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通気口の先で

『こちら、右舷エンジンルーム!!たっ、助けて下さい!不気味なgolemが!』

『左舷エンジンルーム!!早くしてくれ!扉が持ちそうにない!』


 伝声管から伝わる緊迫した声が艦橋内に響き渡る。


「暫く耐えなさい!大丈夫よ!直ぐに助けが行くから!」


 リリスは伝声管を掴み、各エンジンルームの牧師を励ますために声を掛ける。

 ガツンッ!ガツンッ!

 艦橋内に響く重い金属音。


「中尉、少尉!もっと押さえつけるんだ!突破されるぞ!」

「くそ!いったい何なんだ!青年同盟どもが飛行船に潜んで居たのか!?」

「アリ中尉!もっと押さえて!」


 艦橋に通じる鉄の扉をハミルトン、リヒト、アリ中尉が必死に押さえていた。

 扉から、少し離れた位置ではマリアが両手を組み祈りを捧げ、その前にクラーディが彼女を守るように立ちはだかる。

 こんな状況になったのは、パーサーが出て行ってすぐ後の事だった。

 突如、出現したFresh・golemに飛行船内は混乱の淵に追い込まれていた。 


『少尉(Leutnant)!ギュンター伍長です!自分を含めて四名、武器庫に到着しました!』


 そんな中、伝声管からギュンターの声が響き、一同は希望を見出す。


「よし!でかしたぞ!シスター・リリス、ギュンターに短機関銃で忌ま忌ましいgolemたちを掃討するように伝えて下さい!」


 リヒトは、扉を押さえながらリリスに頼む。

 しかし、


「駄目よ!」


 リリスは即答で却下する。


「ギュンター伍長!船内での火器の使用は絶対に禁止よ!」

『何ですって!?』

「忘れたの!?この船は水素で浮いているのよ!もし、銃弾が天井を撃ち抜けば、その瞬間、全員、爆死するわよ!!」

『クソッ!では、どうすれば?』


 焦った様子で聞き返すギュンターにリリスは、一瞬沈黙する。


「少なくとも三名一組になりなさい!二人が一体の動きを止めている間に残りの一人が鋭利な物で"e"を削るのよ!」

『golem相手に格闘戦!?そんな無茶な!!』

「ギュンター!シスター・リリスの言う通りにするんだ!」


 リヒトは、叫んでギュンターに命令すると伝声管から了解と返事が戻る。


『野郎ども!銃剣と、そこらの鉄パイプで武装するんだ!化物どもにドイツ帝国突撃兵の恐ろしさを見せてやるぞ!』


 伝声管から伝わる怒鳴り声に続き、無理はしないでとリリスが声を掛ける。

 その時、飛行船全体を揺さぶるような衝撃が、ドンと叩きつけられた。


「リリス先生!右舷のエンジンに火が!」


 慌てて艦橋から右舷側を覗いたマリアがリリスに報告する。


「チィッ!右舷エンジンルームを突破されたのね!……右舷、聞こえる!?」

「ウォ!舵が効かねぇ!あと、高度も下がってるぞ!」


 舵を握るネッドも焦った様子で報告を飛ばす。


「リリス先生!!まだ、エンジンを直せるかも知れません!私、エンジンルームに行ってきます!」

「マリア!何、言ってるの!危険よ!」

「そうだ!エンジンルームにはFresh・golemが暴れている筈だ!私も承服しかねる!」


 マリアの提案にリリスとハミルトンが反論する。


「でも!このままでは、墜落します!幸い、ここの通気口から私なら、通れる筈です!」


 マリアは、そう言って通気口を指差す。

 リリスは、沈黙して考え込む。


「わかったわ。行って来なさい」

「リリー!!」


 まさかの彼女の判断に扉を押さえて額から汗を流すハミルトンがリリスの愛称を呼ぶ。


「大丈夫よ、イアン。私の生徒なら、何とか出来る。それに頼もしい護衛もいるわ」


 そう言って、マリアの隣に立つクラーディを見やる。

 ハミルトンは、その言葉に小さくわかったと口にする。


「でも、良いわね。無理はしないのよ!絶対に!」

「わかりました!」

「マリア嬢、通路に出たら、私の部下を探して護衛してもらうんだ!」


 リヒトの言葉にも頷くとマリアはクラーディに行きましょうと声を掛ける。

 クラーディは、軽く頷くと足元の通気口の蓋を掴みバキッと無理やり取り外す。


「行ってきます」


 マリアは、そう言ってクラーディとともに暗い通気口へと身を滑り込ませた。


 その頃ーー

 艦橋へと続く通路を、パーサーはジェームズに背中にナイフを当てられながら歩いていた。


「ヴィクターの奴、簡単な命令なら自己判断で動ける?冗談じゃない!高度を下げろと言ったのにエンジンを破壊しやがったのか!全員、殺す気かよ!」


 先程の飛行船の衝撃を受けて命令していたFresh・golemがエンジンに何かをしたことに気付いてジェームズは歯噛みし、舌打ちをした。


「ジェームズ、もう止めようよ。こんなこと!」

「すまないな、パーサー。それは無理だ」


 パーサーの懇願に直ぐに首を横に振るジェームズ。

 そこへ、通路の奥から人影が現れた。


「坊主!無事か!?」

「ヨハン伍長!」


 リヒトの部下のヨハンだ。

 彼は額から血を流しながら、二人に近付く。

 ジェームズは小声で妙な真似はするなよと警告すると、背中のナイフを押し付ける強さを緩める。


「たく!そこら中に化物じみたgolemが現れて船を壊し回っていやがる!」

「ヨハン伍長は、大丈夫ですか?」

「ああ、さっきの爆発で頭を打ったがかすり傷だ。んで、隣のあんたも大丈夫かい?」


 ジェームズを牧師だと思っている様子のヨハンは、そう声を掛けるとジェームズは問題ないとわざと息を荒くして返事を返す。


「それより、俺たち艦橋に呼ばれてるんだよ」


 ジェームズは、慌てているような口調を作り話す。


「艦橋か、それなら俺が護衛してやろう」

「いや、アンタは通路で暴れて塞いでいるgolemを何とかしてくれよ、兵隊さん」


 ジェームズの言葉にそうだなとヨハンは頷く。

 パーサーは、何とかジェームズの正体を伝えたかったが、背中のナイフが口を開ける事を拒む。


「それじゃ、気を付けてな!」

「ああ、アンタもな!行くぞ、パーサー!」


 そう言ってジェームズは、パーサーを先頭にヨハンと別れようと背中を向けた。

 そのとき、パーサーは腕を強く引っ張られてジェームズと引き離された。


「「!?」」


 突然の事態に二人は眼を見開いて硬直する。


「何すんだ!?」


 直ぐにジェームズが怒鳴る。

 しかしヨハンは、その怒声に銃剣を突きつけることで返事を返した。


「おいおい、何だよ?」

「ヨッ、ヨハンさん!」

「大丈夫か、坊主?」


 明らかにジェームズの正体を見抜いていた。


「……どこで気付いた?」

「最初からだよ、小僧。お前、あの時、エッフェル塔のてっぺんで、こいつを追い詰めていたガキだろ?」

「はっ、人違いだったら、どうしてたんだ?」

「まぁ、そんときは、そんときだな。だが、お前。坊主を『パーサー』って呼んだろ?何故か知らねぇが、こいつは今、対外的に『ベルメール英国陸軍士官候補生』って名乗ってんだよ」


 そう言うが早いかヨハンは、ジェームズを捕らえようと間を詰める。


「チッ!」


 ジェームズは、寸前のところで近くの扉へと駆け込む。


「待ちやがれ、ガキ!」

「ヨハン伍長!多分、ジェームズがgolemを起動したんだ!彼を捕まえれば、全て停止できる!」


 パーサーの呼びかけに任せておけと返事をしてジェームズを追う。

 しかし、ヨハンが扉へと入ろうとしたとき、ジェームズの代わりにFresh・golemが出て来てヨハンの手首を掴む。


「クッソ!離せ!」


 そして、万力の様な怪力で手首を握り締めて鈍い骨が折れる音が木霊する。


「ぐぁぁぁ!」

「ヨハン伍長!!」


 パーサーは、咄嗟にFresh・golemに体当たりする。

 しかし、Fresh・golemはたじろぎもしない。

 しかも、体当たりしたパーサーを半分生体の顔を向けて虚ろな瞳で見やる。

 パーサーは、心臓を掴まれた様に恐怖で動きを止める。


「このやろう!」


 ヨハンは自由な方の手に銃剣を持ち替えて、Fresh・golemの頭を滅多刺しにする。


「駄目だ!額の"e"を狙って!」


 パーサーの叫びに冷静さを少し取り戻したのか、やっとgolemの弱点を破壊する。

 砂のようにボロボロに崩れ去るFresh・golemを眼の端にしながら、ヨハンは壁に寄って肩で息をする。


「ヨハン伍長!」


 パーサーは、ヨハンに近付くと心配そうに彼の容態を確認する。


「……酷い、手首が」

「気にするな、まだ戦える」


 ニヤリと強がるヨハンだったが、明らかに手首が青く腫れ上がり、骨が一部見えて重傷を負っていた。


「それより、早くアイツの後を追うぞ」

「はい!」


 二人が動こうとしたとき、通路の通風口が、ガタッと振動した。


「新手か!」

「ヨハン伍長、銃剣を貸して下さい!僕がやります!」


 慌てた二人が通風口を警戒していると、バンと音を立てて開き、パーサーの見慣れた白髪の頭が現れた。


「クラーディ!」


 クラーディは目の前にいるパーサーを確認するとキョトンとして首を傾げる。


「驚かせるなよ!なんで、ここから出てきたんだ?」

「パーサーくん!」

「マリア!?」


 パーサーがクラーディを引っ張り出すと次にマリアが通気口から出て来て笑い掛ける。

 しかし、側にヨハンの姿を見ると慌ててベルメールくんと言い直す。

 それにヨハンは、痛みを堪えて笑う。


「今更だぜ、お嬢さん。アンティキティラで散々、俺たちの前で坊主の本名を呼びまくってただろ」

「えっ?そうでしたか!ごめんなさい、パーサーくん!」


 マリアは、パーサーに申し訳無さそうに頭を下げるが、パーサーは大丈夫だよと苦笑する。


「そのお陰でさっき、ヨハン伍長に助けられたんだ」

「何かあったんですか?って、ヨハンさん!手が!」


 マリアは、ヨハンの手首の負傷に気付いて青ざめる。

 ヨハンが、大丈夫だと口にしようとすると、マリアは自分のスカートの端を切り裂いて即席の包帯にして怪我に巻く。


「まっ、マリア!」


 パーサーは、スカートから覗くマリアの素足に慌てて視線をズラす。

 ズラした先でクラーディと眼が合う。


「なっ、何だよ!お前も向こう向けよ!」


 パーサーが、そう言うとクラーディは、ハイハイと言った様子でわざとらしく視線をズラす。


「イテテテ。ハハハ、坊主、約得じゃないか、ハハハ」


 ヨハンは、そんなパーサーを痛みに耐えておちょくりだして一瞬だが、張りつめてた空気が、ふっと緩んだ。

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