小さな箱
時が止まったように静かな礼拝堂の中で、マリアは椅子に座り、眼を閉じていた。
心の奥では、あの風景画に描かれたリリスに似た女性のことを考えていた。
(あの人は誰なんだろう……どうして、リリス先生とあんなに似ているの?)
偶然だろうか。
それとも、先生の祖先だろうか。
答えのない問いが頭の中で何度も反響する。
――カチャ。
扉の金具が鳴る音がして、マリアは静かに目を開けた。
「すまない。起こしてしまったかな?」
手に木箱を抱えたリヒトが、申し訳なさそうに立っていた。
木箱の中には、金属の擦れる音と共にいくつもの機械部品が詰まっている。
「いいえ、寝ていたわけではありませんから」
「そうか、それなら良かった。……そこの机の上、少し片付けてくれないか?」
マリアは祭壇近くの机に置かれた聖書や燭台を端に寄せる。
リヒトは木箱をどんと置き、肩で息をついた。
「ふぅ、意外と重かったんだ。助かったよ、ありがとう」
「いえ私の方こそ、休憩を頂いてしまって、ありがとうございます」
「いや、構わないよ」
そう言いながらリヒトは、マリアの顔をふと見つめた。
「……何かありましたか?」
「いや、すまない。ちょっと、考え込んでいる顔をしていたから」
マリアは一瞬、風景画のことを話そうか迷った。
けれど、言葉が喉の奥で止まる。
「……いえ、何でもありません。それより、リヒトさんはリリス先生とお知り合いなんですよね?」
「そうだね。彼女とは二年前に知り合った。まだ私が士官候補生だった頃さ。いろいろあって――まあ、今に至る、というわけだ」
「そんなに昔からではないんですね。もっと長い付き合いかと」
「ははは、そう思うだろう? でも彼女は、不思議と誰にでも“昔からの友人”みたいに接するんだ」
「確かに……。私の時なんて、いきなり廊下で声を掛けられて、“出張するから助手として来なさい”って言われたんですよ」
「彼女らしいな」
二人は小さく笑い合った。
その時、扉の方から足音が近づき、大きな木箱を抱えた部下と小さな箱を持った老シスターが礼拝堂に戻ってきた。
「Leutnant、ズルいですよ! 一番軽そうなのを自分で持って行くなんて!」
「何を言う、ギュンター。私は騎兵隊出身の将校だぞ。騎兵は常に最速で最適な行動を取るものだ」
二人は冗談めかして笑い合う。
老シスターは微笑みながら言った。
「さて、これで全部ですよ。この中から必要なものをお使いなさい。……それでは、私はお茶を入れてまいりますね」
「感謝します。ギュンター、シスターのお手伝いを」
「Jawohi、Leutnant」
二人が出て行くと、礼拝堂は再び静寂に包まれた。
マリアとリヒトは木箱を開け、部品を机に広げていく。
「銅線、ヒューズ、点火プラグ……。あっ、クランクシャフトまでありますね。これなら何とか」
「ふむ、これはシスターが持ってきてくれた箱だが……中身は古くて使えるか分からないそうだ」
リヒトが差し出した小さな箱に、マリアの視線が止まる。
何か、胸の奥がざわついた。
彼女はそっと蓋を開ける。
中には、藁に包まれたひとつの歯車があった。
淡い金色に鈍く光り、どこか神聖な雰囲気を纏っている。
マリアの目が見開かれる。
(これ……あの風景画の――)
彼女の胸の鼓動が高鳴る。
だが、確信を言葉にする前に、外の鐘が鳴った。
礼拝堂の静けさが、少しだけ揺らいだ。




