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思想は剣より鋭く

「面を上げよ」


 厳かな声と共にパーサーたちは、ひれ伏していた身体を上げる。

 そこには豪華な装飾に飾られた椅子に腰掛けた老人が鋭い眼光を光らせ、まるで値踏みするかのように来訪者を見据えていた。

 老人の放つ雰囲気にパーサーは、緊張して喉が渇くのを感じる。


「遠路はるばる、ご苦労である。歓迎しよう、異邦人」

「歓迎して頂き、恐悦至極にございます、陛下」


 尊大な声で老人、オスマン帝国を治めるスルタン、メフメト6世が声を掛けるのを合図にハミルトンが一歩進み、背筋を正して代表して返事を返す。


「うむ。さて、億劫な挨拶は省いて本題に入るが、良いか?」

「はっ、何なりと」


 メフメト6世は、側のイェニチェリに目配せするとハミルトンたちの前に大きな地図を持ってこさせた。


「大宰相よ、説明せよ」

「御意」


 メフメト6世の言葉に頭を下げて、パーサーたちを案内した宰相とは別の人物が地図の前に歩み出る。


(大宰相?宰相って、一人じゃないのか?)

(オスマン帝国では、大宰相が首相で他の宰相が閣僚って感じよ)


 疑問を持ったパーサーの呟きに隣にいたリリスが、そっと説明する。


「去る、ニカ月前。偉大なるスルタンの統治に不満を持つ不届き者が起こした反乱に端を発する此度の事件」


 大宰相は、長細い棒で地図の南東部を指し示す。


「我らは不埒共を偉大なる帝国の端、カッパドキアへと追い詰めた」


 大宰相の側にいた従者が像と兵士を模した駒を置く。


「事態の解決は最早、秒読みであった。………しかし」


 大宰相は、持っていた棒を乱暴に振り、配置していた駒を退ける。


「急に派兵していた部隊との連絡が途絶えた。……我らは直ぐに偵察隊を向かわせた」


 そして、偵察隊の報告で部隊が全滅していたのだと大宰相は、息をつく。


「生存者は……軍のラビが一人だけであった」

「派兵された兵力を伺っても宜しいか?」


 ハミルトンの質問に大宰相は、静かに頷く。


「騎兵と歩兵混合連隊。そして、エレファンタス一個小隊であった」

「エレファンタス?」

「オスマン帝国の象を模した軍用golemだよ。図鑑でしか見たことないけど、とても力強く機動力のあるgolemで、オスマン帝国では主流のgolemだよ」


 マリアの疑問にパーサーは、嬉々として答える。

 この後、実物が見られるかもしれないとニヤリとしていたが、ハミルトンの咳払いで慌てて口を噤む。


「イェニチェリは参加していなかったのですか?」

「たかが小さな反乱に精鋭たるイェニチェリを派遣することなどしない」


 大宰相は、そう言うとスルタンの隣に佇むイェニチェリを一瞥する。


「ふむ。では、今後の対応をお聞きしたい」

「明日の明朝に新たなる鎮圧部隊を送る積りだ。規模は歩兵一個連隊に騎兵大隊。そして、貴国から買い取ったタロースを3個小隊いや、2個小隊であったな」


 本来、送られて来るはずだった一個小隊規模のタロースは海の藻屑となったことを思い出して大宰相は、ため息をつく。


「その件については、こちらの不手際でありました。深く謝罪を」

「構わん、ハミルトン大佐。聞けば、ソナタらも遭難したとか」

「はっ」


 大宰相が口を開く前にメフメト6世が玉座から立ち上がり、地図の前に移動する。


「足りないgolemは、エレファンタスを当てれば良い。これだけでも火を消すには過剰であるがな。それは、そうとソナタらは面白い船を持っているようだな」

「飛行船の事でありますか?」

「そうだ。あれは、面白い物だな。どうだ?失ったタロースの代わりに、あれを朕に渡すのは?」

「陛下。残念ながら、飛行船は我が国の物ではありません。なので、譲渡する訳にはいきません」

「なに?では、ドイツの物か?」


 話しを向けられたリヒトも、恭しく首を振って我が国でもありませんと返事をする。


「飛行船は教会の物であります、陛下」

「では、シスター・リリスよ。どうかな?あれを朕に寄進すれば、教会への献金は、そなたの良い値で与えてもよいぞ」

「偉大なるスルタン。良い取引ですが、お断り致しますわ」


 リリスが断ると、大宰相が眉に皺を寄せる。


「女が偉大なるスルタンの提案を断るなど」

「女が?」


 大宰相の一言にリリスの眼が細くなる。

 近くに居たパーサーとマリアは背筋に冷たいモノを感じて少しリリスから距離を取る。


「偉大なるオスマン帝国の大宰相たる御方が、女性に対して余りの言い様ですね」

「何か問題でも?」


 上からの目線で、大宰相が言い放つ。

 パーサーは、そんな彼に肝が据わってるなと戦慄し、マリアはリリスの次の言葉にハラハラする。

 ハミルトンは、目線でマリアにジッとする様に伝え、リヒトは何が可笑しいのか必死に笑いを噛み殺す。


「機械とgolemの両方を取り入れ、国を発展させようとする聡明なスルタンに仕える大宰相が、また古風で懐古主義的な狭い視野をお持ちとは意外ですわ」

「何!?」


 額に青筋を浮かべて大宰相は手にしていた棒を握り締めた。

 対してリリスは、涼しげいや、凍りそう笑みを浮かべる。


「貴方が着ている衣服や豪華な宮殿を維持する人手。紙袋の製造機や改良型救命ボート。当然のように享受している文明の多くに女性の知恵が関わっていることをまさかご存じないとは意外ですわ」

「生意気な!」


 今にも衛兵にリリスを捕らえるように命じる雰囲気で大宰相はリリスを睨む。

 しかし、彼女はそんな大宰相を冷たく一瞥すると言葉を続ける。


「かく言う、私にも色々と発見や発明したモノがありますわね」


 教皇聖下に今後、私の発明した特許のオスマン帝国での取り扱いに相談してようかしらと言葉を紡ぐ頃には大宰相の顔色は若干、青くなっていた。

 パーサーは、そんな様子に少し可哀想だなと場違いな感想を思い浮かべつつも二人のやり取りで、ここは思想と権力がぶつかり合う場なのだと理解させられる。


「フッハハハ!それぐらいで勘弁してもらうか!」


 突然、二人の言葉の応酬を眺めていたメフメト6世が笑い出した。


「スルタン……」

「大宰相よ、相手が悪かったな。しかし、シスター・リリスよ。噂に違わぬ女傑よの!」

「あら、女傑などと、お恥ずかしい」

「どうかな?朕のハーレムに入らぬか?」

「お断り致しますわ、陛下」


 リリスの即答にますますメフメト6世は笑う。

 ひとしきり笑うと本題に戻り、具体的な作戦行動を説明して部隊の出発時期など、細かい調整をしていく。


「ここから、カッパドキアまで軍の行軍速度で1日程度であるが、そちらの飛行船で行くならば、ハミルトン大佐殿らは後発で行くが良かろう」

「では、我らは明後日の早朝に出発致しましょう。それと大宰相殿、物資の補給をお願いしても良いですか?」

「うむ。必要な物は後程、リストに纏めると良い」


 そして、一同は玉座に戻ったメフメト6世にお辞儀をすると謁見室から退出した。


「まったく肝を冷やしたぞ」

「あら?私、なにかしました?」


 退出した後に休憩室へと通され、ハミルトンはリリスを睨むが彼女は何処吹く風と気にした様子も無い。


「僕もリリス先生が何をするか、焦りましたよ」

「何よ、パーサー?黙っておけば良かった?」

「そうですね。……でも、黙ってたら、それはそれで怖いかもですけど……」

「わざわざ喧嘩を買いに行かなくとも良かったと言っているのだ」


 最後のハミルトンの言葉にハーとわざとらしくため息をつくとリリスはハミルトンとパーサーを見て腰に手を当てた。


「良いこと?沈黙は、時として美徳でもあるでしょう。でも、言うべき事は必ず口にして間違いを是正しなくてはいけないわ」

「君の主張は、正しい。だが、場所を弁えなくてはならないのは、君ならばわかっていただろ?」

「ええ、勿論。それを加味して言ったのよ」


 言い切ってリリスはフッと笑い、大宰相が怒りに任せて私に何かしても貴方なら、護ってくれるでしょとハミルトンを見る。

 ハミルトンは、深くため息をついて沈黙する。


「はい!これで、お説教は終わりよ!パーサー、マリア、クラーディ」


 会話を切って、リリスはパーサーたちを呼ぶ。


「どうせ、明後日まで何も無いから、明日は街を見学しに行ってみたらどう?」

「えっ?良いんですか?」

「当然よ。私とハミルトンは、補給品のリストと細かい調整で忙しいけど、貴方達は特にする事なんて無いわ。初めての街を楽しみなさい」

「皆が忙しいのに私達だけ、申し訳ないですよ」

「マリア。そんなの気にしないで、忙しいのは大人の性なのよ」


 にこやかに話すリリスの提案にパーサーとマリアは上空で見た街の景色を思い浮かべる。


「シスター・リリス。彼らに護衛は必要だと思うのだが?」


 そこにリヒトが声を掛ける。


「部下に護衛をさせたいが、飛行船の警護もあるから難しい」

「大丈夫よ、リヒト少尉。クラーディがいるから」


 そう言ってリリスは、クラーディに視線を移す。

 クラーディは、任せてと言うように胸を張り頷く。


「大丈夫じゃないだろ?敵はクラーディを狙っている」

「それこそ、杞憂よ。あいつらは警備の硬い宮殿を見張ってるのよ。まさか、街中を観光してるなんて思わないわ」


 リリスの答えにリヒトは、少し考えて納得する。

 そこへ、控え目なノックと共に従者が部屋に入って来て、各人の部屋の準備が整った事を知らせる。


「さあ、今日はここまでにしましょう。皆、それぞれの行動に移りましょう。あっ、そうそう!パーサー」

「なんですか?」

「教会区には行かないようにね。マリアが一緒に居ても、カトリック派の教区だから、ラビには危ないわ」


 リリスの注意にパーサーは頷くと従者に続いて部屋から出て行く。

 そして、クラーディもパーサーの後に続こうとすると不意にリリスが声を掛ける。


「クラーディ」

 ?

「アナタも明日、楽しんで」


 リリスは、優しい微笑みを浮かべてクラーディに言葉を掛ける。

 クラーディは、首を傾げると直ぐに頷いてパーサーの後を追う。

 そうして、コンスタンティノーブルでの初めての夜が更けていく。


ここまで読んで頂き、ありがとうございます。もし良かっら、感想やブックマークをお願いします。

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