第三十一話 1942.11-1942.12 試作機完成
開発中の試作機が完成しました。
昭和十七年十一月
陸軍による大陸打通作戦と名付けられた大規模な作戦が始まった。
つまり、米国の義勇軍が日本空襲に使用している航空基地の占領と、孤立する仏印進駐軍の救出を一挙に果たそうという作戦だ。
この作戦に失敗は許されず、大陸での陸軍の総力を挙げた戦いになるようだ。
米軍の空襲はこれまではB-17が主力であったが、今月に入ってB-24で構成された編隊が登場する様になった。
B-24は直接見る機会が無かったため、同盟国向けの公開情報での知識となるが、確か3500kmを超える長大な航続距離とB-17と互角の爆弾積載量があったはずだ。
しかし、低速と迄は言わないがB-17の様に500km/hを超える速度は出せなかったはずだ。
武装はB-17と互角くらいだったと思ったが、そこまで詳しくはわからないな。
B-24は堅牢そのもののB-17に比べると脆弱なのか、被弾するとすぐに安定性を失い主翼が折れて撃墜できるとの事で、これまでの鬱憤を晴らす様にカモにしていたら、すぐに飛来しなくなった。
出撃のたびに大半が撃墜されてはそれも致し方ないのだろう。
なにしろ、撃たれ弱い上に被弾して逃れ何とか海に不時着してもそのまま沈んでしまうらしいのだ。
そういえば、独伊はいまだ米国とは戦争状態になく、米国はイギリスに対しレンドリースで援助しているのみだと思われる。前の人生では米軍は既にヨーロッパで戦っていた気がするが戦況はどうなんだろうな。
米国との戦争がはじまり、独伊が条約通り参戦しなかった事を受け、めっきり独伊やヨーロッパに関する報道が減った様に思う。
以前の様に、勇ましいドイツ軍の快進撃などと紙面に踊ることも無く、そんな報道はすっかりなりを潜めたのだ。
新聞の国際面に小さな記事が載っていたのだが、戦争がはじまり多くの外国人が帰国したか国外に去ったのだが、未だ皇国に留まっている外国人は多いらしい。
以前新聞にも載った、同僚を爆撃で失った英国人記者はいまだ皇国に留まり、米軍の爆撃被害などを取材し本国に送っているそうだ。
その記事が実際に本国で掲載されているのかどうかはわからないが、民間人を巻き込むような大規模空襲は戦争法規に反していると彼は記事で訴えていた。
何とか無事に取材を終えて故国に戻れると良いが。
今月、予定より少し遅れたがジェット戦闘機の試作機が完成した。
手堅く、しかし斬新な設計に仕上がったと思う。
円筒断面のやや太めの胴体にテーパー翼を中翼に配置。ジェットエンジンは胴体内下部に並べて搭載し、吸気口は主翼の付け根下部に設けた。
レシプロエンジンに比べ径はそれ程ではないが、長さはそれなりにある為にこの配置にしたのだ。
やはり、翼下など機体外にエンジンを配置するよりは機体内部に配置した方がスッキリする。
未だ試験飛行を行っていないが、恐らく性能的には当代の戦闘機の一つ上を行く様に思う。
試作機完成後、地上で何日も時間を掛けて十分に試験を重ねた。
フランツが開発中の強制冷却ファンを搭載したタイプは間に合わなかったが、現時点で一番性能の良いジェットエンジンを搭載した。
だからジェットエンジンの調整に神経を使ったが、幸い爆発炎上などという事態も発生せず、先行する二式陸上戦闘機でのデータも役立ち、試験飛行も問題ないとの判断を下し秋空の良く晴れた日、試験飛行を行った。
二基のジェットエンジンは今や聞きなれた独特の轟音を発し、機体が滑走路を滑るように進むとふわりと空に舞った。
前世を含め初めて手掛けた、ジェットエンジンによる戦闘機。前世でパイロットを死なせた嫌な思い出が頭をよぎるが、そんな心配をよそにテストパイロットは順調に試験項目をこなしていく。
キラキラと光る機体は圧倒的な速度で空を切り裂く。
飛行機雲が幾重にも描かれ、幻想的な気分にすら浸る。
時間にしてそれ程の長時間ではなかった筈だが、飛行機が降りてくるまで随分長く感じたのだ。
駐機すると早速とばかりに飛行機に駆け寄る。
風防を開けたパイロットがこちらを見るとニヤリと微笑んだ。
どうやら試験飛行の感触は良かったようだ。
後からジェットエンジンを開発している技師達も計測器をゴロゴロと引いてやってくる。
試験機には飛行中の様々な部位の温度などの情報を記録するために計測器も取り付けられており、それはこの後エンジン部分を分解して詳しく調べるのだ。
牽引車が回されると試作機が片付けられていった。
テストパイロット曰く、篠崎さんの飛行機にはもう何機も乗らせてもらったが、こいつは別格だ、と太鼓判を押してくれた。
思い出せばこの人との付き合いも随分になるな。もうそろそろ引退を考えているとこの前言っていたのを思い出した。
試験の結果、以下のデータを陸軍に提出した。
全長11.5m、全幅13.5m、全高3.7m、翼面積23.5m2
空虚重量4500kg、全重量6900kg
エンジン ネ-2 (推力1275kg)二基 灯油使用可能
最高速度 901km/h(海面高度)
上昇力 (30.5m/s)
実用上昇限度 (13000m)
航続距離 2000km(増槽付き)
武装 二式二十粍固定機関砲4門
爆装 500キロ爆弾x2或いは120mmロケット弾6発
このデータを見た陸軍の関係者は狂喜乱舞の様子で、これだけ喜んでもらえれば作った甲斐があると言うものだろう。
早速と、試作機を試験の為に持ち帰り、追加試作機の早期納入を求められた。
ちなみに、120mmロケット弾というのは基本設計をワグナー技師が行った現在試作中の直進性の高い航空機用の新型ロケット弾だ。
主に対地攻撃任務での使用を想定している様だが、対艦攻撃任務でも使えそうだ。
対空攻撃も爆撃機にならあたるかもしれないが、突き抜ける可能性が高いとの事だな。
陸軍関係者はジェット戦闘機に気を良くしたのか、既に依頼を受けているジェット攻撃機の方の開発も急いでくれと念を押して帰った。
陸軍関係者が言うには対米戦は勿論だがソ連との戦いに備えたいとの事だ。
何でも、ソ連の新型戦車がとてつもない性能らしいのだ。
多分、時期的にT-34かKV-1辺りを言っていると思うのだが、あれなら98襲で十分対応できると思うのだが、現在の皇国の戦車では歯が立たないだろうな…。
昭和十七年十二月
中島製戦闘機で初のジェット戦闘機である二式陸上戦闘機が海軍に引き渡された。
量産体制も整い、それなりのペースで納品が可能だろう。
二式陸上戦闘機は中島だけでなく立川飛行機でも生産される事になり、その準備に中島から技師が派遣される事になった。
今月、久しぶりに南郷大尉が訪れた。
なんでもまた嫌な話を耳に挟んだので聞いてくれ、というのだ。
特攻の話はなくなったと思っていたが、何だろうか?
彼の話を聞くと、正直怒りで頭が白くなりそうだった。
彼はまず先日の艦隊決戦の話を詳しく話してくれた。
海軍は総力決戦の勢いで主力戦艦を全て出撃させたと聞いて居たのだが、実は出撃しなかった戦艦が居たらしい。
その戦艦は世界最強の戦艦で、その戦艦が出撃していればもっと多くの敵艦を撃沈し、我が方の損失を抑えられたかもしれないそうだ。
そんな戦艦の話は聞いたことも無く何とも眉唾な話だが、世界最強の戦艦があるならなぜ使わなかったんだろうな。
それについては南郷大尉も理由が解らないらしい。あるとしたらそれこそ世界最強の戦艦が万が一撃沈されるような事があれば国民の厭戦気分がさらに悪化するからではないかと。
しかし、一般国民がまるで存在も知らない戦艦が沈むことがあっても、大して士気に影響がないような気もするのだが、どうなんだろうな。
ちなみに、南郷大尉もあの艦隊決戦には直掩護衛機として本土近海に展開した空母から出撃し艦隊を直掩したらしい。
だが、日本艦艇の対空能力は米海軍に比べ劣るらしく、夥しい機数で飛来した敵機動部隊からの攻撃隊を全て迎撃する事はとても出来ず、かなりの数が直掩隊を擦り抜けて艦隊に殺到することになったそうだ。
我が艦隊も巧みな操艦で回避するものの、米海軍の様に分厚い弾幕で寄せ付けないという対空火力は望むべくもなく、艦隊決戦前に既に被害が出ていたらしい。
この辺りはより詳細であるがこの前聞かせてもらった話と同じだな。
それで、南郷大尉が話したかった話というのは、先の艦隊決戦に関係ある話ではあるらしいのだが、先月実施された極秘作戦についてだそうだ。
そんな極秘の話をしてもいいのかと話したが、南郷大尉曰く既に作戦自体は済んだことだと。
恐らく、戦果が出ていれば今頃大々的に新聞に載っただろう。とも。
話というのは先月実施された特殊潜航艇による小笠原諸島に停泊する米海軍艦艇に対する攻撃作戦の話だ。
特殊潜航艇とは聞きなれない言葉であり、潜水艦による攻撃の話かと聞いたところ、そうだがそうではないと。
南郷大尉はパイロットであり部署が全く異なるため、南郷大尉もまったく知らない話だったそうなのだが、以前いた部隊で一緒だった元同僚から話を聞いたそうだ。
なんでも、元々去年末に開戦を計画していた海軍は甲標的という特殊潜航艇による攻撃を計画していたらしい。
その特殊潜航艇での作戦はとても生還は望めず片道切符での出撃を覚悟しなければならない程の過酷な作戦内容だったそうだ。
結果的に去年末の開戦が無くなり、その後の米国からの奇襲攻撃により、その時に計画されていた作戦は全て無意味となり放棄されたそうだ。
しかし先日の艦隊決戦の結果、海軍の主力艦艇が暫く動けなくなったが、機動部隊はいまだ戦力は充足しておらず、何らかの形で攻撃を継続する必要があるという意見が出たのだろう、無くなったはずの特殊潜航艇による攻撃が再浮上したのだ。
日本の潜水艦の性能は良いと聞くが、なぜそれを使わずわざわざそんな特殊潜航艇を使うのかと聞いたところ、海軍としては正規潜水艦は艦隊決戦の為のもので、そんな特殊作戦に使い損耗する訳にはいかないと上層部は考えているそうだ。
兎も角、特殊潜航艇による作戦は実施された。
主導したのは先日中島に来て特攻機の話をしていた海軍の高官、黒島という首席参謀らしい。
結果として、特殊潜航艇は夜襲を掛け米軍の輸送艦など数隻を沈め米軍を大混乱させたものの、出動してきた敵の哨戒艦隊に察知され母艦の千代田とその艦隊共々全滅したそうだ。
問題はその後であり、甲標的は立派に任務を果たし、敵に少なからぬ損害を与えた。
しかし、甲標的の帰還を待っていた母艦の千代田とその艦隊は甲標的の航続距離の関係から比較的近くで待機する必要があり、その為に敵に察知され全滅の憂き目にあったのだと。
ならば、いずれにせよ生還が望めないならば特殊潜航艇ではなくいっそのこと、体当たりして確実に戦果を挙げる人間魚雷であれば良いではないかと。
それならば母艦は出撃させればそのまま安全圏に退避することが出来るし、甲標的よりも更に安価にたくさん作ることが出来る。
従来の魚雷ならば撃てば外れることもあるが自ら操縦し体当たりするなら一撃必殺であると。
こう、某高官は海軍でぶち上げ計画を進めているらしい。
某高官に意見出来る者が海軍に殆どいない事もあるが、海軍では思わしくない戦況に起死回生の策を求める空気があるのだという。
しかし、特攻機もそうだがそんな自殺行為を部下に要求するのは明らかな利敵行為じゃないのか。南郷大尉にそう言うと、驚いたような表情を浮かべ言われてみればその通りだという。
全滅確定の攻撃作戦など無能の極致であり、そんな作戦を進めること自体が利敵行為そのもの。今ある戦力を有効に使わないのだって、利敵行為そのものじゃないかと。
民間人の気楽さから私はそう話したが、南郷大尉は最後にはすっかりうなだれてしまった。
まったく南郷大尉の責任でもないのにな。
彼を元気付けるために、軍機だがの前提で先日の新型兵器を彼に話した。
勿論、先日の誘導弾の話だ。
南郷大尉はそんなすごいものが出来るならば、と目を輝かせる。
そして、そればかりではない。人間魚雷など必要ないのだ。
陸軍の振動誘導を応用した音響誘導魚雷の話をした。
まだ研究に入ったばかりですぐに完成という訳ではないが、基礎研究は既にあるのでそれの応用であり、それほど遠い未来ではないとの事だ。
やはり垣根を越えて技師達が技術を持ち寄り研究すると進みと発展が明らかに違うということか。
その話を聞いた南郷大尉はそれが早期に実用化すれば、人間魚雷などと言い出す人は誰もいなくなるに違いないと。そう請け合った。
しかし、あの手の連中はあの手この手で下らぬ事を考えそうな気がするのだ。
その前に、さっさとこのくだらぬ戦争を終わらせることだな。
篠崎の手によるジェット戦闘機は第一世代に属するジェット戦闘機で、F9Fが機体イメージに近いです。
主人公は大和の存在に懐疑的です。




