用する。

 俺の同室は秋名というちょっと変わった先輩だ。

 ベッドが邪魔だというよくわからない理由から、壁にベッドが立て掛けてあり、本来寝ると頭の上に来るはずの鉄製の柵に洗濯物が掛かっている。

 

 ふと自分のベッドに目をやると、掛け布団の真ん中にまるまると太った大きなニワトリが照らし出された。

 「今日は1羽か」

 俺の部屋では、帰ると自分のベッドにニワトリが寝ているというイベントが月一くらいの間隔で発生する。

 秋名先輩の話だと、うちの学校の生物部は今権力争いで揉めに揉めていて、いろいろあって早朝のニワトリの餌やりのバイトを引き受けたとか言ってたな。

 でもあまりに朝起きるのが面倒なので、いっそニワトリを部屋に連れて来たのだ。

 いつもなら5〜6羽はいるが、今日は何故か1羽で助かった。

 変わった先輩だが、この先輩のおかげで俺は美味しい思いをしている部分もある――例えばロッカーが何故こんな可笑しな配置かと言えば、後ろの大きなダンボールの中に持ち込み禁止である冷蔵庫が隠してあるからだ。よって、この部屋は冷たいビールやジュースで数々の第四寮生の喉を潤すオアシスと化している。

 夏休み中の持ち込み点検でばれないのか心配だったが、部屋中の全ての荷物と家具を冷蔵庫の周りに立て掛けるという荒業を繰り出し、先輩は俺を驚かせた。もはや持ち込み点検なんてしていないのだろう。

 

 俺はダンボールの切れ目に手をやり、ビリビリと開けて中の冷蔵庫から自分のペットボトルを取り出した。

 今頃舞木はどうしているだろうか。そう考えかけたが怖くなってやめた。

 俺は着替えてベッドからニワトリを降ろし、横になった。やはりニワトリもベッドの必要性を認識しているのか、向こうで寝るパンイチの男には寄り付こうともしない。

 枕の横に携帯を置いた。

 白く光る文字が午前2時を表示していた。

読んで頂きありがとうございました。

珍しく書いていて楽しい作品です。ストーリーを考えるまでは楽しいのですが、書き始めるとやや苦痛……が普通なので。

ほんの少しでも、このワクワクが伝われば幸いです。

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