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黄金の瞳、最後のピース

仕事の関係で、更新が遅くなってしまいました。11月中は忙しく、更新があまり出来ないかもしれませんが、よろしくお願いします。

 エル・グレコの家は、昼になってもなお薄暗かった。

 分厚いカーテン、壁一面の絵画、それらすべてが主の不在を告げるように沈黙している。

 家の奥では、グレコがまだ深い眠りの底にいた。

 リビングにはリヒトとギュンターだけが残されている。

 ふたりは小声で会話を続けていたが、沈黙のほうが長かった。


「……戻るべきだと思います」


 ギュンターの言葉は、ため息のように落ちる。


「飛行船の修理は急がねばなりません。着陸地点の安全も保証できません。長居する理由は無いと判断します」


 それは兵士としての冷静な判断だった。

 リヒトは頷く。

 正しい意見だと理解していた。

 だが、視線はアトリエの扉に釘付けのままだった。


「……ミス・マリアが、まだ何かをしている」

「何を? あの“下絵”に、いったいどんな意味が?」

「さあな」


 リヒトは首を横に振った。

 しかし、その表情に迷いはない。


「彼女は――今、やるべきことをやってる。……そんな気がする」


 根拠のない言葉だった。

 だが、ギュンターはなぜか否定しなかった。

 この家に満ちる静謐が、ただの勘とは思わせなかった。


「……、Leutnant(少尉)理由もなく信じるタイプじゃなかったはずですが?」

「ああ、俺もそう思う」


 リヒトは息を吐き、背もたれに身を預けた。


「けど……何かが動いてる。これは只の勘だが、俺たちじゃない“何か”が」


 その言葉に、ギュンターは言葉を飲む。

 比喩とは思えない気配が、この家には満ちていた。


「だから、もう少しだけ待ってやってもいい」

「……了解しました」


 アトリエでは、マリアがエル・グレコの新しい下絵の前に立っていた。

 彼女は教会で見た“リリスに似た女性”の手の位置を正確に模写し、それを設計図に重ね、窓から差し込む光に透かして確認する。


「……これで完成してる」


 九枚目の絵の隠された部品。

 それは、完璧な機械の設計図として姿を現した。


 正四角形のキューブ。

 複雑な歯車、軸、ピストン……。

 実物を作るには、途方もない工程と材料が必要だと分かる。


「何のための機械なんだろ……?」


 用途は分からない。

 ただ、マリアの胸には説明のつかない衝動が生まれていた。


 “この機械を作りたい”


 好奇心でも、リリスに似た女性の影響でもない。

 もっと深く、名付けようのない理由。


「……でも、グレコさんは『まだ足りない』と言っていた。じゃあ、これでも完成じゃない?」


 次の絵は“50年後”。

 そんなに待つことなど出来るはずがない。

 マリアは頭を振った。


「今は……Adam。クラーディと飛行船の修理を優先しなきゃ」


 島の(ミステリー)に構っている余裕はない――そう自分に言い聞かせた、その時。

 寝室の奥から、小さな物音がした。


「グレコさんが目を……?」


 マリアは設計図を鞄に入れ、寝室の扉をノックする。


「グレコさん?」


 返事はない。

 仕方なく扉を開けると、グレコがベッドから上体を起こしていた。


「お気分はどうですか?」


 ゆっくりと頷いたグレコは、低く呟く。


「……絵は?吾輩の絵はどうなった?」

「下絵は出来ましたよ。あとは色を塗るだけです」

「そうか……ならば、直ぐにもう一枚描かねば」

「えっ!? 無茶です!」


 制止しようと肩に触れた瞬間、マリアは異常な“冷たさ”に息を呑んだ。

 生きている人間の温度ではない。

 グレコはそのまま立ち上がり、寝室の隅に置かれた机から鉛筆を取り出した。

 そして――壁に描き始める。


「全ては私の過ちだった」


 手を止めず、低く語る。


「それを正すために……我が娘は、どれほど苦労してきたことか」

「……娘?」


 マリアの背に冷たいものが走る。


「まだ、時間があると思っていた。しかし、最早……砂時計の砂は殆どが下へと落ちて僅かばかりの量しか残されていない」

「あなた……グレコさんじゃありませんね。誰なんですか?」

「心せよ。今や時は、一刻一刻が砂金の一粒程の価値を持つ」


 マリアの問い掛けに振り返った目は、グレコの灰色の瞳ではなかった。


 黄金だった。


 光を宿し、神の絵画から抜け出したような色。

 マリアは思わず膝をついた。


「我が子よ。これが最後のピースだ。完成させるのだ」


 壁には――

 “機械を手にした、マリア自身の姿”が描かれていた。


「……私? どういう……こと……?」


「急げ。Adamを止め、世界の歪みを修正せよ。我が子らよ――時間がない」


 黄金の瞳が強く輝いた。

 目を開けていられないほどの閃光。


「ミス・マリア! っ……何だ、これは!?」

Leutnant(少尉)!? これは敵襲ですか!?」


 リヒトとギュンターが飛び込んで来たが、光に押されて動けない。


『これが……我が干渉できる限界だ。我が子らよ。娘とともに、この世界を救え』


 声ではなく、頭に直接響く最期の言葉。


 光が消えたあと、残されたのは――


 ベッドに倒れたグレコ。

 呆然と銃を構えるリヒトとギュンター。

 膝をついたまま、震える指で両手を合わせるマリア。


 そして壁には、微笑む“もう一人のマリア”。


 外では、白い鳥が羽ばたく気配だけが静かに響いた。




ここまで読んでくれてありがとうございます。もし、良かったら感想や評価などをよろしくお願いします。それらは励みとなります。

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