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鉄と影

「……!パー……!おい!パーサー、起きろ!」


 誰かが、自分を呼ぶ声が聞こえる。

 それはどこか遠くから、響いてくるような声だった。

 パーサーは、かすかに眼を開ける。


「…ジェームズ」


 乾いた唇から、何とか声を絞り出し、パーサーは上体を起こす。


「たく、いつの間に気を失っていてビビったぜ」


 そう言ってジェームズは、汗を拭う。

 先程まで影だった場所は、いつの間に太陽に照らし出されている。

 パーサーの身体は、影を求めるように移動させられていた。


「ハハ、まるで影時計だね」

「ハハ、その例えは笑えねぇよ」


 お互いに乾いた笑いが漏れる。


「移動した方が良いね」

「この中をか?こんな暑さで移動したら、今度こそ死ぬぞ」

「いや、あと数時間したら日暮れになるから、その時に移動しよう。そうしたら、この暑さも少しは収まると思うよ」

「成る程な、確かに」


 そこまで会話をすると、再び沈黙が二人を包む。


「…ねぇ」

「なんだ?」

「水とか持って無い?喉が乾いてまた、気を失いそう」

「持ってると思うか?」

「一応、聞いてみただけだよ」

「はん、仮に持っていても敵対関係にあるお前にやると思うか?」

「学食」

「?」

「ノートの借りさ。2日間は奢る約束だろ?」

「おいおい、まだ覚えてたのかよ」

「豪華な学食の代わりに水で済ませようなんてね。なんて、優しい僕」

「お前な、今の状況で水なんて、豪華過ぎるだろが」


 何気ない会話。

 知らずの内に、お互いに笑みが灯る。

 それは、次に眼を閉じると今度は永遠に眼をさまさないという不安を押し隠すためのものだったかも知れない。


「それじゃ、代わりに続きを話してよ」

「なんの?」

「学会で何があったか」


 パーサーの要求にジェームズは、深いため息を吐く。


 あのとき、俺は結局ーーー

 ウィルソン教授の助手の話を受けた。


 ーー馬車に、追加の荷物を載せるとウィルソン教授はジェームズに振り返る。


「助かったよ。ジェームズ君」

「いえいえ、その代わりに単位をお願いしますよ、教授」

「ハハハ!任せてくれ。君が私の講座だけでは無く、他の教授の講座の単位を難無く取れる様にマンツーマンで勉強を見てやろう」

「げっ!そんな意味じゃ」

「さ、乗り給え!出発だ」


 ジェームズの嘆きを聞き流して陽気に馬車に押し込むとクラウスが手綱を握るHorse golemがカチカチと軽快な足音を立てて馬車を動き出す。


「それで、俺は何をすれば良いんです?」

「ん?ああ、そうだね。基本、私の発表の時にクラウスの隣に居て必要な原稿を手渡してくれたり、クラウスの球体関節が周囲に見えやすいように服を脱いだときに持っていてもらったり、簡単な手伝いで良いよ」

「そんな事で良いんですか?…それって、俺じゃなくても良かったんじゃ?」

「それなら、私の代わりに原稿を読むかい?」

「それは、勘弁して下さいよ!」


 慌てて拒否するとウィルソンは、冗談だと笑う。

 そして、二人は細々とした打ち合わせをしていく。

 その内に馬車は、街の中心にある大きな建物の前に止まる。


「到着したみたいだ」

「うへぇ、やっぱり、ここか」

「なんだ?緊張してきたのかい?」

「そりゃ、ここって、うちらの総本山みたいな所ですからね」


 馬車から、降りつつジェームズは、建物を見上げる。

 ロンドンの街中でも異彩を放つ装飾に飾られた、その建物はひっきりなしに黒い服にシルクハットを着込んだラビと多種多様なgolemが出入りをしている。


「ようこそ、ジェームズ君。ラビギルドの本館(シナゴーグ)へ」


 多分、その時の俺の顔はかなり引き攣った面だったろうな


「ジェームズ!」


 パーサーが呼ぶ声でジェームズの話しを中断させられた。


「突然、何だよ?」


 ジェームズは、訝しながらパーサーに問う。

 そこまで長く話していたつもりは無かったが、辺りは薄暗くなっており、気温も随分過ごし易くなっていた。

 パーサーの顔色も完全では無いが色を取り戻していた。

 問題は、そのパーサーの様子がどこか緊張を孕んだものになっていた。


「…どうした?」

「あそこ、あのタロースの残骸の影で何か動いた」


 そう言ってパーサーは、暗い影を指差した。

 ジェームズは、眼を凝らす。

 夕陽が辺りを照らし出す刻。

 同時に夜の暗い闇も確実に濃くなっていた。


「気のせいじゃないか?」

「シッ」


 パーサーは、手でジェームズの口を押さえた。

 そして、油断なく影を見張る。

 すると、タロースの残骸の影から何かが姿を現した。

 ラビの黒とは、また別の黒さを纏った鎧を着込んだ、どこかgolemを思わせる、無機質な気配を纏った兵士だった。


「あれは、たしか」

「………イェニチェリ」


 パーサーは、小声で呟いた。

 イェニチェリは、カチャリと小さな金属音を鳴らして影から踏み出した。

 そして、ゆっくりと首を左右に振り何かまたは、誰かを探す様な素振りをする。


「イェニチェリって、お前サイドの奴らだろ?」

「そうだね。…いや、そうだった」


 二人は、身を低くしてイェニチェリから隠れる。


「だった?」

「そう、彼らは味方だったんだ。でも、今は……わからない。彼らが味方なのか、そうでないか」


 パーサーは、そう言って陽光に照らされたイェニチェリを警戒する。


「どういう事だ?」

「覚えてる?今の状況になったときのこと」


 パーサーがそう言った瞬間、ジェームズの脳裏にオスマン軍のgolemを粉々にした鉄の馬車の様な物が浮かんで来た。


戦車タンク

「なに?」

「リリス先生。あの僕と一緒にいたシスターが、そう言っていた」

「……戦車(タンク)

「僕が気を失う瞬間……、イェニチェリが、あの戦車タンクの中から出て来るところを僕は、見たんだ」


 そう言ってパーサーは、暑さとは違う理由で、一筋の汗を流す。


 カタリッ


 乾いた空間に小さな音が響く。

 パーサーの心臓が一瞬跳ね上がるが、直ぐに自分たちが出した音ではないと気付いた。

 見ると、パーサーたちが隠れている丁度、反対側の影から一人のオスマン軍の生き残りの兵士が姿を現していた。


「イっ、イェニチェリ!助かった!」


 ボロボロの状態の兵士は、顔に笑みを浮かべてヨロヨロとイェニチェリへと近付いて行く。


「突然、砂塵から恐ろしい鉄の箱が現れたと思ったら、気付いたら部隊は全滅していたんだ!」

「…………」

「とりあえず、水をくれないか?」

「…………」

「イェニチェリ?」


 何を話しても答えないイェニチェリの兵士に不信を感じたのか、生き残りの兵士は歩みを止めた。


「…友よ、どうした?偉大なるスルタンが我らの為に助けを送ってくれたのではないのか?」

「………」


 兵士は、不気味に思ったのか一歩下がる。

 すると、イェニチェリが一歩、また一歩と兵士に近づく。


「何か言ったら、どうだ?なぁ?」

「…………」


 イェニチェリが、兵士の目の前まで近づく。


「「!?」」


 そして、パーサーたちは息を呑んだ。

 突如、イェニチェリが腰の曲刀を抜き放ち、逆袈裟に兵士を斬りつけたのだ。

 湿った音とともに、兵士は驚愕の表情で凍りついたまま、血しぶきを上げて後ろに倒れる。

 パーサーたちは、喉が鳴るのを必死に押さえながら、その光景をただ息を殺して見つめることしか出来なかった。

 イェニチェリはたった今、殺した兵士を一瞥する。

 そして、曲刀に着いた血を拭うこともせずに鞘にしまうと再び、顔を上げて周囲を見渡し始めた。


「…こいつは、脱水で死ぬどころじゃ無くなったな」


 ジェームズは、小声で震えながら言葉を紡ぐ。

 それに対して、パーサーは小さく頷くしか無かった。


ここまで読んで頂き、ありがとうございます。もし、よろしければ感想や評価をお願いします。

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