第三十五話 1943.6-1943.8 乾坤一擲
米軍の空襲は悪化の一途、ここいらで一発何かしないと。
昭和十八年六月
依然として空襲は続く。
今のところB-17の航続距離の関係からか硫黄島からの戦闘半径より超えた地域は空襲を免れている。だが、爆撃機の戦闘半径の内側にある地域は酷い有様だ…。
米軍は夥しい損害を出しながらも飛来数を増やし続け、今や千五百機もの爆撃機が飛来するようになったのだ。
爆撃機による爆撃以外にも敵機動部隊の艦載機からの機銃掃射や爆撃を今や日常的に受けている。
これにより、防空部隊を疲弊させ国民に厭戦気分を蔓延させ、更には日々の様々な活動を妨害する。
攻撃対象は無差別で最初はインフラに対しての空襲に限定されていたのが、今や人が居るところならば全てだ。
先日もすっかり皇国では知られた存在になった英国人記者が、子供の通う小学校の校舎や病院が機銃掃射を受けたと憤りに満ちた写真入りの記事を寄稿していた。
私が前世で伝え聞いたナチの蛮行より酷いのではないか。
今の米軍に人としての倫理が存在するとはとても思えない。
だが、政府は以前の捕虜虐殺の件もあり、米兵捕虜の扱いに神経を尖らせる。
恐らく、講和の時に確実に不利になると考えているのだろう。
皇国軍の士気は依然高いものの国内には厭戦気分が蔓延し、誰もがこの地獄の様な米国との戦争が一日も早く終わる日を願い空を見上げる。
そんな国内の厭戦気分を反映するかのように、企業や民間人の疎開が進む。
その影響で、皇国の企業活動が停滞を余儀なくされているのだ。
内製比率が他社に比べかなり高めである中島も無関係ではいられず、頼んだ資材の到着に時間がかかることが最近増えて来た。
日本の継戦能力は確実に衰えていっている。
だがしかし、暗い話題ばかりではない。
今月になってとうとう地対空ロケット弾が実戦投入された。
といっても、未だ試作品レベルであるが、標的機を飛ばして試験する段階は終わり、後は実戦でデータを取りながら改良していく段階に到達したのだ。
その日完成したばかりの試作ロケット弾がその日のうちに実戦に使われる事もあり、既に撃墜実績もあると聞いた。
他にも、大陸での大作戦が初期目標を達成した。
暗い話題の多い昨今であるが、この事は大々的に新聞で報道された。
一先ず、これで暫くは中国大陸から爆撃機が飛来する事は無くなった筈だ。
だが、今や仏印の米軍は装甲師団を含む数個軍まで規模を増やし、中国南部への攻勢は激しさを増すばかり。
皇国は七十万近い兵力を中国に送り込んでいるが、敵は米軍ばかりではなく国民党軍との戦闘も依然続いており、中国南部で皇国軍だけを相手にしていればいい米軍と異なり、広範囲に戦線を持つ皇国軍は、もはや兵力の集中が出来ない状況なのではないか。
今回の作戦で敵の航空基地を複数占領したが、殆どの基地は守備隊のみで航空部隊は既にもぬけの殻であった。敵の航空部隊はより内陸部の航空基地へと退避していたのだ。
だが、それでも無傷の米国製軍用機を何機か鹵獲したとの事で、近く内地に運び込むそうだ。
それと同時に、明らかに多数の米国人がその基地で活動していた痕跡が見つかったと、陸軍関係者から教えてもらった。
という事は、つまり大陸からの初空襲時からそういう事だったという事なのだろう。
米国というのは合理主義の国だというが、本当に手段を択ばない国だ。
中島に未だ居る出向米国人技師たちは取りあえずドイツ人という事にされ、名前もドイツ風の名前が仮に与えられた。
そして、何かあったときの為なのか、工場に陸軍の警備兵の分駐所が作られ兵士が常駐する様になった。
未だ皇国では彼らの持つ技術は必要なのだ。
昭和十八年七月
開発中だった液冷エンジン部門の新型エンジンの試作品が完成し、軍で試験を受ける事になった。
元はJumo222としてドイツでプロジェクトが放棄されるまで幾つも制作されたエンジンであり、皇国での試作品完成になぜここまで時間が掛かったかというと、結局再設計していたからなのだ。
元々有った、シリンダーの焼き付けや軸受けに傷が入る問題などは、開発放棄の段階までにある程度改善はされていたものの、完全に改善されたわけでは無かったらしい。
それで、空冷エンジン部門のなど多方面の支援も得て再設計されたという訳なのだ。
その結果、シリンダーの焼き付けや軸受けに傷が入る問題は改善され、社内での試験の結果100時間を超える連続運転試験でも何ら問題なく安定動作した。
軍はひっ迫する国内経済も鑑み、戦闘機等の統合運用迄はまだ難しいが機材の統合使用を進める事を決定し、この新たな液冷エンジンも陸海軍で共用使用される事になったのだ。
そして、この新型液冷エンジンは軍の試験でも合格という事になり、正式採用となった。
型番ハ48
液冷24気筒星型エンジン(直列四気筒六列)
ボアストローク145mmx135mm
排気量55.44リットル
直径1160mm、全長2400mm、乾燥重量1110kg。
圧縮比6.5:1
直噴式4バルブ
二段三速スーパーチャージャー及びインタークーラー搭載。
離陸馬力3000馬力/3200回転
公称馬力2400馬力/2800回転/高度6000m
実現したら素晴らしいね、がまさに実現したエンジンな訳だが、問題が無いわけではない。
エンジン構造が複雑すぎて整備マニュアルがあっても、戦地では最低限の整備しか出来ない可能性が高く、これもまたエンジン交換方式は必須となる。
まず最初に搭載を指示された機体は中島にて開発中の海軍の新型攻撃機。
艦載機であれば内地の整備工場並みの環境が空母艦内にあり、また予備のエンジンの搭載も可能なため、運用がしやすいという判断だ。
実のところ、既にダブルワスプ搭載型の設計はすべて終了し、現在海軍で審査の段階まで来ている。
だが…、この新たに完成した夢の新型エンジンに載せ替える事でエンジン馬力が大幅に上がり搭載能力は確実に増え運動性能向上も見込める。
その為全て無駄にはならないが、中島の海軍新型攻撃機は基本デザインから手直しという事になった。
結局、エンジンの形状が大きく変わるため、機首部分を大幅に変更。
径が細くなったのは良いが、全長がエンジンだけで40cmも長くなったのだ。
それだけでなく、ラジエーターも空冷でなくなったため、環状ラジエーターを設置する必要があるため、更にノーズが長くなった。
このままだと重心が前に超過になってしまいバランスが悪い。かといって、尾部にカウンターウェイトを載せるなんて事はしたくないので降着装置は前輪式に変更した。
主翼の位置も厳密には変わってないのだが、ノーズが伸びた為全体バランスとしてみた場合、真ん中よりやや前程度まで後退してしまった。
これらの変更を反映させた結果、恐らく最大離陸重量は8000kgを超える可能性が出て来た。機体重量は6000kgに達する可能性がある。
そしておそらく、最高速は580km/h程度出るのではないか。
当代の単発単座の攻撃機としては破格の性能を持つ可能性が高い。
一応、複座での設計も可能だと思うので、海軍の関係者と相談したところ、無線機の性能の向上で攻撃機に無線手を載せる必要が無くなったとの事だ。
他、人員的な問題もある様だ。
正に、搭乗員の育成は一朝一夕のものでは無く、これまでの痛手から未だ立ち直ってはいないようだ。
兎も角、急ぐとの事なので来月中には再設計し再提出の予定だ。
ジェット戦闘機の方は結局一から設計となったので新型機とすることになった。
これは二段式の新しいジェットエンジンがより大きく重くなったため、これをそのまま二基搭載すると、従来の戦闘機の枠を越えた大型機になる。
将来は兎も角、今の時点でそんな大きな戦闘機は求められてはいない。
その為、これまでのジェットエンジン二基では無く一基に変更することになった。
新型ジェットエンジンは、先の燃焼試験からその後の改良で更に出力が向上しており一基で十分な性能なのだ。
それで、結局三式重戦の後継の新型迎撃機という事になり、一から設計となったわけだ。
昭和十八年七月二十七日
今日も空襲があった。
だが、いつもと異なり今日は爆弾ばかりでは無く、ビラが大量に散布された。
そのビラに書かれて居た事は、降伏の呼びかけであった。
『これ以上の抵抗は無駄であり、遠からず日本の国土は焦土と化す。
合衆国大統領は道理を弁えぬ非道な日本政府のお陰で苦しんでいる日本国民に同情を禁じ得ない。
一日も早く降伏する様に』
といった事が、書かれてあった。
そして同時に記載されていた米国の要求条件は、中国よりの即時撤退、日本の海外権益の全放棄、陸海軍の縮小などが列記されており、最後にこれまでの事態を引き起こした責任者である天皇を逮捕し軍事裁判にて裁く事が宣言されていた。
政府にも第三国経由でこのビラの内容の降伏勧告が届いており、こんな不当な要求は到底受け入れることが出来ないと声明を発表した。
勿論国民も今回の身勝手な降伏勧告で米国に憤りの気持ちを新たにした。
だが、大多数の国民の本音は先の見えないこの戦争が不安で仕方が無かった。
昭和十八年八月
今月、以前から話は聞かされていたが陸軍と海軍合同で空襲の策源地に対する大規模な作戦が行われた。
つまり、小笠原諸島に皇軍の全力を投入し大規模な攻撃が行われたという事だ。
結果として、作戦は成功し敵に大損害を与えたと写真入りで新聞のトップに掲載された。
海軍の関係者に聞いたところ、今回の作戦には新型の各種誘導弾が投入されたそうだ。
対艦誘導ロケット弾は一式陸攻や百式重爆に搭載し、赤外線誘導爆弾は今回は一式戦爆に搭載したそうだ。
他にも音響魚雷やロケット魚雷など、初めて聞く新兵器も投入されたらしく、さながら新型兵器の試験場の様な有様だな…。
陸海軍合同の大規模な航空攻撃の他、普段は哨戒任務が多い潜水艦による攻撃、更には本土から出撃した連合艦隊の艦隊決戦も行われた。
大規模な戦闘の結果、日本近海に居た敵の空母機動部隊二個艦隊に対し、空母を全滅させた他、他の艦艇も撃沈或いは大破の大打撃を与え、また小笠原諸島周辺に停泊していた戦艦を中核とした敵艦隊にも甚大な損害を与えた。
小笠原諸島周辺には戦艦十二隻を含む大艦隊が居たらしく、新型誘導兵器により敵戦艦の半数を撃沈、他も大破させるという大戦果を挙げたそうだ。
圧巻は、前回の攻撃の時猛威を振るった敵のレーダー搭載の防空巡洋艦や小笠原のレーダー施設をレーダー波に吸い寄せられて落下するタイプの誘導爆弾で緒戦で全滅させたという話だな。
陸海技術運用委員会は日本の頭脳を結集したとも伝え聞いていたが、こんな様々な新兵器が出てくるという事は余程風通しが良いのだろう。
そして、硫黄島に建設されていた広大な航空施設には更地になるほどの打撃を与える事が出来たそうだ。
つまり、敵機動部隊を潜水艦部隊により奇襲攻撃を掛けて敵の空母などの主要艦艇を撃沈し、本土から出動した艦隊が残敵を掃討。
その上で、戦爆連合による大規模な航空攻撃を小笠原諸島及びその周辺の、敵艦隊や地上施設を先制攻撃で叩いた後、機動部隊をせん滅した我が艦隊が残りの敵艦隊に攻撃を加えて追い払い、艦砲射撃で硫黄島を更地にしたというのが今回の作戦。
米軍は余程油断していたのか、一日にして日本周辺に展開していた戦力のかなりの割合を失った。
小笠原諸島を奪還したのかどうか聞いたところ、今回は小笠原諸島を奪還までは行かなかったそうだ。
上陸部隊帯同で行って、万が一輸送船が沈められるような事が有れば将兵は勿論、貴重な装備が大量に失われる。
その場合、今の逼迫した皇国にとってはかなりの打撃になり得る。
その為、今回は敵軍に打撃を与える事を主とし、上陸部隊の帯同は見送ったそうだ。
確かに、輸送艦は脆弱だ。
もし、捕捉していない敵艦隊が居た場合、大惨事になり得る。
何しろ、米軍の戦力は正直底が見えないのだ。
今回、こうやって戦力の大半を失ったとしても、一両日は無理でも一月後には完全回復し、さらなる大部隊を展開していても何の不思議もない。
正直、こんな国の相手をしなければならなくなった皇国は不幸としか言いようがない。
ちなみに、我が方の損害は新聞報道の通り、今回は本当にそれほど多くは無かったそうだ。
ただ、敵の戦闘機の性能が上がってきているのが響いていて、撃墜された機もそれなりにあり、特に重たい誘導ロケット弾を搭載していった一式陸攻や百式重爆は二割の未帰還が出た。
長射程の誘導ロケット弾を搭載する我が方の攻撃機の迎撃に成功したという事は、敵軍のレーダーによる探知能力が非常に高いのがこれではっきりしたともいえる。
今回の攻撃でこれらレーダーも壊滅的に破壊したので、流石に米軍も明日には綺麗に元通りとはいかないだろう。
敵は再び輸送艦で物資や兵員を送り込んで来なければならないのだろうから、それを潜水艦で叩いては?と聞いてみたが、上層部に潜水艦は今回の様な艦隊決戦の為にこそ使うべきだと考える人が多いから難しいと話をしていた。
今回の作戦では我が方の潜水艦隊は哨戒任務は勿論のこと、敵機動部隊への攻撃で敵空母を撃沈するなど大活躍だったそうだ。
今回出撃した潜水艦には新型魚雷が搭載されていたのだ。
これで、日本への空襲が暫く収まると良いが米国の国力は途方も無いからな…。
だがしかし、戦艦十二隻を含む大艦隊が居たと言っていたが、これ程の戦力を集結させていたという事は、もしかして米国は日本に対するトドメになり得る大規模な攻撃作戦を準備していたのではないだろうか?
それを、たまたま我が方にも同様の作戦があり、我が方の攻勢が先んじた事で阻止する事が出来た。
そんな可能性があるように思えた。
兎も角、今回の勝利で厭戦気分が吹き飛び、国民の士気は一気に上がった様に思う。
小笠原諸島への大規模攻撃作戦が敢行されました。
流石の米軍も新兵器を前に大損害を被りました。
ちなみに、ロケット魚雷は偶然の産物的に出来上がったという設定です。
いよいよ物語も佳境です。




