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灰の旋律

 照明を落とした薄暗いパブの奥。

 かつては華やかな音楽と人々の笑いで満たされていたその空間の、今は静寂だけが支配していた。

 VIP席に腰掛けているのはクラウス――いや、今は“アダム”と呼ばれるgolem。

 彼の頬には細い亀裂が走り、その修復にヴィクターが黙々と手を動かしていた。

 淡いランプの灯が、蝋の肌を柔らかく照らす。

 ホールのステージでは、一体の女性型Waxwark・golemが静かにピアノを弾いている。

 その旋律は冷たくも澄み、まるで人の心を失った機械が奏でる祈りのようだった。

 カサッ、カサッ――

 アダムは手元の新聞をめくる。

 一面を飾る見出しには「パリでgolem集団暴走」と大書されていた。

 ほかの記事には、各地の不穏な事件が小さく並ぶ。

 チリン、と鈴の音が鳴った。

 短い階段を降りてくる足音。

 ジェームズが姿を現した。


『見つかったか?』


 アダムの肩に留まるインコ型のgolemが声を発した。

 新聞から目を離さぬまま。


「残念ながら、港方面に飛んでいったところまでは確認できたんですが、そこからは不明です。……まぁ、空を飛んで逃げるなんて想定外でしたよ」

「言い訳は聞きたくない。まったく、簡単なお使いもできんのか、学生?」


 ヴィクターが冷たく言い放ち、工具を鞄にしまいながら眉をひそめる。


「はっ、だったらあんたが行けばよかったじゃないか!修復くらい、俺にもできる」

「馬鹿を言うな。学生の分際で、この方のメンテナンスなど任せられるものか」


 互いに睨み合う二人。

 しかし、静寂を破るように、アダムの指がテーブルを軽く叩いた。


『静かにしてもらえるか。せっかくの演奏が聞こえない』


 その声は穏やかでありながら、逆らいがたい威圧を帯びていた。

 二人は同時に口をつぐむ。

 アダムは瞳を閉じ、Waxwarkの奏でる旋律に耳を傾ける。


『――音楽とは、君たち人間が創り出したもので唯一、素晴らしいものだ。かつて、あの場所では心を和ませるものといえば、鳥の囀りや風が揺らす木々のざわめきだけだった。』


 ゆっくりと目を開け、アダムは二人を見据えた。


『だが、それだけだ。

 君らが創ったのは空気を汚し、大地を穢し、海を濁す。そして最も忌むべきは、その闘争心――同じ人間同士で、対立し、ためらいもなく殺し合うことだ。まるで、今の君らのように』


 蝋で覆われた顔には表情らしいものはない。

 だが、インコgolemから響くその平坦な声には、明確な侮蔑の響きがあった。

 二人の額に、冷たい汗が一筋落ちる。


『――話を戻そう。彼らがどこへ向かおうと構わない。行き先は知っている。オスマン帝国、コンスタンティノーブル。だから我々は先に行って、そこで待っていればいい』

「しかし、パーサーたちは俺たちより二日は先に行ってます。どうすれば先回りできる?」


 ジェームズが問う。

 アダムは新聞のある箇所を指で叩いた。

『オリエント急行――』


「列車ですか? 奴らは空を飛んでるんですよ? 追い越せるはずが……」

『心配ない、ヴィクター。飛行船は長くは飛べない。

 いずれ補給のために着陸する。その間に我々が先に着けばいい。』

「だが、オリエント急行なんて金持ちしか乗れませんよ」

『金。くだらない発明だ。だが、心配はいらない』


 アダムが指を鳴らす。

 その瞬間、パブの扉が乱暴に開いた。

 三人の覆面の男たちが雪崩れ込んでくる。

 ジェームズとヴィクターは即座に身構えた。

 男たちは銃を握り、肩には血の滲んだバッグを提げている。

 明らかに撃ち合いをくぐり抜けてきた様子だった。


「か、彼らは……?」

『私の用事を済ませた友人たちだ』


 アダムが手を上げると、男たちは覆面を外す。

 現れたのは血色の悪い顔。

 そして。その額には――「emeth」の文字。

 彼らは、生者ではない。

 ヴィクターの手で遺体から造られた、Fresh・golemだった。


『ご苦労だった』


 アダムの一言に、三人は無言でポケットからアイスピックを取り出す。

 そして、自らの額に刻まれた「e」の文字を貫いた。

 カランと、アイスピックが床に乾いた音を立てて落ちる。

 男達の身体は砂のように崩れ、衣服とバッグだけが残った。


「……っ」


 ヴィクターは震える手でバッグを開けた。

 中には、札束がぎっしりと詰まっていた。


『それだけあれば十分だろう』

「じ、十分どころじゃありません……」


 ジェームズは顔を引きつらせ、バッグを抱えると足早にパブを出ていく。

 外では、警官達が慌ただしく銀行のある通りへと走って行くのが見える。

 彼はそれを横目でみつつ、駅の方向へと消えていく。


 残されたヴィクターは震える声で配下のFresh・golemたちを呼び寄せ、残骸を片付けさせ始めた。


「Adam、コンスタンティノーブルで罠を張るのは流石に奴らも気付いているのでは?」

『気付いていようと構わないさ、ヴィクター。どう足掻こうとも関係ない』


 ヴィクターの問をつまらなさそうに受け流すとアダムは立ち上がる。

 そして、ピアノの前に歩み寄り、Waxwarkに退くよう合図した。

 彼女は無言で椅子を譲る。


 アダムは鍵盤に指を置いた。

 最初の一音が鳴る。


 それは――先程までの静かな演奏とは対照的に嵐のように荒々しく、怒りと悲哀の入り混じった旋律だった。

 人間が奏でるには重すぎる響き。

 まるで、神が人の創造を嘲笑うような音。

 薄暗いパブの中、Adamはただ一人、鍵盤を叩き続けた。

 ヴィクターは、初めて聴く曲調の演奏に背筋が寒くなる様に錯覚しつつも腕を組み合わさて取り憑かれた様に演奏を聴き続けた。

ここまで読んで頂き、ありがとうございます。ここでは敵の視点で書いてみました。もし、気に入ってもらえれば評価やレビュー、リアクションなどをお願いします。

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