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生徒『たち』

「ヴェルナーの無礼は私が謝ろう」


 そう言ってハリルは、頭を下げる。

 パーサーとマリアは、慌てて謝罪は結構ですと宰相の頭を上げさせる。


「それよりもハリル宰相様、お聞きしたいことがあります」

「何だね、マリア女史?」

「ヴェルナーくんは何故、オスマン帝国に?」

「彼から聞いていないかね?」


 そう言ってハリルは、自身の白ひげに手を添える。


「はい。気になっていたんですが、聞くタイミングを無くしてしまいました」

「そうか。いや、何、簡単な話だ。我が帝国の教会区を拡張しようと言う話になってね。それでカトリックから派遣されて来た神父の従者として彼も一緒に来たのだよ」

「そうだったんですね」


 納得がいった様子でマリアは頷く。


「学生なのに派遣されることって、神学校にはよくあるの?」


 そこにパーサーが不思議そうに質問する。

 マリアは、再び頷く。


「神学校に二年在籍していると、派遣されたりする神父または牧師様の御付きの者として、お声を掛けられるんです。そして、その方の下で主の各教会で実際に働いて主のお言葉を布教したり、実践的な機械の整備や開発をしていくんです」


 要は実地での研修みたいなものです、とマリアが説明したところで、ハリルが軽く咳払いをする。


「マリア女史。優秀な、が抜けておるぞ」

「どう言うことですか?」

「ハハハ、ベルメール候補生。それはな、神学校で優秀な生徒を神父や牧師が選別して連れて行くのだよ。大半の生徒は三年まで学校で過ごして卒業する」


 選別されて実地で学ぶ者たちは、言わばエリートなのだよとハリルはマリアの説明を補足する。

 そして、ハリルはマリアをニッコリと見詰める。


「彼女は、そんな中でも、あのカトリックとプロテスタントからも認められる聖女の称号を持つシスター・リリスの従者なのだよ。これは、そんじょそこらの神父や牧師の従者とは格が違う」


 そうだろうとハリルはマリアに問うと彼女は、そんな事はありませんと否定する。


「ハハハ!そうかい。ところで、二人は我が帝国にはデヴシルメという制度を知っておるかね?」


 ハリルが口にしたデヴシルメという制度に二人は首を横に振る。


「帝国は、常に優秀な人材を求めておる。デヴシルメ制度というのは優秀な子らを我が国最高教育機関で無償で学ばせて将来の宰相や軍の高官へと育てる制度なのだよ。勿論、帝国に使える上で思想や宗教を代えよ、などとは強制せんよ」


 ハリルは、そこまで言うとどうかねとパーサーたちに問う。


「私の生徒たちを勧誘してもらえないで頂けるかしら、宰相さま?」


 二人が口を開こうとした瞬間。

 テラスの空気を切り裂くように、リリスの声が響いた。


「「リリス先生!」」


 コツ、コツと足音を響かせてリリスは、ハリルの前で歩み寄る。


「これはこれは、シスター・リリス。バツが悪いところで会いましたな」

「ええ。そうですね、ハリル宰相閣下。私の生徒たちをヘッドハンティングなんて抜け目ありませんね」

「ハハハ!何、優秀な子らを見るとついデヴシルメで勧誘したくなる性分なのでね。しかし、マリア女史は貴女の下にいた方が将来は確かに約束されておりますな!」


 ハリルは、快活に笑いマリアに余計なお世話だったなと声を掛ける。


「だが、ベルメール候補生。君はどうかな?デヴシルメで我が帝国に来ないか?golem技術で言えば英国には劣る。だが、それも直ぐに追いつくーーいや、追い越すぞ、我が帝国は。君が良ければ、その一端を君も担える。ラビとしては中々な栄達だろう?」

「いや、僕はラビとしての栄達は望みません」


 パーサーは、ハリルの提案に首を振る。

 ハリルは、怪訝そうに何故かねと問う。


「勿論、ラビとして一人前になりたいと思います。でも、それは他の国や人から与えられた環境で、とかじゃなくて僕の力で凄いgolemを作って叶えたいんです」


 パーサー自身も青臭い事を言っている自覚があり、少し恥ずかしくなる。

 しかし、それはパーサーの偽りの無い本心だった。


「そうかね。それは立派だ。しかしね。世の中は、その志を持っていても叶えられない者は五万といるのだよ。そうだ!私が君の後見人となろう!いいかね?良い後見人と出会えるのも縁というのも君の力だぞ!」

「いえ、それでも……」

「ハリル・パシャ宰相閣下。私は生徒『たち』と言いましたわ」


 リリスは、ハリルとパーサーたちの間に入り、静かに告げる。


「ベルメールも、この旅を通じて立派な私の生徒の一人なのです」

「これは奇なること、貴女は教会のシスターでは?ラビを生徒とするとは誰が決めたことなのですかな?」

「他でも無い、私が決めたのです」


 リリスとハリルは睨み合いとは違う何か別な視線でお互いを見る。


「ふっ、ハハハ!そうですか、それは失礼した」


 先に視線を切ったのはハリル宰相だった。

 彼は笑いを絶やさずにパーサーたちに一言、しつこく勧誘し過ぎたと謝罪をすると踵を返して去っていく。


「今日は我がコンスタンティノーブルを楽しんでくれ」


 そう言葉を残して姿を宮殿の奥へと続く廊下へと消えて行った。

 そして、その去り際に一瞬、ハリルの瞳に冷徹な光が宿るのを静かに佇むクラーディは見逃さなかった。


「まったく。あなたたち、まだこんな所に居たなんて早く遊びに行きなさい。また、変なのに絡まれるわよ」


 腰に手を当ててリリスは、二人に告げる。


「すっ、すみません」

「そうですね!パーサーくん、クラーディ、行きましょう!」


 マリアは、直ぐに気持ちを切り替えてパーサーとクラーディの手を引く。


「おっとと、ちょっと待ってマリア!リリス先生!」

「どうしたの?」

「ヴェルナーって奴を知ってますか?」

「ヴェルナー?ヴェルナー・フォン・ブラウンの事かしら?」

「はい!アイツってリリス先生から見てどんな感じですか?」


 パーサーの問にリリスは一瞬、考える。


「マリアが秀才なら、彼は天才よ」

「天才?アイツが?」

「ええ、まさに天賦の才を持つ者よ。彼なら将来、その頭脳で月へと行く乗り物を作れるんじゃないかしら」

「月?まさか」

「彼ならやれるわ」


 リリスは、キッパリと宣言する。

 リリスに、そこまで言わすヴェルナーにパーサーは彼への認識を少し改める。


「でもね」

「でも?」

「私は彼の事はあまり好きではないわね」


 リリスは、そう言うと早く行きなさいとパーサーたちを見送る。

 そして、飛行船の補給品のチェックをする為に中庭へと赴く。

 飛行船の周辺では、何人もの人夫が忙しなく大きな荷物を抱えて搬入作業をしていた。


「もし、シスター」

「なにか?」

「この荷物は何処に置きましょうか?」


 一人の人夫が話し掛ける。

 生粋のオスマン帝国の人間では無い白人の人夫。

 だが、人種の坩堝たるオスマン帝国では特に珍しい事では無い。


「これは、工具室にお願い」

「あい、シスター」


 人夫は、頭を下げると荷物を飛行船へと運ぶ。

 そして、飛行船に入るとニヤリと笑う。


「近くで見ると、おっかねぇけど、かなりの美人だな、パーサー」


 そう人夫いや、ジェームズはこの場にいない友人に呟いた。










 ハリルは、自身の執務室の前へと戻って来ていた。

 そこは朝だというのに日陰になっており、若干暗くなっていた。

 宮殿の防御を意識した複雑な構造上、どうしても四六時中影が差す部屋がある。

 それが、この執務室だった。

 別にハリルが閑職である訳では無い。

 なんなら、大宰相の次に位の高い宰相だ。

 彼は、この執務室を好んで使っていた。

 他の人は、そんな彼を清貧だとプラスに受け止めていた。

 別にハリルは、それを否定したり、肯定したりはしなかった。


「ここで待て」


 ハリルは、イェニチェリに命令して部屋に入る。

 中も薄暗く、家具も執務机とソファーのみの部屋。

 その部屋に一人、ヴェルナーが立っていた。

 彼が、部屋に立っていると輝く様な金髪の為か、存在感が一層増す感じがする。


「接触は禁じていた筈だ」

「そうでしたが、思いがけずにマリアと出会いまして、話しかけないと不自然だったので」


 ハリルの問い詰めにヴェルナーは、怯みもせずに淡々と答える。

 そんな彼を横目にハリルは、執務机の椅子にドカッと座る。


「言い訳は良い」

「はい、閣下」

「フン。それで?例の進捗は?」

「ええ、2ヶ月前の実戦テストで見えた課題は問題なくクリアしました」

「そうか。他に報告は?」

「閣下が、その気になれば今回、派遣される者たちを殲滅可能です」


 ヴェルナーは、まるで散歩の行き先を提案をするように、淡々と告げる。

 ハリルは、少し考えてヴェルナーに口を開く。


「いや、今回も一人か二人生きて返せ」

「その御心は?」

「恐怖を、あの傲慢なスルタンに恐怖を与える為だ」


 ハリルの顔つきが険しくなる。

 そして、小声で呪詛の言葉を口にする。

 ヴェルナーは、そんな様子を興味無さそうに一瞥する。


(つまらん奴。そんなに憎いなら、さっさと僕の玩具で狩れば良いのに)


 一切、表に出さずにヴェルナーは、そう思った。


「しかし、宰相閣下。次に用意した改良型は対golemだけでは無く対人にも特化しています。そんなに都合良く生き残りを作れませんよ?」

「地上の兵共は、一人も残さずに処理せよ」

「それでは生き残りは出来ませんが?」


 ヴェルナーが疑問を口にするとハリルは構わんと一言のみ告げる。


「ん?ああ、成る程。『地上は』ですね」


 そこでヴェルナーは、気付いた様に声を上げる。


「ふん。最初っから、わかっておったくせに」

「いえいえ、そんな事は」


 面白く無さそうに口にするハリルにヴェルナーは、わざとらしく肩を竦める。


「閣下のお考えなど、一、神学生たる僕には恐ろし過ぎて推察なんて出来ませんよ」

「ハッ!どの口が言っておる!恐ろしいとは貴様の事を言うのだ!」

「僕?」


 とぼけた様にヴェルナーは、聞き返す。


「貴様は、私の計画を知り、消されるはずだったのに計画の穴を指摘し、尚且つ、改善案を突きつける。次に、あの強力な兵器を短期間で作り出した。終いには協力するから、資金を援助してくれだと?」


 ハリルは、ヴェルナーの瞳を凝視する。


「貴様が計画の成功の暁に約束させた多額の資金。あれは何に使う気だ?いや、何を目的にしている?」


 ハリルの詰問にヴェルナーは、クスクスと笑い出す。

 薄暗い部屋の窓辺へと歩いて行き、空を見上げる。

 彼の中性的な見た目も相まって、一つの絵画のようだった。


「僕の目的ですか?言っても笑わないですか?」

「不必要な問答は不要だ」

「世界の果てを見に行くことですよ」


 サラリと答えたヴェルナーにハリルは、何と問い返す。


「果てですよ。世界の果て。僕が行っても良いし、僕の作った乗り物で他の人が行っても良い。何なら、宰相閣下が行ってくれますか?」

「何をバカな。アマゾン辺りにでも行くつもりか?」


 ハリルの受け答えにヴェルナーは、アハハハハと軽やかに笑い出す


「アマゾン?いや、まさか!」

「ふざけていないで、まともに答えんか!」

「ふざけてなんて、いませんよ」


 そう言ってヴェルナーは、人差し指を天井に向ける。


「?」

「僕が言う世界の果てとは、この上です」

「上?上には何も無いぞ?幾つかの空き部屋しか無い」

「違いますよ。もっと上、この宮殿より上、雲よりも上、成層圏より上、その先の先、月ですよ」


 そう言ってヴェルナーは、天井を見詰める。


 僕は、そこに辿り着く。

 何をしても、誰を使っても、どの国を利用しても…………………月へ。


 そう言い放つヴェルナーの声には、誇示も興奮も無かった。

 その様子にハリルの背筋に冷たい汗が一雫、背中を伝っていった。

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