魔王の秘密⑧ No.37〜40
煙を突き抜けスピードを落とすこと無く、地面を抉り、爆破音を響かせ何キロも離れた所でカルスの身体が止まった。
ものの数秒で大きく変わった地形と高くまで舞い上がった土煙は数秒前まで静かだった空間を破壊していた。
カルスが止まった場所は数十メートルのクレーターが出来上がり、もくもくと土煙を上げている。
瓦礫が崩れ落ちる中、瓦礫以外のものが動いた。
其れは、体長2メートルはあろうかという魔物であった。がっしりした身体つきに、筋肉のついた腕、髪は赤く頭から2本のツノが生えている。
顔には頬の下に逆三角形の入れ墨のようなものがあり、ギロリとカルスを睨む赤い目。
悪魔というのならまさにこの魔物の事を言うのだろう。
魔物はカルスの胸に突き刺さる自分の右腕を抜いた。途端に腕の場所から大量の血が溢れ出す。
ぽっかりと穴の空いた胸をみて、魔物は安心した様に息を吐き、腕についた血を払い、カルスに背を向けた。
カルスは瓦礫に半分埋もれる様に倒れており、滴る血は流れぶらりと投げ出された手を伝い地面に点々とシミを作る。
身体に腕を突き刺し、力任せにカルスを突き殺した魔物の着ている服は、ルークのものだ。だぶだぶの服は今や身体の大きさにあっている。
——勝った。
凶悪な姿のルークは地面に沈んだカルスを振り返り、再び安堵の溜息をつく。
そしてそこを去ろうと前を向いた時、背後からガラガラと瓦礫の崩れる音と共に聞きたくない声がルークに届いた。
「おまえ、すげーじゃん」
聞き覚えのある声にルークはカルスの方を再び振り返り驚愕した。
「ばかな! 心臓を突き刺したはずだ!」
其処にはカルスがボサボサになった頭をかきながら、地面から起き上がる姿があった。
起き上がったカルスはポロポロと土の塊が身体から落ちるのをパンパンと払った。
大した事のなさそうなカルスだが、その胸には大きな穴が開いている。しかも心臓の部位だ。
「あぁ、1回死んだわ。糞痛てぇ。だがな、お前、勉強不足だぞ?」
カルスは再び土のついた服をパンパンと叩く。
あーお気に入りの服だったのにという悲痛な声を赤髪の魔物、ルークは驚いて聞いていた。
そんなルークを見てニヤリとカルスは笑う。
「特別に教えてやる。俺の身体は瞬時に再生でき、身体の部位の一部を変化させ、同じ臓器を複製する事が可能だ。今、俺の左の肺が心臓となり、全身への血を送っている。俺を殺すなら全身を再生できないくらいバラバラにするか、塵にするくらいの炎で焼くかだな。ま、これは魔法じゃなくて俺自身の能力だから真似はできないが……」
と話す間に胸の傷は塞がっていき既に見えない程度になっている。
「もうすぐ心臓も戻るからまた、肺に戻せるぜ」
唖然とした表情のルークだったがその説明を聞いて苦笑する。
「滅茶苦茶だ……魔王ってのはみんなそうなんですかね」
呆れたように言うルークにカルスは大袈裟に驚いた表情をした。
「おいおい、お前も大概だろ。一瞬でこんな致命傷与えられるなんて俺は初めてだぜ」
と楽しそうに笑い、カルスの傷は完全に塞がった。 カルスの姿から徐々に煙が上がり出す。
額から一本のツノが生え、犬歯が鋭くなり筋肉が盛り上がる。 ニヤっと笑う顔は人間の時のそれとは異なりゾッとするものに変わる。今まで茶色だった瞳も血の様な赤へ変化していた。
「ハンデはいらないようだな。ここからが本番だ」
カルスはルークとは異なり、完全に別の魔物だと思わせるような髪の変化や身体の変化は殆どない。 だが、ルークは感じ取っていた。
——魔力の質が変わった……?
先程の戦いの時のカルスの魔力も最初に出会った時と比べれば、格段に上がっている が、今回は完全に別物だった。溢れる魔力は重々しく、カルスの立っている場所から溢れ、クレーターの中に溜まっていく。
カルスが一歩足を踏み出す。
履いていた靴は衝撃で吹き飛んでおり、素足がずしっという音とともに地面にめり込む。その音とともにルークの周りに漂う彼の魔力が重みを増したように感じた。
ぞくりと悪寒を感じたルークはカルスから目を離さず、クレーターの外へ飛ぶ。それを見たカルスはニヤリと笑い地面を蹴り、同じようにしてルークとは反対側へ飛んだ。
クレーターを挟むようにして違いに見つめあうような形になった。カルスとルーク。
見つめ合うというとリンが喜びそうなものだが、雰囲気はそんな生易しいものではない。睨みあい、どちらが狩るのか狩られるのかを探る。野獣と野獣の戦いが始まろうとしていた。
ルークからも大量の重々しい魔力が吹き上がる。
ルークとカルスの大量の魔力が接触すると、 バチバチという音が広い野原に反響した。
空気が重くなり、風が止まる。
ジリッ
ジリッ
其々の足が地面を踏み込んだ。ここまででルークは焦りを感じていたが顔には出さなかった。 出せば勝機は完全なゼロになってしまう。
ただ単純な魔力でいえば今の状態のルークは誰にも負けない。しかし、魔力が唯あるだけでは魔法は使えなかった。
勿論、魔力だけでもどうにか出来る場合もある。だが、これが何時でも出せればこんなにも焦る必要なんてない。
——1発で仕留められなかったのが不味かった……これじゃ……
ルークは死を覚悟した。逃げるという選択肢もある。 だが、逃げても、逃げ切れるとう可能性はそ勝つより難しい。
カルスの性格は短時間一緒に行動した結果、かなり幼いものだとルークには分かった。戦いが好きだろうという事も。
だからこそ、興味を持った魔物をみすみす逃すように思えない。
飽きるまでは追いかけて来るだろう。だとすれば逃げるのは無理だった。 そして何より、ルーク自体、戦いから逃げ出す事は嫌だった。
——最後の最後まで……。
集中するため、目をつぶり、息を吸い込む。
体内の魔力が暴れているのが感じとれた。ルークは首からぶら下げている時計の様なものをぐっとにぎる。大きな魔力、おそらくカルスの魔力の何倍もある魔力。
——最後の時まで……足掻く!
ルークは目を見開き、戦闘本能剥き出しにしてカルスへ飛んだ。
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