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私のことなんて捨ててください  作者: モノクロ猫
1/2

前編



「…そう、いうことですか」



声が震えた。今、私の目に映る光景が信じられない。

ううん、きっとわかっていた。だけど、こんなのってないよ。いっそのこと私のことなんて__





* * * *



わたくしはヴァルヴァラ・カロフ・ロージン。

アバカロフ皇国の第一皇子イシドル・アバカロフ様の婚約者にございます。

婚約者、とは言っても政略的に結ばれた婚約でありますのでイシドル様とわたくしの間には恋愛感情などございません。いいえ、わたくしはイシドル様をお慕いしております。

ですが、イシドル様はある少女に思いを寄せております。彼女はアデリーナ様。市井の出ではありますが、学園では常に上位の成績を保っております。そして、愛らしい容姿は殿方の心をつかんでおります。

今も、そう。



「アデリーナ嬢、踊りませんか」


「イシドル殿下。よろこんで!」



今日は学園の一年に一回のパーティーです。イシドル様はついて早々にアデリーナ様をダンスに誘っております。わたくしはいくら形だけとはいっても婚約者がおりますので最初のダンスは婚約者としか踊りません。ですから、イシドル様が私と踊らない限り、ほかの殿方はわたくしを誘いに来ません。



「…つまらないわ」



入学したばかりの年はイシドル様もわたくしと踊ってくださいました。ですが、それきりです。それからはアデリーナ様とばかり踊っていますので周りも感づいています。それでも口に出さないのは隠しているつもりのお二人のことを微笑ましく思っているのでしょう。



「ヴァルヴァラ嬢。貴女のような方が壁の華になってどうなさったのです?」


「フィドセイ様」



フィドセイ・カロフ・ジューコフ様。たしか、宰相の父君がいたはずですね。ロージン家、ジューコフ家、そしてザハロフ家は皇国の三大貴族と呼ばれ、皇王様から『カロフ』の名を賜っております。カロフの名は皇王様からの信頼の証であり、わたくしたちの家のように力を持ちすぎた貴族を縛る鎖でもあります。



「あぁ、また殿下ですか」


「…フィドセイ様はよく見ていらっしゃいますのね」



また、ということはわたくしがいつもイシドル様と踊れず壁の華になっていることもわかっているのでしょう。



「ヴァルヴァラ嬢も誰かと踊られたほうがいい。貴女が待っているから殿下も甘えているのでしょう」


「いいのです。わかっていますもの。イシドル様は…殿下の心は彼女にあるのでしょう?わたくしはお二人の隠れ蓑。殿下もそう思っているから婚約したままなのですよ」


「…ヴァルヴァラ嬢はそれでいいのですか」



フィドセイ様はわたくしを見て苦々し気に顔をそらします。

ごめんなさい。フィドセイ様。わたくしはそれでもいいのです。愛する人が幸せになるのに利用されても、わたくしはきっと何も思えなくなってしまったのです。



「…ルーラ」


「ごめんなさい。フィド」



もう呼ばなくなっていた幼馴染の愛称。それを口に出してからわたくしは前へ足を踏み出しました。その先にいるのはイシドル様とアデリーナ様。笑顔で会話を楽しんでいらっしゃいます。

イシドル様、そんな顔わたくしには見せてくださらなかったではありませんか。

イシドル様はわたくしが近づいてきたのに気が付いたのか不快そうに顔をゆがめます。周りはわたくしたちを囲むように学園の生徒がこちらを見ています。



「なんだ、ヴァルヴァラ」


「イシドル様。婚約者であるわたくしとは踊ってくださらないのですか」



そう言いますとイシドル様は鼻で笑いました。



「何をいまさら。今に始まったことじゃない」


「あ、あのヴァルヴァラ様ごめんなさい。私そんなこと知らなくて」



わたくしとイシドル様の間に割って入ったのはアデリーナ様。少し体を震わせているその姿は殿方の庇護欲を刺激するのでしょう。わたくしもアデリーナ様のことは嫌いではないので今までは優しく接してきました。

ですが、ごめんなさい。今日は優しく声をかけるつもりはないのです。



「…わたくしは初めてお会いした時にお伝えしたはずですわ。貴女がイシドル様に見惚れて聞いていなかっただけではなくて?」


「ヴァルヴァラ!何を言っているんだ!」


「…わたくしは、イシドル様の婚約者として生きてきましたの。政略的な婚約だったとしてもイシドル様をお慕いしていましたわ。それなのに、ぽっと出の女性に婚約者を取られるなんて_」


「ヴァルヴァラ!お前、なんてことをっ!」


「ヴァ、ルヴァラ様」



アデリーナ様。ごめんなさい。悲しそうな顔をしないで。あと少しなの、今日だけにしますから、今日で終わりにしますから。



「イシドル様は何故わたくしと婚約させられたのかお分かりですの?皇王様が後ろ盾のない貴方様を皇太子にするためでしたのよ」


「何が言いたい!」


「イシドル様がもっとうまく隠していれば側室として迎えることもできたと言っているのです」



そう、もっとうまく隠していれば。私ごときの小娘にばれない様にうまくやれば、そんなことをする必要もなかった。こんな選択なんてしなかった。



「…け!」


「い、イシドル様?」



皇子は怒り狂って叫ぶ。手に持っている飲み物がかかったけど別に気にしない。気にする必要も、ない。



「出ていけ!ヴァルヴァラ!貴様の顔など見たくもない!」


「貴様との婚約は破棄する!どうせお前は貴族ではいられなくなるんだ、今のうちに男への媚の売り方でも覚えておけばいいだろう!」



そう、その言葉を待っていたの。



「大丈夫ですわ。安心なさって?わたくしは消えますわ」


「だからさっさと___なにをしている?!」



皇子の表情を見て笑みを浮かべる。

残念ね。皇子様。もう遅いわ。



「お望み通り消えてあげる_________この世から」




そう言ってテラスから飛び降りる。三階にあるこの会場。テラスの下にはクッションになるような物はないのは確認済み。もし失敗しても、ひどい障害が残るのはわかりきっている。だから、今日にした。だから、この場所にした。今日は私たちの卒業パーティーだからいるのは卒業生と後輩。

あぁ、そういえばフィドもいた。フィドには死に顔なんて見てほしくなかった。だけど、私が殿下への恋に溺れていたのと、意気地がなかったので、フィドがいないときにはできなかった。

二歳違いのフィドはきっと私に思いを寄せていたんだと思う。婚約者だっていなかったし、告白は全部断ってた。ダンスだって自分から誘ったのは私だけだった。


でも、フィド。私は貴方が思ってるほどきれいじゃない。貴方に心配されるような女じゃないの。死ねることに安堵してる。

だから___











「ごめんね」

次で終わりです。

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