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ロック少女とヒポクリト  作者: 宮本ハナカ
1/1

第一章

初投稿になります。

至らない所しかありませんが、よろしくお願いします。

 今日もまた放課後の校舎に響くいびつな不協和音。

 それは五月の穏やかな夕暮れ時をザックザックと切り裂いた。


 「今日もあの一年生がヘッタクソなピアノ叩いてるわよ」

 「ホント、よく飽きもせずやってられるよねぇ」


 一年の俺の教室では女子の話の種になっていた。

 四月から一日も欠かさず放課後の静けさをブチ壊す放課後ブレイカー。

 そんなおかしな奴が話題にならないハズもなかった。


 高校に入学してから毎日、毒リンゴを食べたお姫様も目覚めさせてしまうようなヒステリックなピアノを叩き鳴らしているのだ。

 そんな恥知らずなヒステリックピアノマンがどんな顔をしているか多少の興味は否めなかったが、そんな事は部屋の隅に溜まったホコリくらいどうでもよかった。


 「()()()()()


 本当にどうでもいいことではあるのだが、その音色が俺には妙に耳障りに感じて仕方がなかったのであった。



--------------------------------------------------------------------- 

 



「おーい、もう下校時間だぞ」


 その週の放課後、廊下から届いた村島先生の声で俺は目を覚ました。

 俺はいつの間にか浅い眠りについてしまっていたようで、教室を見渡すと生徒たちの影はなく、陽は傾き夕暮れは夜との境界線を彷徨っていた。


 どうやら村島先生は放課後の見回りの途中で眠っていた俺を見つけ、声をかけたらしい。

  

 「すっすいません、すぐに帰ります。」


 慌てて机から立ち上がり、カバンをひょいと片手に担いで教室から廊下にでると、いつも以上にヒステリックなピアノの音が薄暗い校舎の中を走り回っていた。

 

 「悪いが音楽室にまだ残っている朝川にも帰るよう言って来てくれないか」

 「はぁ・・・構いませんよ」

 「じゃあ頼んだぞ伊崎」


 村島先生はそう告げると、少し長めで艶やかな髪を揺らし、笑顔で歩いて行った。


 多少の不満はあったものの、村島先生のお願いは不思議と不快に感じることはなかった。

 これがこの学校で人気ナンバーワンの呼び声高いイケメン教師の魔力なのだ。

 

 俺は大きな溜め息を一つして、ヒステリックな度合いが増し増しのピアノが響く音楽室へと足を向けた。


。。。。。。




 音楽室は俺の教室の隣にある階段を上ってすぐの渡り廊下を渡った別棟にある。

 階段の踊り場に差し掛かった所で、またひとつ大きな溜め息をしてどうにか階段を登りきった。

 たどり着いた廊下の窓から下を覗くと、いつも下校時間ギリギリまで練習している野球部員の最後の一人が今まさに自転車置き場から帰っている姿が見えた。

 

 何故俺がこんなことをしなければならんのだ。


 青春を謳歌しようが部活で眩しい汗を流そうがピアノを弾こうがそんなことは各々(おのおの)の勝手だが、下校時間という絶対的なルールは守るべきである。

 それが成績優秀な生徒会長であろうと、素行不良のリア充であろうと、クレイジーサイコパスピアノマンだろうと関係ないのだ。

 そのルールも守れないような人間はピアノなんて弾く権利なんて無いのだ。

 全く、(はなは)だしいにも程がある。

 俺は放課後に居眠りをしてしまい、下校時間が守れなかった自分の事を棚に上げた。



 渡り廊下を渡って少しばかり歩いてすぐの音楽室に辿(たど)り着いた。

 重々しいスライド式のドアから狂気の旋律が漏れ出しており、夕暮れの校舎を異様な雰囲気を作り出していた。

 今すぐにでも帰ってしまいたい気分を押し殺して意を決し、俺はそのドアをゆっくりと開けた。



 ゴロゴロと申し訳なさそうな音を立ててドアを開けると、薄暗い音楽室の中で寂しそうに(たたず)んでいる机たちと夕陽のオレンジ色に染められた端正な顔立ちの女子生徒がそこに居た。

 (あわ)くあたたかな光がスポットライトのように彼女を包み込み、照らしている。

 この光景を切り取り絵にできるのなら、あらゆる名画にも勝るとも劣らない・・・そんな気がした。


 だが、そんな姿とは裏腹に彼女から生み出される旋律は、あまりに暴力的でお世辞にも上手いとは言い難いものだった。


 急にピタリと嵐のような演奏が止まる。

 すると彼女はこちらに見向きもせずに、その小さく上品な口を開いた。


 「入るときはノックくらいしてくれないかしら。プライバシーの侵害よ」

 

 ここはお前の部屋かよ。

 いつから音楽室がお前の私室になったのか教えてくれ。


 「すまない、村島先生に言われて来たんだ。もう下校時間は過ぎているから早く帰れってさ」


 我ながら非常に愛想よく振舞えた。


 ヒステリックピアノガールはチラリとこちらを見たが「あなたには興味がありません」と言いたげな雰囲気ですぐに視線を戻し、薄く包帯が巻かれた白く綺麗な手を鍵盤の上に戻した。


 初対面の相手に向かってなんて失礼な奴だ。

 人よりも見てくれのいいヤツってのは特権階級か何かなのか。

 ああそうかい、それなら勝手に残って職員室で絞られたらいいさ。

 俺は捨て台詞代わりに「頑張れよ」と言った後、朝川なる女子生徒に背を向け、歩き出した。


 「ちょっと待ちなさい」


 一歩踏み出したところで止まる。


 「()()()ってソレ、どういう意味かしら?」

 

 背を向けていてよかった。

 眉をひそめ、目頭がピクリと不快の意を示していたからだ。


 俺は気付かれないような小さいため息をして、何食わぬ顔で振り向いた。


 「どういう意味って何がだ?」

 

 すっとぼけた言葉を返した。


 「からかっているのかと聞いてるの・・・」

 「は?」

 「馬鹿にしているのかと聞いてるの!」


 朝川は両の手でピアノをガシャーンと叩き頭を伏せた。

 そしてゆっくりと顔を上げ宝石のような大きな瞳でこちらを睨みつけた。

 その場の空気が完全に停止してしまい、重い沈黙が音楽室を支配した。


 なんだよその目、馬鹿にしてるに決まってるだろう。

 毎日毎日、そのヘッタクソなピアノを飽きもせず弾き散らかしやがって。

 ピアノを舐めているとしか思えない演奏をするお前こそ、ピアノを馬鹿にしているんじゃないのか。


 俺は右手の手のひらを天井に向けた。


 「馬鹿になんかするワケないだろう。俺も音楽を(たしな)んでいた者として、純粋にエールを贈りたかっただけだ。」


 自分の事なかれ主義には頭が下がる思いである。

 

 「嗜んでいたって・・・あなたピアノ弾けるの?」


 俺は三歳の頃から中学一年までピアノを習っていて、コンクールに入賞した事だってあった。


 「そんなに上手いワケじゃないんだが、弾けなくはないな」

 「なら・・・」


 白山の目の色が少し変わった。


 「何か弾いてみなさいよ」


 そう言うと彼女は椅子からすらりと立ち上がり、「それではどうぞ」と言わんばかりの偉そうな態度でピアノのすぐ近くの壁に腕を組んで持たれかかった。


 俺は恐る恐るピアノの方へ歩み寄り、椅子にストンと腰を落とし持っていた荷物を足元に置いた。

 ピアノと正面から向き合うと、楽譜立てに朝川が練習していたであろう曲の楽譜があった。

 その楽譜の至る所にピンクやイエローのペンでラインが引いてあり、ページの端には「やればできる」と小さくコメントが書かれていた。


 「ピアノは中学以来だから、うまく弾ける自信はないが・・・」


 俺はひんやりとした鍵盤に指を置き、深呼吸をひとつ。

 

 「ふう・・・それじゃ」


 俺は約2年振りのピアノの演奏を開始した。


 何の迷いもなく、(とどこお)りもなく指を鍵盤の上で踊らせた。

 心地よい鍵盤の重みが、匂いが、音がとても懐かしく感じる。


 「あ・・・」


 予期せぬ事態に朝川の口から小さく声が漏れる。

 そう、弾いている曲は目の前にある楽譜の曲で、先ほど朝川が(つたな)いピアノで必死に練習していた曲だ。


 演奏に熱が入り、軽快で切ないメロディーが音楽室の空気をガラリと変える。

 朝川は目を丸くして少しだけ開いた口をそのままにしてこちらを見つめていた。


 程なく演奏が終わり、音楽室は再び沈黙を取り戻した。


 「いい曲だな、これ」

 

 数年振りのピアノと感動の再会を果たしたせいか、先ほどの楽譜の書き込みを見たせいか、弾いた曲が思いのほか良かったせいか、俺は自分でもよくわからない不思議なテンションになっていた。


 「あなた・・・」


 朝川は持たれかかっていた壁から離れ、俺の顔を覗き込むように顔を近づけた。


 「こんなに上手だなんて、すごいじゃない!」


 さっきまでの態度が嘘のように少女らしい素直な反応に俺は驚いた。


 「あっ・・・」


 朝川は「しまった」というような顔をして、ひょいっと近づけ過ぎた顔を離した。

 甘く爽やかな良い匂いがした。

 これが女の子特有のニオイというやつなのだろうか。

 そんな事を考えながらも、俺は朝川の人間らしい反応に安堵(あんど)した。


 「なんてアーティストの曲なんだ?」

 「さ、最近人気のバンドの曲よ」


 初めて朝川と会話のキャッチボールが成立した感動を噛み締める。


 「流行に(うと)いから知らなかったんだが、いい曲だな」

 「・・・・・・・・・そうなの」

 「え?」

 「このバンド、とってもカッコいいの!他にも泣けるっていうと軽い感じがしてイヤなんだけど、泣ける曲もあるしアップテンポの曲だって・・・」


 目を輝かせながら熱弁する朝川はとても可愛らしかった。


 「あっ・・・」


 ふと我に返ったのか、朝川は恥ずかしそうに(うつむ)いた。

 なんだか可愛い生き物を見ているような気分になった。


 「ピアノ、弾かせてくれてありがとな。楽しかったよ」


 俺は立ち上がり足元に置いていた荷物を持ち上げ、音楽室をあとにした。



 


 




感想、ご指摘などいただけたら嬉しいです。

ありがとうございました。

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