救援に来たる者たちは
手を伸ばすAdamを前に、パーサーたちは凍りついたように動けなかった。
恐怖に支配され、足も声も出ない。
ただ一人、ハミルトンだけが静かに動いた。
背負っていたクラーディをパーサーに預けると、拳銃をAdamの頭に向け、腰のサーベルを抜き放つ。
「候補生。私が隙をつく。その間に皆を率いて離脱しろ」
その声は静かであったが、よく響いた。
パーサーはハミルトンの眼に宿る炎――たとえ命を捨てても仲間を逃がすという決意を見て、言葉を失う。
「駄目です!」
マリアが叫び、ハミルトンの袖を掴む。
「大佐、あなたの命を犠牲にはできません!」
だがハミルトンは無言でその手を振りほどき、低く身構えた。
突撃の体勢を取ったその瞬間、展望台を背後から強烈な光が照らした。
眩しさに全員が目を細める。
ジファールの飛行船がエッフェル塔の横に浮かび、展望台へとサーチライトを放っていたのだ。
窓ガラスが次々に砕け、鋼鉄の矢に繋がれたワイヤーが支柱に突き刺さる。
続いて黒い影がジップラインを滑り降り、展望台へと雪崩れ込んできた。
「何だ……!」
「Adam、お下がり下さい!」
ヴィクターとジェームズが叫び、Fresh.golemたちが一斉に動く。
だが新手の男たちはためらいなく銃を撃ち放った。
乾いた「タタタタタッ」という連射音。
それは英国軍のライフルとは異なる、短機関銃の火力であった。
銃火の中、ハミルトンは男たちの姿を凝視する。
薄暗い緑の軍服。
頭には棘のついたピッケルヘルム。
襟には鉤十字。
「ドイツ軍……?なぜここに」
その疑問に答えるように、飛行船から拡声器で声が響く。
『マリア! パーサー! クラーディ! ハミルトン! 早くこっちに!』
「リリス先生!」
「シスター・リリス!」
歓喜に声をあげる二人。
その時、ドイツ軍の士官が駆け寄り、ハーネスを差し出した。
「oberst、急いで!敵の数が多く、長くは持ちこたえられません」
敵国の軍人に対する憮然とした表情を隠しきれぬまま、ハミルトンは短く「感謝する」と呟き、受け取った。
ハミルトンは手早く自分とパーサー、マリアにハーネスを装着させ、クラーディを背に固定する。
「行くぞ!」
叫ぶと同時に、彼らは窓から飛び出した。
夜明け前の風を切り裂きながら、ロープに導かれて飛行船へと滑空する。
パーサーは喉の奥から悲鳴が漏れそうになるのを必死に堪え、どうにか甲板へと転がり込んだ。
すぐに飛行船内で待機していたドイツ兵に受け止められ、次の瞬間、リリスが駆け寄って二人を抱き締める。
「無事でよかった……! さぁ、早く離れましょう!」
「でも、まだドイツの方々が――」
マリアが言いかけた時、視線の先で次々と兵士たちが展望台から飛び移ってくるのが見えた。
彼らはあらかじめロープを身体に巻きつけ、飛行船が離れる瞬間に脱出できるよう準備していたのだ。
「……ミス・リリス。相変わらず、驚かされる」
疲れた声でハミルトンが呟く。
「あら、これくらい序の口よ。アナタ」
リリスは微笑みながら答えた。
そして飛行船は、黎明の光に染まるパリの空を静かに進んでいった。




