第三十九話 1944.7-1944.9 欧州派遣軍
一先ず本土が戦火に曝されるという危機は去り、復興の槌が響きます。
昭和十九年七月
前の人生では私の人生は来月を迎える事は無かった。
今のところ死ぬつもりもないし、その予兆も無い。
だがしかし、前世での命日が近づくと命日に突然死ぬのではないかと内心不安になってくる。
前世では、七月は色んな意味で最悪の月だった。だからこそ死んだのだろうけども。
いまだ米国とは休戦中の状態ではあるが、既に米国との戦争は終わり、もう悪夢のような空襲に悩まされる事も無い。
市井の空気も段々と明るくなってきたのではないだろうか。
国内では欧州での戦争と英国の需要に対応する為、あちこちで復興が進んでいて、気の早い会社などは商機を逃すなとばかりに、がれきを片付け仮社屋を建ててもう営業を再開している所もある。
社屋の再建は欧州の戦争が終わってからでも良いという判断なのだろう。
三菱や川崎など、同業他社は工場が大きな被害を被り、折角の英国からの注文をフル稼働で受けることが出来ないという状況で、殆ど工場の被害を受けなかった中島に対する恨み節が酷いと、会合から帰った社長から聞かされた。
そして社長から見せられた、英国からの輸入希望リストに中島製の軍用機が幾つも上がっていた。
九六戦、九八襲、百式戦、一式戦爆等のレシプロ機の他、三式重戦も希望リストに載っていた。
それとは別に、ジェットエンジンや誘導弾の技術導入が希望されているそうだ。
英国からはレーダー技術やジャイロ付き照準器などが挙げられているほか、こちらから要望を出せば他の技術でも別途検討するとの事だ。
軍としてはレシプロ機の輸出は問題無いが、ジェット戦闘機は軍でも未だ導入中の為、欧州派遣軍が装備して我が軍のパイロットが現地で運用すると返答したそうだ。
また、ジェットエンジンに関しては現時点では性能は我が国の物が良いが、英国にもジェットエンジン技術の蓄積があり、技術交流した方がより性能向上に資するとの判断で、まずは技術者の派遣となったようだ。
とはいえ、ドイツ人技師の英国派遣は不安が残るため、行くのは日本人技師という事になるだろうな。
誘導弾に関しては、海軍が供与に難色を示していた為、これも我が軍が欧州で運用するという事になった。
海軍はいまだ休戦中の米国を信用しておらず、米国へ技術流出するのを恐れた様だ。
連中が日本でやった事を考えれば、無力化された上に米軍が誘導弾を使ってくる事は悪夢でしかないからな。
七月は、輸出機の設計変更や準備、三角翼機の試作機の最終調整で慌ただしくしている内に、気が付けば俺の命日だった。
特に死ぬ様子も無く家で一人晩酌をしながら前世の俺を弔った。
昭和十九年八月
輸出機の準備が整い、急ピッチで生産が始まる。
英国仕様は20ミリ機関砲のイスパノMk2を英国で装備する為の手直し、それに同じく照準器、無線も英国仕様とする為、指定サイズの取付金具を用意し本体は未装備とした。
他は、一先ずそのまま運用するそうだ。
エンジンは皇国軍と同じ運用で、不調の際は後送してエンジンごと交換する。その為に英国にエンジン整備の為の出張所を設置する事でメンテナンス対応をする。
結局のところ、中島が輸出する機体に関していえばほぼ私が手掛けた機体ばかりとなったのだが、一式戦は英国の要求を満たさず、また四式戦に至っては陸軍でも試験運用中の最新鋭機であり、存在自体殆ど知られて居ない事が理由の様だ。
しかし、ジェット機の開発が進み対米戦争が終息した今、四式戦が大量生産されるかどうかは未定となっている。
小山入魂の機体だけに、埋もれるのは勿体ないな。
八月下旬ごろ、地上試験を入念に済ませた新型三角翼戦闘機の試験飛行を行った。
大型化したジェットエンジンは一基で大出力を発揮し、既に二式重戦闘機に搭載したエンジン二基分の出力を上回る。
更に現在開発中の再燃焼装置を取り付ければレシプロ機で使用していた水メタノール噴射装置の様に一時的に推力を大幅に上げることが出来るらしい。
勿論、その分燃料も大幅に消費するそうであるが、戦闘機の特性上そういう装置は有用だと思われる。
夏の暑いさなか、太田飛行場に軍関係者が立ち合いの元、初飛行が行われた。
これ迄とはまったく異なる外見の戦闘機の実機を見て、軍関係者は興奮を隠せない様子だ。
私も又全く新しい形の翼の飛行機を飛ばすにあたり、これまでにない緊張感を感じている。
地上試験では新型ジェットエンジンは安定した出力を発揮した。連続運転試験も問題無かった。
後は、飛ばすだけだ。
試験飛行を担当する、中島でも古参のベテランパイロットが緊張した面持ちで機体に乗り込む。
ちなみに、この機体には中島の戦闘機では初となる緊急脱出装置が取り付けられてある。
万が一不調になった場合でも、旧来よりは無事に脱出できる可能性が高いはずだ。
管制塔から離陸許可が出ると、甲高い独特のジェットエンジン音が響き、機体後部から発する熱で空気を揺らめかす。
そして、するすると滑走路を進みだすとふわりと空に舞い上がった。
ジェットエンジンは快調に回り、飛行機雲を残し空を切り裂く。
素晴らしいの一言に尽きる。
これ迄手掛けたどのレシプロ機よりも、さらに洗練された機体がキラキラと空で輝く姿に思わず見とれてしまうほどに。
技師達会社の関係者ばかりか軍関係者も、誰一人声を上げることなくその姿を眺めていた。
やがて、試験メニューを消化した試作機が滑走路へ降りてくると、後方にパラシュートを展開し、更に大型のエアブレーキを開いて急速に減速していく。
そして、静かに停止した。
関係者皆の拍手に迎えられたテストパイロットは一瞬きょとんとする。
それでも、飛行帽を脱ぐと手を振って返してくれた。
それを合図という訳では無いが、技師や整備スタッフが一斉に機体に駆け寄り、点検すると格納庫へと運び込んだ。
彼らはこれからが大忙しだ。
勿論、私も。
テストパイロットは一言、素晴らしいと。
こんな飛行機に乗れるなんて、想像もしていなかったと。
彼がテストパイロットの仕事に就いた頃は400km/hが出たと喜んでいたのだから。
軍関係者もわらわらと寄ってきて、飛行性能などの質問を次々に浴びせる。
それらの答えを総合すると、高速域での運動性能は抜群で素晴らしいの一言。
但し、低速域になると運動性能がガタ落ちするので注意が必要。
後は、離陸距離は500メートルくらい必要。
着陸時のパラシュートとエアブレーキはよく効いており、機体が万全であれば着陸時の不安は無い。
との事だった。
後日、軍に提出した諸元は以下の通り。
機体名 三角翼試験機
全長 13m
全高 3.8m
全幅 8m
翼面積 35m2
空虚重量 4800kg
最大離陸重量 7000kg
発動機 ネ-113 推力2900kgf
最大速度 1050 km/h
航続距離 1500km(増槽装着時2500km)
上昇力 45m/s
実用上昇限度 15000m
武装 二式20mm機関砲x2
一式30mm機関砲x2
120mm空対空誘導ロケットx2
他、爆弾、ロケット弾など外部兵装900kg
乗員 1名
空対空誘導ロケットはまだ試作段階で、一先ず無人機の撃墜には成功している。
これを対独戦で実用レベルまでもって行くのが軍の目標らしいが、実際に動き回る人の乗った戦闘機相手に役に立つのだろうか。
機体の全長が大きいのは要求仕様どおり機首部分にレーダー用のスペースを設けたからだ。
海軍も採用したいとの事だが、デカすぎてこのままでは空母運用は難しい様だ…。また空母を改装するのだろうか?
昭和十九年九月
新聞で欧州派遣軍が英国に到着したと報じられた。
現地では歓迎セレモニーが催され、総司令官に任じられた山下奉文元帥が英国王室よりナイトの叙勲を受けた。
それだけ、期待されているんだろう。
山下元帥とその指揮下の部隊はあの血みどろの仏印戦線を戦い抜いた歴戦の猛者たちだ。
伝え聞くばかりだが、仏印及び中国南部での米軍の大軍との戦闘は相当にきつかったらしい。
やっと生きて祖国に戻ったのに、再編成して欧州に再出撃とはなんとも気の毒だ。
山下大将はこれ迄の功績と現地で舐められないためもあり、派遣前に元帥に叙された。
壮行式典で陛下直々に元帥杖を下賜されたのだ。
今回の遣欧軍はドイツの潜水艦攻撃を警戒して英国の艦隊が護衛に就いたそうだ。
これからドイツとの戦争をするに当り、英国から対潜型駆逐艦と対潜技術を提供してもらい、参考に日本でも対潜型の駆逐艦を松級を改造して揃えるらしい。
他にも、陸軍の関係者から聞いた話だが、やはり皇国の戦車は米国相手はあまり役に立たなかったようだ。
敵のM4中戦車に我が方の戦車は歯が立たず、敵戦車を叩いたのはもっぱら我が方の野砲と空飛ぶ戦車だったそうな。
対米戦争末期に新型三式戦車を試験的に投入したそうだが、それでも互角にもいかず敵の弾が当たれば助からず、かといってこちらの弾はやっと歯が立つかどうかというレベルで、弾かれる事も多かったようだ。
この辺りは、士気に関わるから国内では伏せられている話だ。
それで、英国でも皇国製戦車は最新型の三式も含めてこのまま独軍相手に投入するのは問題があるとの判断で、一先ずは英国軍の戦車が貸与される事になった。
しかし、英国も戦車を皇国に供給するほど潤沢ではない様で、英国製の新型A27戦車を提供するのでこれと同等かそれ以上の戦車を日本で早期に開発してほしいとの事だ。
他にも、英国から6ポンド砲、75mmQF砲、17ポンド砲の技術供与が行われ、これも日本でライセンス生産する事になった。
とはいえ、今の段階から新型戦車を開発していては戦争に間に合わないのではないか。
陸軍はこれ迄の戦訓から航空支援重視で行く様だが独軍は米軍以上に厄介な相手。
対空火器も充実しており、いかな九八襲でも機関砲を打ち込まれれば無事では済まない。
三か月以内には欧州大陸への上陸作戦が敢行される様だが、どうなる事やら…。
三角翼機が完成、性能的には1.5世代機でしょうか。
欧州派遣軍の総司令官は山下元帥になりました。
海軍はまた出てきます。




