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触れた指先、受け継がれた光

前回から、少し間を置いてしまいした。すみません!これからもよろしくお願いします。

 風のない湖畔に、かすかなさざ波だけが響いていた。

 暗い世界の片隅で、golem のクラーディと少女は静かに並んで立っている。


「私が誰かわかる?」


 少女はクラーディの顔をのぞき込む。


 クラーディは小さく首を傾げた。

 その仕草に少女は、やっぱりねと微笑む。


「私は Eve。

 私は君で、君は私でもあるの」


 クラーディはもう一度、わずかに首を傾げる。

 Eveはうん、そうなるよねと苦笑し、湖を指さした。


「じゃあ、これを見せるね」


 水面が波紋を描き、その中心が盛り上がりはじめた。

 湖の水がゆっくりと空へ持ち上がり、2人の前に透明な塊となって浮かぶ。


「むかし、むかし。まだ世界が混沌だけだった頃、

 ひとりの偉大な存在がいたの」


 Eve が語り始めると、水の塊が揺らぎ、人の形をつくりはじめた。

 やがて巨大な人型が現れ、天へ手を伸ばして静止する。


「その存在は、暗く冷たい世界で一言だけ唱えたの。

 ――光あれ、と」


 暗闇が破れ、光が巨人の周囲からあふれだす。

 湖畔もクラーディも淡い光に包まれた。


「こうして光と闇、昼と夜が生まれた。これが一日目」


 巨人が動きを変え、両手を大きく広げる。


「彼は水を分けて、空を創った」


 湖の上に青い光が走り、世界に空が広がる。

 空と湖の境界がはっきりと分かれた。


「これが二日目」


 巨人は再び動き、片手を湖へとかざした。

 水面が盛り上がり、幾つもの島が姿を現す。

 その島々には緑が萌え、瞬く間に植物で覆われていった。


「水しかなかった世界に、大地と海を造り、陸には植物を芽生えさせた。

 これが三日目」


 語り終えた瞬間、世界はふたたび暗闇に包まれる。

 巨人は天を見上げ、両手を合わせた。


 その掌から、細かい金色の粒がこぼれ出す。

 砂金のような光は空に昇り、星々となって散りばめられた。


 さらに彼は手の中に二つの球体を生み出し、一つを天に投げる。

 それは淡く光り、月となった。


「夜空に星を、そして月を。

 世界に静けさを照らす光を与えたの」


 残った球体が空に放たれ、紅く燃え上がる。

 暗闇は青へと変わり、太陽が空に位置を定める。


「太陽の創造。これが四日目」


 巨人は大地に目を落とし、次に空と海へと手をかざした。

 無数の小さな球体が生まれ、鳥と魚の形を取り始める。


「空に鳥、海に魚。

 命が世界に満ちた。これが五日目」


 巨人はしばし考え、今度は大地に向けて手を伸ばした。

 すると地表に再び球体が現れ、獣や這うものに変化していく。


「大地に獣を、あらゆる生命を。

 そして――」


 大地が盛り上がり、二つの人型が形作られた。

 風も光もその誕生を照らしている。


「地上の支配者として、彼に似せた人を創り出した。

 これが六日目。

 この人が――Adam。そして、彼の最初の妻」


 巨人は役目を終えたかのように、静かに光をほどき、その姿を消した。

 残された二つの人型は、しばらくその場に佇んでいたが、やがて大地を歩き、海へ入り、泳ぎ、

 生まれたばかりの世界を確かめるように自由に動き出した。


「彼が Adam と妻に与えた使命は――

 万物に 名前 を与えること」


 Eveは湖を見つめながら静かに語る。


「名前を与えるというのは、そのものを“定義”し、

 個として存在させ、意味を与えるってこと。

 つまり、それを 支配 する行為でもあるの」


 水の映像の中で、人型の二人は動物に触れ、植物の枝に手をかざす。

 名を呼ばれた生き物たちは、彼らの意思に沿うように動き、

 世界は二人の言葉で形を得ていった。


「すべては、創り手が望んだ通りに進んでいた。

 ――でも、そこで予想外のことが起こったの」


 水の映像の二人は、互いに向かい合い、激しく言い争うような動きを見せる。

 やがて、女の形をした方が男から背を向け、大地の奥へ歩き去った。


「Adam と最初の妻は、互いにちがう思想を持ち、

 ぶつかり合うようになってしまったの。

 そして彼女は、Adamから離れていった」


 残された男は大地にひざをつき、胸に手を当て、

 悲しみとも怒りともつかぬ動作で空を仰ぐ。


 Eveは淡い悲しみと愛おしさを宿した目で、その映像を見つめた。


「当然よ。

 彼女も Adam と同じく、“万物を支配する者”。

 たとえ Adam でも、彼女を支配することなんてできなかった」


 湖面に映る女は、遠ざかりながら一度だけ振り返り、

 それでも歩を止めず、やがて光の中に消えていく。


「Adam は一人になって、均衡を失った。

 でも――彼、いえ、あの方はすぐに対応したの」


 巨人は、去ったはずの暗い世界にふたたび姿を現した。

 彼はひとり嘆いていた Adam のそばに立ち、その身体をやさしく持ち上げる。

 太い指が Adam の脇腹に触れた瞬間、そこが柔らかい光に包まれた。


 光の中から、小さな肋骨がひとつ抜き取られる。

 その欠片は巨人の掌で、まるで時が早送りされるように姿を変え始めた。


 肋骨は胎児へ。

 胎児は幼児へ。

 幼児は少女へ。

 少女は女性へ。


 やがて彼女はゆっくりと目を開け、

 生まれた瞬間から Adam を知っていたかのように彼へと抱きついた。


 巨人はその光景に満足したのか、二人をそっと大地に戻し、

 静かに溶けるように姿を消した。


 新たに出会った二人はしばらく互いを確かめ合い、

 やがて手を取り、森の奥へと歩み去っていった。


 Eve は映像を見つめるクラーディに言う。


「――これが私。

 そして、クラーディ。これは君でもあるの」


 クラーディは、わずかに瞬きをした後、

 困惑のような微かな揺れをその硝子の瞳に宿した。


 Eve は小さく笑みを漏らす。


「時が経って、私はある“罪”を犯したの」


 その言葉と同時に、周囲の景色がふっとかき消え、

 二人はもとの暗い湖の世界へと戻った。


 しかし、Eve の語りは止まらない。


「あの方は怒り、私と Adam は楽園から追放された。

 全ての権能を奪われて、まだ未完成の荒れた大地へ放り出されたわ」


 クラーディは Eve を見つめる。

 恐れも、怒りも、後悔も――どれも宿っていない彼女の表情に、

 首をかしげる。


「……あら?その顔、可愛いねクラーディ」


 Eve はクスクスと笑って肩を揺らした。


「そう、普通は不思議に思うのよね。

 全部満たされた楽園を追放されて、

 力のほとんどを失ったのに、私は後悔どころか……何も悲しくなかった」


 Eve は懐かしむようにまぶたを細める。


「楽園は確かに完璧だった。

 お腹も減らず、傷もつかず、病も老いも無い。

 ただ美しいだけの、永遠に続く世界」


 彼女の表情がゆっくりと変わる。


「でもね、そこには“生きている実感”がなかったの。

 追放されて、はじめて息が苦しくなって、

 お腹が減って、寒くて痛くて……

 そこでようやく、私は“生きている”って思えた」


 Eve は胸に手を当て、ふっと息を吐いた。


「Adam と二人で、ああでもないこうでもないって言いながら生活を作っていった。

 子どもが生まれて、年を取って、皺が増えて――孫にも囲まれた」


 彼女は優しく笑った。


「私は幸せだった。

 でも――Adam は違ったみたい」


 Eve の声が、その最後だけ少しだけ沈んだ。


「彼は、どんな幸福な時間を得ても満たされなかった。

 歳を取り、朽ちるのが怖かった。

 あの時手にしていた“権能”の残り香に、永遠の楽園に、心を囚われたままだったの」


 やがて、Eveが静かに視線を伏せる。


「私が年老いて亡くなり……彼が一人になった時。

 彼は世界を放浪して、一人の神官に出会ったの」


 クラーディが小さく首を傾ける。Eveは続けた。


「その神官は“あの方”――創造主の御業を再現することに取りつかれていた。

 Adamは彼に協力した。“全てを取り戻すため”のきっかけになると信じてね」


 そうして生まれたのが――golem。


「でもAdamは、神官を欺いた。

 最初にgolem化したのは自分自身だった。

 永遠の命と若さを取り戻すために。

 そして次に、すべての人類をgolemにして支配し、世界そのものを楽園へ作り変えるために」


 Eveの声は冷たく沈む。


「……だけどgolemは不完全だった。

 永遠の命は得ても、身体は日ごとに膨張し、終いには自壊してしまう」


 クラーディはわずかに肩を震わせる。Eveはその動きを見て小さく頷く。


「それでも彼は諦めなかった。

 golem技術を世界へ広め、別のgolemの身体へと乗り移りながら、存在し続けたの」


 Eveは静かに空を見上げる。


「神官は、Adamの目的に気づいた。

 そして後悔して……自分の子孫に至るまで、Adamを止めることを使命とした」


 その視線がクラーディへ向けられる。


「貴方の製作者――ウィルソン教授もその末裔」

「Adamを止めるには、彼と同じ力を持つ存在が必要だった。

 だから彼は、私の遺骨を手に入れ、貴方を作ったの」


 Eveはクラーディを見つめる。その瞳には、母のような、同胞を見るような光が宿っていた。


「クラーディ……いえ、私達には、彼を止める義務があるの。

 止めなければ、世界は彼の手によって“静止”してしまう」


 そう言った瞬間、Eveがふいに暗い天へと顔を上げた。


「……もう、目覚めの時みたい」


 クラーディも反射的に空を見る。

 Eveが静かに囁く。


「聞こえるでしょう?」


 耳を澄ませたクラーディの中へ、小さな声が流れ込む。


 ――クラーディ。今、助けてやるからな。


 シエム・ハ・メフォラシュ。


 その瞬間、クラーディの身体が淡く光を帯び、ふわりと浮き上がった。

 クラーディは慌てた様に手足をバタつかせる。


「大丈夫よ、そのまま身を任せて」


 Eveは、可笑しそうに言うと次に真剣な表情になる。


「クラーディ、最後に警告よ。世界は、Adamを止めても危ない状態なの!golemという存在しない筈の技術が世界を歪めて崩壊へと導いてるから!でも、大丈夫!『あの人』がきっと上手く修正してくれる筈だから、Adamの事に集中して!」


 ゆっくりと浮かび上がるクラーディは、警告を発するEveの瞳をじっと見つめた。

 その瞳には、硬く揺るぎない決意が宿っている。

 だが、その奥に――わずかな羨望と、押し殺した寂しさが、確かに揺れていた。


 クラーディは静かに腕を伸ばした。

 突然のその動きに、Eveも反射的に手を伸ばす。


 指先が、触れあう。


 温かさも冷たさもない、ただ存在だけが重なる。

 その一瞬、世界がひとつの点に凝縮されたようだった。


 ――そして。


 薄暗い洞窟の中で、クラーディは静かに目を開いた。


「お帰り、相棒」


 最初に耳へ届いたのは、パーサーの少し疲れた声だった。

 彼は寝台のそばに立ち、安堵と緊張が混ざった表情でクラーディを見下ろしている。


 クラーディはゆっくり起き上がり、指、手首、肘、足――

 順に動かし、修復具合を確かめるように滑らかに動作させた。


 まるで最初に出会った日のような、無駄のない完璧な動きだった。


 ただひとつ。

 右眼だけは――。


「……すまない。右の硝子眼は砕けてて、どうしても戻せなかったんだ」


 パーサーが申し訳なさそうに肩をすくめる。


「オスマンに着いたら、ハミルトン大佐に言ってさ。

 ダイヤモンドでも嵌めてもらおうぜ。似合うかもな?」


 冗談めかした言葉に、クラーディは首を傾けた。

 ゆっくりと右目を触り、

 そしてその手を離すと――まぶたを静かに持ち上げた。


 パーサーは言葉を失った。


「……あれ?」


 彼の目の前で、失われたはずの右眼がそこに“あった”。

 透明な硝子ではない。

 欠けも裂けもない、正常な右眼。


「修復……できてた、のか……?」


 自分の見間違いだと無理に納得させようとするパーサー。

 だが、そのやりとりを遠くから見ていたリリスだけは気付いていた。


 クラーディの右眼は――もう硝子ではない。


 それは、人間の瞳だった。


 しかも、リリスがよく知る人物の瞳。


 彼女の胸が僅かに震えた。

 思わず息を飲む。


 ――あれは。

 まさか、そんなはずはない。

 しかし、見間違えるはずがなかった。


 クラーディの砕けた硝子だった筈の右眼。

 そこに宿る光は、彼女がよく知るか“あの娘”と同じ瞳そのものだった。



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