たまや、かぎや
「なあ、じいさんいい加減あきらめてくれよ、こっちだって仕事なんだ」
「小僧、ばか言っちゃいけねえよ。花火職人から花火取り上げてどうすんだ」
「お国が決めたことだ、おれだってじいさんの花火は好きだぜ。けど、わかってくれよ」
「お国が決めようが、お天道様が決めようがおれには関係ねえことだ。とっとと帰りな」
まったく頑固者め、じいさん説得するなんか無理だと思っていたがここまでとは。キセルをふかしてこちらをものすごい形相で睨んでいやがる。とても年くった爺の眼光とは思えない。
「わかった、今日のところは帰るよ。だがいつまでもこのままってわけにはいかないからな。こっちだって強引な方法はとりたくなんだ。よく考えてくれ」
じいさんは睨んだままだ。これは梃でも動きそうにないな。
最近までおれたちの国は戦が続いていた。それがようやく終わりを迎えた。それに伴い殿様は二度と戦を起こしたくないと言って、すべての武具の類は国がまとめて管理することした。鍛冶屋など一部のものから反対の声も上がったが、職を取り上げられるのではなく、国が手厚く保護してくれるため、みんな聞き入れてくれた。花火職人のじいさん以外は。
花火の原料は火薬だ。そのため、じいさんの花火も管理の対象になった。だがじいさんは大切な花火を危険物扱いされたことが気に食わなかったらしい。実際あんまりな話だ。だからこそ、殿様も知り合いのおれを説得役に選んだんだろう。1年ほど前に、ばあさんをなくしてから、じいさんには花火しかない。もしばあさんがまだ生きてたら、じいさんも言うこと聞いてくれたかもしれないな。
「よう、また来たぜ」
戸を開けると煙草のにおいと火薬のにおいがした。じいさんは険しい表情でこっちを一瞥した。
「今花火作ってるところだ、話しかけんじゃあねえ」
「まったく、毎度毎度キセルふかしながら火薬触るやつがあるかい、いつか死んじまうぞ」
「これがねえと集中できねえ、花火を丸く作るにゃこれがねえとよ」
丸くか、確かにじいさんの花火はまん丸だ。
「花火のいいところはこの丸さだ、この意味わかるか?」
「悪いが、そんな話をしに来たわけじゃないんだ。もう多くは言わない。もし明日来てくれないなら無理やり連れてく。……頼むぜ、じいさん」
さすがのじいさんも、今回ばかりは睨んでこなかった。
「今日の夜、町の広場に来い」
突然のじいさんの言葉に驚いた。どういうことか聞こうと思ったが、じいさんはすでに花火作りを再開していた。まったく何考えているかわかんない人だ。
「来たか、小僧」
おれは言われたところ夜の広場を訪れた。そこにはいつも通りキセルをふかしたじいさんが立っていた。いや、じいさんだけじゃない。大量の花火もそこにはあった。
「おいおい、本気かい? そんなことしたら間違いなく牢屋いきだぜ」
ここで打つ上げ花火を上げる気だ。まさかとは思ったが……本気だ。
「悪いな、こいつがおれの答えだ」
じいさんが静かに睨んでくる。けど、いつもの形相じゃない。ばあさんといたときの、あの表情だ。
「一世一代の大勝負。見届けてくれるか、小僧よ」
……俺の負けだ。この頑固爺め。
「派手にやってくれ、じいさん!」
おれの言葉を聞いたじいさんはキセルを思いきり吸い込んだ。カァン!真っ赤に燃え上がった煙草を導火線の落とす。
「さあさあ、今宵は最後の大舞台! 打ち上げるは、おれの人生全てを込めた大花火!てめえら、華々しく散ってこい!」
爆音とともに無数の花火が打ちあがる。真夜中の夜空を満開の花が咲き誇る。
花火のいいところはこの丸さだ。おれはじいさんの言葉を思い出した。いや、じいさんだけじゃない。ばあさんも良く言っていた言葉だ。花火はのいいところはこの丸なんだよ。打ち上った花火を真下から見ようと、遠くの山から見ようと、大きな城から見ようと、同じ丸を見ていられる。つまり離れていようと同じ美しさを大勢の人と感じられるの。
「ばあさん、見てくれてるか?」
花火が打ち上がるなか、静かにじいさんがつぶやいた声が確かに聞こえた。そうか、そういえば今日がばあさんの命日だったか。まったくこんなに派手な線香聞いたことない。きっと空の上から見た花火もきれいなんだろうな。