表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/84

小さな箱

 時が止まったように静かな礼拝堂の中で、マリアは椅子に座り、眼を閉じていた。

 心の奥では、あの風景画に描かれたリリスに似た女性のことを考えていた。


(あの人は誰なんだろう……どうして、リリス先生とあんなに似ているの?)


 偶然だろうか。

 それとも、先生の祖先だろうか。

 答えのない問いが頭の中で何度も反響する。

 ――カチャ。

 扉の金具が鳴る音がして、マリアは静かに目を開けた。


「すまない。起こしてしまったかな?」


 手に木箱を抱えたリヒトが、申し訳なさそうに立っていた。

 木箱の中には、金属の擦れる音と共にいくつもの機械部品が詰まっている。


「いいえ、寝ていたわけではありませんから」

「そうか、それなら良かった。……そこの机の上、少し片付けてくれないか?」


 マリアは祭壇近くの机に置かれた聖書や燭台を端に寄せる。

 リヒトは木箱をどんと置き、肩で息をついた。


「ふぅ、意外と重かったんだ。助かったよ、ありがとう」

「いえ私の方こそ、休憩を頂いてしまって、ありがとうございます」

「いや、構わないよ」


 そう言いながらリヒトは、マリアの顔をふと見つめた。


「……何かありましたか?」

「いや、すまない。ちょっと、考え込んでいる顔をしていたから」


 マリアは一瞬、風景画のことを話そうか迷った。

 けれど、言葉が喉の奥で止まる。


「……いえ、何でもありません。それより、リヒトさんはリリス先生とお知り合いなんですよね?」

「そうだね。彼女とは二年前に知り合った。まだ私が士官候補生だった頃さ。いろいろあって――まあ、今に至る、というわけだ」

「そんなに昔からではないんですね。もっと長い付き合いかと」

「ははは、そう思うだろう? でも彼女は、不思議と誰にでも“昔からの友人”みたいに接するんだ」

「確かに……。私の時なんて、いきなり廊下で声を掛けられて、“出張するから助手として来なさい”って言われたんですよ」

「彼女らしいな」


 二人は小さく笑い合った。

 その時、扉の方から足音が近づき、大きな木箱を抱えた部下と小さな箱を持った老シスターが礼拝堂に戻ってきた。


Leutnant(少尉)、ズルいですよ! 一番軽そうなのを自分で持って行くなんて!」

「何を言う、ギュンター。私は騎兵隊出身の将校だぞ。騎兵は常に最速で最適な行動を取るものだ」


 二人は冗談めかして笑い合う。

 老シスターは微笑みながら言った。


「さて、これで全部ですよ。この中から必要なものをお使いなさい。……それでは、私はお茶を入れてまいりますね」

「感謝します。ギュンター、シスターのお手伝いを」

Jawohi(了解)Leutnant(少尉)


 二人が出て行くと、礼拝堂は再び静寂に包まれた。

 マリアとリヒトは木箱を開け、部品を机に広げていく。


「銅線、ヒューズ、点火プラグ……。あっ、クランクシャフトまでありますね。これなら何とか」

「ふむ、これはシスターが持ってきてくれた箱だが……中身は古くて使えるか分からないそうだ」


 リヒトが差し出した小さな箱に、マリアの視線が止まる。

 何か、胸の奥がざわついた。

 彼女はそっと蓋を開ける。

 中には、藁に包まれたひとつの歯車があった。

 淡い金色に鈍く光り、どこか神聖な雰囲気を纏っている。

 マリアの目が見開かれる。


(これ……あの風景画の――)


 彼女の胸の鼓動が高鳴る。

 だが、確信を言葉にする前に、外の鐘が鳴った。

 礼拝堂の静けさが、少しだけ揺らいだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ