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闇のさきに

 パーサーとジェームズは、渓谷に拡がる洞窟の一つに身を潜めていた。

 時折、外の暗闇からカラカラと乾いた音を立てて石屑が地面に落ちていく。

 二人は、そんな音にも敏感に反応して身を固くしていた。


「なぁ、パーサー。もっと奥に行った方が良いんじゃねぇか?」

「そうだね。僕もそう思うよ。でも」


 緊張と疲労で上擦った声でジェームズが洞窟の奥へ指をさし示すが、パーサーは、その提案を悩む。


「僕らには光源が無いから、これ以上、奥に行くと何も見えなくなるよ。もし、ランタンとか持っていても使えなかっただろうけどね」

「まぁ、隠れてるのに自分から光を出す馬鹿はいないよな。………だがよ、ここに居れば、その内見つかるんじゃないか?」


 ジェームズの指摘にパーサーは、確かにそうだねと肯定する。

 二人が渓谷に逃げ込み、二、三時間は経っていた。

 その間、追手の気配は未だない。

 しかし、それが追手が存在しないという事では無いと二人は考えていた。

 あのとき、生存者を狩っていたイェニチェリが三人だけだとは思えなかったからだ。

 砂嵐から現れた戦車は、少なくとも三両以上。

 イェニチェリが三人だけのはずがない。

 おそらくは十人以上のイェニチェリが、今回の事に関わっているかも知れないと思っていた。


「………イェニチェリのクーデターなのかな?」

「知らねぇよ」


 パーサーの呟きにジェームズが吐き捨てるように返す。


「まったく、知ったことじゃねぇ。もし、そうなら別の場所で、違う日にしてろよ。状況を複雑にしやがって、迷惑にも程があるぜ」


 苛ついた様子でジェームズは髪を掻きむしる。


「兎に角、こうして居ても仕方ねぇ。パーサー、奥に行くぞ」

「でも、奥に行けば何も見えないよ?」

「ここに居れば、追手が入って来た瞬間に終わりだぜ。ほら、手を壁に当てて進めば見えなくても何とか進めるだろ。迷路の攻略と同じだよ」

「迷路って……………ここは洞窟だよ?」

「ただの洞窟じゃないだろ。見てみろよ。

 この壁、明らかに人の手が入ってる」


 そう言ってジェームズは、星明かりで薄っすらと見える壁を顎で指す。


「本当だ。確かに自然に出来た壁にしては平たい。アリ中尉が無数に遺跡があるって言ってたけど、まさか適当に入ったところがもう遺跡の入り口なんて」


 パーサーは、滑らかに掘られた壁を撫でてみる。

 元々、渓谷の遺跡に身を隠そうとは思っていたが、お目当ての遺跡が奥にではなく、渓谷の入り口付近にあるとは思っていなかった。


「人の手が入ってるんなら、出口も何処かにあるだろ?それなら、迷路と同じ方法で何とかなる」

「そうだね。ここに居ても仕方ないし、行こう」


 方針が決まり、二人は右手を壁に当てて暗闇へと進み始める。


「………ジェームズ、そこにいるかい?」

「ああ。多分、お前の二、三メートルくらい前にいると思うぜ」


 お互いの姿すら、見えない漆黒の闇の中を二人は声を掛け合い進む。

 追われている身ではあるが、そうして声を出して自分が一人では無い事を認識させないと闇の中に意識が溶けてしまいそうな恐怖に襲われてしまうからだ。

 しかし、その声も足音と共に洞窟の奥へ吸い込まれるように闇に溶けていく。

 闇はまるで底のない井戸のように二人を深淵へと誘う。


「ねぇ、ジェームズ?」

「なんだ?」

「シナゴーグでアイツに、Adamに捕まったんだよね?」

「……………ああ」

「もし君が話せるなら、話してよ。捕まった後に何があったのか」


 ジェームズは、パーサーの言葉に足を止める。

 すぐに暗闇から、パーサーがジェームズの背中にぶつかる軽い衝撃を感じる。


「痛いな、急に止まるなよ」

「ああ、すまねぇな」


 ジェームズは一言謝ると再び一歩づつ前に歩き出しながら、低い声で語り始める。


 俺はシナゴーグの学会でAdamに見つかってな、いつの間に気を失っていたんだ。

 次に眼を覚ましたのは、ここと同じ暗い場所でーーー、


 ジメジメとした湿気のある不快な部屋でジェームズは、起き上がった。


「畜生、イテテテ。ここは何処だ?」


 まるで二日酔いのときに感じるような頭の痛みを我慢して立ち上がり、周囲を見渡す。

 苔やカビが張り付いた不衛生な壁に囲まれ、鉄格子で作られた錆びが浮かんだ無骨な扉だけが唯一の出口である正に監獄。

 家具の一つすら無い。


「………」


 普段なら、ロンドン塔より豪華だななどと軽口を叩く彼だったが、流石に絶句して押し黙る。

 そして力なく床に座り込むと何故、自分が囚われているのかを思い出そうとする。


(確かカーテンの後ろに隠れて様子を伺っていたら、急に変になったクラウスがウィルソン教授を刺して、それから………)


「どうなったんだ?」


 ジェームズは頭を抱える。

 誰かに見つかった。

 それは、覚えている。

 だが誰にいや、何に見つかったのか?

 その記憶だけが、無くなっていた。

 カツッ、カツッ、カツッ。

 鉄格子の扉の外からの足音が聞こえて、ジェームズはハッとして顔を上げる。


「おい!誰か来てるのか!?おーい!ここから、出してくれ!」


 ジェームズは、弾かれたように立ち上がり、扉に近づいて大声を上げる。

 足音の主は直ぐに彼の牢屋の前へと姿を現した。


「お前………!」


 ジェームズは思わず、そう声を出した。

 牢屋の前に来た人物は、人では無かったのだ。

 元は端正だったのだろう顔に、蜘蛛の巣のようにヒビが拡がり、乾いた音を立てて顔の一部が剥がれ落ちている。

 さらに片腕が壊れているのか、力なく垂れ下がった一体のwaxwark・golemが立っていたのだ。

 しかも、そのwaxwarkには見覚えがあった。

 シナゴーグの控え室へ向かう廊下で、隣を歩いていた個体だった。


「フーッ、よし」


 ジェームズは一度、肺の息を吐き切るとwaxwarkを見据える。


「俺をここから出せ。そして、スコットランド・ヤードに連れて行くんだ」


 ジェームズは、そう命令する。

 しかし、損傷したwaxwarkは微動だにせず、そればかりか正常な手を伸ばしてジェームズの腕を掴む。


「おい!何すんだ!」


 抵抗するジェームズを気にも留めず、強い力で連行し出す。


「くそ!何なんだよ!痛えじゃねか!離せ!」


 悪態を付きつつもgolemの力の前では抵抗は無駄だと悟ったジェームズは素直に従う。

 そして、直ぐに身体にまとわりつくような臭いに顔を顰める。


(ここは、下水道かよ)


 ジェームズは、waxwarkに引かれてない空いた手で鼻を押さえる。

 暫く臭気に耐えながら、歩かされていると古い階段が見えて来た。

 そこでwaxwarkは手を離す。


「………ここを登れば良いのか?」


 ジェームズは問うが勿論、waxwarkからの返答は無い。

 彼はため息を吐くと慎重に階段を登り出す。

 階段の先にはほんの僅かなーー、


「光だ」


 ジェームズは暗闇の先に細い糸のような光を見つけて語りを止めて呟いた。


「おい、パーサー。光だ!見えるか?」

「ああ、見えるよ!」


 話の途中で見えた光に二人は安堵と警戒が入り混じった感情で立ち止まる。


「どうする?」

「行くしかないよ。でも、慎重に行こう」


 二人は物音を立てないようにゆっくりと光の元へと近づく。

 近くまで来ると扉の隙間から内部の灯りが漏れていた。


「この扉。取り付けてから、そんなに経ってないね」

「イェニチェリの奴らか?」

「いや、わからない。反乱勢力、たしか青年同盟だったかな?その人たちかもしれない」

「はん、あの薄気味悪い黒鎧の奴らよりマシだな」


 そう言うジェームズにパーサーは君はねと返す。


「何だよ?イェニチェリより、良いだろ?」

「あのね、僕が今着ている服は軍服だよ?見つかったら、何されるかわからないんだよ」

「軍服つったって、俺たちイギリスの軍服だろ?別に、その青年同盟ってのがイギリスに敵対してるわけじゃないだろ?」

「そうだけど………」


 渋るパーサーにジェームズは、出たとこ勝負だよと声を掛けて扉に手を伸ばす。

 そのとき、カチャリと中から金属が擦れる音が聞こえた。


「「!?」」


 二人は闇の中で硬直する。

 脳裏には漆黒の鎧を纏った兵士の姿が浮かぶ。

 一呼吸いや、三呼吸分の時間が流れてパーサーは意を決して扉の隙間から中を覗く。


「………どうだ?何か見えるか、パーサー?」


 ジェームズが小声でパーサーに聞く。


「!!」


 中を伺っていたパーサーの眼が大きく見開く。

 それと同時にバンッと勢いよく、扉を開け放ちパーサーが中へと飛び込んだ。


「おい!馬鹿!」


 ジェームズが止める隙もなかった。

 そして、直ぐに彼もパーサーに続いてやけくそ気味に中へと入る。


「クラーディ!」


 パーサーは喜びと困惑の感情で鎖に繋がれたクラーディを抱き締めていた。

 クラーディは突然、現れたパーサーにキョトンとしている風に首を傾げている。


「お前、何でここに居るんだ?マリアは?ハミルトン大佐やリリス先生、リヒト少尉は?」


 パーサーは矢継ぎ早に質問する。

 しかし、golemであるクラーディに答える事は出来ない。

 変わりにカチャリと彼の手首に嵌められた手枷を鳴らして早く自由にして欲しいと言うように見せる。


「ああ、そうだね!待ってろよ!今、何とかするから!」


 そう言ってパーサーは、部屋を見渡す。


「なぁ」


 不意に背後からジェームズの声を掛けて来た。

 振り返ると、どこにあった物なのか手には小ぶりではあるが、しっかりとした無骨な斧が握られていた。


「ジェームズ、良かった!その斧を貸して!」


 パーサーが手を伸ばすが、ジェームズは斧を持ったまま動かない。


「ジェームズ?」

「………」

「何だよ?今はふざけてる暇なんて」

「そいつを渡してもらおうか?」

「えっ?」


 いつになく真剣な声でジェームズはパーサーに言う。


「クラーディ……………いや、Eveを渡してもらうぜ」

「ジェームズ!」


 パーサーは失念していた。

 先程まで元の友人として接していた人物が本来なら、Adamの側の人間である事をーー、


「駄目だ!ジェームズ、渡せない!」


 パーサーはクラーディを庇うように両手でジェームズに立ちはだかる。

 後ろでガチャッとクラーディが鎖を引っ張る音が響く。


「退けよ、パーサー」

「イヤだ!」


 絶対に引くつもりのない様子のパーサーにジェームズは、そうかよと感情のない呟きを口にする。

 そして、ジェームズは斧を大きく振り被った。

 次の瞬間、ジェームズが斧を勢いよく投げる。


「!」


 パーサーはキツく眼を閉じる。

 ガツンッと後ろで斧が壁に当たる音とジャラジャラと鎖が地面に落ちる音が響く。


「え?」


 パーサーは、恐る恐る眼を開けて振り返る。

 そこには壁に突き刺さった斧と手首の鎖が斬られて自由になったクラーディがジェームズを真っ直ぐに見詰めていた。


「こんな状況だ。協力し合わないとEveだ何だと言ってられねぇよ」


 ジェームズがイタズラをした子供のような顔でパーサーに言う。


「共闘は継続だ」

「この………馬鹿!」


 パーサーは悪態をついて地面に尻もちをつく。

 ジェームズは、そんな友人の姿を見て声を抑えて笑うのだった。


ここまで読んで頂き、ありがとうございます!もし、気に入ってもらえれば嬉しいです!

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