はじまり
学園ものです。半分位は実体験を参考にしていますが(汗)
軽くBL?な人達(主人公は違いますが)も登場しますので、少しでもBL苦手な方はご遠慮下さい。
―― 第十条 反逆者には死あるのみ ――
吉野はラウンジのテーブルに突っ伏したまま、横目で学生規則を見上げた。
「どうするかな……」
若竹は携帯から瞳だけを上げて、ため息混じりに呟く吉野を見た。
完全に行き詰った。
これが三人の最終結論だった。
舞木は天井を見上げたまま、テーブルに両足をかけ椅子を半分浮かせてバランスをとっていた。
「それか――もういっそ殺っちゃうかだな」
舞木が無表情でそう呟いた。
一瞬の間をおき、三人はドアの上に掛けられた古びた額を見上げた。
―― 学生規則 第一条 闇を制するに貪欲なれ ――
俺がラウンジのドアを開けると、中は風呂上り独特の温かな石鹸の香りに包まれていた。
テーブルに座っていた二人の姿勢は変わらず、四つの瞳だけが俺を見上げた。
「ねえ、シノ。あのレポート和訳できた?」
椅子の上に三角座りし、携帯をさわりながら女は上気した顔をこちらに向けた。
Tシャツにジャージ、濡れた黒髪を頭上でまとめ、首にはタオルを巻いている。
若竹はこの第四学生寮唯一の1年の女子で、風呂上りはいつもこうして男女共用のラウンジで菓子を食べている。
この陸の孤島こと全寮制の七里高専に属していながら、何故こいつの財布だけはいつも潤っているのか。常に金欠の俺はテーブルに広がるスナック菓子の山を見つめた。
「ごめん。まだ」
そう謝って、俺は三人分のコーヒーを用意するためにポットへ向かった。
「早くしてよね。シノの和訳待ちなんだから」
「早くしないと評価額下がっちゃうよ。ドイツ語は競争激しいんだから」
テーブルに上半身を寝そべらせていた男が無愛想に言い、起き上がってポケットから携帯を取り出す。
携帯といっても、学内のネットワークや学生同士の連絡にのみ使える使用範囲の限られたものである。が、これが俺等の自由を常に左右する。
「今2000円だな……まあ今週中なら1000円はきらないか」
舞木は携帯を見ながら呟いた。
学内のネットワークにはアクセス権を持った者しか入れない多くの裏サイトが存在する。
舞木が今確認をとったサイトでは、あらゆるレポートや課題の解答集が売買され、需要と供給のバランスからリアルタイムで評価額は刻々と変化している。
家からの仕送りを一定額以内に規制されている我が校では、こうした類の裏サイトがいくつも大規模に運営されている。より効率化とシステム化がなされ、進化し続けるそれは常に学生達の生活を水面下で支えている。
1年である舞木が毎日変化するアクセス権を何故知っているかは謎だが……やっぱり同室の先輩が生徒会委員ってのは強いのか?
「明日には出来るよ」
俺は正直外国語の和訳には自信がある。俺が訳したレポートを若竹が校正してデータ化し、舞木がそれを一番買い取り額が高いサイトへ売って収入を得る。もちろん分け前は三等分。
この世は持ちつ持たれつ。得意科目の課題を売った金で苦手科目の解答集を買う。それは金で時間を買う事であり、同時に自由を買う事でもある。
入学して半年。俺は全ての課題やレポートを自分一人でこなす奴を見た事が無い。そんな奴がもしいたら、そいつは天才で、何よりこの学校では大金持ちになれる。
俺が三人分のコーヒーカップをテーブルに置くと、同時にドアが開いた。
顔を出したのは色白に短髪の縁無し眼鏡……誰だっけこれ。
「あ、いたいた! 舞木。ちょっと……」
呼ばれた舞木はすぐに椅子を降り、ドアに駆け寄る。
「言ってたレポートだけどさ――」
ドアの辺りでコソコソと会話が始まる。
それを横目で見ていた若竹がそっと上半身を乗り出して俺に囁いた。
「ねえ、どれがストレート?」
俺は何となくその場の雰囲気で、舞木に見られないようにそっと青いコーヒーカップを指差した。
若竹は無表情のまま、いつの間にか右手に持っていたペットボトルからドボドボと青いカップに透明な液体を入れた。
俺はハッとして小声で若竹に聞いた。
「あれって今日やるの!?」
すると若竹は眉間にしわを寄せ、声を押し殺して言った。
「今晩舞木の同室が帰省で留守なの! 今日やらなきゃいつやんのよ!」
「でも急すぎない?」
少し怖気づいた俺に若竹が睨みをきかせていると、ドアの方から不意に可愛い声が上がった。
「マジですか? ありがとうございます!」
「いいよ。別に俺が解いた訳じゃないし」
振り向くと、愛らしい笑顔で何かのプリントを受け取った舞木を、色白眼鏡が照れくさそうに見て笑っていた。ほんと誰なんだおまえ……
「やっぱ桂先輩頼って良かったです。またお願いします!」
舞木はそう言って桂先輩と呼んだ色白眼鏡の首に細い腕で抱きつく。同時にその色白な頬がちょっと赤く染まる。
恐るべし演劇部員。久しぶりに見る舞木の完璧すぎる色仕掛けに、俺は影で学校を動かすと噂のまだ一度も活動を目にした事の無い演劇部の実力を垣間見た。
ドアが閉まって、また三人になった。
舞木はまた無表情に戻り、その場で受け取ったプリントにざっと目を通した。
「余裕――」
そうニヤリと笑って椅子へ戻った。
途中コーヒーカップに目をやり
「あ、俺の砂糖抜いてくれた?」と聞いてきた。
俺は頷き、最初よりちょっと量が増した青いコーヒーカップを指差した。
「サンキュ――」
そう言って舞木はカップを持って椅子に着き、両膝を立ててコーヒーを飲んだ。
いつの間にか元の姿勢に戻って携帯をいじっていた若竹が、横目で舞木が飲むのを確認して自分もコーヒーに手を着けた。
俺もコーヒーに手を伸ばした。
時計に目をやるともう22時を回っていた。
読んで頂きありがとうございます。
あまり煮詰めず、全体の流れだけ思いついて書いているので人目に出すのも憚られますが。駄文についてはご容赦を。ちょっとした暇つぶしになれば幸いです。