観戦武官
その日、パーサーは緊張に包まれていた。
「ロープを切り離せ」
「アイ、サー!ロープ切れ!」
ハミルトンの号令で、飛行船を係留していたロープが次々に切り離されて行く。
それと同時に飛行船の高度はどんどん上がり、宮殿で一番高い尖塔を見下げる高度まで昇る。
「針路をカッパドキアに取れ」
「アイ、サー!針路、カッパドキア!」
ネッドが、復唱して舵を回す。
今日、いよいよ戦場へと向かうのだ。
昨日、マリアとクラーディと一緒に異国情緒あるコンスタンティノーブルを巡って楽しんだことがまるで、遠い昔のように感じる。
ふと横を見るとマリアも青い顔をして主の祈りを唱えていた。
見習いのラビである自分よりも、見習いの聖職者である彼女の方が、戦場へ向かう重さは大きいのだろう。
パーサーはそう思いマリアを見詰める。
「マリア、大丈夫かい?」
パーサーは、マリアに話し掛ける。
「……はい。大丈夫です」
マリアは、無理に作った笑みで答える。
大丈夫ではないのは、誰の眼からも明らかだった。
当然だ。
これから、優しい彼女の目の前で命のやり取りが始まるのだから。
「無理はしないで」
「ありがとう、パーサーくん。でも、私は見届けないといけないんです。これから、主の下に行ってしまう方たちの為に祈らないと」
そう言って両手を合わせて眼を瞑り、これから失われる命に対して祈りを紡ぐ。
パーサーは、彼女なりに覚悟を決めているんだと理解する。
(僕もちゃんとしないと!)
パーサーも、これから始まる眼下の命のやり取りをしっかりと記憶しようと決意を固める。
「基幹要員は、ミーティングルームへと集合せよ」
そこへ、ハミルトンの声が響く。
その一言で、空気は切り替わった。
「クラーディ。君はマリアに付いてて」
それぞれがミーティングルームへと向かう中でパーサーは、クラーディに小声で命令する。
クラーディは、了解したと軽く頷き、パーサーから離れてマリアの側に移動する。
「さて。皆、揃ったな」
ミーティングルームで、ハミルトンは作戦図の周囲に集まる面々を確認する。
「まずは、リヒト少尉。貴官の国に何か動きはあったかな?」
「ええ。昨日、報告がてら我が国の大使館に顔を出したんですが、特に変な動きはしていなさそうでしたね」
ハミルトンの問いかけにリヒトは、自然に答える。
「ん?ちょっと待ってください」
ここで、パーサーは疑問に思い口を挟んだ。
「どうした?」
「いや、リヒト少尉はドイツの事を報告しましたが、母国の事を僕らに話すのは普通に問題になるのでは?」
「ハハハ!心配してくれて、ありがとう。でも、問題無いよ。私の受けた命令は、シスター・リリス一行の護衛だからね。シスターたちに万が一危険が無いように不安事項を下調べするのは護衛任務の範疇だ」
そう言ってリヒトは笑う。
「それに今回の事は我が母国は関与していないと思うしね」
「ほう、理由を聞いても?」
リヒトが言い切ったことにハミルトンは興味を持ち、質問する。
「我がドイツなら、小細工を使うよりも大軍を迅速に動かして作戦を終わらせるからですよ」
勿論、情報戦も行うがねと、母国、ドイツの強さと誇りを乗せてリヒトは断言する。
「ふむ。確かに、その通りだな」
ハミルトンも納得する。
「では、次に現在のオスマン帝国軍について、アリ・アー中尉」
ハミルトンが声を掛けると、壁際から褐色の肌をした男が作戦図を拡げたテーブルへと近付く。
「改めて、紹介しよう。彼はオスマン帝国陸軍、アリ・アー中尉だ」
「アリ・アー中尉です。私は諸官らとの連絡将校兼、我が軍の展開についてのアドバイザーとして同行しております」
そう自己紹介するとアリ中尉は早速、作戦図に駒を配置しだす。
「現在、我が軍は反乱勢力を渓谷に押し込める形で展開しており、本日1000時にエレファンタスでの制圧射撃を皮切りにタロースを先頭に突撃。その後に歩兵での掃討、制圧を実行する予定になっております」
アリ中尉が説明しつつ、駒を動かす。
(この地形って、凄く狭いな。これじゃ…)
「候補生。何か疑問か?」
作戦図に描かれた地形に眉をひそめて見ていたパーサーにハミルトンは声を掛ける。
「えっと、その…」
「発言を許す、疑問があれば積極的に発言せよ」
「ありがとうございます、Sir。あの、この地形だとタロースが充分に展開出来る地積がありません。ここの部分なんて一体がギリギリが通れる隙間しかありません。これではタロースが各個撃破されてしまいませんか?」
「その通りだ、候補生くん。だが、その心配は杞憂だ」
アリ中尉は、そう言うと新しい駒を取り出してパーサーの指摘した地形に配置する。
(鹿?いや、これって)
「鍵となるのは、このガゼル型のgolemだ」
「このガゼル型とは、主に速度を重視した伝令用の軽golemでしたよね?」
「よく知っているな。確かに、そうだ」
アリ中尉は、一度頷くとパーサーに向けてニヤリと笑う。
「本作戦では、ガゼルに爆薬を搭載させるのだ。タロースの各個撃破を防ぐ為に狭い地積の手前で停止させ、ガゼルを先行させる」
「狭い地積を爆破するんですか!」
「そうだ。敵が罠を張っていようとガゼルとともに吹き飛び、道も拡幅できる」
これで問題は、無いだろとアリ中尉は言葉を締める。
「最終段階では、敵を峡谷から押し出し、この開けた平地で包囲殲滅する」
「あの!」
アリ中尉が説明を終えると同時にマリアが手を挙げた。
「何だね?」
「包囲する前に、降伏を促したりはしないのですか?」
「降伏勧告はしない」
「そんな!やるべきです!中には戦意を失った人も居るはずですよ!」
アリ中尉の回答に納得できないとマリアは、更に言葉を重ねる。
しかし、アリ中尉はため息をついてマリアへと向き直る。
「殲滅がスルタンの意志なのだ、お嬢さん」
「関係ありません!無益な殺生ではありませんか!」
「マリア嬢、そこまでだ」
マリアとアリ中尉の間にリヒトが間に立つ。
「残念ながら、我々に彼らの作戦に口を挟む権利は無いんだ」
「少尉の言う通りだ。我々いや、私の任務は観戦武官。ここであった事象を報告する事だけだ。そこに彼らの作戦に口出しはできん」
リヒトとハミルトンに諭さされてマリアは下唇を噛み顔を下に向ける。
パーサーは、そんなマリアの肩に手を置いて慰める事しか出来なかった。
『作戦地域上空に近付いて来たぜ』
そこへ、伝声管からネッドの声が届いた。
「丁度、良い時間ですね。では皆さん、我が軍のショーへと案内します」
そう言って議論が終わったとばかりにアリ中尉は、全員をミーティングルームの出口へと誘う。
パーサーは、これから行われる戦いをショーと言い切った中尉に背筋に冷たいモノを感じつつも彼の後に従った。
暫くしてパーサーたちは双眼鏡を手に艦橋に集まっていた。
飛行船の眼下では、峡谷の入り口を半包囲するように部隊が展開しており、後方でエレファンタスが一列に並ぶ。
「作戦開始まであと、10秒」
アリ中尉は、懐中時計を手にカウントを始める。
「5、4、3、2、1、0」
アリ中尉の0カウントと同時にエレファンタスの長い鼻に吊るされた爆弾がカタパルトの要領で次々投射される。
爆弾は、渓谷の岩場に突き刺さると上空にまで届く音を響かせて炸裂する。
ドーン、ドーン、ドーン。
轟音とともに、飛行船を振動が襲う。
「……凄い……」
渓谷を破壊し尽くす光景にパーサーの口から、思わずそんな呟きが漏れる。
反乱勢力である青年同盟からの反撃を許さない投射量だった。
パーサーがチラリとマリアを伺うとマリアは、その光景から眼を離さずにしっかりと見つめていた。
時折、口が動き主への祈りを捧げており、眼の端から涙が浮かんでいた。
「マリア、辛かったら部屋に居ても良いんだよ」
パーサーは思わず、そう話しかけた。
「いいえ、大丈夫です。私は……見届けないといけないんです」
気丈にマリアは答える。
パーサーは、せめてもと思い彼女の手を握る。
マリアは、その手を確かに握り返して感謝を伝える。
「如何ですかな、観戦武官殿?」
そこへ、アリ中尉がハミルトンに声を掛けるのが眼に入る。
ハミルトンは、難しい表情で戦況を見つつ、アリ中尉に細かい兵の配置を確認する。
「あの、アリ中尉」
「どうした、候補生くん」
「ここまでする必要があるんですか?相手はもう戦う力が無くなっているんじゃ?」
パーサーの問にアリ中尉は、自国の士官候補生に座学をしているように腕を組み、解説する。
「確かに見た目のうえでは戦力を喪失しているように見えるが、ここはカッパドキアだ」
そう言ってアリ中尉は、渓谷を指差す。
「あそこには古い遺跡が密集している。学者が言うにはかなりの規模の地下都市が存在しているらしい。奴らは、それらを利用しているから、見た目ほどダメージを喰らってはいないのだよ」
この投射量では、まったく足りないとアリ中尉は解説する。
「おっと、話している内に渓谷の入り口は攻略したみたいだな」
眼下では、いつの間にタロースが渓谷の入り口を突破して、歩兵部隊が雪崩を打って制圧に掛かっていた。
「この後でガゼルを投入します」
アリ中尉の言葉にパーサーは、思わず気分が悪くなり、情けないと思いつつハミルトンにトイレに行ってきますと一言、告げると艦橋を後にした。
暫く歩いた後、パーサーは耐えきれなくなり、通路で嘔吐した。
口に残る苦い酸味と床に拡がった匂いがパーサーを支配する。
下の世界では、これ以上の血の匂いと悲鳴が充満しているのだと思うと更に気分が悪くなる。
「ハァ、ハァ、最悪だ………。マリアは、ちゃんとしてるのに」
つい、先程までマリアを気遣っていたのに自分が耐えきれなくなってしまった事にパーサーは、涙を浮かべる。
「ウッ!」
そして再び、胃の中のモノが喉からせり上がってくる。
「おいおい、大丈夫ですかい?」
そう言って誰かがパーサーの側に片膝をついて背中を擦る。
「ゲホッ、ゲホッ!だっ、大丈夫です!」
パーサーは、そう言いつつも膝に力が入らずに顔を上げられなかった。
「深呼吸をして、そうだ。ゆっくり」
「ハァ、ハァ、ありがとうございます」
眼の端に映る白いズボンで、介抱してくれている人物がジファールの牧師だと気付いてパーサーは、礼を口にする。
「無理は、しない方が良いですぜ?」
「大丈夫。……大丈夫です」
「そうは見えないぜ、パーサー」
「え?」
いきなり、自分の本名を言われてパーサーは顔を上げる。
「!!」
そして、驚愕に眼を大きく見開く。
「よう」
相手は、親しげに口元に笑みを浮かべてサッとパーサーの首筋に冷たいナイフの刃を押し当てる。
「なっ、なんで、君が!?
ジェームズ!!」
パーサーにナイフを押し付けた人物、ジェームズの笑みが深まる。
そして、彼の背後の格納庫へと続く扉がガンッと音を立てて開き、中から人間の死体とgolemが融合した歪なgolemの集団が姿を現す。
「フッ、Fresh・golemまで…………」
「さて、案内してくれよ、親友」
まるで、近くの飲み屋まで行こうと言うような気軽さでジェームズは、驚愕で固まるパーサーを引き立てるのだった。
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