球体関節の舞踏
「やっ、止めろ!!うわぁァァァ!!!」
また何処かで、兵士の断末魔が乾いた大地に響いた。
パーサーとジェームズは、その悲鳴を聞きながら、砂を身体にまぶして身を低く保っていた。
最初にイェニチェリが現れて、どれほどの悲鳴が木霊したことか、時折、生き残りの兵士の銃声が聞こえてきたが決まって直ぐに、生々しい風を切る音とともに途絶える。
「………どうする?」
ジェームズが小声で話してくる。
「今は、ジッとしているしかないよ」
パーサーも小声で返事をすると、ジェームズはチッと舌打ちをする。
「まるで、あの時と同じだな………」
「『あの時?』」
「ああ。シナゴーグに行った時と同じだ………」
そう言ってジェームズは眼を閉じる。
そして、声が決して周辺に聞こえないようにしながら、呟く。
まったく、運が無いぜ。
シナゴーグの廊下を秀麗なWaxwark・golemがジェームズとウィルソンの隣を歩いて行く。
そのたびにジェームズは自分が随分と場違いな場所に来てしまったという思いが頭をよぎる。
(たく、こういう所でテンションが上がるのはパーサーくらいなもんだぜ)
ジェームズの脳裏には、今朝クラウスと同じウィルソン教授のgolemであるクラーディと共に馬車に乗っていった友人の姿が浮かんでいた。
「緊張しているのかい?」
不意に隣を歩くウィルソンから、声を掛けられてジェームズは、「ええ、まぁ」と曖昧に頷く。
「ふむ。君はパーサー・フロイツ君とはgolemに対する情熱が違うのだね」
「ハハハ、あんなgolemバカと同じにしないで下さいよ」
軽く笑いながらジェームズは、ウィルソンに返事を返す。
ジェームズの家はgolemを販売することを生業にしていた。
その為、家族の中で一人はラビがいた方が何かと都合が良いという理由で当時、ブラブラと遊んでいた彼に白羽の矢が立ち、ラビの学校に放り込まれたのだ。
「そんな訳で、家族にラビになれって言われなきゃ、今頃、そこら辺のパブで飲んだくれていましたよ」
「ほうほう、それは君の家族に感謝しないとな」
「なぜです?」
「少なくともラビになれば食うには困らないし、パブで毎日飲んだくれるよりも健康的に一日を過ごせるからね」
ウィルソンの言葉に苦笑しながら、確かにとジェームズは頷く。
そう話していると二人は控え室に到着する。
「クラウス、荷物をありがとう。そこへ、置いといてくれ」
ウィルソンは、部屋に入ると荷物を持っていたクラウスに指示を出す。
クラウスは一度、ウィルソンの方を見ると頷いて荷物を示された場所に置いて、そのまま直立不動の姿勢で待機する。
ウィルソンは、ソファーに腰を掛けると呼び鈴を鳴らす。
チリンチリンと軽やかな音色が響くと暫くして執事服を着用した人間の使用人が入って来た。
「呼び出して、すまないね」
「いえ、お気になさらずに。それで、ご要件は?」
「私の発表の順番まで、あとどのくらいあるか知りたい」
「畏まりました。少々、お待ちを」
使用人は、軽くお辞儀をすると部屋を後にする。
「人の使用人なんて久しぶりに見ましたね」
「そうだね。最近はどこもgolemが代用しているからね。だが、彼の様にゲストのリクエストを柔軟に対応出来るのはまだ、golemには無理だから、暫くは彼が職を失うことは無いだろう」
そう言ってウィルソンは、テーブルに置かれたティーセットに手を伸ばす。
「紅茶はいるかい?」
「いえ、大丈夫です」
「そうかね。ところで先程の話の続きなのだが」
「話?」
「君が家族にラビの世界に放り込まれたと言う話さ」
「ああ、その話ってまだ続いてたんですね」
「ジェームズ君。実は私もね、家族………いや、一族にラビの世界に放り込まれた口なんだよ」
ウィルソンの言葉にジェームズは意外だなという思いが浮かぶ。
「驚いたかね?」
「ウィルソン教授は、どちらかと言うとパーサー寄りの人かと思ってましたからね」
「ハハハ!当然、今はgolemが好きだよ。ラビとしての自分を誇りに思う。だが学生時代は、あまり好きでは無かったがね」
そこまでウィルソンが話していると控え目なノックの後に使用人が入って来た。
「失礼します、ウィルソン様。ご発表の順番ですが、次となっております」
「何?早いな」
「ええ、なんでもご予約しておりました方が急遽、取り止めになられまして、順番が繰り上がっておりました。お早めにご準備をした方がよろしいかと」
使用人に言われてウィルソンとジェームズ、そしてクラウスはすぐに必要な書類を揃えて使用人の案内の下、会場へと足を運ぶ。
ステージ脇に着くと二人は急いで発表の準備に取り掛かる。
ステージには一人のラビが鳥籠を観衆の前に置いて一羽のインコを取り出していた。
「学会の発表なのに、インコ型のgolemなんて玩具を持ってくるなんて、大した度胸だな」
それを横目にジェームズは作業の手を止めることなく呟く。
「あのインコ………。ほぅ、面白いね」
いつの間にか、ウィルソンが手を止めてステージのインコを興味深く見ていた。
「何が面白いんです?」
「まぁ、見ていなさい」
ステージ上のラビがインコに何か合図をする。
すると、
『ハジメマシテ!ハジメマシテ!ボクハ、バーナドトイイマス!』
突然、インコが言葉を喋り出して会場はどよめく。
「教授!今、アイツ喋りましたよ!」
「ああ、そうだね」
二人が会話をしている間にもインコは、今の気分や日常の他愛もない事を喋り、製作者のラビは満足げに解説をしている。
「あれは、どうやらインコの内部に小型の蓄音機を仕込んでいるね」
「え?それは、ズルじゃないですか?」
「そうとも言えないね。見給え、あのインコはラビのちょっとした動作や言葉を読み取って適切な言葉を選定して音声を発している。これは大したものだ」
ウィルソンは、インコの様子を眺めながら、面白そうにジェームズに解説する。
短いようで長い発表を終えたラビは多くの拍手とともにステージ脇へと戻って来る。
ウィルソンも、そんな彼に軽く拍手をして讃えると会場にウィルソンの名前が響く。
「さて、行こうか皆」
ウィルソンは、散歩に出かけるようにクラウスを伴いスタスタとステージへと歩いて行く。
ジェームズは、ここに来て緊張で喉の渇きを覚えつつ、ぎこちない動きで後に続く。
「まずは、権威あるシナゴーグと学会員の皆様の前で発表する栄誉に感謝を」
ウィルソンは、そう言って手を胸に当て、軽く片膝を曲げる礼をする。
ジェームズも慌てて、同じ動作で礼の姿勢を取る。
「先の発表の後でインパクトに欠けるのではと内心、冷や冷やしておりますが、よろしくお願いしたい」
ウィルソンが戯けたように言うと観衆は、クスクスと笑いが漏れる。
「私が発表したいのは『彼』です。クラウス、前へ来てくれ」
ウィルソンの手招きでクラウスが一歩前へと進み出る。
観衆は、見た目が普通のWaxwarkであるクラウスに注目する。
「上着を脱いでくれ。ジェームズ君は彼の服を持ってくれたまえ」
クラウスは、命じられた通り上着を脱ぎ出す。
その動作に前列に座っていた観衆の一部が、なんと滑らかな動きなのだと眼を見張る。
そして、クラウスの上半身が露わとなる。
「皆様、お手元のオペラグラスを手にして彼の関節部をご覧ください」
会場の人々が一斉にオペラグラスでクラウスを見つめる。
会場からは、粘土材では無いと口にする観衆のざわめきが走る。
「お気づきでしょうか?彼の関節に施された球体を」
ウィルソンは、クラウスの球体関節を強調するため、一度言葉を切る。
「従来のgolemの関節には柔らかい粘土材が用いられてきました。硬質素材では関節としての可動が成立しないためです。しかしその特性上、脆く、頻繁な整備を必要としました。また、動作もどうしてもぎこちないものにならざるを得なかったのです」
ウィルソンは、教壇に用意された水を一口飲む。
「そこで私は、東洋ーー日本の知人であるラビ・ヨシダと共に『球体関節』と言って今までのgolemをより滑らかに、より人間らしく動作させることが出来るシステムを開発しました。では、東洋の諺で『一見は百聞に如かず』と言う言葉通りに皆様に見て頂きましょう」
ウィルソンの言葉を合図にジェームズはクラウスの服を脇に置き、細い筒を持ってクラウスとウィルソンの間に立つ。
そして、筒の蓋を外す。
中から現れたのは二本のレイピアだった。
ウィルソンは一本をクラウスに手渡す。
すると、クラウスはオンガルドと呼ばれるフェンシングの基本の構えを取る。
その所作だけで会場から息を呑む気配が漂い出す。
「私事ですが、陸軍の友人に勧められてフェンシングを嗜んでいます。彼、クラウスの球体関節の実演に丁度良い機会なので披露しましょう」
ウィルソンもレイピアを手に取ると真っ直ぐにクラウスに構えを取る。
ジェームズは、二人の間に立ったまま喉を鳴らす。
そして、会場の声は、さざ波のように静まり返り、静寂と感心のみが支配していた。
「Êtes-vous prêts ?(準備は良いですか?)」
ウィルソンの静かにだが、会場に拡がるような声が響く。
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