3話 悪夢の始まり(後編)
天音に優介がかるく挨拶を返したあと舞は
「舞は友達と待ち合わせしてるので先行くです」
と言って逃げるように去っていった。
なぜ逃げるようにと表現したかというと、この天音である。控えめに見ても天音はかわいい、それこそ女性雑誌などにモデルとして出てもおかしくないくらいだ。そんな人物が毎朝幼なじみだからといって同じ異性と登校すると、その異性は周りから嫉妬や好奇心の視線をとばされ注目される。はっきり言ってとてもツライ。
それのせいか優介は集団リンチにあいかけたことが何度かある。(その度に誰かに助けてもらったり逃げ回ったりしていた)
優介は天音にたまには他の友人と登校するように勧めたり先に1人で登校しようとしたりしたのだが、その度に天音が悲しそうな顔をしたり舞に怒られたため今ではもう諦めておとなしく天音と一緒に登校している。
まぁ、優介自身が天音との会話を楽しく思いまんざらでもないと感じているのが一番の理由かもしれない。
学校につき下駄箱に靴をしまおうとした時、肩に強い衝撃を感じ振り返るとそこには、髪が短く若干逆立ち頼もしい体型に爽やかな笑顔をした優介の数少ない友人の 武本翔世が立っていた
「よぉ優介、毎朝仲良く二人で登校とはカップルみたいで羨ましいかぎりだな」
「そういうお前は1人か」
優介が皮肉げにかえすと
「俺はお前と違って友達多いからな、むさ苦しい男共と登校して朝練が今おわったとこなんだよ」
翔世は優介の心を深くえぐった。翔世は野球部に所属していて、ピッチャーとして甲子園での活躍が期待されている。ちなみに優介とは中学時代の頃優介が集団リンチにあいそうなところを翔世が助けそれから2人は仲良くなっていった。
そんな中、天音は顔を赤くしうつむいたあと顔をバッとあげ
「わ、私先に教室行ってるね!」
と言って小走りに去っていった
「どうしたんだ急に?」
「さぁ、どうしたんだろ〜ね〜♪」
その様子を不思議そうな顔をした優介と
愉快そうにニヤニヤした翔世が見送った。
都内某所のカフェ
朝がまだ早いせいか店内には人はあまりおらず空席がチラホラと目立っていた。
そんな店内で扉から一番奥の窓側の席には一組の男女がすわっていた。周りからみたらカップルに見えるかもしれないが、本人達にそんな気は全くなくいわゆる仕事仲間というやつである。
まぁその仕事というのも少々特殊なものであるが、男は伸びた黒髪が目をうっすらと隠しヘッドホンを首にかけ黒いシャツの上に紺いろのパーカーにジーンズという簡単な服装である。
それに対し女は金髪のポニーテールに少しきつそうな赤いチェック柄の長袖のシャツが胸を強調し短パンというこちらも簡単なものである。
男が口につけたコーヒーカップをテーブルに戻した時、女が口を開いた。
「それでどうだったの?」
「どうだとは?」
それにカチンときたのか女は少し苛立たしげに
「この前に発見された遺体のことよ!」
「まぁまず間違いなく夢魔獣の仕業だろうな、周辺の魔力の濃度からみてもレベルはせいぜい3か4といったところだ。だがあっちの世界に戻られた以上こっちには追跡する事は不可能、つまりこっちは警戒することしかできん。しかし短時間で同じ地域に夢魔獣が2回も出現するのはほとんど無い。だから別に特別警戒する必要はないからな程々にしていればそれでいい」
男は言い終わるともう一度コーヒーカップを手に取り口に運んだ。
「それもそうね、そもそも捜査の必要はあまり感じなかったし、警察にはあまり期待できないし、それじゃ機関に戻るのもまだ早いし、警戒もかねてその辺散歩でもする?」
「そうだな」
そう言うと男女は店の扉につけられた鈴をならし去っていった。
昼休みも終わり優介達は午後の最初の授業を受けていた。すでに寝ている者も何人かおり、教師はそれを気に止める様子もなく授業を進めていった。優介自身をうとうとしはじめ夢の世界に旅立とうとしたとき、
それはやってきた。
突然、黒板に真っ黒な円盤のようなものができたかと思うと、そこから人の胴体ほどの巨大な手がとびだし教師を握りつぶした。
あまりの突然の出来事に生徒達がフリーズしていると、円盤から白い肌にゴツゴツとした丸い岩のような体から生えた手足が地面をつき、一つしかないギョロ目に大きく裂けた口でできた化け物がノソリと這い出してきた。
誰かの悲鳴が教室に響き教室内はパニックにおちいった。
「きゃーーーーーー‼」
「うぁーーーーーー‼」
「なんなんだあれは!?」
そんな中
「夢魔獣………」
誰かがボソリと呟いたの優介は確かに聞いた。
「あれが…夢魔獣………」
優介は驚きを隠せない顔でその化け物、夢魔獣を見た
「きゃっ」
夢魔獣が生徒達を殺し喰っていくなか、生徒達が我先にと教室の外に逃げていった。
そんな時、逃げていく生徒に突き飛ばされた天音がしりもちをつき、それを見た夢魔獣は天音に向けて進みだす。天音はあまりの恐怖に身動きがとれなくなった
「天音ーーーーー‼」
優介は駆け出した
夢魔獣は裂けた口を大きく開けた
(間に合えーーーーー)
優介は手を突き出し天音を突き飛ばした。
勢いあまってころがった優介はふと右肩に激しい痛みを感じ見るとそこには、右腕を失った肩から血が止めどなく流れていた。あまりの痛みに声すら出ずにうずくまり嗚咽する。
「優介!!」
それを見た天音が優介に駆け寄った。
視界がボヤけ意識が朦朧とするなか隣から聞こえる天音の声を聞き優介は安堵した。
しかし目の前にいる絶望を認識し化け物のギョロ目に優介自身の姿が写った時、優介の心を恐怖が埋め尽くした。
(怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い)
夢魔獣が優介に向けて進みだし再度口を大きく開けた。
(死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない)
その時優介は願った
「………しい」
切実に願った
「力が欲しい‼」
この化け物を倒しうる力が
そこで痛みかそれとも恐怖からの自己防衛からか、優介は意識を失った。
「優介!!」
天音は優介と夢魔獣の間に割って入りギュッと目をつむった。
夢魔獣の開いた口から唾液がこぼれ夢魔獣と天音の距離がもうほとんど無くなったとき、意識を失ったはずの優介がボソリと呟いた
「異能」
東京都内某所
部屋全体がカラフルに彩られた場所で人間の大人のような体格をした白くふわふわした毛皮に長い耳を頭から生やしたウサギが紳士のようなスーツにシルクハットをかぶりステッキを片手に立っていた。
「あはは、こんな荒々しい魔力をした異能なんて随分と面白い。
さぁ、私たちの仲間を迎えに行かなくては。
さてさて名も知らないあなたはどんな夢を私に見せてくれるのかな」
そう言うと凄まじい衝撃が部屋を揺らしウサギはその場から消えていた。