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静止する剣先、崩れる秩序

 ウィルソンの合図と共にジェームズは一歩退く。

 一人と一体の間に一拍の間合いが生まれる。

 ウィルソンは軽く足を開き、レイピアの切っ先を揺らす。

 それに対してクラウスの構えは、一切の揺らぎも見せずに人間のそれと寸分違わぬ姿勢で剣を構えていた。

 力みもなく、呼吸での揺らめきも無い。

 自然体。

 そう、クラウスは正に剣の達人が構えたかのような、何の違和感も無い構えだった。

 それに気付いた観衆は何人いるのか?

 いや、気付いていても、いなくとも会場は水を打ったように静まり返り、これから始まる剣舞を食い入る様に見つめていた。


 先に動いたのはウィルソンだった。


 軽い踏み込み。

 牽制の突きーー

 学者の嗜みにしては十分に鋭い一撃がクラウスの額、emethのeへと放たれる。

 その一撃に対してクラウスは、動かなかった。

 否。

 ほんの数cm、手首が沈む。

 それだけで、刃は滑るように逸らされていた。

 金属が触れた音が、静まる会場に鐘の音のように響き渡る。


「………良いぞ」


 ウィルソンの唇の端が上に上がる。

 そして一歩後ろに下がり、間合いを取った後に続く二撃目を放つ。

 一撃目よりも速く鋭い刺突。

 しかも、踏み込むと同時に角度を変えた変則的な一撃。

 誰もが、額に刻まれたemethのeを穿かれて倒れるクラウスを想像した。

 だがクラウスは、肩でもなく、肘でもなく、手首でもなく、全ての関節が連動するように動かし、剣で円を描く。

 弾いたのではない。

 ただ、そこに"無理のない軌道"が存在していたかのようにウィルソンの剣の軌道が逸らされて空を切る。

 それに加えて、剣に乗った力を、円運動が逃がす。

 遠心力に引かれ、ウィルソンの剣は手から離れて宙を舞った。

 そこで初めて、クラウスが踏み込んだ。

 通常のgolemならば、関節の粘土が僅かに遅れ、動作は必ず"段突き"になる。

 しかし、クラウスは違った。

 止まらない。

 その動きは、まるで一つの生きた筋肉のように連動して速く、鋭く、正確な突きが放たれた。


 カンッと甲高い音を立ててステージに落ちる剣。


「如何ですか?これが、球体関節です」


 喉元へ、数mmのところで止まった剣先は一切の揺れもなく、まるで最初から、そこに剣が存在していたかのように静止していた。

 ウィルソンは観衆へと声を掛ける。

 そこで観衆は息を吐く事を思い出したように肺に溜まった空気を吐き出す。


「さて、剣を下げてくれ」


 ウィルソンの言葉にクラウスはサッと剣を下ろす。


「どうでしょうか、皆さん?彼、クラウスの動きは?」


 ウィルソンの問い掛けに会場に雑多な声が上がる。

 それは、どれもクラウスの動き、特に球体関節に関しての考察が漏れ聞こえる。


「ふむ。これは少々やり過ぎたかな?」


 いつまでも収まらない声に発表を進行出来ずにウィルソンは苦笑する。


「教授。少々どころじゃ無いですよ」


 そこへ、剣を回収したジェームズが呆れて近付く。


「フェンシングでの模擬戦するとは聞いてましたが、何なんですか、アレ?」

「アレとは?」

「クラウスの動きですよ!とても、golemのそれじゃないですよ!」

「ハハハ、そうかな?まぁ、とりあえずは発表を進めて終わらせないとね」


 そう言ってウィルソンは、手をパンッと叩く。


「さぁ、さぁ、皆さん!球体関節の議論は結構ですが、先に私の話を聞いて頂きたい!」


 そして、会場内の喧騒を宥めつつウィルソンは球体関節の説明を再開する。

 そんな中、会場後ろのドアが静かに開き、一体のwaxwarkが音もなく入って来た。


「何だ?何か用か?」


 最初に気付いた観衆の一人が座ったまま声を掛ける。

 声を掛けられたwaxwarkは、その人物の背後まで歩み寄るとスッと両手を男の頭に添える。


「おい!何をする?」


 そして、コキッとろくろの上の粘土を回すように、男の首を180°回転させた。

 男は、何が起こったのか理解出来ないまま椅子からずり落ちる。

 一瞬の静寂の後に男の連れだったのだろう女性の甲高い悲鳴が会場を支配した。


「何だ!?」

「どうした?」

「おい、今、あのwaxkwarkが!」


 会場に混乱がさざ波のように拡がる。

 それを合図のように複数ある会場の扉が開き、waxwarkの群れが侵入して来て、観衆に無秩序に襲い掛かる。


「うわぁぁぁぁああ!」


 会場に、地獄の蓋が開かれたように殺戮が始まる。

 golemが、しかも複数で人に危害を加える。

 中には、たまたま会場に連れて来ていたwaxwarkが主を守る為に暴走する群れを止めようと立ちはだかるが、直ぐに四肢をもがれて無力化させられる。


「おいおい!何だよ!やべぇ!」


 ジェームズは、その光景に腰が抜けそうになる。


「ジェームズ君!脱出するぞ!!」


 ウィルソンは、呆然とするジェームズの手を引いて唯一、脱出出来そうなステージ脇へと連れて行こうとした。

 だが、ステージ脇からも悲鳴が響き、暴走したwaxwarkの一群が姿を現す。


「これは………奴の仕業か」

「奴?」


 ウィルソンの呟きにジェームズがオウム返しのように問い掛ける。

 しかし、ウィルソンは答えずにジェームズから剣を取る。


「ここは、私とクラウスが何とかする!君は隠れるんだ!」


 ウィルソンの声に弾かれたようにジェームズは駆け出し、ステージのカーテン裏へと身を滑り込ませた。


「まさか………、ここまでするとはな」


 ウィルソンが呟くとクラウスとともに剣を構え、襲ってくるwaxwarkの額へと次々と刺突して無力化する。

 ガタンッ、ガタンッと大きな音が響き、会場の柱が倒れる。


(何だ!あいつら、柱を壊し回ってるのか!?)


 暴走した一部のwaxwarkが手当たり次第、柱を折っているのをカーテンの隙間から確認してジェームズの額から汗が噴き出る。


(このままじゃ、ここが倒壊するじゃねぇか!)


 おそらく、それが狙いなのだろう。

 waxwarkたちから、人間を一人残さずに殺すという無言の殺意を感じてジェームズは焦る。


「居るのは、わかっているぞ!狙いは、私だけの筈だ!こんな馬鹿げたことは止めろ!」


 ウィルソンが目の前のwaxwarkを剣で刺し崩して叫ぶ。

 ジェームズは、誰に対して言っているのか、わからないが息を殺して様子を伺う。


「無関係の者を襲うとは、それでも人の祖か!Adam!」

(Adam?)


 ウィルソンがAdamという名前を叫んだ直後だった。


「ぐっ!」


 ウィルソンの脇腹から、長細い剣先が現れた。


「クッ、クラウス………?」


 ウィルソンが首を動かす。

 後ろにいたクラウスが手にしたレイピアでウィルソンを串刺しにしていたのだ。

 そして、ドンと彼の背中を蹴ると血を流しながら、ウィルソンは倒れ込んだ。


「ぐふッ!ガハッ!」


 倒れ込んだウィルソンを二体のwaxwarkが両腕を拘束して立ち上がらせる。


「ハァ、ハァ………いつからだ?」


 ウィルソンがクラウスに問い掛ける。

 勿論、彼は喋らない。

 すると、クラウスの側に鳥籠を持ったwaxwarkが近付く。

 クラウスは、その鳥籠からインコgolemを取り出すと慈しむように頭を撫で、自身の肩に止まらせる。

 そしてーー、


『最初からだよ、古き友の末裔よ』


 インコの嘴から、流暢な言葉が紡がれるのをカーテンの隙間からジェームズは見えた。


「古き友か………、我が祖先を騙した挙句に奈落に突き落とした者が良く言う」

『結果的に、そうなっただけの事だ。まぁ、過去の事はどうでも良い。それよりもウィルソン、私の下に付くが良い』


 そう言ってクラウスいや、Adamは右手を差し出す。

 ウィルソンは無言で、その手に唾を吐き出す。

 すると、直ぐに鳥籠を持って来たwaxwarkの拳が顔に叩き込まれる。


『やれやれ、愚かなものだな。だが、利用価値はある』


  Adamは、手を振って合図をするとウィルソンを拘束している二体のwaxwarkは引きずるようにステージの脇へと連行して行く。

 それをジェームズは、ただジッと見ている事しか出来なかった。


『さて。ここには最早、用は無いな。いや、一つあるな』


 Adamは去ろうとする寸前、振り返りカーテンへと視線を向ける。


(!?)


『出て来たら、どうだね?新しき友、

                 「ジェームズ」』


  Adamとパーサーの声が重なったと思ったとき、ジェームズの意識がシナゴーグの会場から荒地の戦場へと引き戻された。


「………、パーサー?」

「ジェームズ、どうしたの?しっかりしてよ」


 砂塵と煤に塗れた友人が、声を落として彼を見つめていた。



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