第二十三話 1941.7-1941.8 一式戦爆
十三試艦戦のその後です。
昭和十六年七月
十三試艦戦を試験している海軍の技官が再び中島を訪れた。
折り畳み翼のお陰で場所を節約できる上にエアブレーキのお陰で着艦にも問題なく、海軍では高評価との事だ。
十三試艦戦は増槽の搭載を前提に航続距離を伸ばしているが、海軍の要望で爆弾を吊るための重量強化点を複数用意してある。
胴体下や翼下の重量強化点に、空力面も考えて設計した専用の懸架装置を取り付けることで増槽や爆弾を搭載出来る様になっている。
しかし、あくまで十三試艦戦は戦闘機であって爆撃機ではない。爆撃も出来る戦闘機であって、戦闘機とやりあえる爆撃機ではないのだ。
ところがだ…。海軍は十三試艦戦を戦闘機とやりあえる艦爆として採用したいらしい。
その為、複座にならないかという相談なのだが、単座を前提に設計した戦闘機を今更複座爆撃機など出来るわけないだろうに…。
しかし、なぜ戦闘機を艦爆として運用したいのか、それを問うたところ海軍主力の艦爆である九九艦爆より爆弾搭載量が多いからだとか…。
確かに、二百五十キロ爆弾を両翼に合わせて二発搭載することが出来る様には作った。
戦闘可能時間を気にしないのであれば、五百キロ爆弾を胴体下に吊るすことも出来るだろう。
しかし、戦闘機と爆撃機は要求される飛行特性が異なる。搭載できるからと爆撃機になるわけでは無いのだ。
そんな事くらい技官もわかっているはずだが…。
その辺りを丁寧に説明し、爆撃も出来る戦闘機という事で納得してもらった。
この戦闘機ならばロケット弾だって搭載できるから多分活躍できるだろう。
とはいえ、頑丈には作ったが襲撃機などとは対空砲火からの防護力は比較にもならない。
普通に戦闘機として使ってほしいものだ。
今月、水冷エンジンのハ39の改良型の試作品が完成した。
一気筒当たりのバルブを四つに増やし、以前フランツが完成させた二段三速のスーパーチャージャーを搭載した大幅な改良版となる。
エンジンそのものを再設計したそうだ。
水冷エンジン部門は九六戦と九九襲の量産に製造部はフル稼働であるが、開発部門は改良に勤しんでいたという訳だな。
ある程度は話を聞いていたが再設計とは思い切ったことをやる。
試験の結果、水メタノール噴射装置を使うことなく二千三百八十馬力ものパワーを叩き出したのだ。
新型エンジンはだてにでかくて重い訳ではなく、素晴らしいポテンシャルを秘めていたという事だな。
これだけのエンジンパワーが向上したら九六戦も九九襲もさらに性能向上が見込めるだろう。
ただ、エンジンの形状が変わったため、またエンジンカウルなど首の作り直しだ。
ハ39は更に安定性や生産性など改良を続けていくそうだが、一区切りついたところで新たなエンジンに取り掛かるとのことだ。
厳密には新たなではなく、ドイツ本国では既に計画が放棄されたエンジンだそうだ。
ドイツには大型爆撃機用のエンジン開発のプランがあったそうで、それをBMWやダイムラーベンツ、ユモといったドイツの主要メーカーに競作させたそうだ。
当初、ユモのプランが評価されていたらしいのだが、技師が日本に移り住むという事態が起きて、開発継続は可能ではあったらしいのだが遅延は確実と判断されユモのプランは放棄された。
代わりに、ダイムラーベンツのDB604という二十四気筒エンジンの開発を進めることになり、昭和十四年のプロトタイプの試験では二千三百五十馬力もの出力を達成したというが、流石ドイツはたいしたものだな。
それで、水冷エンジン部門が新たに取り組むのがその放棄された爆撃機用エンジン。
Jumo222マルチバンクインラインピストンエンジンというそうだ。
テストではサイズに見合わない高出力を発揮できたそうだが色々とまだ解決しなければならない問題があるそうで、直ぐには結果が出ないかもしれないと話していた。
ざっくりとどういう代物か教えてもらったのだが…。
実現するなら本当に素晴らしいと思う。
ダブルワスプと大差ないサイズと重さで、ダブルワスプより更に高出力なのだから。
とはいえ、このエンジンは恐ろしく複雑に思えた。
勿論、勝手に水冷エンジン部門が独自開発しているわけではなく、我が陸軍もまた同じく高出力の爆撃機用エンジンが必要との事で、中島にも開発依頼が来ていたのだ。
それにまず手を挙げたのが丁度ハ39が一段落した水冷エンジン部門だった。
兎も角、健闘を祈る。
昭和十六年八月
随分早かったが、海軍から十三試艦戦の採用が知らされると同時に、大量発注が来た。
正式名称は一式艦上戦闘爆撃機。通称一式戦爆。
爆撃任務も対応できる様に陸軍で採用しているドイツのRevi12C射爆照準器のライセンス生産品を海軍仕様に改め一式射爆照準器として採用し搭載した。
また、海軍も戦闘機で運用するロケット弾の研究を始めたと聞かされた。
あくまで海軍の主力戦闘機は零式艦上戦闘機らしいが、一式戦爆はカタパルトに対応し、着陸距離も短いことから運用性も優れているとの評価で、広く活用する方針だとか。
いきなり三桁の発注が入り、海軍用に工場を新設しておいてよかったと社長は胸をなでおろしたのだが、エンジン生産部門はかなり大変そうだ。そして来年には戦争しているからもっと大変になるな。
今月は一式戦爆の対応に追われて手一杯だったが、来月には九六戦、九九襲の更新作業に取り掛かれるだろう。
結局、史実では明確なカテゴリの無かった戦爆として採用になりました。
 




