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第七話 1934-1935 三菱の凄い奴

陸軍と海軍の競作は続きます





昭和九年十二月




この年、海軍は中島、三菱に対し九○式の次となる単座戦闘機の試作を発注していた。


中島は現在納品している九○式がまだ性能的に余裕があると考えていて見送る方針だった。


実際レンチェラーのワスプを随時更新していった本機は既にI-15Bisの性能を凌駕する性能を得ていた。


ただ、この時期各国各社明らかに見た目から旧来と異なる新型機を次々と発表しており、旧態然として見える複葉機に不安を感じるのは致し方ないことだ。

特に実戦でまだ使われたことがないため、九○式の実力を海軍は知らないのだ。


しかし、三菱が開発中の機体がかなりいい可能性があるという情報が入ってきていて、ちょっと気になりだしたらしい。


海軍の提示した期間にはまだ余裕がある。



社内リソースの多くを先行する小山の方に割かれた為、試作機の制作はゆっくりとした進行で、結局年を越してしまった。





昭和十年一月



年が変わって昭和十年、年末年始は流石に実家に里帰りだ。

今年は東京の肉屋でベーコンを買って里帰りした。

近隣から野菜を買ってきて前世の記憶を頼りにボルシチなんてものを作って家族に振る舞った。

久しぶりの前世の味は餅を入れて雑煮風にしても美味かった。




正月休みを終えて出社して落ち着いた頃、入ってきたのは三菱の九試艦戦の試作機が完成したという情報だった。


これから社内テストを終え次第、海軍でのテストに入るらしい。


俺は今年で三十四歳になり、中島に入って十一年が過ぎようとしていた。





昭和十年三月



年が明けて三月、前年キ5で不採用になった川崎の九十二式を再設計した機体の試作機が完成し、そして一月遅れで小山のチームが作っていたPAの試作機が完成した。


後から作った川崎が先に完成したのは再設計という事もあるのかもしれないが、今回採用されなければ会社がかなり厳しいことになるという噂で、それこそ必死で作り上げたのだろう。


それぞれキ一○とキ一一と機番が振られ、立川の陸軍航空技術研究所に持ち込まれて審査される事になった。


陸軍のパイロットたちは並べられた両機があまりにも違っているので当惑した表情を浮かべたらしい。


見慣れた複葉機のキ一○、そして低翼単葉のスマートなキ一一、明らかにキ一一こそ最先端の戦闘機に見え、複葉機は見劣りしたろう。

陸軍の関係者だって当然248のことはよく知っている。


この二つの試作機は機体構造ばかりでなくエンジンも水冷と空冷と異なり、それが別のフォルムを与えていた。


キ一○は先のキ5で搭載されていた850馬力の水冷ハ9、キ一一は550馬力の空冷式寿三型、スリムで角ばった胴体のキ一○に対し、キ一一は空冷エンジンを覆うタウネンド・リングの丸い形状そのままに胴体も円形断面の綺麗な機体だ。

私はタウネンド・リングの様な形式は九○式にも九一式にも使わなかったけどな。

小山は開口面積の広さから冷却性能がこちらのほうが高いとか言っていたか。


審査ではエンジン馬力が小さい筈のキ一一の方が優速で上昇力も優れ、低翼単葉機のポテンシャルを発揮してみせた。

しかし、審査の結果は川崎のキ一○が勝ち、九五式戦闘機として採用となった。


理由としては航空技研の技官達はキ一一を評価したが、実際に乗ったパイロットたちが格闘性能を第一に重視していたこと。国は異なれど私がかつて複葉機を作り続けさせられるハメになったI-15とI-16の構図そのままというわけだ。

単純に低速域での運動性で複葉機に単葉機は勝てないからな。


パイロット達は基本的に保守的であり、先の野心的なキ五も忌避されたように、低翼機を信用していなかった。

更には、飛行時に音を上げる主翼の張線を不安視していたらしい。


小山は破れはしたが一向に凹むこともなく、むしろこれまでより更に自信を深めた様に見える。

PAは予想通りの性能を発揮し、小山の信頼する中島の寿エンジンは馬力こそ低いが、信頼性、整備性という運用面で重要な二つの点が明らかにハ9より優れて居る事を印象づけた。


更には、キ一一は248とよく似た機体であるが248より一回り余裕のある機体に仕上がっている。搭載エンジンは同じ550馬力であるが248より40キロも優速であり、上昇性も勝っており、空力的に優れていることが証明された。


キ一一は全部で2機制作され、後から作られた機体はスライド式の密閉式風防を持った機体として作られていた。この後から作られた機体は不採用と決まった後、朝日新聞社に売却されAN一通信機として使われることになったそうだ。





昭和十年四月



陸軍はフランスのドボワチンD.510Jを参考に、イスパノ・スイザモーターカノン付エンジンを搭載した新型機の開発をライセンスを持つ中島に依頼。

すでに進行中であるPBと要求仕様が似ているため、提示したところ陸軍は大いに関心を持ちキ一二の機体コードを割り振った。


予算が付いたところで、制作に本腰を入れることになる。


エンジンをケストレルからイスパノ・スイザの12Ydrsへ変更。それに伴い機体も修正。

この辺りは実機もあるし既に想定して道を付けていたため、特に問題はない。


ちなみに、中島の発動部門製のユモ210は輸式エンジンとしてエンジニアサンプルの販売が始まったが、今の所本採用は無いらしい。

やはり、馬力の弱さが仇か。


それはともかく、何故だが知らないがユンカースから技師や工員が家族連れで続々とやってくる。

まるで工場が引っ越してきたかのようだ。


中島の発動機部門での水冷エンジンの立ち上げのための出向という事ではあるが、立ち上げにこんなに人数がいるのだろうか?


社長は人手不足の昨今、技術と一緒に即戦力が続々と来るのでホクホク顔だ。


しかし、そんなに安易で良いのか?





ところで、やってきた技師の中で同い年のリヒテという技師と親しくなった。

私はドイツ語の会話も不自由しないのでいろいろと話しを聞かせてもらった。


彼らはユンカースの創立者、ヒューゴ・ユンカースの信奉者でナチズムに反感を持つ人達らしい。中には当局に目をつけられている人も居るとかで、中島で工場立ち上げの仕事があるのを良いことに退避してきたらしい。


二年前にナチが政権を握るまでは良かったそうだが、ナチが政権を握ってからは無茶苦茶で反ナチズムの有力者の会社を奪ったり、ナチに反感を持つ人達を弾圧したりするらしい、中には居なくなった人もいるとか…。


特にユダヤ人に対する扱いは酷く、国外脱出が始まっているが、誰でも脱出できるわけじゃない。


ユンカースの技師や工員が家族を連れて続々と来日しているのはつまりそういう事だそうな…。


これは表立って話はしないが政治家の前社長が絡んでいると見て間違いない。


ちなみに、彼はエンジンの専門家で新しいシステムを開発してるらしい。

彼らのエンジンは信頼性、生産性を重視して作っているとのことで、是非使って欲しいと言っていた。


とはいえ、もう少し出力が欲しいぞ。





今月、糸川英夫という帝大工学部航空学科出身の新入社員が入ってきた。

なんでも、社長曰く凄い奴らしい。


私の後輩に当たるので、入社の挨拶に来てくれた。

彼は小山の下に配属されるとのことだ。




昭和十年五月



さて、海軍の不発に終わった前回の七試艦戦に続き今回の九試艦戦。


中島は見送るつもりであったが小山が不採用になったPAを海軍にも見てもらいたいとの希望で、海軍向けに改造して提出することになった。


本来PAとPBの社内競作の結果をPCに反映するということであったが、これがPCと呼ばれることになった。


PAの操縦席などを海軍式に改め、海軍の指定でエンジンを寿の新型の五型を積み込んだ。

寿を指定した理由は、レンチェラーのエンジンは米国製で将来的な供給に不安を感じることが一番大きく、国産エンジンで評価の高い寿をということらしい。


消極的参加の中島と異なり、三菱は中島と並ぶ大メーカーであるがここ最近は中島の一人勝ちでヒット作に恵まれず、今回の競作には設計主務者に堀越という若手のエースを起用し、有力スタッフを揃えて必死の決意での参加である。


堀越二郎は東京帝大工学部出身で私の後輩に当たる。といっても学科が異なるので面識はない。


ちなみに、前回の七試艦戦は中島は不参加、三菱は単葉機を審査に出したが墜落して不採用になったらしい。

どんな機体だったかは中島は参加していないためよくわからない。



それで、九試艦戦であるが海軍のオーダーは近代的設計の高速機であった。

前回は九○式で懲りたのか着艦性能と空戦時の優れた旋回性能が要求性能だった事を考えると、他国の機体をみて方向転換したらしい。



中島の九試艦戦は完成機の改造だったので一月と掛からず完成し、その月の内に海軍に審査された。


審査の結果も陸軍でも魅せた高性能ぶりをここでも発揮し、海軍関係者に高評価であったらしい。

しかし、陸軍でも不安視された主翼の張線はサイレンのような唸りを発して海軍のパイロットに不安視されたとのこと。


私はあんな物は使わないから関係ないけどな。





昭和十年六月



三菱は複数の試作機を用意する作る力の入れようであり、早速と海軍が審査した。


結果としては、中島の九試艦戦は惨敗した。それくらい三菱の新型機は抜群だった。

九○式もすぐにと言うわけではないが数年後には更新と言う事になりそうだ。



最高速度は四百五十キロを越える優速で上昇力にも優れ運動性も併せ持つ高性能機だとのこと。

しかしながら、着陸時や操縦性に問題が残るとのことで更にテストを続けるらしい。


ちなみに、この機体は初めて海軍で採用された全金属製低翼単葉機と言う事になるが、空力学的に優れ、徹底した重量軽減が行われたそうだ。


高速時の空気抵抗になる張線を使わないために薄翼を使わず厚翼を採用し、主翼外形は美しい楕円形。更にはフラップを搭載している。


更には空気抵抗を改善するための沈頭鋲を全面採用し、空力的に優れたスパッツ付きの固定脚を持つ。


とにかく見たものを魅了する美しい機体であったそうだ。



消極的参加とはいえ、小山は自分より若い堀越技師がすごい機体を作って勝ちを攫ったという事実は、彼に火を付けたのは間違いない。


競作に破れた後、小山は低翼単葉機設計の基礎を掴んだとかで、PAは部下に任せ新たなプロジェクトPEを立ち上げる事になり精力的に機体設計に取り掛かった。





二年前、私の知る歴史通り米国の大統領にルーズベルトがなったが、今年1935年、中立法が成立した。

つまり、交戦状態の国には武器を売らないという法律だ。


どういう事かというと、日本が紛争状態になると米国から武器や兵器に使用可能な製品を輸入できなくなる。ということだ。

これまで米国から送られてきていたレンチェラーの発動機は日本が紛争状態になった時点で輸入できなくなる。

ボーイングから試作品を購入することもできなくなるということだ。


出来うる限り紛争に巻き込まれないと良いが、私の知る歴史では日本は1940年より前から中国で戦争をしていたような気がする。





昭和十年八月



社内で組織替えが行われ、輸送機開発が明川技師の元で本格的に始まる。


米のDC-2やボーイング247などを参考に速度に優れた輸送機を目指すらしい。

輸送機は関わったことがないからよく知らないが、DC-2やボーイング247は知っている。


どちらも全金属製の空力的に優れた綺麗な機体だったと記憶している。


中島は中型旅客機のノウハウがないため、DC-2とJu-52のライセンス生産を開始した。


Ju-52は滑走路が整備されていない満州航空で使われることになったのだ。


DC-2の方は日本航空輸送で導入する予定となっている。





ユンカースから技師や工員がたくさん来て、ユンカースのコネでドイツ製の工具や工作機が安価で続々と入ってきた。


それと同時に米国帰りの技師が合理的な大量生産ノウハウを持ち帰ってきた。


治具やプレスを使った量産法、これまでの日本にはなかった大型の落下槌や折曲機、水圧機など次々と入ってきたのだ。


航空機の工場としては今や三菱を圧倒するのではないかと思えるほどだ。


それらを上手く良いとこ取りをして効率よく使うための専門チームが設置された。





昭和十年十月



キ十二の試作機が完成した。


全金属製の翼と機体を持つ水冷エンジンのスマートな機体だ。

日本で初めて油圧式の引き込み脚を採用した。勿論万が一の時に手動で下ろすハンドルもついている。

エンジンはイスパノ・スイザ12Ydrsの835馬力。

エンジンの換装や武器の強化を前提に余裕をもたせた設計にしてある。


武装は機首の7.7ミリ同期機銃、そして20ミリモーターカノン。


陸軍航空技研のオーダーでスプリットフラップも採用してある。


勿論、防弾装備もこの時期としては万全だ。


社内で早速とテスト飛行をしてみたが、最高速度は五百キロを楽に超え、上昇力も申し分ない。流石に複葉機の九○式には及ばないが運動性も悪くない。


しかし、問題が発生した。


モーターカノンがとにかく不調だ。エンジンの振動で簡単に作動不良を起こす。


そこでモーターカノンを外した版を陸軍に再提案。


試作機を気に入っており、現時点で速度も優れていた事を評価した陸軍はモーターカノンを外した版での提出を認めたため、これの作業に取り掛かった。





昭和十年末頃



陸軍は次期主力戦闘機の試作を計画し、各社に競作を依頼した。

応じたのは先の九十一式の時と同じく中島、三菱、川崎の三社。


今回は、小山のPEを競作に出すらしい。


小山曰く絶対に次は負けないと、自信たっぷりに宣言していた。


さて、どんな機体が出てくるかの楽しみではある。



三菱の堀越二郎に中島の天才糸川英夫登場です。

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