第一話 異世界転生(拉致)
高校の教室。科目は数学。
陽射しの暑い窓際の席で、佐藤翔は眠気と戦っていた。
小難しい数字の羅列に意味不明な公式が頭を痛くする。
周囲の生徒をチラリと見れば、小難しい顔で授業を受けている。
当然だ。テストの日は間近。となれば、普段からおちゃらけた友人も真面目な顔つきになるというもの。
そのことを翔も承知しているものの、授業内容への理解はやはり追い付かない。
そうこうしている内に、黒板に書かれた公式が消されていく。
あー、待ってくださいと言う前に公式は全て消えた。
眠気と戦っていたせいでノートすら、まともにとれていない。
ーー悪いけど、健にノートに見せてもらわなきゃ駄目だな……
一応申し訳ない気持ちを健に抱き、健の方へと目を向ける。
その時だった。
突然視界が暗転した。
「はえ?」
光が失われ手足の感覚がなくなる。声を出そうにも、喉がつぶれたかのように出てこなくなった。
自分の心臓の音だけがバクバクと聞こえてくる。
その音はあまりにもうるさくて耳障りだった。
吐き気がする。なんだこれは。自分はいったいどうなったのだろうか。
翔は不安と恐怖にかられ、頭がおかしくなりそうだった。
「ちょ、ちょっと! これヤバいんじゃないの!」
ーーっ!?
甲高い声優のような女の声が聞こえた。
少なくともクラスメイトの声ではないことがわかる。翔のクラスメイトには、こんなアニメ声の女子はいなかったからだ。
「くそっ! あの野郎に見つからないためだったとはいえ乱暴がすぎたか!」
今度は男の声だった。若々しい、これもまた、声優のようなアニメ声だった。
本来ならば聞いたこともない声に怯えるところだが、翔にはそんな余裕すらなかった。
誰でもいい。この状況を何とかしてほしいと、翔は必死に意思を伝えようとする。
『おお! 意識はあるみたいだな。よく聞いてくれ。そして落ち着いて理解してくれ。無茶なことはわかっている。だが、そうすることでお前はその状況から救われる』
翔はわかったと頷く。声には出せないので必死に頷いた。
『俺の名前は藤川晃。もう一人、聞こえていたと思うが、女の方は山田星羅だ。お前の名前は佐藤翔だな?』
翔は頷き肯定の意思を伝える。
『いいか? よく聞けよ、翔。今、翔には手足の感覚がないと思っているだろうが、そんなことはない。それはお前の気のせいだ。声も出せるはずだし、視界が暗いのも思考が追い付いてないが故に脳が錯覚を見せているだけだ。だからしっかりと考えろ。いや、思い込め。俺は、目が見えて手足も感覚があり動くと』
疑問など思うこともなく、翔は急いで言われた通りにする。
ただひたすらに見える見える、動く動くと思い込んだ。声も出ると念仏のように頭に浮かべた。
そうするといつの間にか声に出していた。
出なかったはずの声が確かに出てきたのだ。
徐々に手足も感覚が戻り、 バタバタと動かせた。目にも光が宿り、視界がハッキリとする。
「えと、ここ、どこ、ですか?」
そこは何もない空間だった。ただ真っ白な床に天井があるのみで、他には謎の二人を除いて何もない。
一人は男。恐らくさっきまで翔に説明をしていた者だろう。
黒のコートが目立つギラリとした鋭い目付きの男だった。
ヤバい感じがしたので、女の方へと視線を変える。
女は青いミニスカドレスに金髪の縦ロールという、これまた個性のあふれ出た方だった。
どちらも現実的ではなく、どちらかというとアニメの住人のようだった。
「ここは白の空間だ。見たまんま。なんの捻りもないけどな」
男、晃は少し恥ずかしそうに言う。
「そんなことよりも説明よ、説明。翔君、色々と納得がいかないかもしれないけど、あなたは異世界に転生させられたわ。元の世界に帰りたかったら協力して」
「え、あ、はい。…… はあぁぁ!?」
なんだその説明の仕方はと山田は頭を軽くはたかれる。
山田は頬を膨らまし睨むが晃は鬱陶しそうに手をはらった。
安いコントのような光景だと翔は思った。
変な二人組の不審者に拉致された挙げ句、意味不明なことを言われていると。