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第1話:孤島の小学校から

 学校の夏休みが、とても楽しみでしょうがない。

 クーラーの無い窮屈な空間で、別段面白くもない教科書を読み続けるだけの退屈な毎日を過ごすのは、僕はやはり好きではない。


「ふぅ……暑いなぁ……」


 映画館で購入した、薄っぺらい三百円の下敷きを片手に、照りつける太陽の熱を振り払うように、ひたむきに体温調整に勤しんでいる。


 ぱたぱた……

 ぱたぱたぱた……

 ぱたぱたぱたぱた……


 世の中では、学校の教室にクーラーを設置するブームなんて、随分前に終了して、快適に授業を受けることが出来る環境になったはずじゃなかったのか。


「あぁ、みんなすまんな。島国の小学校は、どうにも国家予算が届く前に消滅してしまうらしい。渇望しているというのに、未だに平成の初期に購入したボロ扇風機でまかなわなくてはいけない」


 ネクタイを教壇に放り投げ、ワイシャツの袖を肘の上までまくり上げつつ、金魚の絵が描かれた扇子を片手に、けだるそうな表情で僕たちに愚痴をこぼしている。


「小学校の全学年で四人で、来年卒業するのが二人。島から出て中学校に行く予定。人数でクーラーの有無が評価されているようでしかたない。まぁ……真実は分からないけれど」


 小学生の僕らに、大人の事情をペラペラとしゃべる教師というのも、なかなか珍しいきもするが。


「あぁそうだ、明日菜。明日菜あすな 幾斗いくと

「……なんでしょうか。先生」

「今日は何の日か覚えているかな?」

「七月八日――夏休み直前の、午前授業に短縮されるまで、あと二日でしょうか?」


「それは何かの人は言わないぞ。明日菜。はぐらかしてもダメだ。君が一番よく知っているはずだ」

「……父親が、無くなった日でしょうか」

「あぁ、そうだ。君のお父さん――明日菜あすな 移築いちくさんが亡くなられた日だ」


「……お詳しいことですね」

移築いちくさんは、私の小学校時代からの頼れる先輩だった。肉親の君よりも、二十年以上の長い付き合いがある」


 島で育った人間は、島を出ようとしない限り、島の人間として永遠を過ごす。

 人が少ない島だからこそ、長い人間関係の付き合いは根強く、誰もが助け合いや信頼を強い信条クリードにしている。


「とても人間として信頼できる人だった。頭が良く、運動神経も良い。そして何より人に優しく、自分の力を他人に使おうばかりする人でね……」


 先生は語りながら教室を歩き。


「島では漁師をしていた。海に出ては、毎日ホタルイカを狩猟して……売れば良いのに、島の皆にいつもタダで配るような人だった。そんなことをしなければ、今頃御殿を建てられただろうに」

「善人バカとはよく言われたとは聞いています」

「本当はバカなんて言いたくもなかったが、だけどどうしても、あの人は善人を辞めようとしない……いや、本能だったんだろうな」


 父は確かに、誰かのために何かをすることに、恩着せがましいことを求める素振りは一切無かった。

 島の人間だから誰かを助けると言うよりは、もはや本能が人助けで構築されてしまっているのだろうと、僕なりには感じている。


「だけど五年前、移築さんは突然と消えてしまった。漁に出た船を、そのまま残したままに」


 普段なら漁に出ても半日程度で帰ってくるにもかかわらず、その時は二日と連絡が途絶えてしまい、島中で大騒ぎになったイベントは、よく覚えている。


「海に落ちたんじゃないかと言われているけれど、あの日の海は穏やかで、照り付くような快晴だった。プロの漁師が船から落ちる要素なんて皆無だし、仮に落ちたとしても、船に戻る事なんて容易だ」

「だから、島の人たちは、父は死んでいないのではと口をそろえていったと」

「移築さんは、善人であると同時に、自由気ままな人だからね。仕事に飽きて、どこか旅に出てしまったのではと予測する人も居た」


 田畑を荒らすイノシシを狩っていたときも、いつの間にかイノシシを懐かせペットにしてしまったのは父の得意スキルだ。

 どうやら、動物との縁は強いらしい。


「島から消えて五年が経ったが、未だに移築さんは生きているのではと信じている人は多い。だから、私たちは、あえてお墓参りをしているんだ」

「『勝手に殺すんじゃない!』って、怒って戻ってくることを期待して?」


 父もそうだが、島の人も考え方に癖がある。

 僕より長く付き合っているからこその答えなのだろうか。


「だから今日は、授業は全て中断だ。島の人たちで、移築さんのお墓へと向かうことにする」


 この先生も、父までとは言わずとも、十分に自由奔放だと言える。

 父ほどとは流石に言えないけれど。


「そうだ、明日菜」

「……なんでしょう?」

「移築さんのお墓に行く前に、自宅からアノ手帳を持ってきなさい。移築さんの船に残っていた、唯一の痕跡を、ね」

「まぁ、はい」


 いつもとりあえずお墓参りの時には用意するよう説得されるけど、別段それが効果を発揮することもない。

 別に否定することでもないから、ちょっと手間だけど、毎年持って出てきている。


 あぁ、今年もそんな季節がやってきたのか。

 喜びとも悲しみとも僕にはある訳ではないけれど、なぜだかむずがゆい気持ちになる。


 そつなく今年も済むのだろう。

 そんな簡単な気持ちでいたのだけれども、だけど、そうはいかなかった。


 僕に、不思議な出来事が起きることになるのだから。


 ……

 ……

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