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蝋燭の下の設計図

 時計の針が九時を指し、夜の闇が教会を包み込む。

 老シスターが溶けかかった蝋燭を交換し、静かに火を灯すと、淡い橙の光が礼拝堂の柱と壁画を揺らした。

 マリアたちは教会で調達した資材を、それぞれの背嚢に詰めていた。

 木箱の蓋が閉まるたびに、乾いた音が静寂に響く。


「皆さん、今夜はもう遅いので泊まっていかれないかしら? 毛布も余っていますし、礼拝堂でも良ければご自由にどうぞ」


 シスターの穏やかな声が蝋燭の光とともに空間を満たす。


「確かに今から夜道を戻るのは危険ですね。……どうかな、ミス・マリア?」


 リヒトの声にマリアは一瞬だけ返答を忘れ、はっとして答えた。


「えっ……あ、はい。私も、それがいいと思います」

「さっきから、どうも様子が変だね。どうかしたのかい?」


 マリアは笑って首を横に振るが、その瞳はどこか遠くを見ていた。

 リヒトは何かを感じ取ったように眉をひそめたが、それ以上は言わず、シスターが毛布を出すのを手伝いに向かった。

 マリアは小さな木箱を手に、ふと立ち上がる。

 そして――リリスに似た女性が描かれた風景画の前に歩み寄った。

 箱の中の歯車を取り出し、絵の中の女性が手にしている歯車と重ね合わせる。


(やっぱり……同じ形だ)


 歯の数も、中心の欠けも、一致していた。

 偶然ではない――そう確信し、マリアは他の風景画へと視線を移す。

 気づけば、心が絵に吸い込まれていくようだった。


(この絵、何か……隠されてる?)


 それは小さな、だが、確信に満ちた閃きだった。

 マリアは教会の奥の執務室へ駆け込み、薄紙と鉛筆を探す。

 そして、直ぐに見つけると手に取る。

 戻ると、風景画のある一点に紙を押し当て、鉛筆を滑らせた。

 カリ……カリ……。

 教会の中に、鉛筆の音だけが響く。

 7枚分を写し終え、最後に描かれた女性が持つ歯車の絵と重ね合わせる。


(思った通り……!)


 一枚だけでは、単なる石や枝。

 又は、変哲もない地面のヒビ割れに水溜り。

 それらが一枚、また一枚と紙を重ねるたび、線が立体を成し、複雑な歯車機構が浮かび上がっていく。

 八枚目を重ねたとき、そこには未知の機械の設計図が姿を現した。


(設計図……? でも、まだ不完全。何かが足りない気がする……)


 マリアは紙の束を手に、息を呑む。

 そのとき――


「まぁまぁ、それに気づくなんて、お嬢さんは凄いわねぇ」


 背後から、柔らかい声。

 マリアは反射的に振り返った。

 そこには、毛布を両腕に抱えた老シスターが立っていた。

 蝋燭の灯りに照らされたその微笑みは、どこか、影を落として見えた。


「この設計図、知っていたんですか?」

「ええ、もちろん。ここに長く勤めていますからね」


 シスターはマリアの隣まで歩み寄ると、共に風景画の女性を見上げた。


「私もね、この仕掛けに気づいたときは驚いたわ。まさか、風景画の一部を重ねると設計図が浮かび上がるなんてね」

「では、この設計図の『何か』をお作りになられたんですか?」


 その問いに、シスターは静かに首を振る。


「作ろうと思ったことはあったけれど、不思議と手をつける気にはならなかったの。きっと、これを組み上げるのは私ではなく“誰か”だったのでしょうね」


 老シスターは少し寂しげに笑った。


「あと二つ、聞いてもいいですか?」

「どうぞ」

「この絵の女性は誰なんですか?」


 マリアの問いに、シスターは絵を見つめ、やや遠い目をした。


「彼女はこの島に最初に来た修道女――シスター・リリートゥ。まだ“機械”という言葉さえ知られていなかった時代に、数々の道具を発明して島を豊かにした人よ」

「リリートゥ……」

「ええ。風車や農具、生活を支える仕組みをたくさん残したと聞いているわ。でもね、彼女が知られていたのはこの島の中だけ。外の世界では、もう忘れられてしまった」


 マリアは、神学校で聞いた聖人の名を思い出そうとしたが、確かに記憶には無かった。


「もし彼女が島を出て本土で活躍していたら――きっと聖人として讃えられていたでしょうね」


 そう言って、シスターは小さく息を吐いた。


「この方は、最後まで島に?」

「いいえ。風景画を描かれた翌年、船で島を離れたそうよ。何でも新しい機械か何かの実験の為だったとか。でも、不運にも嵐に遭って……帰らぬ人になったと伝えられているわ」


 老シスターはわずかに目を伏せた。


「それで? 二つ目の質問は?」

「この絵の作者についてです。ずっと同じ場所を、半世紀ごとに描き続けている……しかも暗号のような仕掛けまで。どうしてそんなことを?」

「それはね、私も知りたいわ」


 シスターは苦笑しながら答えた。


「この絵は代々、島の画家の家が描き継いでいるの。けれど、何故、こんな辺鄙な村の風景を、同じ構図で描き続けているのか、理由を尋ねても教えてくれないのよ」


 少し間を置いて、彼女は柔らかく言葉を紡ぐ。


「ただ――もしかしたら、あなたには話してくれるかもしれないわ」

「え? どうして私に?」

「わからないけど、そんな気がするの。……感ってやつね」


 そう言ってシスターは微笑み、マリアの目を見つめた。


「その画家の家の名はグレコ。今代の画家は“エル・グレコ”という人よ。ちょうど今年が新しい絵を描く年なの。…夜が明けたら、訪ねてみるといいわ」


 そう言い残し、シスターは「おやすみなさいね」と静かにその場を去った。

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