複製屋の仕事~一日で十億G稼ぐ男~
複製屋。物を複製するだけ。それでも、一日で十億G以上稼ぐと言われている男だ。
国宝級のアイテムを数多く複製してきたため、世界でトップクラスの大罪人として、数多くの国から危険視されている。
金さえあればどんな複製でも作る史上最悪の男なのだ。
その男の元に、今日も仕事が舞い込んでくる。
複製屋の店はグラニス王都のスラム街の奥に位置する。複製屋に用がある人間以外は絶対に近づかない場所だ。
そこで複製屋はのんきに紅茶を飲んでいる。
外観は雨風防げるだけの馬小屋以下だが、中はきちんと整っており、突然の客に対応できるようになっている。
そこに、客がやって来る。
「いらっしゃい」
そう声を掛けるも、客は全く返事をしない。
フードを深くかぶり、顔は確認できない。
客は覚束ない足取りで、複製屋に近寄る。その様子から見て取れるのは、恐怖、畏怖。
スラム街の奥深くにあるこの店が怖いのか、それとも複製屋とみられる男が異様に若いのが怖いのか。
それは定かではないが、客は確実に怖がっている。
「す、すみません。……これを、複製してくれませんか?」
おびえた様子で、一つの剣を差し出す。
無駄に煌びやかな装飾が施された、戦闘に向いていない見物用の剣に複製屋は見えた。
しかし、その剣は見物用とは思えない異常な魔力を帯びている。神々しくもあり、剣から放たれる物とは思えない殺気も相まって、国宝級のアイテムと見て取れた。
「これは……?」
「あ、あの、駄目ですか? お金さえあればどんな仕事でも請け負ってくれると聞いてきたのですが……」
スラム街の奥深くで店を構える複製屋。
そんな怪しい人間に依頼するのは、絶対に身バレしてはいけないような人間か、裏の世界の人間だ。
お金さえあれば、どんな仕事でも請け負う。詮索も、何もしない。
「失礼いたしました。それでは、金額を提示してください」
「え、えーっと、お店側が金額を決めるのではないのでしょうか……」
「いえ、まさか。お客様がお好きなようにお決めください。一Gでも、十億Gでも」
複製屋の言葉に客はとても驚愕する。
複製屋は、どんな代物でも一Gで仕事をするといっているのだ。客側からしたら、これほど嬉しい申し出は無いだろう。
しかし、客は警戒する。これほど危険とされる人物だ。裏があるに違いないと。
「すみません。金額の差で複製の質というものは変わって来る物なのでしょうか」
「ええ、それは勿論です」
客はホッと息を吐き、逆に納得した。本当に一G渡していたら、複製がそこら辺の鉄の剣になっていたかもしれない。
しかし、まだ警戒は解けない。どれぐらいの金額で、自分の条件に合った複製を作ってくれるのだろうか。
「何Gだせば、自分の条件に合った複製を作って貰えますか?」
「お好きな金額でどうぞ。私は、お客様が提示された金額に見合った複製を作るまでです。条件の提示はご自由にどうぞ。もう一度言いますが、金額に見合った複製を作らせていただきます」
これが決め手となった。自分の条件に合った複製を作ってもらいたいならば、自分が出せるG全てを払う。
それが、作ってもらえる可能性が一番高い。
客は瞬時に魔法を詠唱に、空間に開いた穴から異様に大きい袋を取り出す。揺れる度にじゃらじゃらと音が鳴ることから、硬貨が入っていると推測できる。
それが全て金貨だった場合、一億……いや、十億を余裕で超すだろう。
因みに、今のは空間魔法の一種である≪無限収納≫だ。
こことは違う、時が一切進まない別次元に物を放り込める、物の保管に適した空間を作り出す魔法だ。
「前金として十二億、後金で十八億、これでお願いします。魔力が無い、というよりこの神々しい気配を消し去った、複製をお願いします。素材や装飾、鋭さや重さはそのままで」
「承りました。明日、また来てください。今日中に作り終わるので、明日であればどの時間でも大丈夫です」
「一日でですか!? ……分かりました。お願いします」
素材や装飾、鋭さや重さ。それがないこの剣を作ってくれ。
簡単そうだが、普通の鍛冶屋にはできないレベルの依頼だ。装飾やブレード(刀身)の形や装飾、鋭さや重さを一緒にしてくれというなら、普通の鍛冶屋でもできる。
しかし、素材となると無理だ。
この剣は、国宝級、もしかしたら、神代の時代に打たれた神話級のアイテムかも知れない。
それと同じ素材、となると一般人が採取できるものではない。もしかしたら、この時代にはもう無い素材かも知れない。
客は十二億Gとその剣を置いて店を去っていく。
複製屋は客を見送ると、早速仕事に取り掛かる。まずは、この剣と同じ素材と採取しに行かなければならない。
まずは、どの金属が使用されているかを調べる。鑑定の魔法を使えば一瞬なのだが、複製屋は魔法もろくに使えない落ちこぼれなので、自分の目、鼻、舌、耳、触覚全ての感覚を頼り、素材を当てるしかない。
まずは、目で見るところからだが、複製屋はこの素材をあまり見たことが無かったので、目は頼りにならない。
次は鼻。鼻を近づけ、ブレードの臭いを嗅ぐ。
「やはりか……アダマンタイトかヒヒイロカネ、まあミスリルは無いだろう」
今、複製屋が上げた三つは、魔力を含んでいる金属だ。香りで魔力を感知したのだ。
ミスリルは有名な冒険者なら誰でも買える値段の金属、国宝級の剣のブレードに使う事はまず無いだろう。
すると、結果的にアダマンタイトかヒヒイロカネの二つに絞られる。
「まあ、ヒヒイロカネだろう」
アダマンタイトは硬すぎて加工に向いていない。武器に加工するとするならば、鈍器の方が向いている。
それに対し、ヒヒイロカネなら神代の時代の代表的な金属として知られているし、数多くの剣士が憧れる伝説の剣のほとんどに、ヒヒイロカネが使用されている。
複製屋は、ヒヒイロカネと断定する。
「ヒヒイロカネは、ヴァイロ鉱山にあるか……? いや、全て採り尽されただろう。でも、ヒヒイロカネの様な希少金属がある場所なんてヴァイロ鉱山しか知らないしな。ヴァイロ鉱山に行くしかないか」
鉱石の次は、装飾だ。
今度は、複製屋は目だけで分かった。オリハルコン、魔力を含まない金属の中で最も堅いとされる伝説の金属だ。
アダマンタイトと違って、加工は難しくない。
オリハルコンもヴァイロ鉱山で採取できるので、行先が増えることは無かった。
次はガード(鍔)の部分の素材を調べる。
そこもヒヒイロカネという贅沢仕様なのだが、中心に埋め込まれている濃密な魔力を含んだ宝石はヒヒイロカネではなかった。
目では、鉱石ではないという事しか分からない。次は鼻に頼る。結果は、金属特有の独特の臭いは感じられず、魔力を感じ取れた。なので、金属ではないが魔力を含んだ物質になる。次は耳に頼るしかない。
指でコンコンと軽くたたいて、音を確かめる。
すると、中から大量の魔力の波動が放出される。
魔力に敏感な複製屋は、一瞬気絶しかける。だが瞬時に調子を取り戻した。
「これは……金属ではない。魔物のコアだ」
魔物のコア。生き物で言う心臓のような役割をしている、魔物の体内に生成される、魔力を含んだ物質だ。
ゴブリンやコボルトなどの弱い魔物のコアに含まれる魔力は、微々たるものだ。人を気絶させるほどの魔力を含むコアを持つのは、ドラゴンなどの一つの街を潰すことが可能な魔物ぐらいだろう。
「都合が良い。ヴァイロ鉱山の地下にあるヴァイロ迷宮の第三階層ボスがドラゴンだったはずだ。戦闘の準備もしとかなければ」
あとは、グリップ(握り)とポンメル(柄頭)の部分なのだが、これも複製屋は目で理解できた。ミスリルだ。グリップなどは馴染みやすさや軽さ、ブレードを支えることが出来ればよい。ここにヒヒイロカネなどの希少金属を使用する必要はあまりない。
ミスリルもヴァイロ鉱山で採取できる。
複製屋は急ぎで、戦闘や迷宮散策、鉱石採取の準備をしていく。
時間が勝負なのだ。一日で終わすと言っているのだから。
まず、オリハルコンのピッケルやスコップ。ミスリルのナイフ。オリハルコンの盾にクロスボウだ。複製屋はあくまで一般人なので、オリハルコンの盾で身を守りながら、クロスボウでちまちま戦うしかない。
囲まれたら、爆発耐性のポーションを飲んで、威力の高い爆弾を爆発させる。
ミスリルのナイフは攻撃や解体、色々な事に使える。
武器やポーション、爆弾は複製屋自身が作成している。
複製屋はモノづくりに関しては世界最高峰の技術者だ。
「よし、出来た」
三億Gほどの大金を叩いて購入した≪無限収納≫と同じ効果を持つ袋に道具を詰め込み、盾やクロスボウを装備する。
そして、ヴァイロ鉱山へと向かった。ヴァイロ鉱山までは、片道ワイバーンで四十分ほど。因みにワイバーンは馬車とは比べ物にならないぐらいに早いが一回、父親母親子二人の一般家庭が三か月生活できるような値段がする。
貯金が大量にある複製屋は、移動手段を自重する必要は無いのだ。
ここから、鉱山と迷宮の散策が始まった。
*
ヴァイロ鉱山は、グラニス領の最南端にある小さな鉱山だ。
しかし、小さいながらもとても貴重な魔力を含む鉱石が取れるので、数百年前までは発掘が盛んだったという。
しかし、百年前のヴァイロ迷宮発見により、一切人が近寄らなくなった。それは、その迷宮がグラニス領最難関のダンジョンだからだ。
数多の冒険者が挑むも、第六階層のグランデーモンと呼ばれるボスが討伐出来ず、この迷宮は数年間放置されて来た。
だから、人っ子一人いない。
「お客さん、着きましたぜ。迎えはこの鈴を鳴らしてくりゃあ、一時間以内に来るんで。空が見えるところで鳴らしてくれなきゃ、これ無いですぜ」
「ありがとう」
複製屋はワイバーンから飛び降りて、去っていくのを見送る。ワイバーンの御者は、「帰ってこないんだろうなぁ」と、しんみり複製屋に聞こえないよう呟いていた。
しかし、その呟きは、五感の鋭い複製屋には聞こえていた。だが、聞こえていようがいまいが、行くことには変わりなかった。
仕事は絶対に完遂する。この仕事を始めたころから、複製屋が誓ったことだ。
まず複製屋は、ヴァイロ鉱山で鉱石を採取することにした。右手にピッケルを持ち、整備された道を一ミリたりとも見逃さぬよう、目を見開く。
しかし、鉄鉱石や銅鉱石は簡単に見つかったが、希少な鉱石は一切見当たらない。
だから複製屋は、スコップで整備された位置の壁を掘り進めていく。勿論、下方に掘っていく。
掘り過ぎるといずれ迷宮にぶち当たるので、ギリギリの地点で止める。迷宮の壁は大量の魔力の層が連なりできている。
魔力の感知を得意とする複製屋だからこそ、そのギリギリが判断できた。
その地点から、前に掘り進めていく。
そこからは早かった。十メートルほど掘っただけでミスリルが見つかり、そこから直線に掘り進めて行ったら、オリハルコンとヒヒイロカネが少量だが採取できた。
「これぐらいなら……大丈夫だな。それじゃあいったん地上に戻るか」
もう必要ないピッケルとスコップを袋の中に入れて、いったん地上へと帰還した。
日はまだ沈んでおらず、まだまだ時間は残っている。しかし、ドラゴンの討伐を一人でこなすというのなら、長時間の戦闘は免れない。
しかし、複製屋からは危機感が感じられず、余裕がある様子で準備をしていく。
そして、ポーションや爆弾、爆破や火炎などの様々な種類のボルトが入ったポーチを、腰のあたりにセットして、迷宮へと入っていった。
*
迷宮の中はとても暗い。
複製屋は松明を灯し、慎重な足取りで進んでいく。
いつ、どこから魔物が襲ってくるか分からない。弱い魔物は大抵、獲物を見つけると騒ぎだすので見つけやすいが。
着々と進んでいると、天井に吊り下がっていたコウモリ達がいっせいに羽ばたいた。魔物が近づいて来た証拠だ。
複製屋は松明を口で挟み、盾とクロスボウを構える。
「グラァ…‥グルゥァ……グラァ」
現れた魔物は、複製屋に向けて棍棒を振り下ろす。
盾に強い衝撃が加わるも、オリハルコン製だったため、ほとんど衝撃を吸収してくれていた。
「ホブゴブリンか……」
魔物は、全身緑色で覆われた、最弱の魔物ゴブリンの上位種、ホブゴブリンだった。
その醜い顔と異臭で、数多の冒険者が嫌いな魔物ナンバー1に選んだ魔物だ。知能は三歳児程度で、棍棒を振り回す行動以外はしてこない。
普通の迷宮であれば、五階層辺りで出てくる魔物だ。
ホブゴブリンは防がれたことに怒り、もう一度棍棒を乱暴に振り翳す。しかし、それが命中することは無かった。複製屋が放った矢によって、ホブゴブリンの頭は見事に吹っ飛んだのだ。
複製屋は何事もなかったかのように、ミスリルのナイフでホブゴブリンのコアを取り出す。コアは大抵高値で取引される。入手しておいて損はない。
慎重に進んでいくと、微かだが鼻息の音が複製屋には聞こえた。それも、一体ではない。数多くの個体が同時に鼻息を鳴らしている。
松明を鼻息が鳴る方向に投げつけると、
「ウォォォォォンッ」
犬の鳴き声の様な音が聞こえてくる。迷宮にいる魔物は大抵炎が苦手なのだ。
その魔物の正体は、コボルトだった。犬型で、群れを作り集団で襲い掛かって来る魔物だ。一体一体では弱いのだが、集団で襲い掛かって来るのが凶悪だ。
普通の迷宮であれば、四階層辺りで出現する。
集団で襲われた場合は、松明の明かりでは全体を見渡せず、ライトなどの魔法を使った方が良い。が、複製屋は生憎、魔法が使えない。なので、前々から準備していた暗視のポーションを飲んだ。
「見える。よし」
やはり複製屋はコボルトに囲まれており、危機的状況だった。
そこで、複製屋は爆弾と爆発耐性のポーションを取り出す。暗視のポーションは強力だが、短時間しか効果が発揮されないので、急いで戦闘を終わさなければならない。
複製屋はコボルトが一斉に襲い掛かって来るのを待つ。
そして、時が来た。とあるコボルトが雄叫びを上げて、それを合図にコボルトたちが一斉に襲い掛かる。傍から見たら複製屋は絶体絶命だ。
そこで、複製屋は爆弾に着火する。
次に爆発耐性のポーションを飲み干す。
三、二、一、爆破。複製屋に噛みつく数ミリメートルで、大爆発が起き、コボルトたちは爆散した。
「勝ったか……」
複製屋は安堵の声を漏らす。
コアを取り出そうとするも、コアまで爆散していたので、諦めて進むことにした。
そして、ボス部屋前に辿り着いた。あれから、ホブゴブリンやコボルトと戦闘になっていたが、同じ戦術で討伐していた。
「確か第一階層のボスは、ミノタウロスだったか」
複製屋はボス部屋の扉を開けていく。五メートルほどある扉は重くて、複製屋は開けるのに三分ほどかかってしまった。
それはそうだ。ボス部屋は集団で挑むことを想定して、設計されているのだから。一人で挑む用に設計はされていない。
扉を開けきり、ボス部屋に足を踏み入れると、バッと一斉に部屋に明かりがつく。そしてそのドーム状の大部屋の中心には、牛の頭なのに人間の体をした化け物、ミノタウロスが立っている。その手に持つ巨大な斧から放たれる一撃は、ミスリルの鎧をも砕くと言われている。その荒い鼻息は人間を吹き飛ばし、その強靭な肉体はミスリルの刃を通さず、その三メートルの巨体から出る筈のないスピードで動く。
「グラァァァァァァ!」
ミノタウロスは空気を震わす雄叫びを上げ、突進してくる。雄叫びで体が竦んだ複製屋は、その突進をもろにくらってしまう。
前方に盾を構えていた為、体に傷一つつかなかったが、大きく吹き飛び壁に叩き付けられる。
大きな隙が出来た複製屋にミノタウロスは斧を振りかざすも、複製屋が取り出した閃光弾によって、それは成されない。閃光でミノタウロスは目が眩み、その隙に複製屋が逃げ出したのだ。
「グラァァァァァァァァァァッ!」
逃げ出された事への怒りか、目が眩んだ苦しさか、ミノタウロスは雄叫びを上げるが、もう慣れた複製屋はその隙にクロスボウを構える。
そしてミノタウロスが複製屋に向いた瞬間、目を狙って放つ。しかし、狙った方向に行かず、頬に突き刺さる。まったく傷が付いていなかった。
「流石ミノタウロス。ミスリルじゃ傷一つつかないか」
ミノタウロスは頬に何かが当たり、それを放ったのが目の前の人間だと気が付くと怒りに震え、斧をぶんぶんと振り回し、複製屋に振り下ろす。
複製屋は刹那の時の中で打開策を考える。閃光弾はもう使い物にならない。閃光弾に限らず、魔物全般は毒も麻痺も一度かかってしまえば耐性を持つ。
だから後、頼りになるのは爆弾とオリハルコン級で殺傷能力のある物だけだ。
まずは、自分に向かってくる大斧を寸前でかわし、袋からピッケルを取り出す。殺傷能力がありそうで、ミスリル以上の質を持つものと言ったらこれしかない。
ミノタウロスは躱された後も、斧をぶんぶんと振り回し、床やら天井やら壁を粉砕していく。
粉砕していくたびに地響きが起こるため、複製屋もそれで怯んでしまう。
何回も躱されて来たミノタウロスだが、今回は逃さなかった。振り下ろした斧は複製屋に直撃し、肋骨を粉砕する。
無残に床に打ち付けられた複製屋は、ぴたりと動かなくなってしまった。
「グ……グラァァァァァァッ!」
ミノタウロスは勝利の雄叫びを上げる。
叫ぶのをやめた後、「食べるか」と複製屋の方へ向くが、そこにあるはずの複製屋の死体は無かった。
ミノタウロスは不思議に思う。確実に直撃はした、手に感触も残っている。
ミノタウロスは警戒する。あの人間が周りに潜んでいないか? だが、ボス部屋には複製屋が隠れられるような障害物は無い。
すると突然、ミノタウロスの足に激痛が走る。
「グラァァァァァァ!?」
驚き、苦痛の叫び。
生まれてから一度も経験したことのない痛みがミノタウロスを襲う。
複製屋は斧に直撃した後、意識が朦朧としている中、最高級の回復のポーションを取り出し、飲んだのだ。勿論複製屋お手製だ。
傷はみるみると回復し、ミノタウロスが雄叫びを上げている最中に、背後へ忍び込みピッケルを足に突き刺した。
ピッケルといえどもオリハルコンから出来ているので、ミスリルの剣より鋭く硬い。
そして迅速に小型の爆弾を取り出して、足の傷跡の中に詰め込む。
複製屋は急いで、その場を離れる。ある程度の場所まで離れた後、耳を塞ぎミノタウロスの方へ向くと、足が木っ端みじんに爆散して、もがき苦しむ姿が。
ゆっくりと近づき、喉元にピッケルを振り下ろす。
ミノタウロスは即死した。
時間が確認できないので、急いでコアを取り出し、討伐報酬のアイテムを宝箱から受け取る。とても希少なアクセサリーだったので、複製屋は後で売ろうと袋に入れた。
そうして、複製屋は第二階層へ向かった。
二階層は一階層よりも明るく、松明が必要無かった。
そのかわり、じめじめしていたり、道が狭かったり、魔物に有利な環境が揃っている。
その為、魔物となるべく遭遇しないように、静かかつ急ぎ足でボス部屋まで向かって行く。
事前に地図を買っておいたのだ。
ボス部屋が間近に迫った時、べちゃ、べちゃ、と不快な音が天井から聞こえてくる。
「スライムか……一体だな。一体なら楽勝だ」
スライム、ねばねばした粘液が固まった気持ち悪い魔物だ。
そのねばねばした性質を利用して、天井に潜み冒険者を襲う。その体から放たれる液体は物を溶かす性質を持ち、素肌でくらうと皮膚が溶ける。
普通の迷宮であれば、八階層辺りから出てくる魔物だ。
スライムは物理耐性がとても高く、魔法耐性がとても低い。なので通常は、魔法で対応するのだが、複製屋は魔法を一切使用できない。
頼りに出来るのはただ一つ、爆弾。
爆弾は魔法ではないので、効くかは分からない。
スライムが地面に落ちてきた瞬間を狙う。
……今だ! スライムが着地したタイミングで、爆弾を投げる。しかし、スライムはそれを軽々と避け、複製屋の腹に向かってタックルを仕掛ける。
「ぐへっ」
その勢いのまま吹き飛ばされ、複製屋は起き上がることもままならない。
血反吐を吐き、近づいてくるスライムを呆然とみつめる。
スライムの突進がミノタウロス級に強かったのだ。
一階層と二階層の魔物の力の差が激しい。それもこの迷宮が最難関と呼ばれる理由だ。
複製屋は何とか起き上がろうと、もがく。
スライムは大きく体を引き延ばし、複製屋を包み込む。ぽたぽたと垂れるスライムの体液が複製屋の皮膚を溶かす。スライムが勝利を確信した直後、複製屋は全く動かない体を奮い立たせ、隠し持っていたミスリルのナイフで、スライムのコアを突き刺す。
コアがむき出しになっていたのだ。
コアはボロボロに砕け散り、スライムもやがて地面に染みていく。コアが無くなった魔物は迷宮に吸い込まれるように消えていく。
複製屋は立ち上がろうと奮闘するが、皮膚が溶ける激痛で思うように体が動かない。
ポーションを取り出しようにも、吹き飛ばされた際の衝撃で袋は飛んで行ってしまった。
「万事…………休すか」
複製屋は拳を握り締める。
自分でも理解していた。自分は冷静ではない。
今までであれば、スライムに遭遇したら、まず一目散に逃げて、そこから気付かれないようにボス部屋に向かう。
だが、冷静ではなかった。プレッシャーがかかり過ぎたのだ。
複製を、仕事を始めた頃は一か月で作っていた。少し慣れてきたら二週間、一週間とノルマを上げていき、仕事が早く、質も良いと有名になって来た。
すると、同じように複製屋と名乗る人間が増えてくる。
ライバルが増えていくと、もっと、もっと早く。もっと、もっと質をよく。そう焦ってしまう。一日で作ると無理難題を宣言してしまう。
「俺もまだ若いんだな……未熟で、弱い。そして、無責任な事を言ってしまう」
それはそうだ。複製屋はまだ十五歳。通常であれば学園で勉学に勤しむ年齢。親の手を借りて生きている年齢。
複製屋は意識を手放した。
その複製屋に、二つの足音が近づいてくる。
「いやぁ~、勇者が居なくても二人でセイクリッドナイト倒せるようになったわね」
「そうですね。ギリギリの戦いでしたが、倒せましたぁ……あっ、あそこに人が倒れていますよ」
複製屋に近づいて来ていたのは、複製屋と同年代の二人の少女であった。
一人は、サイズが合っていないとんがり帽子をかぶり、マントを羽織った魔法使い。もう一人は、白い布で頭を覆い、純白のローブを纏う僧侶。
僧侶の方が複製屋にまだ息があることに気が付くと、急いで魔法を唱え、祈りを始める。回復の魔法だ。
しかし、それを魔法使いが制止する。
「止めなさい。死人に回復魔法をかけても……」
「この人はまだ生きています!」
「え、ええ? 死人の様な顔をしてるから死んでいるのかと思ったわ」
確かに、傍から見たら死人の様な顔をしている複製屋。それはそうだ、何も力を持たないのに、一人でミノタウロスと戦ったりしたのだから。
その表情は疲労の表れだ。
「それじゃあ続けますね」
僧侶がもう一度祈りを始める。
魔法使いは暇だったので、複製屋の手に握られていたナイフを手に取る。
「へえ、ミスリル、良い物使ってるじゃない。それも、この刃、綺麗。確か、ミスリルって、エンチャントと相性いいのよね。もともと魔力を宿してるから、それを利用して、エンチャントの効果が長時間持続するのよ。やってみよ」
と、一人で呟く。
魔法使いは魔法を唱えると、ミスリルのナイフに魔力の膜が張られる。その上から、ナイフは雷を帯びた。
雷のエンチャントだ。相手を麻痺させ、鋭さが増しダメージを増加させる効果がある。魔力を注ぎ続けたり、鉱石自体の魔力を利用したりすることで、長時間持続する。
ナイフをこれでもかというほど鑑賞すると、複製屋の手の中に戻す。
次に目に入ったのが、背負っていた神々しく輝く盾。見たことがない物質が使用されていることに気付き、興味を示す。
「ま、まさか……これ、伝説の金属オリハルコンじゃない!?」
「オ、オリハルコンですか!?」
僧侶は祈りの手を止めて、オリハルコンという言葉にものすごい興味を示す。
「ほら! やめないで祈り続けて!」
「ああ、すみません」
そして、とうとう意識を取り戻した。
まだ意識が朦朧としていて、何故こんなじめじめした場所に居るのか思い出せない。
そしてようやく思い出すと、急いで起きて、ボス部屋まで全力疾走を始めようとする。だがそれを僧侶が制止する。
「俺は急いでいるんだ。放せ!」
「駄目です。まだ体が安静ではありません。一度帰った方がいいかと」
複製屋はその手から抜け出そうと足掻き、暴れまわるが、僧侶の力が異常に強く、抜け出せなかった。
「俺は、急いでいる――あ? な、なあ、あんたたち、どっちから来た。今から帰るのか?」
「ええ」
魔法使いの女が、いきなり興奮し始めた複製屋の気迫に驚きながらも答えた。
「二階層のボスを倒したのは何分前だ!」
「ええっと、十分前ぐらいかと」
今度は僧侶が答える。
「よし! それならまだ間に合う」
複製屋は僧侶の手を潜り抜け、全力疾走を始める。気迫に呆気を取られていた二人は反応できなかった。
迷宮のボスは討伐された後、十分後に復活する。十分経つ前にボス部屋に到着すれば、ボスと戦わないで次の階層に行けるということだ。
複製屋は時間短縮のために、疾走する。
「……いっちゃったわね」
「……そうですね……あっ、この袋、忘れ物でしょうか」
複製屋は、冷静ではなかった。
吹き飛ばされた際、手放してしまった袋の回収を忘れてしまったのだ。袋には、採取したヒヒイロカネやオリハルコン、ミスリルが入っている。それに、ワイバーンを呼ぶ鈴も。
無くしてしまえば、最初からやり直しだ。そして、帰れない。
だがそこには、とてつもないお人よしがいた。
「迷宮の入り口で待っててあげましょう」
「……は? はああああ? 何言ってるの? どれだけお人好しなのよ! 転移石さえ持ってきてれば、こんな問題ごとに巻き込まれなかったのに! クソ聖女!」
「く、くそとはなんですか!」
迷宮のど真ん中で叫び散らす少女二人。
しかし、二人から漂う膨大な魔力に魔物は怯え、全く近づかない。
因みに、転移石とは、登録した場所に一度だけ転移することが出来るという便利なアイテムだ。
迷宮探索には欠かせないアイテムなのだが、僧侶が忘れて来てしまった。
だから、帰りもボスを倒す羽目になった。
「ああ、もう、サイアク!」
そう呟いて、少女二人は去っていった。
*
「やっと、着いた」
複製屋が立つのは、第三階層のボス部屋前。扉の先にはドラゴンがいるのだ。通常の冒険者なら、数十人体制で討伐するレベルのボスだ。
二階層のボスを飛ばすことができて、予想よりも早く着くことが出来た三階層。
複製屋は盾とクロスボウを装備し、突入する。ガガガガとけたたましい音を張り上げながら開いた先には、羽を休め眠っているドラゴンがいた。
複製屋は警戒しながら、そっと足を踏み入れる。
一斉に明かりがつき、ドラゴンは目を覚ます。
ドラゴンはゆっくりと体を起こし、複製屋を見据える。するといきなり、翼を羽ばたかせ、広い塔状になっている部屋を縦横無尽に飛び回る。
その風圧で複製屋は吹き飛ばされるが、ミノタウロスの時の様に、ドラゴンは突進してこなかった。
その代わり、まるで「来れるもんなら来てみろ」と挑発するような視線を向けていた。
「やってやる……まずは爆弾……あれ? どこいった? ……あっ。あの時!」
そこでやっと気が付いた。
袋を置いてきてしまったことに。
複製屋は悔しさで拳を握り締める。今日の努力が詰まっている。ヒヒイロカネや、オリハルコン。ミスリルも。
もし、今日中に完成させられなければ、信用はガタ落ちして、この仕事を続けられないかもしれない。
「不味いことになった……それに、どうやっても、倒せないじゃないか」
ポーションもない。数少ない攻撃手段の爆弾もない。
絶体絶命。まさにそれだった。
ドラゴンは、一人で何かを呟いていて、全く戦闘に集中していない複製屋に憤怒し、大きく空気を吸い込み、ブレスを吐いた。
うねるように複製屋を襲う火炎のブレスは、正に龍だった。その龍は、心の底から焦って居た複製屋を覆いこみ、焼き焦がす。
ドラゴンは勝ち誇った表情を浮かべ、定位置に戻りもう一度睡眠をとろうと目を瞑る。最後の最後まで何も無く、つまらない戦いだったと、脳内で呟きながら。
「ふっ、はっはっはっはっはっはっはっはっ」
しかし、ドラゴンが眠りに付く事は許されなかった。
火炎のブレスは噴煙と変わり、その噴煙もやがて消えていく。
その噴煙が消えかけていた時、どこからか発された笑い声がボス部屋に木霊する。その笑い声は、もちろんドラゴンの耳にも届き、ドラゴンは目を覚ました。
しかし、噴煙は晴れ切っていたが、ドラゴンの目に笑い声を放った複製屋は映らなかった。
どこだ、どこだ、と周りを見渡すがどこにもいない。
障害物になるものも無い。
ドラゴンは、頭に?を大量に浮かべる。
それはそうだ。複製屋は、ドラゴンの角に捕まっているのだから。ドラゴンは図体がでかいせいで、感覚が鈍い。
だから、上に誰かが乗っていても気付くことは無い。
「俺の勝ちだ」
ミスリルのナイフをドラゴンの額に突き刺す。
普通であれば、ミスリルごときドラゴンの鱗で防ぐ。だが、そのナイフにはエンチャントが施されていた。
とはいえ、ナイフが刺さっただけでは痛みも針が刺さったぐらいだ。
だが、そのナイフは雷を帯びている。ドラゴンの皮膚にナイフがたどり着いた途端、ドラゴンの全身に雷が迸り、ビリビリと体を麻痺させる。
そこでやっと気づく。複製屋が頭に乗っていたことに。自分が攻撃されたことに。
完全に慢心していた。ドラゴンの頭には血が上っていた。
「グラァァァァァァァァァッ!」
ドラゴンは咆哮を上げて、その怒りで麻痺を吹き飛ばし、もう一度羽ばたいた。
「一度で仕留めきれないか。……でも、良かった。腰に回復のポーションを携帯しといて」
そう、複製屋は焼けこげる激痛の中、回復のポーションの存在に気が付き、命からがら飲み干したのだ。
そして噴煙の中、体の痛みは治まり、ゆっくりとドラゴンの背に忍び込んだ。
それが事の真相だ。
複製屋はドラゴンから振り落とされ、地面に着地する。
「グラァァァァァッ!」
ドラゴンが怒りのこもった方向をもう一度放ち、空気が震え壁は砕かれる。
複製屋はぐっと踏ん張ることが出来、そのままクロスボウに変えてドラゴンを狙う。
しかし、放ったは良いがドラゴンの纏う風に弾かれ、矢が届かない。
このままずっと空中にいられては、攻撃が出来ずにスタミナ切れを待つだけだ。そう考えた複製屋は、ナイフを放り投げて、ボルトをばらまきクロスボウと盾を床に置く。
そして、降伏のポーズを取った。
罠だと分かりきった降伏にドラゴンは流石に騙されず、大きく空気を吸い込む。ブレスの体勢だ。
勿論、複製屋も降伏に騙されてくれるとは微塵も思っていない。確かめたいことがあったのだ。
ドラゴンは火炎のブレスを放つ。先ほどよりも火力が上がっており、今度は焼ききれるだろうとドラゴンは確信した。
だが、複製屋は咄嗟に地面に置いた盾で火炎のブレスを防いだ。同時に、確信した。
ブレスを放った瞬間だけ風が飛び散っていた。
ブレスを放つことだけに集中して、それ以外の事は疎かになっているのだ。ブレスを放つ体勢を取った時、瞬時に攻撃すれば勝てないことも無い、ということだ。
しかし、クロスボウでは絶対にドラゴンの鱗を貫くことは出来ない。
それが可能なのは、雷のエンチャントが施されたミスリルのナイフのみ。エンチャントの効果がいつ消えるかも分からない。
急がなければと、複製屋は足を急がす。
まずは、どうやってミスリルのナイフを、飛んでいるドラゴンに命中させるか。
クロスボウでは絶対に飛ばせないから、手で投げるしかない。手で投げて当てるには、近づかなければいけない。
でも、近づく方法がない。
「爆弾の爆風でも利用できれば……あれ? たしか……」
複製屋は何かがひらめいた様子で、ボルトの入ったポーチから一つのボルトを取り出す。それは、意味無く持ち込んだ爆破のボルトだった。
ボルトに衝撃が加われば爆破する。
その爆風を利用して、空中に飛び上がることが出来れば、ナイフを投げつけることが出来るかもしれない。
「そいつに懸けるか」
そしたらもう、ブレスを吐くのを待つ他ない。
爆風に乗るときに邪魔になりそうな重いオリハルコンの盾と、鎧などを脱ぎ捨てる。
「グラァァァァァァッ!」
全く仕掛けてこない複製屋にドラゴンは痺れを切らし、咆哮を放つ。
軽装になったため、複製屋は簡単に吹き飛ばされてしまう。しかし、体が軽くなっている為、一瞬で起き上がることが出来、いつでもクロスボウを放てる体勢に直る。
そして、時はきた。
ドラゴンは、大きく空気を吸い込む。
「ここだ……!」
複製屋は思い切り駆け出し、ジャンプする。人間の跳躍力なんてたかがしれてる。だが、そこに爆発の風圧が加われば、人間だって飛ぶことが出来る。
複製屋は全てを懸けて、爆破の矢を放つ。
そこからは、一瞬だった。
地面に着弾した瞬間、大爆発が起きる。爆発耐性のポーションを飲んでいないので、ダメージは計り知れない。もしかしたら、気を失うかもしれない。
だからといって、やらない訳にはいかない。
複製屋は……飛んだ!
爆風に身を任せ、飛び上がる。
複製屋地震で制御は出来なかったが、ドラゴンの頭の真上に飛び上がる事に成功した。そのまま、ナイフを投げる体勢に入る。
そこに留まれる時間は一秒にも満たない。
だから、無我夢中になって投げた。
息を吸い込むため、上を向き、口を開いていたドラゴンの舌に見事命中。
雷が全身に迸り、火炎のブレスが暴発する。複製屋はブレスに当たることなく、落下していくドラゴンの背中に着地した。
複製屋は、見事勝利を収めたのだった。
ドラゴンでも二度目の麻痺には抵抗できず、全く動かなくなった。だが、まだ意識はあるようで「グルルル」と苦しんでいる。
複製屋はミスリルのナイフを回収する。そのまま、ドラゴンの頭に狙いを定める。ドラゴンは頭にナイフを突き刺され、絶命した。
そのままコアの回収に取り組む。
腹に穴をあけて、濃密な魔力が詰まったコアを取り出した。
これで、あの剣を作る素材はそろった。
「でも、その前に袋を探しに行かなければ」
複製屋はコアを持ってボス部屋を脱出した。
*
結果だけを言うと、見つからなかった。
複製屋は自分が気絶した場所を念入りに探したが、全く見つからなかった。魔物に盗られている可能性がもっとも高い。
複製屋は諦めて、家に戻ってピッケルを取ってもう一度ここに来るしかないと、急ぎで迷宮を脱出した。
「って笛もあの中じゃないか……」
帰るための手段、ワイバーン。それを呼ぶ笛も無くした袋の中だ。
どうするか、と複製屋が迷っているときに何者かが近づいてくる。複製屋がそちらの方へ向くと……
「だ、大丈夫ですか!? そんなボロボロになって!」
そこには先程の少女二人がいた。
複製屋は、自分を助けてくれたであろう少女二人に、礼を言っていないことを思い出し、頭を下げる。
「先程は助けて頂きありがとうございました」
「そうよ。私たちまだお礼をされていないじゃない」
「何言ってるの。大丈夫ですよ、私たちは通りすがっただけなので。あ、あと、これ、忘れてましたよ?」
そうやって僧侶が差し出したのは、一つの袋だった。
その袋は、ミスリルやオリハルコン、ヒヒイロカネなどの素材が入った複製屋の袋だった。それを見た瞬間、複製屋は安堵と感謝の気持ちが込みあがって来た。
思わず僧侶に抱き着いてしまった。
「ありがとう……本当にありがとうございます」
「え、あわわわ!? 異、異性に抱擁された場合、その方と結婚しなければならないという家訓がありますので、私はあなたと結婚しなければ……」
「離れなさいよ! てか、あんたは勇者って言う婚約者がいるでしょうが……あっ!」
魔法使いは口を滑らせたという表情を浮かべ、口を両手で塞ぐ。
僧侶の方も、不味いことになったと顔を青くしている。
複製屋はその二人の言葉を無視して、渡された袋からワイバーンを呼ぶ鈴を取り出す。
「あんた今の話忘れなさい!」
「……? 何のことです? それよりも、この鈴を鳴らせば一時間後にワイバーンが迎えに来るので、一緒に帰りますか?」
「そ、そうですね。転移石を忘れてしまったので、お願いします」
複製屋は、鈴を空に向けて鳴らす。
その時、後ろにいた二人には、安堵と感謝の気持ちがこみ上がって来ていた。
その一時間後に、ワイバーンは辿り着いた。
御者は複製屋が生きていたことに喜び、見覚えのある少女二人に驚いていた。だが、御者は何も問い詰める事無く、ワイバーンを操縦した。
その時にはもう、空は橙色に染まっていた。
*
「完成した……」
二十三時五十九分。依頼の品が完成した。
数多くの金属を特殊な魔道具で溶かして、加工する。長時間ハンマーを叩いて形を完成させてから、冷やす。時間はかかっていたが、ギリギリ一日で完成していた
複製屋は腕がパンパンで疲労に苦しんだが、それ以上の達成感がこみ上げて来ていた。
「すいませーん!」
複製屋は眠りかけていた時、カウンターから聞こえてきたその大声で目を覚ました。
複製屋がカウンターに行くと、今日……じゃなくて、昨日依頼してきた客がそこにはいた。丁度次の日に来たなと驚愕しつつ、「いらっしゃい」と声を掛ける。
すごくボロボロな複製屋をみて、客の方も驚いていた。
「もう、出来ましたか?」
「ええ、出来上がっています。少々お待ちください」
丁度出来立ての剣をカウンターに持っていく。
ヒヒイロカネのブレードに、オリハルコンの装飾、ミスリルの柄の部分。そして、ガードのドラゴンのコア。
完璧に複製されていた。ただ、一つ以外。
「す、すごい。全く一緒じゃないですか……確か聖剣って、ヒヒイロカネとかオリハルコンとかで作られているはずだよね」
聞いてはいけない単語を発した客だったが、複製屋はそれを華麗にスルーする。
客がその剣を見て感嘆の声を漏らしているときに、複製屋は口を開く。
「この剣の神々しいオーラの原因は、あなたなのでは」
「え?」
「私はこの剣が何故ここまで神々しいのか、見当もつきません。私でも、これは複製できないでしょう。だとしたら、使い手のあなたに原因があるのではないか、と思いましてね」
その言葉を聞いた客は、やっぱりと呟いた。まるで理解していたかのような言葉だった。
「そうですか。……僕、好きな人がいるんです。でもその人は絶対に倒さないといけない人類の敵で……。その人を殺せるのは、この神々しいオーラを纏ったこの剣だけなんです。その人を殺したくなくて、あなたに……すいません、無駄な話をしてしまって。それじゃあ、これを」
客の表情は相変わらず分からなかったが、悲しみが感じ取れた。
客は魔法を唱え出現させた空間の穴の中から、動く度にジャラジャラと鳴る袋を取り出す。後金が入った袋だ。昨日よりも多く金貨が入っている。
「この中に、十八億、ありますので」
「はい、しっかりと受け取りました。では、またのご来店をお待ちしております」
客はその剣とその複製を空間の穴に放り込み、店から去っていった。
何故、複製屋が袋の中の金貨の数を数えないかと言うと、カウンター自体が魔道具になっていて、重さを測れるのだ。
複製屋は客に頭を下げ続け、客が全く見えなくなると、酷い疲労感に襲われ熟睡した。
全く関係のない話だが、一週間後、勇者、賢者、聖女の、勇者パーティが魔法を討伐した。しかし、勇者と魔王は共倒れになってしまった。
魔王討伐の後、その場に残っていたのは、二人の少女と、べったりと血がこびり付いた聖剣と、とても綺麗な聖剣の二本という。
聖剣は、一本だけの筈なのに。
END