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第四話 1931-1932 動乱の時代を迎える皇国

昭和六年に満州事変。中島飛行機のただの航空技師の主人公には飛行機を作るしか無いのです。





昭和七年二月、政治家が殺されるテロ事件が発生し街の空気が一変した。


これが関係あるのかはわからないが、去年の九月に満州で日本の関わる軍事衝突があったらしく新聞で報道されていた。


そして、上海でも日本が関わる紛争があり、中国軍に爆撃任務に出ていた日本の攻撃機がアメリカの義勇兵に撃墜されるという事件が起きた。

聞けば、上海で軍事衝突があり援軍に海軍が派遣されたらしいのだが、現在主力空母は新型戦闘機対応の為に現在ドックに入っていて出撃不能。

それで、空母鳳翔に攻撃機を搭載しそれを核に艦隊を組み現地に赴いたらしい。

一三式艦上攻撃機六機で出撃した初戦は中国空軍の米国製戦闘機ヴォートのO2Uコルセア四機と遭遇し中国軍との初の空中戦が発生したが、数で勝っていても爆装の攻撃機は分が悪く損害を出さない内に撤退。

その後、再度出撃した時に新型機のボーイング218と遭遇、鳳翔飛行隊の飛行隊長以下四機が撃墜され、残り二機も損傷を受けたが帰還に成功したらしい。

新型機のパイロットはなんと米国の義勇兵ショート退役中尉で、中国側が英雄として大々的に表彰し外信に戦果発表したから発覚したとか。

直ちに日本政府は米国政府に抗議し、その後ショート中尉は逮捕され本国に送還されたらしいが、日本側は鳳翔飛行隊の飛行隊長が戦死し米国に処分を求めているそうだ。

海軍の関係者は新型機が行ってれば逆に撃墜できたのにと地団駄を踏んで悔しがったと聞く。


ボーイング218とは米陸軍の新型戦闘機ボーイングP-12の事らしい。

F3Bという名で米海軍でも使われていたはずだが確かあの機体は採用されたばかりの九〇式艦戦と同じワスプを搭載していたな。


もし、正規空母が行けて今の主力の三式艦戦が行ってれば良い勝負をしたのは間違いないだろう。少なくとも一方的にやられるなどという事は無かったはずだ。


これで海軍も優速の戦闘機がどれほど強いか理解できたのではないか。


しかし、満州といい上海といい何故日本軍が中国にいるんだろうな。




月が変わり三月にもテロが起き、中国大陸では満州国という国が出来たそうな。

だが、欧米諸国からはあまり評判がよろしくない。

海外から孤立するようなことがあれば、欲しいものが買えなくなるから正直勘弁してほしい。


更に五月十五日、今度は首相が殺された。

海軍の若手将校が押しかけて殺したらしいが、この国は一体どうなっているんだ…。



世は荒れているが、我が中島飛行機は大仕事を終えて今は後片付けなどをしながら、ゆったりとした空気が漂っている。

これで、もし上海で新型機が落とされでもしていれば、エライことになっていたろうが。そういう事も起きなかったからな。


小山は先の九一式の開発で得た経験もあり、最近はよく勉強しているのを見かける。


そんな中、社長の号令で次の新型機のトライアルに向けて検討を始めることになった。

社長曰く、次は低翼単葉機になることは間違いがないから、低翼機を集中して研究しようということになった。


それで、自主研究機としてPA、PB、PCとまずは3つの低翼単葉機を作ることになったのだが、まずは調査をしてみたいとのことで外国の単葉機を参考に購入することになった。


正直、今すぐにでも低翼単葉機の図面を引いて見せられるのだが、周りがついてこれなければ意味がないからな。


この年、アメリカで例のボーイングが次の新型戦闘機を狙う新型機の試作機を制作し発表していた。後に、P-26と実際に採用される低翼機だ。

私もI-15を開発した後低翼機を開発することになり、この頃は他国の戦闘機の資料を取り寄せて研究していた記憶がある。

その結果、I-16は速度優先の一撃離脱に長けた戦闘機として開発したのだ。


当時軍需産業低迷期に諸外国で航空機のデモンストレーションレースが各地で行われていて、レーサーと呼ばれる速度勝負に特化した飛行機が幾つも作られ発表されていたのだが、それに出ていた機体の影響を少なからぬ受けたのは否定できない。


話は戻るがボーイングの新型機の試作機を購入しようと言うことになり一機購入してみたのだ。

当時は飛行機メーカーは勿論軍需企業はどこも業績が悪く、試作機は用が済むと普通に売られていたのだ。

恐らく、中国軍が手に入れた新型機のP-12もボーイングの試作機なのではないか。



二ヶ月後、ボーイングモデル248は届いた。


箱詰めされた機体は、国籍マークは削り取られて何もなく、ただボーイングの社内コードが尾翼にかかれているだけの正真正銘の試作機だなこれは。


マニュアル通りに組み立ててみると、太い胴体の寸詰まりの低翼機にブーツの様な足がニョキッと生えてなんともユーモラスだ。


昔、史資料で見た時は斬新だと感じたのだが…。


搭載されていたエンジンはワスプの新しいもの。これは既にウチの会社にある物と変わらない。


勿論ながら武装は付いてないが、銃を取り付ける銃架と銃身が出る穴はある。

恐らくM2がここに入るのかな。


日の丸を書き込むと、早速テストパイロットに飛ばしてもらった。



快晴の空、ワスプは爆音を上げ、そして既に初飛行を終えテストで飛ばしている248は離陸すると空に舞い上がる。

グイグイと上昇し、一通りのテストを行う。

最高速度は今の時点で350キロを超え、上昇力も申し分ない。

運動性も抜群とは言えないが悪くはないようだ。


一先ず試験飛行を終えて降りて来た。


ところが、着陸の時速すぎないかと感じたらもう遅く、滑走路を大幅にオーバーランしてやっと止まった。

幸い、滑走路の敷地は大きく取られていて滑走路が切れてもまだまだ先があったから良かったが、危ないところだった。

これは、着陸速度を落とすためになにか付けないと駄目だろうな。


小山はこの飛行機で得るものがあったのか細部に渡って色々と調べていた。



さて、いよいよ研究機の検討であるが、色々と自信をつけた小山が自分も飛行機をデザインしてみたいと言い出し、それを聞いた社長がその意気を買い、PAを小山が、PBを私がデザインすることになった。


出来上がった両方を見た上で、PCを検討し、必要があれば更に追加する。

そういう事になった。


なかなか面白い事になってきたな。


この小山って前の人生の中島飛行機ではどういう役回りだったんだろうな。




昭和七年十月、去年勃発した満州事変に対応するため陸軍が戦闘機を大量に揃えたいらしい。しかし、先に採用された九一式戦闘機は製造に時間がかかる為、別の航空メーカーの戦闘機も採用することにしたらしい。

採用されたのは、先のトライアルで落選したドイツ技師の制作した川崎の機体。

その後、全金属モノコックの胴体や金属製の主翼桁などを取り入れ、強度を高めた結果最高速度も三百キロを超える機体となり、九二式戦闘機として採用になった。


あちらは液冷でドイツのBMWの水冷エンジンのライセンス生産品を使用してるとのことだ。


ライセンス生産と言えば、九一式戦闘機の生産が始まることになり、最初の方のロットは米国の工場で作られた輸入品となるが、米国の工場が生産キャパが厳しいらしく、日本でも生産することになった。

中島飛行機の敷地内に作られたレンチェラー発動機製作所日本工場だ。

日本工場で作られたエンジンは日本国内だけでなく、可能であれば海外にも売りたいそうだ。


ちなみに、レンチェラー発動機製作所だが順調な増資の結果、中島飛行機の株主比率は着実に下がってきていて、恐らく後五、六年で独立の運びになるだろう。


レンチェラー発動機製作所の株は優良株でもあるので引き続き保持したいというのが社長の意向だ。

特に向こうの運営に口も出さないので良い株主と見られてるという話だが、私の知る歴史では日本は米国と戦争するからな。

その時どうなるのか、私にはわからない。


レンチェラー発動機製作所には中島の発動機部門のエースクラスを何人も送り込んでいるのだが、優秀なやつばかりなので既に戦力として活躍してるという話。


その一部が、今度の日本工場の立ち上げに戻ってきた。

今後はこの工場で活動するらしいが、彼らが言うには日本の工場は統一した工業規格も無ければ工作機械も時代遅れらしい。

米国は勿論他国にはその国その国で工業規格があり、規格部品ならばどの機械にも使える。


前世でのソ連では確かこのくらいの頃に標準化委員会がOSTという標準規格を推し進めていたと思う。あの頃は戦間期とは言え次の戦争に向けての準備で例えばどこの工場で作られた部品でもどの戦車でも等しく使えるのが当たり前という当たり前を作ろうとしていたと思う。


その辺りは工業大国のアメリカは進んでいたと聞くが、そうかこの国は未だそういうのがないのか…。



結局、その辺りの標準規格関係の話は国政の政治家でもある前社長が提言していくという方向で話が進んでいった。


ちなみに、社長は去年の暮に創始者である知久平氏が退任して本格的に政治の世界に入り、完全に手を引くわけではないが弟の喜代一氏に引き継がれた。



満州事変の結果、孤立気味で今後調達が難しくなる可能性も考え、前の欧米視察の時に集めてきた資料から、今後の戦闘機の傾向を読み参考とするため幾つかエンジンのサンプルを購入しライセンスも取ってもらった。


ライトのR-1820サイクロン、これはソ連のM-25の原型でありその後改良型の様々なエンジンの原型になった発動機だ。


もう一つはロールスロイスケストレル、かつてソ連に英国からの支援で届いた飛行機に搭載されていたマーリンを作ったロールスロイスの今手に入るマーリンの祖で、水冷エンジンを学ぶにも良い教材だと思う。


他にもブリストルマーキュリー、そしてエンジニアリングサンプル品だがペガサスを購入した。

特にペガサスは幅広く長く使われたエンジンで、既に最初の版で五百馬力以上のパワーが有る。

使うかどうかはわからないが、手元にサンプルを置いておくべきエンジンだと思う。



さて、私が担当するPBだが、どんな飛行機にするべきか。







少しずつ歴史に補正がかかっています。

全部わかった人はすごいかも?


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