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古い工房での作業

 どこか遠くから、鐘の音が微かに響いてきた。

 パーサーは埃まみれの薬剤棚を漁りながら、その小さな音を耳で拾う。


(こんな洞窟の奥まで聞こえるなんて……教会の鐘だろうか?)


 彼はラベルを確認するが、紙は劣化して黄ばみ、

 しかも読めない古い言語で書かれていた。

 仕方なく瓶の蓋を外し、そっと匂いを嗅ぐ。


(この匂い……蝋の溶解液だな)


 背後から声が響く。


Bursche(小僧)。言われた通り、golemの衣服と包帯を取ったぞ」


 振り返ると、ヨハンが作業手袋を外しながら報告していた。

 パーサーは礼を言い、瓶を浴槽の縁に置くと、寝台に寝かされたクラーディへと歩み寄る。

 一糸纏わぬクラーディの身体は、白磁のような肌に細かい亀裂が走り、

 まるで巨大な蜘蛛の巣に絡め取られているかのようだった。

 パーサーは燭台を手に取り、光を近づける。

 ヒビの奥に、淡く青く光る筋が見える。

 それは生命の代わりにこの身体を動かす命令文、“模造の血管”だった。

 だが、その多くが断裂している。


(……やっぱり、表面を削るだけじゃ無理だな)


 大学でウィルソン教授と修復した時よりも損傷は深い。

 場所によっては素体――golemの“骨格”にまで達している。

 両膝の関節球体は砕け、右肩の球体もかろうじて形を保つのみ。


(駄目だ。球体関節は僕には直せない。

 ウィルソン教授……いや、日本で共同研究していた技師に連絡できれば――)


 心臓が痛むほどに脈を打つ。

 額にはいつの間にか汗が滲み、袖で荒く拭い取る。

 それでも、パーサーは顔を上げ、ヨハンに頼む。


「クラーディを浴槽に移して下さい」


 ヨハンともう一人の兵士が慎重に身体を持ち上げ、浴槽へと横たえる。

 パーサーはコックを回す。

 金属音と共に、冷たい水が蛇口から流れ出し、やがてクラーディの身体を包み込む。

 透明だった水が、薬品を混ぜるごとに白く濁り始めた。

 やがて、蝋が溶け出し、表面からポツ、ポツと気泡が上がる。

 その音が静かな工房に微かに響いた。


「よし……次は粘土だな。工房の中に粘土庫があるはずだ。探すのを手伝って」

「あら、それなら――そこよ」


 リリスが静かに手を上げ、部屋の隅の重厚な扉を指した。

 パーサーはすぐに取っ手を掴むが、扉は重くびくともしない。

 ヨハン達、兵士が肩を入れて押すと、錆びた金具が軋む音を立て、ようやく開いた。

 中は狭く湿度が高い。

 そして、棚にはいくつものレンガ型の粘土が積まれている。

 パーサーはそのひとつを手に取り、指で押して状態を確かめた。


「……まだ使える。良い粘りだ」


 そう言うと粘土を机に運び、両手でこね始めた。

 静かな工房に、粘土を揉む柔らかな音が響く。


「みんな、蝋が溶け切るまで休んでいてくれ」


 そう言いながら、パーサーの手は止まらない。

 彼の指先は、まるで祈るように粘土を捏ね続けていた。

 リリスはその姿を見つめながら、椅子に腰を下ろす。

 懐から取り出した懐中時計に目を落とすと、針は静かに――夜の九時を指していた。

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