第三十八話 1944.5-1944.6 激震
世界に激震が奔る。
昭和十九年五月
五月に入って直ぐ皇国に、いや世界に激震が奔るだろう重大報道があった。
先月、ルーズベルト米大統領が急死したと新聞の一面で報じられた。
本来であれば号外が出るほどの大事件、しかし戦時下という事情からか少し遅れての新聞の一面報道という事になったのだろうか。
現在は副大統領のウォレスが大統領に昇格し、執務を引き継いでいると記事にあった。
確か、現在は次期大統領選出の為の予備選が行われているはずだが…。
恐らく、米大統領が交代したことで新しい大統領によって休戦に舵が切られたのか。
それとも、休戦せざるえない何かが起きているのか。
限られた情報の中で推測するしかないが、今のところ軍から特にオーダーの変更はなかった。
先月の報道の通り米軍は小笠原諸島と南洋群島から撤退したので、現状調査の為に軍と役人が派遣されたと追加報道があった。
そして、今月に入り中国や満州から軍と民間人が半島を経由して引き揚げて来たが、米国とは休戦状態であり未だ戦時下という認識なのか、軍の体制はそのまま維持されていた。
それが五月の上旬の話であったが、下旬になって戦時体制を維持していた理由が判明した。
そして、それが英国が日米休戦を仲介した理由でもあった。
政府が大陸からの引き上げが一段落したところで、重大発表を行ったのだ。
号外にて報じられた発表は正に重大発表と言えるもので、最初見た時仕事のし過ぎで錯覚したのかと思ったほどだ。
号外の大見出しに躍っていたのは、日英同盟の再締結と皇国の欧州戦争への参戦だった。
どちらから持ちかけた話だったのかは分からないが、恐らくこれが英国が仲介を引き受ける条件だったのではないか…。
皇国政府としては米国に無条件降伏を突きつけられている状況であり、一時的に戦局を挽回したが米国の圧倒的な国力を考えればいつまたひっくり返されても不思議ではない。
備蓄も厳しく国力的にも最早皇国の継戦能力は限界に達しており、なんとしても無条件降伏を回避し米国との戦争を終結させなければならない。
恐らく、想像でしかないが皇国政府は水面下で英国は勿論、オランダやその他第三国にも仲介を要請していたのではないだろうか。
そして恐らく英国にもそうする必要性があり、具体的に動いたと。
そんな気がするのだ。
何しろ、前世の記憶では日本の対米開戦と同じタイミングでドイツが米国に対して宣戦布告しており、米国はその時点で欧州での戦争に参戦していたのだ。
しかし、二度目の人生では日本が開戦時期を引き延ばしたためか、日本が米国側からの先制攻撃を受けており、対米戦争を避けたかった独伊は条約があるにも関わらず対米戦争に踏み込まず中立を宣言した。
その結果、米国はいまだ欧州での戦争に参戦しておらずまた参戦する大義名分が無い状況なのでは無いだろうか。
元々、米国はモンロー主義で国民は戦争を望んではいなかったと聞く。
英国は早急に米国に変わる援軍が必要だった…。つまりそういう事か…。
つまり、どのくらいの規模になるのかはまだ明らかではないが、日本はイギリスへ派兵する事になるのか…。日本が米国の代わりになるとはとても思えないのだが。
しかも、見殺しにされたとはいえ、つい先日まで同盟を結んでいた独伊に宣戦布告とは…。
正直、やっと米国との戦争が終わったと喜んでいたら、その舌の根が乾かぬ内に再び戦争。
しかも今度は日本から遠い欧州での手伝い戦だという発表に正直うんざりしていた。
恐らく国民の多くは同じことを思った筈だ。
それだけ、この国は米国との戦争にうんざりしていたのだ。
米国の内部事情は知らないが、日本は焼け野原で明らかに工業力経済力が落ちており、多くの国民が傷つき亡くなり家や仕事を失った。
また、巨費を投じた満州からの撤退。すべてを失ったのだ。
幸い、南洋群島は戻って来たが、小笠原諸島にせよ南洋群島にせよ原状復帰にはカネがかかるだろう。当然米国は日本に対し賠償金など支払わない。
会社的には戦争継続でオーダーはそのまま。業績は良いだろう。
しかし、その原資は私たちの税金なんだと考えれば、明るい顔など出来ない。
そして、ドイツ人技師たちはまさか祖国との戦争に協力する羽目になるとは思わなかったろう…。
昭和十九年六月
月が替わってから、政府から現時点で決まって居る対英支援が発表された。
恐らく、国内に渦巻く不満や不安、厭戦気分を早期に改善する必要があったからこその早期の政府発表だったのだろう。
政府が発表した内容は、国民にとって多少は明るい材料にはなりえた。
だがしかし、とても手放しで喜べるような内容でもなかった。
今後、英国に対し大規模な軍需品、日用品の供給を行う。
特に、軍用機の購入が期待されていると書かれてあった。
また、技術協力の協定が結ばれるそうで、日本が進んでいる分野、英国が進んでいる分野の技術がどの程度かは分からないがある程度共有される様だ。
勿論日本に対する経済封鎖は終了し、米国の対日資産の凍結も解除される。
逼迫していた備蓄に頼る必要もなくなった。
つまり、第一次世界大戦の時のような戦時特需が発生する。
この部分だけで言えば、厳しい経済状況のこの国の救い水になり得る。
だが…。
欧州へ派遣される軍の規模は、海軍が新型戦艦を旗艦とした正規空母を含む皇国海軍の残存艦艇の三分の二にも相当する艦隊規模だ。この新型戦艦が噂の大和だろうか。
そして陸軍は戦車師団を含む五個師団、それに二個航空軍が英国本土へ送られる。
しかし、恐らくこれだけでは済まないだろう。
他にも、インド洋の対潜任務や北アフリカ戦線への増援も要請されているそうだが、皇国軍の装備は砂漠での戦闘は全く想定していないのではないか…。
いずれにせよ、また多くの将兵が生きて戻れないだろうな…。
そして、新たな戦場へ。
物語はもう少しだけ続きます。




