表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/84

古き工房

 パーサー一行は険しい山道を登っていた。

 岩が露出した道は昨夜の嵐で濡れ、酷く滑りやすい。

 パーサーは何度も足を取られて転倒し、そのたびに身体のどこかを打ちつけていた。

 心臓は狂ったように鼓動し、肺は新鮮な空気を求めて荒く音を立てる。


「はぁ、はぁ、リリス先生……まだですか」

「そうね、あと少しよ」

「それ、さっきも言ってました……」


 パーサーは岩に腰を下ろし、額の汗を拭う。

 だが、彼はまだマシな方だった。

 背後では、ドイツ兵二人が担架に固定されたクラーディを運びながら、荒い息を吐いていた。


「リリス先生、休憩しましょう!」

「あら、何を言うの。もう少しで着くわ。どうせ休むなら屋根のある場所の方がいいでしょう?」


 リリスはまるで疲れを知らぬように軽やかに進む。

 その姿にパーサーは呆れ、ドイツ兵たちは深呼吸を一つしてから「なんて女だ」とぼやいた。


「聞こえてるわよ、ヨハン・シュミット伍長。それは男女不平等の典型的な発言ね?」


 不意に振り返ったリリスの言葉に、ヨハンはぎょっとして口を噤む。

「リリス先生! 今は先に進みましょう!」

 慌ててパーサーが遮ると、リリスは涼しい顔で頷く。


「そうね。ここでジェンダー論を説いても仕方ないわね」


 そのやりとりにヨハンは胸を撫で下ろし、パーサーに目で感謝を送る。



 ---


 さらに一時間ほど登り続けた頃、リリスが足を止めた。


「ゼェ……ゼェ……」

「ゴホッ、ゴホッ!」

「ハァーッ、ハァーッ!」


 体力に自信のないパーサーだけでなく、精鋭の突撃兵たちも担架を下ろし、地面にへたり込む。


「うん、ここね。着いたわよ」

「えっ……? でも、何もありませんよ。ここは……」


 平坦な岩場には、ただ大きな岩がひとつ鎮座しているだけだった。


 リリスは軽く笑い、「少し待ってて」と言うと、右手を掲げる。


「――シエム・ハ・メフォラシュ。開け、ゴマ」


 低く響く呪の言葉とともに、大岩が鈍い音を立てて動き出す。

 地面が震え、岩の下から暗い階段が現れた。


「なんてことだ……! この岩がgolemだと!? 生き物の形もしていないのに、いや、これは芋虫?そうか!芋虫か!虫型のgolemなんて初めて見るな!」


 興奮に駆られたパーサーは岩に駆け寄り、命令文――Orderやemethの刻印を探す。


「どこにも刻まれていない……? まさか、地面との設置面に……? 風化を防ぐために隙間を――いや、岩だぞ、そんな精度で嵌めるなんて……くそ、ルーペさえあれば!」


「はいはい、そこまでよ、パーサー。行くわよ」


 観察を続けるパーサーを置いて、リリスと兵たちは先に降り始めた。

 慌ててパーサーも後を追う。


 階段は石を削り出したもので、足音がカツン、カツンと響く。

 思ったより湿気は少なく、代わりに薬品や薬草のような匂いが鼻をかすめた。


「リリス先生、なぜこの場所を?」

「飛行船でも言ったでしょう。以前この島に来たの。その時、golemの研究をしていた、世捨て人のようなラビに会ったのよ」

「それって、どれくらい前ですか?」

「さぁね。随分前よ。彼は、もう亡くなっているみたいね」


 淡々とした答えに、パーサーは首を傾げる。

 階段の埃の厚み、空気の重さ――ここに人がいたのは、相当昔のことに思えた。



 ---


 やがて階段が終わり、広い空間が開けた。

 そこは地下工房だった。

 古い書物、錆びたフラスコ、手術台、そして奥にはgolemに蝋をコーティングするための四角い槽がある。


「さて、ここからは貴方の仕事よ。パーサー、大丈夫かしら?」


 パーサーは周囲を見渡し、必要な器具や薬品を確認した。

 どれも古く錆が浮かんではあるが、使えないほどではない。


「……大丈夫です。ヨハンさん、クラーディをあの台に寝かせてください」


 ドイツ兵たちが頷き、慎重に担架を台に乗せる。

 パーサーは深く息を吸い込み、胸の奥の不安を押し込めた。


 ――自分はただの学生だ。

 ウィルソン教授が発明した球体関節のWaxwark・golemを、本当に修理できるのか?


 完全には無理だ。

 関節部は特に複雑で、教授から教えてもらった球体関節の説明を思い出しても全ては再現できない。

 それでも――やらなければならない。


 革のエプロンに手を伸ばし、金具を締める。

 蝋と金属と油の混じった匂いが、どこか懐かしく感じた。


「待ってろよ、クラーディ。今、治すから」


 その声は震えていたが、確かな決意が宿っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ