24 誤算
医療センターでのインフルエンザ予防措置を終えて異世界の店舗へ出勤すると、ココさんが疲労困憊の様子だった。
「あ、タジマさん。大変なんです」
「どうしたんだ? 孤児院の子どもたちに何かあったのか?」
疲れ切った顔のココさんは早口でまくしたててきた。
「孤児院の子どもたちは、おかげさまですっかり元気になりました。ありがとうございました。
それはよかったんですけど…、子どもたちが薬を飲んで元気になったのを見た人たちが噂を聞きつけて薬が欲しいと代わる代わるにやってきて……」
そういうことだったのか……それは大変だったな。
「こういうときだから、商売っ気なしで薬を原価で販売することにしようか。
んと、ココさんには8万ジェルだったけど、薬を売るとなると機器での売買では、20%の差益がないと損になるから10万ジェルかな」
10万ジェルで売れば、同価値のものを仕入れれば機器で8万ジェルで売れるはずだから損はないな。
まぁ面倒なことこのうえないけど、こういう時だからしかたないだろう。
「ありがとうございます」
「あまり宣伝はしないで、来た人にだけ売っていこう。
孤児院で使ったから、使用法や諸注意は覚えるよな?」
「はい、大丈夫です」
とりあえず、店に来ていた5人の客にタミフルを10万ジェルで販売した。
でも、口コミの効果は怖いな。
次から次に客が訪れるので、ココさんとニ人で客を捌いていく。
ただ売るだけじゃなく、客の一人一人に使用法や諸注意をいちいち説明しないといけないのが地味にきついな。
儲けを乗せていたらいくらの利益になったかはわからないけど、ここはガマンしておこう。
火曜になって、商業ギルドのギルマスやサブマスへの胡椒や砂糖に販売時にも尋ねられた。
「流行り病の薬で稼いでるみたいだけど、もっと大量に卸せないか?
他の街でも売れるぞ、これは」
「すみません、この街での需要で限界です。しかも、この薬は約束で原価ギリギリでの販売なので利益もないんですよ。
ですから、宣伝もしてないんですよ、あまり広めないでくださいね」
「そうか、それはしかたないな」
さすがに、顔を合わせるこの街の人々のことは助けてやりたいけど、見も知らずの他の街のやつらまで知ったことじゃない。
週末も近づいてくると、どうやら一通りの客は一巡したようだ。
なんと言っても高い薬だ。インフルエンザの致死率は決して低いものではないけど、それほど危険な病気でもない。
高い薬にお金を払ってでも治したい人はまだこの世界では一握りなんだろうな。
今週売ったタミフルの数をまとめていて俺は大変な誤算に気がついた。
今回、タミフルという高価な薬を大量に仕入れたため、日本円の在庫が極めて少ないのだ。
ジェルの方はずいぶん増えているから、店の収支としては悪くはないのだが、とってもバランスが悪い。
砂糖や胡椒を仕入れるのには困らない程度の残高はあるから店の運営には問題がない。
でも、俺の採用条件、試用期間の間に最低100万円の利益を出すという条件がこのままではクリアできないじゃないか。
これはとっても不味いことになったぞ。
どうにか緊急に対策を考えないといけないな。