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空を征する者

「左舷、右舷エンジン始動!」

「水素量、浮遊に問題なし!」

「浮体からの漏れ、確認出来ず!」


 太陽が飛行船の真上を照らし、艦橋内は発進前特有の慌ただしい空気に満ちていた。


『こちら、エンジンルームのマリアです! 左舷、右舷、両エンジン出力安定しています!』


 伝声管を通じて、マリアの声が届く。


「了解した。浮上する。係留紐を解け」


 その指示と同時に、飛行船を地上に縫い付けていたロープが次々と外されていく。

 船体はゆっくりと、しかし確実に地面を離れ、空へと浮かび上がった。


「舵を北東方向へ向けよ」

「アイ、サー!」


 舵を任されたネッドが勢いよく回す。

 カラカラと小気味良い音を立てながら、船体は北東へと針路を取った。


 暫くしてアンティキティラ島は豆粒ほどの大きさになり、飛行船は安定した高度と速度を保つ。


「ここまでは順調ね」

「ああ。だが、油断は禁物だ」


 ハミルトンは視線を前に据えたまま答える。


「流石にAdamも、空を飛ぶ船にちょっかいを出そうなんて無理よ」

「常識的には、その通りだ。しかし――」


 一拍置き、ハミルトンは続けた。


「奴は、我々の常識を容易く覆す存在だ。常に襲撃には備える必要がある」


 その言葉が終わるか終わらないかのところで、不意に怒号が飛んだ。


「おい、クラーディ! あまり身を乗り出すな! また落ちるぞ!」


 艦橋の外、露天通路では、クラーディが離れゆく地上を見ようと手摺から身を乗り出していた。

 慌ててパーサーがその身体を押さえる。


「危ないぞ! ここから落ちたら、今度こそバラバラになるんだからな!」


 そう言って、引きずるようにクラーディを艦橋へ押し込む。


「まったく……お前、そんなに子供っぽかったか?」


 手を腰に当てて文句を言うパーサーに、クラーディはこくりと首を傾げた。

 その様子に、リリスは思わず小さく笑い、ハミルトンは呆れたように首を振る。


「いいじゃない、パーサー。その子は飛行船は実質、初めてみたいなものなのよ。物珍しがるのも無理はないわ」

「……golemが、か」


 リリスの諭すような言葉とは裏腹に、ハミルトンは独り言のように呟いた。


 そこへ、エンジンルームからマリアが戻ってくる。


「ハミルトンさん。エンジンルームは、ジファールさんの牧師さま達が引き続き見るそうです。なので、合流します」

「そうか。ご苦労」


 報告を終えたマリアは、ちらりとリリスの様子を窺った。


「どうしたの、マリア?」

「えっと……あの……何でもありません」


 歯切れの悪い返事に、リリスは僅かに首を傾げる。


「おや、ここは随分と賑やかだな」


 そう言って、リヒトが艦橋へ顔を出した。

 主要な面々が揃ったのを確認し、ハミルトンは皆に向き直る。


「丁度いい。現地到着後の指示を――先ずは――」


「あぁん!?」


 言葉を発しかけた瞬間、ネッドが奇妙な声を上げた。

 次の瞬間、飛行船全体が大きく揺れた。


「――っ!」


 立っていられず、皆が膝をついたり、咄嗟に掴めるものへと手を伸ばす。


「マリア、大丈夫か!」

「パーサーくん、ありがとう……大丈夫!」


 パーサーは反射的にマリアの腕を掴み、自分の方へ引き寄せていた。


「いったい何が……っ、何だ、これは!?」


 外の様子を確認したパーサーは、思わず息を呑む。


 空は晴れている。

 だが――その空が、歪んでいた。


「そ、空が……歪んでる!!」


 空間そのものが、肉眼でも分かるほど不自然に歪み、飛行船はその中へ引き込まれつつあった。

 リリスも外を見て、苦虫を噛み潰したような表情になる。


「ネッド!」

「ハミルトンの旦那、駄目だ! 舵が効かねぇ!!」


 ネッドは大粒の汗を浮かべ、歯を食いしばりながら、暴れる舵に全体重を預けていた。


 だが――


 ドン、と激しい衝撃が船体を打つ。


「うわっ!?」


 その拍子に、ネッドの手が舵から離れる。

 さらに運悪く、彼は艦橋の壁に頭を打ち、そのまま意識を失った。

 ガラガラガラ――

 理性を失った獣のように、舵が激しく回転する。

 遠心力が加わり、誰一人として動けない。

 全員の脳裏に、「墜落」の二文字が浮かぶ。


「……出力を……」


 パーサーに抱えられたまま、マリアが苦しそうに呟く。


 それは、この状況を打破する為の――

 小さな、切っ掛けだった。


「え? マリア、どうしたの?」

「エンジンの出力を上げないと……墜落するわ」


 パーサーは強く頷いた。


「分かった! マリアはここで待ってて! クラーディ、マリアを頼む!」


 そう言い残し、這うように伝声管へ向かう。

 激しい振動の中、ようやく辿り着き、しがみついた。


「こちら、艦橋!! エンジンの出力を最大限に上げて下さい!!」


 怒鳴るように叫ぶ。

 一拍置いて返答が返り、エンジンの咆哮が一段と大きくなる。

 だが、操舵手を失った舵は暴れ続けていた。

 誰も近づくことが出来ない。


 ――その中で、一人の男が動いた。


 気付けば、リヒトが舵を握っていた。


「少尉、でかした! そのまま舵を保持しろ!」


 気を失ったネッドを押さえながら、ハミルトンが叫ぶ。

 しかし、リリスは静かに首を振った。


「……いえ、それだけでは駄目よ」


 そして、声を張り上げる。


「マンフレート・フォン・リヒトホーフェン少尉!」

「?」

「貴方の想いのままに――飛ばしなさい!」


 一瞬の静寂。


 次の瞬間、リヒトホーフェンの口元に獰猛な笑みが浮かび、舵が大きく切られた。


「少尉、何をしている!?」


 ハミルトンの叫びが飛ぶ。

 だが船体は、荒れ狂う空に抗うことを辞めたかのように速度を上げ、まるで風と対話するかのように身を委ねた。

 それは、先程までの暴風に煽られて飛ばされる木の葉のような、乱暴な身の委ね方ではない。


 リヒトホーフェンは、見えないはずの風を視ているかのように、舵を右へ左へと操る。

 その度に、全員の身体が壁へ押し付けられ、流され、必死に掴まる。

 だが不思議と、船体の軋みは減っていった。


 それはまるで――


 一羽の鷹が、風を読み、凶暴な空の世界を征しているかのようだった。


「よし! 突破したぞ!」


 弾んだ声が艦橋に響く頃には、飛行船は歪みを抜け、元の安定した飛行へと戻っていた。


 艦橋に安堵の息が満ちる中、リリスは誰にも聞こえぬよう、そっと呟く。


「……流石ね、『Baron』」


リヒトホーフェンの活躍を入れるか迷いましたが!書いてみました!やっと、アンティキティラ島編が終わります!次の1話を挟んで次の章に行く予定です!

ここまで読んで頂き、ありがとうございます!

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