表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/51

第二十五話 1942.1-1942.2 帝都空襲

無事に年は明けました。





昭和十七年一月



未だ開戦には至っていないが、今年の正月は戦時統制による物不足でささやかな祝いすら事欠く有様だ。

社宅に住み会社に通っておれば、普段の生活はまだ普通に送れるが一歩外に出るとさながら灰色の街の如き有様である。


今年も恒例行事の里帰りが出来た。

父母は元気であり、奥多摩で農業を営んでいる為、食べる分には事欠かない。


やっと、二人目の娘とも対面が叶った

未だ赤子ではあるが姉と同じく顔立ちの可愛い子で、成長が楽しみである。

長女も片言ではあるが言葉を話すようになり、益々可愛い盛りである。

普段厳格な父があのような表情を浮かべるとは、良い親孝行になったと思う。


今回の里帰りで妻と娘は世が落ち着くまで、暫くそのまま実家に暮らす事になった。

妻は一人暮らしを心配したが、一人暮らしの経験はそれなりにあり問題は無い。


正月が明けると、一人社宅へと戻った。





華北からエンジン更新に戻って来た九八襲の中の一機がひどい損傷状態で届いたと聞き、気になって修理部門を訪ねてみると、確かにひどい状態だった。


あちこちに弾痕が残り、高射砲の破片で空いた穴が散見される。

しかし、機体の方は問題なく飛べるらしいく、パイロットも全くの無傷らしい。


現在の九八襲はエンジンや燃料タンクを5-8ミリの鋼板で覆い、コックピットをさながら鋼板で出来たバスタブに入っているようなもので、特にパイロットと機銃手の背もたれ部分は12.7ミリが貫通しない程の防弾能力がある。


翼を含め機体そのものを頑丈に作ったこともあり、かなり被弾し不時着が必要なほど酷い状態であってもパイロットの生還率は極めて高いと聞いている。

機体は作れば良いがパイロットは替えが効かない。熟練パイロットは国の宝だ。





昭和十七年二月十六日



その日は寒さが厳しく、朝から風が強い日だった。


いつもの様に会社に出勤し仕事をしていると、空襲警報が発令された。

また抜き打ち訓練か?と思っていたら、社用で外に出ていた設計部の若手が血相を変えて駆け込んできた。


空襲の為、赤坂の方が大火事になっているという。


大慌てで防空壕に駆け込むが、特に何も起きず一時間ほどで空襲警報は解除された。


その日の夕方、号外が配られそれには国民党軍の爆撃機が日本各地を爆撃したと載っていた。


爆撃を受けたのは神戸、大阪、横浜、そして東京。


国民党軍の爆撃機は焼夷弾を投下し、折からの強風と冬の乾燥した空気が相まって大火災が起き、大規模に市街地を焼いて解っている範囲でも一万以上の死傷者が出た可能性があり、現在も消火活動に全力を尽くしていると載っていた。


恐らく赤坂であろう、その大写しされた写真に写る帝都は地獄の様に炎を上げていた。


赤坂は大使館などが多くあり、名士が多く住む街で本格的な美味しいレストランもある為、何度か行ったことがあるが写真からはしゃれた街並みを見る事は出来なかった。





昭和十六年二月


爆撃の翌日には国民党の蒋介石が、日本の重慶爆撃の報復として最新鋭の爆撃機で長躯日本本土を爆撃したと発表し、それは日本でもすぐに報じられた。


中国の爆撃により多くの人が亡くなったが、それは日本人ばかりという訳ではなかったようだ。


大使館の集まる赤坂が大火事になったため、グルー米大使を含め英、蘭など日本と関係が拗れている国の大使達も爆撃に巻き込まれた。


幸い大使達は都内の別の場所で会食していたそうで無事だったが大使館が火事に巻き込まれ大使館員に死傷者が出た。


その為、グルー大使を始め各国大使は中国への非難声明を出し、グルー大使は本国に報告し対応を決めると会見で語ったそうだ。


そして、他にも神戸を取材していた英国人記者達が爆撃に巻き込まれ、その様子を撮影した写真を載せた記事は直ちに各国の新聞に掲載された。

不幸なことに爆撃時の混乱で同僚記者とはぐれた英国人記者は後日遺体で見つかった。

この不幸な事件はセンセーショナルに取り上げられ、多くの無残な写真と共に広く報じられたのだ。


これまで中国国民党が日本を非難し、欧米もそれに同調して日本を非難し続けていたが、今回の事件で明らかに風向きが変わった。

しかし、それと同時に日本も中国で同じことをしていたのだからその報いだという意見もあった。


だが、赤坂での日本の消防隊による各国大使館での献身的な消火活動や救助活動に対する賞賛や、神戸で焼死した英国人記者に対する同情の声が世界中のあちこちから聞こえてくると、流石の欧米政府も少し日本非難の声がトーンダウンしてきたのだ。



しかし、この爆撃事件はその詳細がわかって来るにつれ、当初想像もしなかった方向へと話が拗れていく。



調査が進むと、色々と全体像が見えてきた。


爆撃に使われた爆撃機は米国製の最新鋭B-17重爆撃機。


前の人生の記憶に寄れば、中国の国民党支配地域の空港から帝都まで往復できる長大な航続距離と、高度八千で500キロを超える速度が出たはずだ。

要塞とまがうほどの重武装でタフな機体であり、五トンを超える爆弾搭載能力を誇る。


あの爆撃機ならば確かに可能かもしれない。


だが、米国政府はそんな軍事機密の塊でもある最新鋭爆撃機を大量に国民党軍に供与したりするものなのか?



陸海軍は帝都爆撃を阻止することが出来なかったとして、中村大将が自決し、防衛担当の責任者が責任を取って予備役となった。


戦時とはいえそれは中国大陸での事で、日本国内は平時という感覚であり、今回の爆撃は全く不意を討たれたとも言え、敵爆撃機が日本上空を飛んでいるのに気づいていたのだが皆日本機だと思い込み実際に爆撃が始まって初めて敵機だったと気づいたというお粗末ぶりだったのだ。


そして、国内の防空隊に配備されていた戦闘機は今となっては旧式の九七式戦であり、八千メートルを高速で飛ぶB-17に追いつくことが出来なかった。

辛うじて間に合った機体もあったようだが、高度八千メートルでは浮くのがやっとで、しかも貧弱な武装で全く効果が無く、それどころか敵の重武装で返り討ちに遭う始末だったのだ。しかし護衛戦闘機の姿は無かった。


つまり、今回の爆撃は爆撃機のみで行われたという事だ。


だが、爆撃隊の帰路でやっと急発進してきた九六戦や百式戦が敵の爆撃隊を補足し、数機の撃墜に成功したそうだ。


敵の爆撃隊は正確な数字はわからないらしいが百五十機を越える大編隊だったのだ。


対する九六戦や百式戦はそれぞれの飛行隊ですぐに飛び立てた者だけが大急ぎで駆け付けた為、数に圧倒的な差があった。


その為、高空を高速で飛び去る爆撃機を補足し撃墜迄至れたのが数機に留まったのだ。


この辺りの話は後で陸軍の関係者に秘かに聞いた話で、一般には詳しいいきさつ迄は発表されていない。


その撃墜された爆撃機の内の一機が海上に不時着したので、大急ぎでやって来た海軍の九七式大艇が敵搭乗員を救助、拘束し、水没しかかっていた機体を浮きで浮かせると、後から水上艦艇で回収したそうだ。



問題は、その救助された搭乗員が中国人ではなかったことだ。


乗っていたのは全員米国人だった。


彼らは自分たちはアメリカ合衆国義勇軍だというのだが、全員がついこの前まで現役の米軍人でありベテランパイロットたちであった。


以前、中国で拘束された米人パイロットは自らが単に飛行機を配達してきただけの退役軍人だと自供した通りの人物であり、米国に引き渡され米国の軍法で裁かれた。


今回は一機十人、仮に百五十機だとして単純に千五百人だ。

それ程の規模で、ついこの前まで現役だった米退役軍人が最新鋭の爆撃機に搭乗し、軍事行動をしている。

今回は爆撃機だけであったが、爆撃機だけという事はあり得ない。戦闘機乗りも居るはずだ。

ならば地上要員も含めれば五千に届く程の規模の組織じゃないのか。


これ程の最新鋭機を、前線部隊の中国人整備兵が満足に整備して維持できるとはとても思えない。


しかも、爆撃に使われたのは焼夷弾だ。

日本の家の事情を知らねば、より破壊力のある通常爆弾を使うのではないか?


確かに蒋介石は日本にいた事があると聞くから日本の家屋の事情を知っているだろうが、軍のトップがわざわざそんな爆撃に使う爆弾の種類の指定などするとは思えないな。


わざわざ焼夷弾を使ったからこそのこれだけの大惨事なのだ。



日本政府は事実を発表すると同時に、米大使を召喚し事実関係の調査を依頼すると共に、事実関係がはっきりするまで救助された米国人搭乗員は殺人容疑で拘留すると通告した。


軍人としての軍事行動であれば人を殺しても罪には問われないが、そうでなければ民間人と同じ法律で裁かれる。



今回の日本政府の発表は直ちに諸外国でも報道され、特に自国の記者を空襲で殺されその模様が大きく報じられた英国の日本非難はすっかりなりを潜めた。


そして、日本に対するABCD包囲網の制裁に参加しているオランダは結果として大使館員に死者が出たが、同じく死傷者を出しながら懸命の消火活動と救援活動を行った日本に対し感謝の意を表明し、現在参加しているABCD包囲網は協定により協議なしで抜ける事は出来ないが、そこでの態度を保留すると発表した。


そして、なぜか米政府からは今のところ大使が出した声明以上の発表は無い。




所謂JB-355計画が実行されてしまった話です。

焼夷弾は高高度から落とされ、さすがの米国の誇る高性能爆撃装置も強風で投下位置が大きくずれ、想定しない場所に焼夷弾を落としました。しかも、冬のもっともよく燃えるコンディションで実に良く燃えました。

そして、大使館を焼いたのは全くの青天の霹靂でしょう。


とはいえ、蒋介石は得意満面で大喜びしたでしょうね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ