第八話 1936-1936 九七式戦闘機誕生
どうにも振るわない主人公。
小山技師はいよいよ新型機の審査を受けます。
昭和十一年八月
ベルリンで夏季オリンピックが開催され、ラジオから前畑ガンバレの実況が聞こえてきた。
前の人生ではあったことくらいしか知らなかったが、どんなオリンピックなんだろうな。
今月から警視庁のバイクが赤から白に変わり、見慣れるまで少々時間がかかった。
八月の末頃、中国で我が国の新聞記者が暴徒に襲われ四名死傷したと報じられた。
昨今の中国では排日運動が激化して治安が最悪になっているらしい。
こんな有様なのに何故中国から日本は手を引かないのか不思議でならない。
明確な侵略ならまだ分かる。しかし、日本政府は日華融和を国民には説いている。
排日運動が激化するまで悪化しているのに融和もなにも無いだろうに…。
八月十七日、戦時色が強まったと言うべきか、太田工場で県下初の防空演習が実施された。社員全員で焼夷弾消化などの訓練が行われ、燈火管制なども行われた。
思うのだが、島国のこんな内陸にある工場が爆撃されるようなことがあるなら、軍部が余程無能か敗北寸前のどちらかだろう。
キ一二が継続審査中で、空いた時間で空冷エンジン搭載型の重戦闘機のデザインを始める。
つまるところ、前世のI-188の続きをやっているわけだ。
エンジンは出来たら一五〇〇馬力以上の物が欲しいが、今の段階では絵空事だな。
小山に見せたら、先輩らしい機体じゃないですか。と言っていた。
どういう意味かは深くは考えないことにしよう。
小山の正体がわかった以上はな…。
昭和十一年九月
日本でグライダー大会が開催された。新聞で見たがこの国の空への関心、そして航空技術も中々のものだと思うのだ。
先月に続き再び中国の北海で商店を営む日本人が暴漢に店を襲われて殺害され破壊されるという事件が起きた。日本は直ちに軍艦を派遣して調査員を送ったらしい。
そして、立て続けに今度は漢口の日本領事館勤務の巡査が射殺された。犯人はまだ解っていないが、最近中国共産党による排日テロが続いており、去年も三回のテロが起き日本人が殺されたと新聞報道にあった。
帝都でも中国に対する反感が広がり政府に断固たる対処を求める声が広がっているような気がする。
そして九月下旬、今度は上海の租界で日本の軍艦出雲の水兵四名が中国人に射殺されるという事件が起きた。
日本は直ちに日本人居留民保護のために海軍陸戦隊を三個大隊派遣し、これ以上は容認できかねると厳重警告を発した。
この月、陸軍は中島と三菱に九十三式重爆撃機の後継機となる新型重爆の試作を発注した。
双発単葉機でエンジンは中島ハ5、最高速度は四百キロ以上、後続時間は五時間。莫大搭載量は七百五十キロ。
この時代に各国で多く作られた近代的爆撃機の仕様だ。
陸軍から双発単葉機とは別に、単発軽爆の試作依頼があったらしい。
機番はキ31、敵施設や飛行場の航空機を破壊することが目的だとのことだが、そういうのは双発機の方が向いている気がする。
中島の他、三菱と川崎との競作になるらしい。
それの機体設計を、暇してる私の所に回ってきた。
単発軽爆というと、前世の記憶を辿るとスホーイが作ったSu-2が思い浮かぶ。
ちょうどこの時期に開発していた機体だったな。
あの機体は悪い機体じゃなかったが、いざ二度目の世界大戦が始まるとドイツ軍相手に大損害をだして使い物にならなかった。
それよりむしろ、頑丈無比なIl-2の様な攻撃機を作るべきだと思う。
海軍には艦攻があるが陸軍は軽爆撃機が攻撃機の任務も兼ねるのだろう多分。
最近入ってきたユモ211Aを搭載し、エンジン下部とコクピットに装甲を施し、燃料タンクは主翼内の根本に設置して陸軍の航空技研から入ってきた防弾仕様を採用。
頑丈なやや逆ガルの翼を採用し、爆弾は翼下。
地上掃射用に7.7ミリ機銃を二挺、地上標的用に二十ミリ機関砲を二門の計四門。
更には後部座席様に7.7ミリ旋回機銃を一門。
高速性能は今の段階では犠牲にして400キロ弱も出れば十分だろう。
当然、全金属の機体だ。
車輪は固定脚ではなく、Il-2のアイディアをそのまま貰って、半露出の前後方向への引き込み脚で、最悪胴体着陸にも対応。
そんな感じのデザインで図面審査用の資料作成に取り掛かった。
昭和十一年十月
この月、キ二七の記号を与えられた試作一号機は完成した。
利根川の堤防近くにある飛行場で、初の飛行試験が行われた。
日本陸軍に画期的な低翼単葉機を齎すことになるだろう新型機だ。
試験飛行は無事に済、抜群の運動性を発揮した。
しかし、設計陣はこれに満足せずさらに翼を修正し、二号機に新たな翼を載せた。
私の知る限り、この世代の低翼単葉の新型戦闘機では群を抜いた運動性だろう。
キ一二は追加試作二機を納品し、未だ陸軍でテスト中らしい。
それはともかく久しぶりの新型機の設計に、またも寝食を忘れて仕事をしそうになったが、流石に所帯を持つとそういうわけにもいかない。
親には孫をせがまれているしな。
どうにか、この月のおわり頃陸軍の図面審査に提出した。
図面を見た陸軍の技官は目が点になり、いかにも想像していたものとまるで違う。
そんな表情を浮かべた。
兎も角、持ち帰って他社のものと比較し検討するらしい。
昭和十一年十一月
ドイツと日独防共協定という協定を締結した。
もちろん、対ソ連、前世での祖国に対する協定だ。
なんとも複雑な気持ちになるが仕方がない。前世でボリシェヴィキには酷い目に合わされた。それだけだ。
今月、陸軍の新型飛行機が出揃った。
中島のキ27、そして川崎のキ28、更に三菱のキ33だ。
川崎のキ28は以前失敗作となったキ5を彷彿とさせる低翼単葉機で、固定脚にお得意の水冷エンジンを搭載していた。
テストでは四百八十五キロを出し、今回提出の三社中最高速であった。
更には、上昇速度もこの時代の欧米最新戦闘機に劣らぬ性能を発揮した。
しかし、ハ9Ⅱ水冷エンジンは不完全らしい。
実は一度ユモを見に来たのだが、低馬力でお話にもならなかったようだ。
イスパノ・スイザの12Yをライセンス生産する事になったら興味持つのだろうか?
キ33は先に海軍で採用の決まった九十六式の陸軍仕様。
既にバランスの取れた抜群の性能を発揮しているが、小山は鼻で笑うそうだ。
審査を担当した今川中佐はキ27は一目みると華奢に見えるが、テスト中全く機体もエンジンも全くトラブルがなかった。
一度だけテスト中のアクシデントで不時着したが転倒もしなかったと絶賛した。
キ28は優速でエンジン馬力に余裕がある。旋回性能も他の二機程ではないが全く悪くない、しかしエンジンの故障が多すぎ実戦では難しい。
キ33はキ18不採用を遺恨に思っているのかテスト中も営業部が来るのみで産み捨て状態だと憤慨していたそうだ。
小山はキ27の用意した主翼の三種の内、最も翼面荷重の少ない機体が最良の格闘性能を持つと知り、これを審査に出した。
旋回半径八十メートルの脅威と言われたそうな。
キ28は旋回半径は他より大きいが旋回時間は短く、旋回スピードが群を抜いて良かったらしい。
陸軍はすっかり速度が早く旋回性能に優れるキ27に惚れ込み実質内定を貰った状態であった。
この後、陸軍で更に審査を継続し、来年春には結果を出すとのことだ。
キ31は陸軍で意見が別れたものの、興味を持つ者も多く図面審査を合格。
試作機制作の段階に入った。
そして、その搭載予定エンジンを開発しているユンカース開発陣のリヒテがガソリン直噴システムを開発しそれを搭載した211は千二百馬力に到達した。
昭和十一年十二月
今月、キ27は九七式戦闘機として正式に採用された。
小山はこれから来年いっぱいは九七式の生産に伴う調整に掛かりきりになるだろうが、既に次の戦闘機の構想に入ったそうな。
恐らく、それが一式戦闘機になるやつなんだろう。
キ-12の担当技官が川崎の出してきたキ28を見てよく似た戦闘機だと笑っていた。
陸軍ではどうやら既に納品した三機を使って模擬戦をしているらしい。
来春には答えが出せるだろうと言っていたが…、どうなることやら。
恐らく、この前の助教が居なければ不採用になっていたんだろうな。
来年は更にきな臭くなりそうな予感がする…。
そして、年の瀬も良いところにユンカースから更に人がやってきた。
その中に、ターボチャージャーの専門家というフランツという技師がいた。
彼は低迷するエンジンのパワーアップに呼ばれたというのもあるのだが、半分家族連れの日本観光に来たようなものだそうな。
九七式戦闘機が史実通り誕生しました。
主人公は相変わらず保留を食らい、新たな仕事を与えられました。




