空の兜
「すまねぇな、ちょっと考え事をしてた」
「それは、さっき君が言っていた『シナゴーグに行った時』のこと?」
タロースの残骸に身を潜めながら、パーサーはジェームズに問う。
ジェームズは「まぁな」と生返事を返し、視線を落として黙り込む。
その沈黙を裂くように、また誰かの悲鳴が二人の耳を打つ。
「今は、そんな事を考えてる暇は無いな。今はとりあえず、イェニチェリって奴らが離れるまで息を潜めておくか」
「そうだね………。いや、待って。あれ、使えるかも」
ジェームズの提案に同意しかけたパーサーだったが、不意にある方向に視線が止まって呟く。
「何だ?何か思いついたのか?」
「アレだよ。見て、あのエレファンタスの下」
そう言って、パーサーが指を差した方向には頭を砕かれたエレファンタスが横倒しになっている。
そして、その下に一体のガゼル型golemが下敷きになっていた。
「ガゼルを囮にするのか?」
「そうだよ。奴らを引き寄せられれば、その隙に僕らは逆方向に逃げれば良い」
「………だけど、あのガゼルが起動できるのか?脚部や命令文が死んでいたり、大元のemethに亀裂が入っていたらアウトだぜ?」
ジェームズの懸念に、パーサーはゆっくりと首を振る。
「その時は、その時さ。ここに隠れていてもいずれ見つかるんだ。なら、行動しよう。大丈夫、優秀なラビが二人も居れば何とかなるよ」
「ハハハ、優秀な『学生』のラビが二人の間違いだろ」
二人は声を抑えて笑う。
そして、一度お互いに深呼吸をすると周囲の気配を探り、慎重にタロースの影を出た。
「急ごう」
パーサーが言うと二人は音を立てないよう、それでも今出せる限界の速度でエレファンタスへと近付く。
太陽は完全に沈み、月明かりも無い漆黒が辺りを包んでいた。
それが幸いしたのか、二人は無事に下敷きになったガゼルの下に着いた。
「ハァ、ハァ、何とか無事に着いたね」
「ハァ、ハァ、そうだな。だが、これからだな。まずはコイツを引っ張り出すぞ」
二人はガゼルの前足を握ると全力で引っ張る。
「くっ!」
「うぉぉぉぉ、抜けろ」
しかし、ガゼルはピクリともせず、二人は前足を離して息を整える。
「くそ。全然抜けねぇぞ」
「ここは………、地面を掘るしかなさそうだね」
「ハァ?冗談だろ、素手でか?」
ジェームズの言葉に、パーサーはため息混じりに「仕方ないだろ」と言い返す。
その時、カチャ、カチャと金属同士が擦れる音が近くで聞こえた。
二人は、瞬間的に身を伏せる。
(不味い、不味い不味い!見つかった!?)
パーサーは恐怖で震えそうになる身体を必死に抑える。
カチャ、カチャ、カチャ。
鎧の音がパーサーたちの前で止まった気配がした。
パーサーは固く眼を閉じる。
すると、脳裏に無残にイェニチェリに斬られた兵士の姿が浮かび上がる。
(大丈夫、大丈夫!落ち着け、落ち着くんだ!)
パーサーは呼吸を浅くして胸の動きを少なくしてジッと耐える。
どのくらい過ぎたのか?
一分?
十秒?
いや、まだ一秒も経っていないかも知れない。
(も、もう限界だ!)
二人の前に立つイェニチェリに動く気配はない。
額からは汗が噴き出し、力み過ぎて目元の筋肉が痙攣する。
いっそのこと叫んでイェニチェリに殴り掛かれば楽になれるんじゃないか。
ジェームズと二人で飛びかかれば案外、勝てるのではないかという愚かな衝動が、本気で頭を支配し始める。
「「ウオオオオオオ!!」」
((!?))
唐突にパーサーたちが死んだふりをしているエレファンタスの両サイドから二人の兵士がイェニチェリを挟むように現れた。
「この裏切り者め!」
「死ねぇ!」
二人は手にした小銃を発砲する。
しかし、その銃弾はかすりもせずに虚空を裂き、もう一発はイェニチェリの漆黒の鎧に阻まれて高い金属音を鳴らすに留まった。
「ウオオオオオオ!」
「デヤーーーーー!」
最初から、イェニチェリを銃撃で倒せないのはわかっていたのか、兵士らは構わずに突撃する。
そして、銃剣で串刺しにしようと二人は刺突する。
だが、イェニチェリはバレリーナのような優雅な動作で身体を一回転させると二人の決死の突きを躱してしまった。
それだけでは無く、コトッ、コトッと重い物が落ちる音が聞こえ、二つの身体が地面に倒れる音が響くのと同時にパーサーの身体に温かい液体が降り注がれるのを感じた。
(!?)
眼を開けなくとも、それが何なのか瞬時に察したパーサーの呼吸が止まった。
そして、カチャ、カチャと金属音を響かせて無言のままイェニチェリはパーサーたちの場所から離れて行く。
その間も、パーサーはまるで息を少しでも吐いたら見つかってしまうと言うようにずっと止め続けていた。
「………、パーサー、おい、起きろ」
暫くして、唐突にパーサーは身体を起こされる。
瞬間的にパーサーは悲鳴を上げそうになったか、その前にジェームズが口を塞ぐ。
「ーーーーーーーー!!!!」
「ああ、わかってる。大丈夫だ。奴らは今は居ないから、安心しろ。な?」
返り血で、ドロドロになったジェームズが引き攣った笑顔でパーサーを宥める。
それに対してパーサーは、何とか冷静さを取り戻そうと小声で一から、十までの数字を聞き慣れない響きで数え始める。
「ん?パーサー、今の、何語だ?」
「えっ?何?別に数を数えてただけだよ?」
「ん〜、まぁ、良いか。それより、落ち着いたか?」
ジェームズの問いにパーサーは頷く。
しかし、まだ身体の震えが収まらない。
「君は、平気なの?」
「はっ、平気な訳ないだろう?ただ、こっちサイドに居れば、こういった事の耐性は出来るんだよ」
そう言うジェームズの顔色は悪い。
しかし、彼の言った通りなのだろう。
半狂乱になりかけたパーサーと違い、ジェームズは顔色こそ、悪いが取り乱してはいない。
「……動けるか?ここから逃げようぜ」
ジェームズは、そう言って身を低く保ちながら倒れた兵士の身体から携帯式のシャベルを拝借する。
「そら、不幸中の幸いだ」
「………それは、流石に不謹慎だよ」
口では、そう言いつつもパーサーは差し出された携帯式シャベルを受け取る。
そして、二人は無言で音に注意しつつぎこち無い動きでガゼルを掘り出して行く。
ガゼルの上半身を掘り出すと二人は再び、前足を掴み全力で引っ張る。
ズッ、ズズズズとゆっくりとだが着実にガゼルの身体全体がエレファンタスの身体から抜け出してくる。
そして、ガゼルが完全にエレファンタスの下から姿を現す。
「よし、抜けた!」
「シッ!まだ、安心出来ないよ。まずは状態を確認しないと」
パーサーは、素早く状態を確認する。
ガゼルの額に掘られた、emethは無事だった。
また他の命令文も特に問題は見当たらない。
しかしーー、
「くそ、後ろ足の損傷が酷いな」
「………うん。亀裂が後ろ足全体に拡がってる。これじゃ、動かしても直ぐに足が砕けて倒れるね」
ガゼルの後ろ足はエレファンタスの重量に耐えきれずに酷い亀裂が蜘蛛の巣のように拡がっており、二人は頭を抱える。
「包帯を巻いてみる?」
「いや、直ぐに解けて意味は無いだろうよ」
「それじゃ、どうすれば………」
「………一つ手はある」
ジェームズは、そう言うとパーサーが方法を聞く前にまた、兵士たちの身体へと這いずって行った。
「おい、ジェームズ。何をするの?」
パーサーの呼び掛けにに答えずに兵士の遺体の側で何か作業をし終えるとジェームズは、手元に何か布を持って戻って来る。
「ジェームズ!」
そして、パーサーはジェームズが持って帰った布を見て絶句する。
まだ温もりがある血を、たらふく染み込ませた布を持って帰ったのだ。
「シッ!見てろ」
ジェームズはパーサーを抑えてエレファンタスの身体を削り、素材の粘土を取り出すと布を絞って血で乾燥した粘土を柔らかくする。
そして、その粘土をガゼルの損傷した足に塗り込む。
「………俺がAdamの所で学んだ技術だ。こうすれば………」
ジェームズが続けて言う前にパーサーは、眼を見開く。
血を染み込ませた粘土は途端に乾燥しだし、尚且つ、元からそうであったようにガゼル型golemの一部となっていく。
「こ………、これは?」
「何でも、人の生命の力がどうとかヴィクターが言っていたな。胸糞悪いが………」
ジェームズが、そう言っている間にもガゼルの足に塗られた箇所は赤黒く変色しているが、驚くほど早く直る。
「よし、これで準備完成だな」
「………ああ、そうだね」
パーサーは、修理出来たガゼルを見下ろすと深呼吸をして口を開く。
「シエム・ハ・メフォラシ」
ガゼル型golemは、音もなく立ち上がる。
「よし、良い子だ」
立ち上がったガゼルの頭をパーサーは撫でる。
「それで?パーサー、どっちに逃げるんだ?」
ジェームズが聞いて来るとパーサーは渓谷へと視線を向ける。
「渓谷に逃げ込もう」
「あそこにか?」
「飛行船でアリ中尉。オスマン軍の人が、あそこは古い遺跡で迷路みたいになっているって言ってたんだ」
「成る程な、そこに辿り着けば、何とか巻けそうだな」
方針が決まるとパーサーは、自分たちが逃げる方向とは真逆の方角を指をさし示す。
「今から、全力で走るんだ。良いね?」
パーサーの命令にガゼルは足を大地に食い込ませ、全力で走り出す。
ガゼルがエレファンタスの影から躍り出ると、それに反応して三人の影が追跡を始める。
「おいおい!何だよ、あの速度!?本当に人間かよ!?」
「人間………の筈だよ。………多分」
二人は、重いはずの甲冑を着たイェニチェリの速度に眼を見張る。
「兎に角、行こうぜ!」
「いや、待って!もう少し、距離を稼いでから走ろう!」
今にも飛び出そうとするジェームズの腕を捕まえてパーサーはイェニチェリとの距離を計る。
そして、充分に距離が離れたと考えた瞬間、「今だ!」と合図する。
パーサーたちが走り始めたのと同時にイェニチェリたちの方では一人のイェニチェリが曲刀をブーメランのようにガゼルに投げつける。
曲刀は、回転しながら空気を切るように飛んで行き、狙い違わず、ガゼルの首を切断する。
首を跳ね飛ばされたガゼルは砂塵を巻き上げて転倒し、イェニチェリが包囲するように接近する。
「……………」
「……………」
「……………」
イェニチェリは、お互いに無言で顔を向き合う。
不意に一人が後ろを振り返ると渓谷へ走るパーサーたちを発見した。
イェニチェリたちは直ぐに追跡しようと動き出す。
しかし、それよりも早くガゼルの胴体の隙間から火花が光り出す。
そして、戦場を揺るがすような爆音と爆風が巻き起こる。
「うぉ!何だ!?」
「あっ!そう言えば、ガゼルには爆弾が着いていたんだった!」
二人は爆風に煽られて、バランスを崩しつつも走る事を止めない。
「おい、俺たちは爆弾を触ってたのかよ!それを先に言えよ、バカ!」
「忘れてんだよ!良いから、走れよ!」
二人は、口喧嘩を交えながら、渓谷へと全力で走り込む。
そして、戦場にはイェニチェリの煤に塗れた空の兜が、二人の後を見詰めていた。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!
昨日は久しぶりに120以上のPVがあり、嬉しいです!この調子で頑張って書いて行こうと思うので、引き続きのご愛読をお願いします!




