5話 守りたいから
白いカーテンに囲まれベッドに寝ていた御伽噺優介は目を覚ました。
「ここは……」
「ここは御伽噺機関の病室だよ」
優介の無意識の問いかけにカーテンを開け入ってきた女性が答えた。
「私は戦場、戦場 夏林だ。ここでは医者のような者をしている」
戦場は茶色のウェーブがかった長髪に左目に眼帯、そしてグラマラスな体型に黒のタンクトップの上に白衣を着ていた。
「戦場………!?みんなは!?それに天音はどうなったんですか!?」
ボーっとしていた頭が覚醒し、優介は学校での出来事を思い出した。
「落ち着きたまえ、君自身かなりの重症だったんだよ。右腕以外の部位は骨は折れてるわ肉はえぐれてるわで、とても見てられなかったよ」
「えっあれ?なんで右腕が?確か夢魔獣に食われたはずじゃ」
そこで初めて自分の右腕が健在であることに気が付いた優介は困惑した声をあげた。
「全く異能所有者ってのは非常識だね、あれだけの傷がたったの数時間で治るんだからね。あれは治癒というより再生と言った方が適切だね」
「異能……?再生……?」
理解できない状況に優介が混乱していると、
「さっそくだけど、支部長に目覚め次第連れて来いと言われてるんだ。悪いんだけどついてきてもらえるかい?」
そう言うと戦場はスタスタと病室の外に出ていってしまった。
「ほら、早く」
戦場が優介を呼ぶと、優介は慌てて戦場の後を追いかけていった。
薄暗い廊下や階段を通り、二人は『東日本支部』と看板がつけられた扉の前に着いた。理解が全く追い付かない状況に優介が不安を感じ、そんな優介をチラリと戦場が一瞥すると
「そんなに怯えなくていい」
戦場は扉と向かい合ったまま優介に声をかけた。
「私達は君を傷つけるつもりはない。ただ話がしたくて君をここに招いた。それだけだ」
そう言うと戦場は扉を開いた。
部屋にはデスクが四つずつ両脇に並べられ、奥にも一つデスクがおかれていた。そのデスクには白髪をはやし顔にいくつかのシワがある初老の男性が座り、左脇にはデスクに寄りかかった首にヘッドホンをかけた男性と金髪ツインテールの女性がたっていた。
「やあ御伽噺優介君、いろいろと理解できない状況に戸惑っているとは思うがまずは自己紹介から始めよう。私は藤堂 翼ここ御伽噺機関 東日本支部の支部長をしている」
デスクに座っていた藤堂は優介を見据え喋り始めた
「まあ、見ての通りただの冴えないおじさんだがよろしく頼むよ」
そう言って笑うと藤堂は優介に手を差し出た
「俺は滝賀世 司音」
「あたしは須藤 京花よろしくね〜」
優介が藤堂と握手したあと、左脇のデスクの前にたっていた二人が名乗り、藤堂は優介に状況の説明を始めようとすると、
「あの、天音って女の子が僕のクラスにいたはずなんてすけど無事なんでしょうか?」
「天音?あ〜警察の事情聴取のリストにそんな子がいたような、いなかったような」
藤堂が顎に手を当てて考えていると、
「そいつの髪、何色だ」
「?茜色ですけど」
「それなら多分生きてるよ。お前を担いで来るときにみかけた。特徴的な髪だったからよく覚えてる」
「っ!!ホントですか!よかった〜」
「あれ〜、司音いつになく優しいね〜」
京花が司音をニヤニヤしながら見ると司音はそっぽをむいて黙ってしまった。実際司音は教えないと話が進まないと感じただけで、他意があるわけではないのだが。
「じゃあお友達の無事も確認したところで君の状況を簡単に説明しよう」
そして藤堂は優介に学校に夢魔獣が出現した事、その夢魔獣と異能を発現した優介が戦った事を説明した。
「まだちょっと信じられないです。その時の記憶もないし」
「まぁそうだろうね、でもこれは現実だ。君が信じようが信じまいがそうであることに変わりはない」
「そもそも異能とか夢魔獣とかって一体何なんですか」
すると突然部屋に知らない声が響いた
「異能、それは希望の剣であり。夢魔獣、それは悪夢のごとき獣である」
声のした方を向くとそこには大人程の体型に紳士のようなスーツにステッキを持ちシルクハットをかぶった頭からは長い耳がはえたウサギ、なんとも珍妙な生き物が立っていた。
「どうも御伽噺君、私はラビット。いや〜君の戦いぶりは素晴らしい見ていて胸が踊ったよ」
優介はよく分からない生き物に強引に手をとられ、さらには愉快そうに喋られ困惑していると、
「そいつは御伽噺機関の協力者だよ。ていうかあんたあそこにいたの?」
京花がラビットに意外そうに尋ねると
「あぁ、しかしそこの彼は気付いていたみたいだけどね」
そういってラビットは司音の事を見たが、当の司音はなんでもないかのような顔をしてすましていた。
「さて御伽噺君、異能と夢魔獣についてだが、まず君は夢魔界といのを知ってるかい」
「夢魔界?」
「夢魔界というのはこことは違うもう一つの世界のことでね、夢魔獣が生息している世界だ。
原因はわからないけど、ここと夢魔界の境界が曖昧になりゲートが出来ることによって夢魔獣をそこを通りこちらにやってくる。そして力を求め生物を補食することで生物が保有する魔力を体内に取り入れ力をつけていく。
そして異能というのは漫画やアニメにある魔法のようなものでね、魔力を資源として発動する。人の願いや強い想いに体内の魔力が刺激されて発現するときもあれば、何の予兆もなしに突然発現することもある。まぁ発現したとしても異能所有者は必ず幸せになるわけでもないがね、その力ゆえに不幸になる者も少なからず存在する」
そう言うラビットの口はニヤリと笑っており、
その表情に背筋が凍るような感覚をおぼえた優介は思わず一歩後ずさった。
シンとした場にピピピとアラームが鳴り響いた
「おや?そろそろティータイムの時間なんで私はお暇させてもらうとしよう。御伽噺君、私は君のこれから見るであろう夢を楽しみにしている。またどこかで会おう」
そういうと部屋に突然の突風が吹き荒れラビットの姿は消えていた。
「どうやら気に入られたようだね、覚悟したまえ、あれの相手は疲れる」
藤堂は苦笑いを浮かべるとすぐに真剣な表情を浮かべた。
「単刀直入に言おう御伽噺機関に入らないかい。
これは強制じゃない、君の好きにしてもらって構わないよ」
優介自身、勧誘はされるだろうと予測はしていたが、いざされたとなるとやはり緊張はしている。
「あの断った場合は僕はどうなるんですか?」
「いや普通に今まで通りの生活がおくれる事は保証するよ。だが月に一度は簡単な状況報告はしてもらうけどね」
「状況報告?」
「ああ、力は正しく使われるとは限らなくてね。
異能所有者による犯罪組織も存在する。そちらの人員が増えるのはこちらとしては面倒だからね」
「僕は…僕は怖いです。あんな化け物と戦うのかと思うととても怖い」
そう言う優介の手は震えていた
「そうかい、まあこちらとしても無理強いをする気は「だけど!!」」
優介は必死に震える口で言葉をつなげる
「だけど、天音や舞をあの化け物から守れないのはもっと怖い。僕に力があるなら、大切な人達を今度こそ失わずにすむ力があるなら」
優介の頭には両親の血でまみれたあの光景が広がっていた
「僕は戦いたいです!!」
優介は藤堂を見据えはっきりと言い切り、藤堂はその覚悟を受け止める。
「そうかい、なら歓迎しようようこそ御伽噺機関へ」
藤堂は再度、優介に握手を求め
「はい、よろしくお願いします」
優介は藤堂の手を握り、照れ臭そうに頬をかくのだった。